蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「父、さん……」
困ったな、とばかりに苦い笑みを浮かべる7歳になる息子
その一生涯消えることの無い火傷痕に覆われひきつった笑顔を見ながら、皇帝はこの息子何処で育て間違えたのだろう、と自問していた
「何をしている、馬鹿息子」
そんなもの聞いた
けれども、そう問い掛ける。もしかしたら違う答えが返ってくるかもしれない。私利私欲かもしれない。そんなありもしない希望にすがり、聞いてみる
「人さらいに拐われてしまった彼の姉を買い戻そうと……は、したんだけど」
肩を竦め、少年は呟く
「……父さん。酷いことを言うのは分かってる
でも、少しで良い。後で納品でも魔法の実験に付き合えでも何でも受けて返す
だから、彼の姉を買えるだけのお金を貸して欲しい」
だが、返ってくるのは、分かりきっていたそんな言葉
「何だ、自分のものではないのか」
「おれ、奴隷を持てないから」
ほら、おれは忌み子だろう?奴隷になる方の魔法はデバフだから効くけど、奴隷に言うこと聞かせる側の魔法ってバフ扱いで弾くから、おれは奴隷なんて持てないよ、と
寂しげに、けれども嬉しそうに。彼は今此処に居ることそのものが場違いで、自分の為になる事なんて何一つ無い事を誇る
「それで良いのか馬鹿息子」
「良いんだよ。おれ、個人的には奴隷ってあまり好きじゃないから。何があっても他人を奴隷扱いなんて出来ない、その点では、この忌み子の性質に感謝してる」
「そうじゃない
ならばお前は、他人の姉を買い戻す為だけに此処に来て、買った奴隷はそのままくれてやるという訳か」
「……そう、なる」
叱られた子供そのもののようにしゅんとして、銀髪の息子は頷く
「昔、一度この質問をしたな
だが、もう一度聞こう。こやつはそれで全てを得るだろう」
と、睨まれて尻尾を丸めるユキギツネの少年から目線を外し、皇帝は言葉を紡ぐ
「それで?馬鹿息子。お前はそれで何を得る?」
少しはまともな答えが欲しい。何か実利を言って欲しい。そんな気持ちを込めた質問
だが、あの時せめて身を守れるものをと思い与えた魔法の指輪を売ってでも、見ず知らずの銀髪の少女を助ける金を作ろうとした銀髪の子供は
「忠誠と信頼を
皇族の皇族たる使命を、理想を果たす」
あの日と変わらぬ眼で、透き通った迷い無き瞳で、あの日と変わらぬ事を告げたのだった
正気か……
思わず、そう心の中で呟く
あの日、忠誠と信頼を、と確かに聞いた。だが、そんなもの格好付けだと思っていた。良いところを一目惚れした女の子に見せたかったのだろうと
だが……。この忌み子は、第七皇子ゼノは本気だ
本気で、皇族の理想論を語っている
それが不可能だと知っているだろうに。誰よりも彼が、理想を語る第七皇子が、何度と無く理想は理想に過ぎないと思い知ってきたろうに
「民の最強の剣であり盾。民を救い守る者
ご立派な話だな」
炎の眼で、馬鹿を言い続ける息子を睨む
「出来るとでも思っているのか、阿呆」
その悪癖を折ろう。流石に無為に金を使いすぎているだろう
そう思い、言葉を紡ぐ
今がオークション中ということも、目的はまだ故に気にせず
「出来るわけ無い」
だが、返ってくる言葉は、否定のもの。今やろうとしている事は何だ?と問い掛けたくなる、自身の行為の否定
「そうだろうな。例えば今回二人だったか?買い戻したとして、明日、前に助けたという少年のようにすぐに薬を買わなければ親が死ぬから助けてくれと言われたらどうする?助けられるのか?」
「努力はする。薬の材料を取ってきて交渉するなり、手はある。無理かもしれないけれども、足掻いてみせる」
そもそも、どうして助ける、と聞きたい言葉
足掻いてみせる、ではない。助けたとしてお礼一つ無い。忠誠と信頼?馬鹿馬鹿しい
あの銀の少女は、特異な例だ。本来当然ではない事だが、こいつ自身が皇族は民を守るものだ、と大義を与えている。結果、助けられた者の大半は、自分はこの皇子に無償で助けられて当然であったと馬鹿を言い出すというのに。こいつは何を見てきたのだろう
「その通りだ。無理なんだよ、今のお前では
目の前ばかりを見すぎだ、貴様は。眼前ばかりを助けていても、何時か限界が来てその先全てを取り零す。お前がやっていることは、単なる自己満足だ
より大局を見ろ。より多くを救う為に何をすべきか考えろ」
