蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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奴隷詐欺、或いはテロリスト

「で、では……合計で……」

 皇帝に睨まれ(本人にそのつもりはないのだろうが、目付きが鋭いので睨まれてるように見えてならない)、おどおどしながらもおっかなびっくり金を受けとる支払いの人に有り難うと軽く言って、おれは3枚の紙を受け取る。その3枚は、それぞれ裏にびっしりと魔法文字が書かれた特殊書類、奴隷契約書である

 因みに現金である。未成年のおれは皇子だとしても王城内以外では小切手なんかの信用による支払いを使えないからな。あくまでも現金一括払いが前提だ。何時もニコニコではないが

 

 三枚の奴隷契約書の上にはにはそれぞれ血で書かれた恐らくはフォースの上の姉であろう名前、下の姉であろう名前、そして……空白

 「父さん、名前が書かれてないんだけど」

 「そもそも奴隷などやるつもりも無かったか……。悪いな馬鹿息子、契約の方法等は職員に聞いてくれ」

 言いつつ、銀髪の男は、豪華な銀装飾のされた掌サイズの小さな本を取り出す

 一般的に、書き込むものが多いが故に大魔法であればあるほど魔法書の本は大きくなるとされている。それなりの大魔法となると百科事典もかくやというデカさだ。だが、逆に一冊に1回分といった使い捨てであれば、どんな大魔法であってもコンパクトに収められるからということで、小型のものはそれはそれで需要はあるのだ。例えば持ち運びに便利だとか、袖に隠せるから武器を捨てたと見せ掛けて奇襲が出来るとかが代表的な利点だな

 まあ、普通は1ページに書き込む術式を複数ページに分ける関係で製作が難しく、材料費もかかるので値段が複数回使えるものに比べて相対的に高くなりがちではあるのだが、そんな話は皇帝には無関係

 

 転移だろう魔法書を取り出す父に、ん?と首を傾げる

 「父さんは何処へ。戻る……はずはないとは思うんだけど」

 払ったお金は、フォースの姉達の分だけだ。そして、皇帝ともなればおれとは違って現金一括である必然性はない。後で城の此処にこれを持って来い、引き換えるで終わらせられる存在だ。わざわざ現金取りに行ったりしなくとも構わないから、戻る理由が分からない

 エルフの少女については、「(オレ)、皇帝ぞ?」の一言で払わずに済ませたので、たぶん皇帝として直接値段を交渉して直接渡すという事だと思います、とおれがフォローした

 本人も頷いていたのでそれで正しかったのだろうが、相変わらず言葉がちょっと足りていない人だと思う

 

 だから、直接交渉する以上、帰るということはきっと無いだろう。あの少女は、名前すらまだ書かれていない奴隷契約書と共にこの地下のスペースに……

 っ!そうか!

 脳裏に閃く電流。ってか、気がつくの遅いなおれ

 

 「分かるか、では、お前が願って買った者達については任せる」

 言うなり、魔法でもって炎に包まれ、父の姿は消える。相変わらずのチートっぷり。少しくらい能力を分けて欲しい、なんて、不可能なことも思ってしまう

 エルフ少女の元へ行ったのだろう

 

 向かわなければならないことに気が付いたから

 そもそもだ。名前をもって縛りと為す。親から与えられ七大天に告げられる名前は祝福である。その分対象の名前は呪いの鍵として使われることも多く、奴隷契約もまたそうだ

 皇族に姓がないのもその関係。実は独立する時の為に産まれた時から皇帝から姓は与えられてはいるのだ。だが、その姓は皇帝と七大天以外誰も知らない。神によって祝福された届けられた真名、それを本人すらも知らないからこそ、誰も皇族を呪えない。公式文書ですら名前だけ、姓なしの扱いは名を用いた呪いへの耐性になっているという訳だ。血でも使えば流石に呪えるが、髪の毛等では不可能。そして血を取られてる時点で自業自得なのでまあそこは仕方ない扱い

