蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
業火の中、女性の寝室に踏み込む。雷鎚を纏う刃で角を打ち砕き、火の粉の舞うカーペットを踏みしめる
果たして、小さな遺骸を抱いた20後半くらいの女性が、扉や窓のぱっと見無い密閉された部屋のベッドの上に膝を折って座っていた
豪勢な緑色基調のドレス、栗色のロングヘアを三つ編みに結い上げた彼女は恐らく……いやほぼ間違いなく取り残された奥様、だろう。特徴としては……目が変だ
いや、見覚えがあるな。かつて……鏡の中で良く見たあの眼だ
そう、始水がキレて無理矢理にでも逃げ場を奪っておれを連れ出した時の、叔父夫妻から貰った生活費を友達料として差し出した後のおれが良くやっていた眼。そう思えば、女性の頬が少し
配膳されたろう皿や、その残骸もない。部屋にあるのは数枚の絵画に、机と椅子。そしてベッドだけだ。いや、小動物の遺骸もあるな、今は
この眼ってことは、何かを……
「何者ですか、無礼者」
「不埒で結構。機虹騎士団、ゼノだ」
「皇子、殿下……」
あ、そこは忌み子ではないのか。アイリス派か?
虚ろな青い瞳、濁った光がおれを見据える
「何故」
「何故も何も無い。部屋に居てくれたのはある種助かるが、この火事は分かるだろう」
何たって火はまだ回りきってないラインというか魔法とそもそもの魔物素材のお陰か燃えにくいんだろうが、熱気が凄い。角を砕いたせいで熱風が入っておれの服の袖を強く吹き揺らした
「……此処から、出る気はありません」
その瞳に宿る光は昏く、けれども強いもの
嫌になる。おれと同じ目だ、これは。端から見れば狂っていて、それでも止められない激情を湛えている
ぎりりと奥歯を噛む。分かってしまう。何かあるんだと、おれ自身の心を焼くあの日の熱が、兄の背骨を焼くエンジンの爆発で歪んだ鉄が、妹を貫く鋼が、かつて護れなかった少女を……リリーナ・アグノエルの恋人を穿つ風雷の爪が、脳裏にフラッシュバックし、一歩後退る
おれも、同じだろう?と
「……どうしてだ」
だけれども、再度前へ出る。此処で止まれば、おれはもう何も変わらない、変われない。おれがおれである意味すら否定して……ならば此処で焼け死んだほうがマシだ
「……死んで欲しいならば、死んで差し上げますという事です」
「おれは、君を助け出しに来た」
「……この、出口の無い部屋から?」
……無いのか、出口……
いや、無いな確かに……。隠し部屋だから扉が見えないだけかと思っていたが、多分此処密閉空間だ。空気穴すらほぼ無いからか空気が酷く澱んでいる。ってか、出入り口らしき場所の周囲が燃え始めたが、燃え方が可笑しい。扉が金属で塗り固められてるなこれ!?