そしてこんな無茶はいい加減止めろ
そう続けようとした時、くすんだ銀髪の息子はゆっくりと頭を横に振る
「全てを救う?より多くを守る?そんなもの、シルヴェール兄さんやアイリス、皇帝足り得る誰かがやれば良い」
その声は、小さく震えていて
「ゴーレム事件で分かったんだ。より多くを救うためだと伸ばした手を離しても、おれは何も救えない。おれに大局は変えられない
ニコレットを、婚約者を見捨てて。助けてって、手を離さないでって、おれに言ったのに」
金属で出来ている筈の、頑丈な番号札の棒が悲鳴をあげる。握られた拳に残る幾多の豆が潰れ、細かな血が、42の番号を濡らす
「それで結局おれは誰を救えた?アイリスが居なければ、誰も救えなかったじゃないか
おれに、多くの人なんて助けられない。おれに、国民全ては背負えない」
「……ゼノ」
……痛々しい
お前は弱い、強くなれと突き付けたことはある。だが……多くの人を助けると自分を切り売りしながら、多くの人を助けるなんて出来ないと言い放つ。それはどんな心地なのであろう
「父さん。おれ、正直皇帝にも皇族にも向いてないよ
だけど……多くを助けられないから。せめておれは、おれに助けてと手を伸ばした人を助け続ける
それが……こんなおれが皇族だと言い続けられる、たったひとつの道だから」
その答えは、静かに、ひとつの震えもなく
心の奥底からそうだと信じているという確信を持てるほどに透き通った眼で、少年は父皇の言葉を否定した
この目を、皇帝シグルドは知っている
知らぬ筈もない。これは、昔の自分と同じ眼だ。揺らがぬ信念、絶対に曲げない言葉
こうあるべきと信じた姿は、この親にしてこの子ありというほどに瓜二つで
本当に、何処で育て間違えたのだろうな、と自嘲する
最弱の皇子。忌むべき呪いの子。蔑まれ、顧みられず。加減を間違えた気がした火傷の残るレベルの叱咤をしっかり受け止め、激励と理解してひたむきに努力を続ける、一番皇族らしくなくて、一番皇族の理想像を目指す息子は……
自らをかなぐり捨てる形で、幼さ故の歪みも色濃く残したままに完成していた
もう、言葉で言って聞く段階ではないだろう
だが、そんなにも思い詰めなくても良いだろうに。まるで、自分が皇子として特権を持ってのうのうと生きている事そのものが罪ででもあるかのように
皇子の恥さらしは、歴史上に何人か居る。だが、彼等は基本的に、為すべき事を為さず、皇族だからと遊び呆けた者達だ
彼はある種それとは真逆。自分が皇子として保護されているのが罪であるかのように、自分の全てを切って、自分なりに信じた民のために尽くす行動を取り続ける
サバイバーズギルトでも無かろうに、どうしてこうなったのか
「ったく、お前は幸福の王子にでもなるつもりか」
皇子の中では唯一、彼を産んだときに炎に包まれて死んだが故に母を知らない第七皇子の為に読んでやった真性異言の残した童話の名前を、思わず呟く
全身に薄くオリハルコンがコーティングされた王子像のゴーレムの話。自身のオリハルコンを剥がしては恵まれない人に届け続け、結果オリハルコンでガードされていた筈の脆いコアが野ざらしとなって壊れてしまいましたとさという変な話で、何が面白いのだろうと思ったが……如何にも、この息子にはぴったりで
「……父さん、彼がオリハルコンのメッキなら、おれはそれっぽい色のメッキだよ
おれは彼ほどに多くを助けられない。彼が幸福の王子なら、おれは小金の皇子だ」
「そうかよ
お前が死んだら、あの子泣くぞ。それで良いのか」
「泣かせたくはないし、死にたくもないよ
それに、アナには幸せになって欲しいから」
「ならば、しっかり生き残ることだ」
「……そう、だね
彼女が
「……自分で幸せに出来んのか貴様は」
半眼で、あの娘にとってはなかなかに酷な事を言う息子を見つめる
「……出来ないよ
おれは忌み子だから。おれなんかと結婚しても、おれ以外誰も幸せになんかなれない」
そう告げる7歳児の眼は、どこまでも疑い無く澄んでいて
「ったく、可愛げの無い
そういえば7歳の誕生日には何も贈っていなかったな。好きなものを買ってやるから、少しは可愛げを見せろ」
「なら父さん。今からオークションにかけられる、ユキギツネの娘をお願いします」
「何だ、目玉でなくて良いのか?」
「約束したから。お姉ちゃんと会わせてあげるって
……そもそも、父さんは何で此処に?」
ぽつりと、銀髪の皇子は疑問を投げた