 閑話休題。名前と血をもって成される契約が奴隷契約。ならば、血で名前が書かれていないということは、そもそも今はまだエルフ少女は奴隷ではないという扱いがされている事になる

 フォースの姉等の書類は新たなる所有者の名前を己の血で書けば所有権が移るが、旧主人として奴隷商人が登録されているのだろう段階。それに対し、エルフ少女は誰とも契約していない。奴隷として売られていたが、実は今の彼女は奴隷でも何でもなく、行動に制限を受けていないのだ

 

 ならば、だ。魅了を使って金を取ろうとした少女だ、皇帝に睨まれたと思ったら逃げるんじゃないか?

 騙し取れないならば大人しく奴隷になってでも皆を救える金を手に入れようとする……かもしれないが、逃げないとは限らないだろう。おれなら逃げるよりも確実に皆を救えるならと思うが、そんな思考はアホのやることだと父にもさっき窘められたじゃないか。他の立派な皇族や、エルフの姫なんかが選ぶとも思えない

 だから、先んじて抑えに行ったのだ

 

 ってか、皇帝が出てくる可能性もある帝都で良くもまあ自分を売る売る詐欺なんてやろうとしたなあのエルフ。ひょっとして馬鹿なんじゃなかろうか

 いや、皇族が出てこないような場所の奴隷オークションだと、全体的に貴族の爵位も低いだろうし大物貴族を魅了して大金ゲット!は狙いにくい。エルフが奴隷として売られるなんておれの耳に一切入らなかった辺り、おれが行かなければ父さんも来ずに上手くいってたのかもしれないけど……

 ハイリスクハイリターンを狙って見事にリスクに引っ掛かってる。可哀想……な気もするが、魅了にかけられてエルフの為ならとお家終了レベルの額の金を払わされそうになっていた貴族のが数倍可哀想だ。幾ら上に立つ者にとって弱さは罪だ、なこの国とはいえ、エルフ相手に魅了されるのは仕方ないだろう。それでお家終了するとか貴族が可哀想過ぎてエルフに同情の余地はあまりない

 ってかだ。おれ(《鮮血の気迫》で魅了を打ち消せる)、アイリス(ゴーレムを遠隔操作しているので此処に居ない=そもそも魅了の範囲外。ゴーレムに自律性能も無いからバグって勝手に動く心配もない)、そして皇帝シグルド(《烈火の気概》により魅了を打ち消す)以外の皇族ならば確実とは言えないまでもワンチャンあると言えるくらいの可能性で魅了が通る。というか、多分第二皇子のシルヴェール兄さんとかでなければ魅了出来たんじゃなかろうか

 そのレベルに魅了は危険な力だ。万が一やらかしてても国から同情くらいはされるだろう。流石に無傷とはいかないだろうし爵位降格くらいはされるだろうが、お前ら売国で処刑といったレベルは無い筈だ

 逆に言おう。そんなものを当然のように振りかざすあのエルフ、逃がしたら不味い

 

 だが、今は父を信じるしかない

 おれの完全上位互換だから流石に魅了でやらかすことも無いはずだしな!

 というか、父さん居なかったら真面目にヤバかったのではなかろうか。本来ならおれ一人で直面したときに解決すべきだろうに、皇帝に出張って貰うとかまーた悪評が増える……

 歳上の獣人を買う(フォースは亜人だが、姉は獣人だ。差は魔力の有無なので血の繋がった姉弟でも人権ある奴と無い奴が出来てしまう)マザコンの変態まで広まりそうだしな……

 

 というかだ。今此処で血でおれの名前を書けば契約は解除される。でも、それで良いのだろうか

 というか、一回奴隷解放してもまた捕まったら意味無いしな。後始末とか大変そうだが考えてなかったわどうしよう

 そんな事を思いながら、フォースに急かされつつも指先から血を取る専用ペンを手に固まり……

 

 「……待ってくれ!」

 そんな声に振り返る

 茶髪の商人……フォースの姉のオークションでおれと最後まで競り合った青年が、息を切らせて駆けてきていた


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