蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「皇子!」
「そんなに焦っても、誰も得しないよ」
「でも、姉ちゃんが」
「……まだ始まってないんだから、大丈夫」
眼前で揺れる狐の耳に、大きな尻尾。ユキギツネと呼ばれる亜人種の少年に手を引かれながら、地下にある大きな通路を歩く
少年の名はフォース。姓は……今は無い。基本的に、姓があるのは一定の地位を持ってる者だけだから、亜人かつ平民の彼には無いのだ
……といっても、それは今だけだ
フォース・エルリック。一つ上の狐耳狐面の青年。原作において、そんな名前のキャラが居る。そして、攻略対象である
言ってしまえば、
因にだが、攻略対象であるとはいっても、彼とのルートはミニイベントみたいなもので、第二部に繋がらない。第一部終了後そのまま彼との物語を見て終わりというおまけ要素。確か完全版追加要素であり、最初の作品ではルートそのものが無かったんだっけか
おれはそんな彼に言われて……こうして、新年の奴隷オークションに来ている
話の発端は、フォースが孤児院に怒鳴りこんできた事だ。おい皇子!居るんだろう!と
こうして時折おい皇子!と人を無償の何でも屋か何かかと思って怒鳴りこんでくる人が居るが、孤児院を何だと思ってるんだ。皆が怖がるだろう、王城のおれ宛に手紙でも送ってくれ
だが、来たものは仕方がない。何かと思って話を聞くに、どうにも困り事のようで、あれよあれよという間に此処に連れてこられたという訳だ。何でも、両親を病で亡くし獣人である(=魔法の使えない社会のゴミ扱いの)姉が女手一つで家を支えていたが、その姉が人さらいに拐われてしまったのだという
まあ、ユキギツネ種は外見が整っているからな。愛玩用としては一定の好事家が居るのは確かだ。獣人だろうが気にしない者達には簡単に売れるのであろう
そうして、今日此処でその姉がオークションにかけられて奴隷として売られるのだと少年フォースは語った
何というスピード展開。奴隷自体は別に非合法じゃないが、拐ったものは流石に法的にヤバくないだろうか。いや、下位貴族の子息を拐って別の国に売り飛ばそうとした一団とかとやりあった事もあるが、ああいうのは別の国だからしらばっくれられるというのが重要なのだ。国内でやったら基本的にボロが出る
なので、違和感はあるのだが……。それに、おれの一つ上の少年が良くそこまで分かったな?という疑問も残る。皇子なおれなんかだったら探れば分かる(自力では無理だが、父の直属の暗部に聞けばこれは交渉ですので相応の対価をと言われるだろうが情報は教えてくれるだろう)のだが、平民に辿り着けるのか?
だからといって、助けろと言われて助けない訳にもいくまい。それをしたらおれは皇子ではなくなるから
因みにだが、エッケハルト(一夜開けても居た。元日本人だからか孤児院の薄いベッドの上で熟睡している辺り、なかなかに貴族さが無い。普通の貴族はあんな場所では寝られないと言うんだが)には呆れた顔をされ、アナには無理しすぎてないかと心配された
いや、無理はしてるんだが……。それでも、心配するなと返して此処に居る
というかだ、アナは変に心配してくれているが、おれがこうしているのは単なる保身だ。助けとという言葉を正当な理由もなく無視すればそこから悪評が立つ
そして、悪評が立てば、それはもう嬉々としておれは皇子の名を持つに相応しくないと皇籍を追放されるだろう
ただでさえ最近は初等部に特別枠で参加している模擬戦が1vs3とハンデ付けてもらった上で勝率8割という目を疑う悲惨な結果なのだ。この忌み子本当に皇族か?されるのも無理はないだろう。何なら、妹のアイリスにすら皇子である事を疑問視されているという噂があるのだ
というか、おれ1人に対して相手がたった3人(基本は4人一組だから1人減っている)という大きなハンデを付けてもらってなお勝率9割すら取れないってなんなんだろうなおれ。いや、皇族最弱の忌み子なんだが
人間としては有り得ない魔法防御0故に魔法によるバインドが実質レジスト不可の即死に近く、耐性で弾ける事に期待して突っ込むなどせず回避しなければいけないとはいえ、流石に幾ら初等部に選ばれる才能の持ち主だろうが6歳くらいの子供3人相手に7歳にもなって5戦に1回もバインド食らってるとか自分で言ってて情けない。まだ状態異常は強引に解除出来なくはないんだが、魔法的な拘束は気迫では打ち消せないから無理だ
ゲーム的に言っても、ゼノの初期スキル(内部的には下級レベル20で習得済のスキル扱い)である鮮血の気迫で精神的な状態異常(魅了、混乱、神経毒等)は即座にHPと引き換えに解除出来るんだが、それ以外の耐性は無いのがおれだ
そんなおれには、もう目の前の誰かを助け続けて民の剣であり盾だからおれは忌み子だろうが皇族だと理念を盾に言い張るくらいしか無いのだ。だからこれは単なるおれの保身に過ぎない。おれは優しくなんか無いし、アナに心配してもらえるような立派な皇子なんかじゃない
