蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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夜会、或いは正当な怒り

空に現れたのはやはりというか当然だがおれが贈ったドラゴンの姿。赤と青の色合いのそいつが翼を拡げて中庭に降り立ち、アウィルと共にリリーナ嬢によって紹介されるのを少し遠巻きに見詰めて……

 

 空を切る音の一拍前、不意に溢れた敵意におれは地を蹴った

 リリーナ嬢の前に出て、飛んでくる何かの軌道に頭の前を横切るように左手を入れてぱしっとそれを掴む、万が一の時に右手が残った方がマシという判断だ

 そうして掴んだのは剥かれていない茹で卵……いや、生だろうか、妙な音がする

 

 「……何者か」

 流石に不審者はシュリしか居ない。さらっとやらかしてる気がするから後で拳骨落とすとして、あのシュリは当然卵なんて投げない

 それに、不審者扱いもされないだろう、心毒でちょっと狂わせれば毒性が薄くても入り込むくらい容易いからな。外見可愛いとその点お得だ

 

 ……何だろう、抗議の視線を感じるし別手段か?ってのは今考えてどうすんだおれ!?

 と、心を切り替えて愛刀を心で呼んで凄む。が、ちゃんと刀は背に背負っておく

 おれの戦闘スタイル的に抜刀術使いにくくて一番扱いにくい場所だが、不審者でないならばおれへの不満を滾らせた民だろう。アレットと似たようなものだ。最低限威圧はするが、威嚇以上の事はしない。勇気をもって叫ぶ言葉を遮る気なんて無い

 

 「ぜ、ゼノ君!?」

 「おいゼノ、何を」

 なんて二人に首を横に振り、ほんの少し待てば、リリーナ嬢を心配する人垣が割れた

 

 「何が、聖女だと。そう言った」

 怒りの形相と共に姿を見せたのは……

 すまないが、どちら様だろうか。俺は意表を突かれて目をしばたかせた

 

 青い髪、緑の瞳。風と水の属性の色が出てる辺りそこそこの才覚を持ち……って考えて眼前の20後半くらいの青年の素性を脳内で探るが答えは出ない。ということは、だ

 

 「準男爵の方だろうか。申し訳ないが、顔と名前が一致しない」

 「知る価値もないってか、皇族!」

 「国民全員、いや貴族全員覚えるだけでパンクする。遠い縁は居ることだけでも覚えておく程度にしておかないと回らないんだよ、すまない」

 桜理曰く、AGX-15のデータの中には無限とも思える墓標が、死んでいった人々全員の名前や顔や多少の経歴といった生きていた証が納められてるし、頼勇によればLI-OHフレーム内部にもそれらしきものの残骸が見える……らしいが、人間の脳ミソでは処理しきれない。本当は覚えておきたいんだけどな?

 「うんうん、憶えておきたいって思っても、私なんて接点無いと同級生すら名前忘れちゃうくらいだもん」

 と、気楽にフォローに入ってくれるリリーナ嬢だが、横に立とうとするのをおれは手を横に伸ばして抑える。タイミングズレて胸に当たりかけてしまって慌てて引っ込めるが、意図は伝わったろう

 

 「あぅ……」

 「……情けない庇いあいか。紛い物で婚約者同士良くやる」

 冷たく告げられる言葉には、敵意の刃が込められていて

 

 「……言いたいことは、早く言ってくれないか?

 仮にも聖女様相手だ。無用に罵倒すればそちらが不利なのは分かるだろう?」 

 あえて脅しをかける。周囲で見守っている貴族達がぴりぴりした空気を纏い始めているし、騎士団呼ぼうとまでしてるからな。何か言いたいとしても、下手に煽ると本音を吐露する前に捕まってしまう

 

 「……脅しかよ」

 「脅しだよ、君のための」

 「ヴェネット準男爵」

 ぽつりと告げられる一言。多分彼の事だろうが、何か聞き覚えがあるような無いような……

 

 「分からないのかよ、義弟殺しの偽善者が」

 ……言われ、漸く思い出した。確かにおれ自身があの石碑にその名を刻んだから

 「トリトニスの騎士団に居た兵士の」

 あれ?だがおれが守れなかった彼は平民だったのでは?