よーく分かった。この部屋、小動物の遺骸くらいしか食べられるもの無いわ。だからあんな顔だったのか。どれだけ腹が減っても、餓死しても、愛していた子の亡骸を口にするまい、と
「……死んでやる必要があるのか?」
「死んで欲しいのでしょう、夫は。どうせ、もうあの男のものにされた身。今更帰ることなど」
ちらり、と女性は掛けられた絵を見る
……あ、思い出した。この絵、とある新鋭の画家の作だ。何らかの理由でパトロン欲しがって、数年前に王城にまで押しかけてきたって話を聞いたな。まあ、当時のおれは辺境へと出向中、出会えてはないが……。今も、何かに取り憑かれたように絵を描いている変人画家らしいってのは知ってる
この言い回し、恋仲という感じだな。あれか、貴族のお嬢様と恋仲の画家の青年が、お嬢様に釣り合う立場となるべく大貴族……それこそ皇族お抱えを目指したが、実る前に彼女は家の意向で政略結婚してしまった、と
……20後半でおれが辺境の頃までは待って貰えたなら結構期待されてたんじゃないか?絵も鬼気迫る気迫が怖いって人も居るけどおれは迫力があって好きだ。飾る場所は選ぶし確実に寝室に飾るものでもないが……
閑話休題
「逃げるな」
「は?」
女性が、怪訝そうに怒りの吊り目を潜めた
「その絵、かなり新しい。描き手は今も、初期作の情熱を燃やした絵を描き続けていると聞いた
なのに、諦観と死に貴女は一人で逃げるのか」
自分に言い聞かせる様に、おれは静かに告げる
ひゅっ、と息を呑む音がした
「ひっ!」
「逃げるなよ、無理矢理にでも連れ帰る」
が、その瞬間、爆発的に焔が膨れ上がり、爆炎が横薙ぎに部屋を灼いた
「舐める、なぁっ!」
対するは咄嗟に愛刀を呼び寄せての雷鳴一閃。吹き荒れる炎を雷が両断し桜の軌跡を遺す
が、それで凌げるのはほんのひと時。ってか、やってくれる!耐火素材かと思ったがこの部屋、燃えやすい素材だなこれ!?多分近くに当主の部屋がありそっちが燃えにくかったから火が回りきってなかっただけで、この部屋は火が届いた瞬間に妻消し炭ゾーンになるよう設計されていたんだろう!
何処まで妻を殺したいんだよこの家の当主!?流石に証拠隠滅してないとバレバレになるぞこんなの!
「……出るぞ」
「この絵を、あの子を、夫の悪意の詰まった此処に置いて?」
……面倒臭いなこの人!?いやおれが言えた義理でもないが!
どうする?何とかなるという試算は、流石に証拠隠滅が要る妻消し炭ゾーン部屋である事を考慮していない。リリーナが火の回りを遅めてくれていても、絵画毎彼女を連れ出しては流石に時間が足り……
ぽつり、と水滴が頬を伝った
……ん、水滴?
見れば、おれのコートに付けた前を留める金飾り(アイリス製なので間違いなくゴーレム)が光を灯していた
そして、焔の弾ける音とは別に聞こえる、ぽつりとした雨音。雨?だが本日は晴天で
『「えへへ、間に合いましたか、皇子さま?頑張ってわたし、龍姫様への祈りで雨を降らせてみたんですけど」』
……うん、アナだな。早い早すぎる。と思ったがまあ、アルヴィナもだが最初から聞いてたろうからなぁ……
背後で唸る猫の声。アイリスのゴーレムに乗って駆け付けたのが、端末を通しての通信から分かる
「……バッチリだよ、アナ。だけど、雨は程々に。まだ燃えきってない範囲に、濡れても困る大事なものがあるから」
と、言って見回す
ヒビが入った天井から落ちてくる雨粒。この感じ、消火できても下手すれば……というか長くは持たずに崩れるな?ならば絵を運び出す余裕が出来たかどうかでしかないが
「……ふん。何時呼ぶ気かと思えば」
とか思っていれば、おれの影からカラスが嘴だけ器用に生やしていた
「そうか、シロノワール。手を貸してくれ」
「ふん、恩を売るだけだ」
……寧ろ売ってくれる時点で大分優しいだろう?ってからかいは喉に留めておく。ひょいと影から湧いてきた魔神王が手際良く影の爪で壁の絵を外して己の影に収納していくのを眺めつつ、おれは女性に手を差し出した
「……では、もう逃さない。行きましょうか、逃げ遅れた貴女のメイド達も心配していた」
……さて。火を抑えててくれたリリーナ、信号弾……ならぬ信号雷を撃った時点でアナを動かしてくれたおれストーカーの妹達、アルヴィナとシロノワールの兄妹等のお陰でとりあえず犠牲無しに火事の館に取り残された(一人完全にぶっ殺す気で閉じ込められていた)人々は救えた
が、本番はある種此処から、なんだよな……