それにだ。これでも選り好みしてるんだしな
助けてと言われたからと全てを助けてたら老人になっても助け終わらない。おれの手は、全ての人に届くほど大きくも長くもないのだから
だから、選り好みする。助けてと言った彼或いは彼女では命がけでもなければなし得なくて、おれが今手を貸さなければ手遅れになる。そういった相手にのみ手を差し伸べる。そんないっそ冷酷なまでの線引きをしている
例えば、アナ達はおれが魔法書を買ってきて治療すると言わなければ孤児院ごと焼き払われていた事だろう。いや、エッケハルト辺りが気がついて助けたかもしれないが、あのタイミングでそんな事は分からない。だから助けた
燃える家の少年だってそうだ。何時崩れるか分からない燃えている家に犬を助けに飛び込むなんて自殺行為だ。それをおれと同い年の子供にしろと言うのは可笑しい。だから、おれが助けに行くのは当たり前。助けられなかったのはおれの実力と胆力不足。火に巻かれていると左目の火傷を思い出して身がすくむ等無視して助けるべきだった
騎士団に現行犯で捕まっているところを見た泥棒の少年もだ。妹のために、生きていくために盗みをした。そして恐らく騎士団に捕まれば、彼が守ろうとした妹は餓死していたろう
おれが庇って、妹を孤児院へ入れつつ、彼には罰として騎士になって今まで迷惑かけた分民のために働いて貰うと養成学校に捩じ込んだのは、決して間違ったことでもないはずだ
幾ら奨学生として捩じ込む事に成功した(彼には、この騎士学校を奨学生でなくなったから学費がと言って退学したらもう知らん見捨てると言ってある)とはいえ、入学金はおれ持ちだ。予想外の手痛い出費だったが、決して無駄金にはならない未来への投資であった……と信じたい
前の少年は今おれが薬を買わなければ病で少年の母は死んでいたろう。母が病死する前に薬を買うだけの金なんて、おれと同い年の少年には自分の身を売って奴隷にでもならなければ稼げるはずもない。だから、あれはおれが助けなければいけない案件だった。おれならば、多少無理をすれば払えなくもない額だったのだから
それに、母の居ないおれにだって、前世の記憶から家族への想いは解る。だから、母を喪う悲しみを味わってほしくないエゴもあった。だからおれはおれの為に彼を助けたんだ
そして今回もだ。オークションで売られればフォースの姉は奴隷として誰かの所有物になる。もうそうすれば手出しできない。正式に買った奴隷を奪うなど、流石に此方が悪党だ
再会するには自分も同じ人の奴隷になるか、買った相手に交渉して姉を買い取るかしかないだろう。買い取りをする場合、今此処で買うよりも数段ふっかけられても仕方がない
そんな大金を何時用意できるというのだろう。育ててくれる姉を喪えば、それこそ子供一人生きていけずに路頭に迷うかもしれないのに
だから、これはおれがやるべき事
「……そろそろか」
「姉ちゃんは買えるんだろうな」
おれを睨み付けてくる少年に、曖昧な笑いを返す
「努力はするよ
出せるだけのお金は持ってきた。けれども……」
辺りの席についた人々を見る。知らない人も多いが、時折知っている顔がある
流石に侯だの公だのの面々は居ないようだが、アルトマン家ではないが辺境伯辺りまでは確認できるな。貴族だって欲しいものは欲しいのだろう
彼等と本気でかち合った時、所詮忌み子皇子の財力では勝てない。只でさえ皇子の中では貰える小遣いは最低額、更にそこからメイド達の給料と孤児院の維持費とを引いて、とすると全然残らないのだ。新年だからとねだって父から多めに貰った上に、あまり使わない妹から冷たい目で見られつつ借りて、更にはエーリカ(さっき言った泥棒少年の妹)の誕生日と孤児院へようこそという祝いのためにと師匠との修行の一つとして倒してきた魔物の毛皮の納品代金等も合わせて……そこらの貴族の坊っちゃん嬢ちゃんの道楽には負けない金は用意した
だが、そこまでだ
そもそも冒険者ギルドにも登録はしてあるが、おれ指定で来る依頼は魔法の実験に付き合って欲しいだの何だののおれが忌み子だと知って魔法をぶつけようとする貴族子息の嫌がらせのようなものばかり
それらをギルドには寄り付かない事でガン無視して依頼期限を切れさせ、時折師匠と修行の最中に狩った魔物の素材の納品依頼のみをこなすおれは、貴族様からの指定依頼を失敗しがちなアレな冒険者として最低辺のランクに張り付いている。納品だってランク底辺だからと割引額しか払われないし、納品以外のフリーのロクな依頼も、この失敗率では依頼主様に納得して貰えないと言われて門前払い。一応子供でも冒険者にはなれるが、食い詰めて冒険者になった体力自慢の子供の冒険者よりも扱いは下だ
だから正直、これ以上は出せないという額でも、勝てるかは……相手次第
大物貴族に目を付けられていない事を祈るばかりだ
きゅっと、渡された番号札を握りこむ
そろそろ……時間だ