 「そうだ!お前達が魔神をあの街で迎え撃ち、巻き込んだ結果死んだ男が居た

 妹は、それを苦にして聖教国で死んだ夫になるべきだった人の冥福を七大天に祈り、そして恐ろしい鋼の怪物によって死んだ!」

 っ!

 

 唇を噛む。分かっていた、知っていた筈だ

 あれだけアガートラームからアステールを救う事を第一目標として、こうしないと勝てないからと竜胆に大規模破壊兵器を躊躇させるべく街を背に戦っていたら!余波だけで死人は出るなんて!当然の事だろう!

 

 「が、っ……」

 不意に耳に再生されるフラッシュバック。虐めを寧ろ喜んでいたまである体育教師の溢した一言

 『何で俺の義弟は帰ってこなかったんだ、獅童?』

 

 違う!とそれを振り払う。もうおれにしかぶつけられないやり場の無い怒りとは違って、今の彼のそれは正当な怒りだ。おれが聞かなきゃいけない言葉だ。逃げるなゼノ、他の怒りと同じと矮小化するな獅童三千矢

 奥歯を噛み、軽く前歯で舌を噛みきって溢れる血を啜る苦さで正気を保つ

 

 「ゼノ君?大丈夫?」

 「聞きたいのは此方だよ、リリーナ嬢」

 少女の視界を封じるように、おれは軽く立ち位置をずらして完全にリリーナ嬢と青年の間に立つ

 

 「ヴェネット準男爵」

 「……だのに、だ。死んだ筈の義弟は帰ってきた。妹は、その知らせを聞く前に死んだ。鋼の怪物に、光に変えられて、遺品すら残っていない

 死んだ人間は生き返らない。七大天の奇跡すら、七天の息吹ですら!死の間際にしかそれを覆せない!なのに、何でこうなっている!」

 怒りが、怒号が、響き渡る。此処には理解できてない人も多いだろう、トリトニスと聖都、累計三つの事件を全て知らなければ言えやしない言葉だから。そして彼は、遠くで全部を知ってしまったのだ

 

 「お前が、叫んだ言葉を聞いた人が居る

 エージーエックス、意味の分からない言葉と、真性異言(ゼノグラシア)という叫びを」

 否定は出来ない

 「真性異言の、転生者の!謎の事が起きてるんだろう!」

 静かに頷くことしか、出来はしない

 

 「何が聖女だよ。何が魔神の復活だ!?

 本当なのかよそんなもの!異世界からの転生者が、好き勝手にやってるだけじゃないのか!?

 そうじゃなきゃ!妹を殺したのは銀腕の鋼神だなんて有り得ない!

 全部全部!お前らのせいじゃないのか!」

 「……そう、だ」

 此処は偽れない。ただ、認める。血眼で叫ぶ青年に対して、逃げずにその瞳を見る

 

 ふわりと香るのは甘い香り。人の心を溶かす妙な蜂蜜のような甘さを感じるこれは、嗅いだことは無いが恐らくはあれだろう

 固められていないアマルガムの香り。シュリによって、想いの丈を叫ぶリミッターを外され、言いたいことを秘められなくなったということか

 

 やってくれるな、シュリ。意図は分からないが、これは逃げられない

 

 「この偽善者どもが!お前らのせいで、俺も妹も人生滅茶苦茶だ!」

 更に投げられた卵を、今回は避けもせず額で受ける。ぱしゃっと弾けて飛び散るが気にしてはいけない

 

 『クゥ!』

 「アウィル!ステイだ、これはおれのやるべきことだから落ち着いてくれ」

 思わずといったように跳ね起きて爪を伸ばす狼を強く叱ってしまう。しゅんと耳を垂らして丸まる姿には罪悪感もあるが、これで良いんだ

 

 「どう責任取るんだよ、あぁ?」

 「ちょ、それは流石に」

 「聖女ってのも怪しいもんだ!特にてめぇだよ!

