蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
かつん、と。鋼の床にボロボロに履き潰してしまった靴の底が当たって音を立てる。ほんの少しの汗でも、吐く息ですら。総てが微かに毒を含んでいる
そしてそれは、人智を超えた邪毒。毒という概念そのものと言っても良い程に、絡み合い時に変質し、事前の対策などほぼ意味を為さない
そんなものを体内に渦巻かせていると理解しているから。肌はほぼ出さず、鋼より硬いが中空で毒が巡る翼も閉じ、息すらあまり吐かずにいた龍神は、己のテリトリーとして扱われる空飛ぶ戦艦の中でふぅと息を吐いた
そして、唖然とした
少女の眼前に広がるのは、一応似たような目的ではあるもののそこまで馴れ合う気はないもう一柱のゼロオメガ側の勢力の一員と仲よさげに語り合う軽薄な笑顔を仮面として貼り付けた男の姿
いや、それは良い。勝手に楽しげに好き勝手やらかすのが【
其処に、運んでもらったソファーでぐでーっと豊満な身体を投げ出している未来の己が居たことだ。完全に毒素に染まり元々の銀色の片鱗すら無く変色した紫色の髪、とろんとした気怠げな顔、不釣り合いに大きな胸と爪と角。濁った緑の瞳に光は無く、ただ運ばせた豪奢な赤いソファーベッドの上で享楽を貪る
その名を【
それを見て、一番幼く、そして唯一他人と縁を持とうと思うが故に現在よりも老成した過去の龍神はきゅっと目を閉じて眉を
「……どこいったのー?」
聞こえる声は己の声帯とほぼ同じ。けれどもより甘く、幼く聞こえてくる。無防備で、無垢で、純粋で……怪しげな欲を掻き立てる毒声
「仕込むものじゃよ、未来の儂よ。如何に手をこまねくのみで世界が腐っていくが故に、あまり表立って動く必要は否やであろうとも。それを阻む氷雷を払う屋根くらいは欲しがろうというもの」
銀龍少女は顔色を変えずに告げる。嘘ではない、表立って毒を仕込まずとも、其処に出向くだけで狂気は拡がってゆく。だからこそ、毒龍シュリンガーラは1日のみで姿を消した。そしてだからこそこの【
毒を仕掛けたかった訳では無い。が、それでも、名分くらいにはなる。そう信じ、銀龍は嘘にはならぬ大義名分を語り、それにのんびりした未来の毒龍はうなずきを返した
「そうなのー?私たいへんでー、たすけてー?」
ぽわっとした雰囲気で、片手だけ上げて20過ぎくらいの龍神は手を振る。その手から、ぽちゃんと粘っこい液体が溢れた
「……む?何かの?」
目を細め、鼻から空気を吸い込み、銀龍は問い掛けた。嗅ぎ慣れてしまった生物臭ではない、何より黄ばんだ白濁ではない。だからこそ、シュリンガーラには一瞬、それが何なのか理解出来なかった
オレンジ色と水色が溶け合わずけれども同居した、スライム状の粘り気のある2色液体。それを、銀色の龍神は見たことがあったというのに
それは、かつての罪。良かれと思った、救えると信じた。その果てに産み出した災厄の権化
「のう、儂よ。一つ、問い掛けたいがの?」
くつくつと笑う仮面の男。その横で悩ましげにする腕に黒鉄の腕時計を巻いた軽薄そうな男。それらに見られているならば、ほぼ答えは出ていたが
「【
儂にもこの汚れた身体目当てで寄ってきたアヤツじゃ。……何処に消えた?」
答えなんて、眼の前にあって。けれども否定するように、龍少女は未来の己に問い掛ける
意識的には未来を、己が辿った過去を、二度と繰り返すものかと思っていたから
「覚えなくてよくなったー」
けれど、どこまでも無邪気に、呑気に大人毒龍はぱたぱたと露出の多い服装の袖をはためかせた
「ええ、これぞ切り札」
「『ホウビヲ、ホウビヲー!』」
仮面の【
もう、何を求めていたのかすら忘れてしまった哀れな音が
目線を反らし、銀龍は目を伏せる
「融解の毒」
ぽつりと告げたのは、かつて……いやシュリンガーラの肉体からすれば少し未来の時間軸において、人々に与えた毒の名
それは、魂を残したまま肉体を融解させ、液状に変えてしまう毒であった。ある意味では肉体の軛から解き放たれ、そして中々分かりあえぬ筈の他人とも、物理的に混ざってしまうことで一つになれる。悲しみやすれ違いも捨てられる、そんなある種の安らぎを齎すと、あの時の銀龍はそう信じていた
それだけ、根本的な救いを望まれていた
だが、その果てにあったのは己すら曖昧と化し、蠢く液状となった、非常に良い燃料と化した肉体を邪悪な目的に浪費させられる悲劇のみ
望まれたままに人の身体を捨てさせてやっても、誰一人幸せになどならず。液化人間計画は、ただ良かれと思って毒を用意したアーシュ=アルカヌムの絶望のみを残して歴史から消された筈であった
だが、その時に変容した人間の成れの果てと同じものが、確かに其処にはあった
「……
その声は、当人も分かるほどに掠れていた
「何のために」
「えー、一つにしたら、強いし覚えなくていいしー」
まるで、ヒーローもののロボットを全部合体させるように。罪悪感の欠片すら、かつて己が創り出した忌まわしき液体の人間達のスープを前にしても、紫の毒龍には見えなかった
「混ざれば、己すら喪う。最早ヒトになど戻れず、願いも、夢も、溶けあって混合したナニカに成り果てる」
蠢く毒スライムを見ながら、銀龍は静かに、そして寂しげに呟いていた
「では、手筈通りに」
が、話は長たる毒龍を他所に、勝手に配下で進められていく。手渡される、容器に入れられたスライム。それを受け取り、黒鉄の腕時計を身に着けた男……シャーフヴォル・ガルゲニアが頷きを返した
「何をする気じゃ」
「ええ、我が終末よ心配めさるな。これは我が信条に反してはおりませんよ」
「知らんが?」
「ええ、シャーフヴォル。言う通りのものを作れば……持ち主が去れど封印されたかの銀腕の巨神の予備パーツ、この
「聞いているのか」
「ええ、聞いておりますとも、愛しき終末よ。故に、貴女様に魅せねばならぬのです。忌まわしき百獣王が、束ねた祈りに滅びる正義を
ジャスティス・ダイライオウ。この液状人間を装甲とし、強制合体から侵食、あの機体を堕としましょうぞ。これぞ我等の第二幕、どうか特等席でご覧いただけますな?」
正直嫌じゃよ。そう告げようとして……
銀龍は口を閉ざした。所詮、自分は最終的に世界を滅ぼす龍に、既に成り果てた後の筈なのだから
「儂の【
ぽつりと零す言葉。誰にも聞こえない微かなそれに、反応はなかった