 極光の聖女はまだせめて無茶苦茶の中で人々を救おうとしたって聞いたが、アンタは何してたか聞いてない」

 「ちょ待てよ、リリーナちゃんだって正式に神託を受けて」

 あまりの事にかエッケハルトすら助けに入るが、心毒に怒りを膨れさせた彼は止まらない

 

 「アンタは良いよ救世主様。話は妹に着いていってた人から聞いてる

 でも、鋼の怪物を扱う化物は、聖教国に巣食っていた。そしててめぇも同じだって聞いた!」

 びしっと突き付けられる指

 「七大天様が選んだってのも怪しいもんだよ。その化物……教王みたいに、真性異言の恐ろしい何かで嘘吐いてるんじゃないのか」

 そんなことはない。が、これはリリーナ嬢には刺さるだろう。実際に転生者ではあるからな

 

 だから、嫌だった。止められるなら止めるべきだった

 何やってるとより強く拳を握る。おれ自身は分かっててやってるとして、リリーナ嬢にまで飛び火しないように庇うべきだったろう!こんな矢面に立たせて!

 

 「どうなんだよ!

 あの持ち上げられてる竪神ってのも本当は同じく自分勝……」

 「いい加減、黙れ!」

 思わず大声が出た

 

 「おれはそうだ。確かに色々関わったし、おれが何かしっかりと対策していれば、君の義弟も妹も救えたろう!

 だがな、全部が全部好き勝手と貶めるなよ!」

 青年の瞳が、恐怖に揺れる

 

 ああ、駄目だ。こんな風に押さえ付けて、何になる

 分かっていても、今はこれしか出来ない

 

 「聖女様だって、竪神だって、エッケハルトだって。皆、恐ろしい転生者や実際に復活の兆しを見せている魔神から皆を救いたくて頑張ってる

 滅茶苦茶にした責任は、彼等に上手く動いて貰えなかったおれと!実際に暴れた転生者本人にある!」

 「信じられるかよ!」

 背後のリリーナ嬢は何も言わない。悪意にあまり慣れていない少女はこういうときに、気丈になりきれない

 

 だから、おれが泥でもなんでも被る。いや、そもそもおれの責任だから被らなきゃいけない

 

 「それでもだよ!彼等が暴れたから人生滅茶苦茶になったんじゃないだろ!

 せめて守ろうとしてくれた人々を、被害を少なく食い止めて」

 「妹も!義弟も!どうでもいい人間だったってのか!」

 「違う!」

 違わない。さっきの発言はそういう事になってしまう。それでも!

 

 「より多くの人が、君と同じ想いをしない為に!」

 「俺は無視なのかよ!被害に直接遭って!我慢しろと!」

 「おれに出来ることなんて!死なせないだけなんだよ!金なら出す!命なら張る!それでも!被害を食い止めきれやしない!」

 「大嘘つきが!そんなものが、民の盾で剣か」

 「そうだよ。ああ、情けない話だよな。だから聖女様を危険な目に遭わせなきゃいけなかったりするんだよ」

 

 そう言って、おれは懐から二枚の紙を取り出した

 「何だよ、これ」

 「一枚はおれ名義の小切手。出せば保険を受けられる

 もう一枚は」

 言いきる前に、要るかよと紙は引きちぎられる

 

 「今更金か!?金で解決するのかよ」

 「ああ、金がなきゃ、未来に進むのも大変だからな」

 「偽善者が」

 「偽善者だよ、おれは。自分が生きていたくて世界を救おうとして、被害を減らすだけしか出来やしない

 だからこそ、信じてやってくれ。聖女を、竪神を、皆を。君達が、せめて明日に希望を持てるように必死な人達の事を

 もう一枚は、その為の証。学園祭の外部向けチケットだよ。せめてさ、これ以上の文句は平行線。今の彼等を見てから、もう一度言ってくれないか?」

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