蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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茶番劇、あるいは貧乏くじ

「……皇子!その署名、待ってくれ!」

 「姉ちゃんを買おうとした悪い奴!」

 ふかーっ!と、フォースがその尻尾を膨らませて威嚇する

 それを宥めることはせず、静かに相手を見上げる

 いや、まあまだ7歳なんで仕方ないんだけど、こういう時に思い切り見上げる姿勢って本当に格好付かないな……

 

 まあ良いか、と、おれは口を開く

 「皇族に何かを求めるときは、まず自らが何者かを明かすべきでは?

 子供なら礼儀など求めないけれども、貴方は立派な大人の筈だ」

 ……言いすぎただろうか

 皇子といっても忌み子。社会的地位で言えば頂点にして底辺。その両方に居る変な奴なのだ、おれは

 

 だが、それを聞いて、その茶髪の若き商人は、忘れていたとばかりに目をしばたかせる

 そして、即座に一礼する

 「失礼した、第七皇子。あまりに焦っていたもので

 私はエド・エルリック。エルリック商会……」

 「そこの説明は不要。おれも名前は聞いたことがある」

 彼の言葉を遮り、そう返す

 だが待て?エルリック?

 

 ……フォース・"エルリック"。原作での横の狐耳少年の名前だ

 これは偶然の符号……な、筈はない。ちょっと待て。原作ではフォース達、こいつに買われるのか?そして、何らかの方法で成り上がり、乗っ取ると

 だとすれば、あれ?今のままじゃあ原作と過去が変わらないか?大丈夫なのか?

 

 冷静を装いつつも、内心大混乱なおれを他所に、青年……エド・エルリックはおれに頭を下げた

 「どうか、どうか!皇子!

 あなたの買ったその奴隷、譲っていただきたい!」

 「……何で?」

 混乱から、思わずそんな疑問が口をついて出た

 

 いや、原作に添わせるならきっと此処で頷くべきだったんだろう。だが、それではフォースとの約束がパーだ。それは困る

 そんな思いが、即座の返答を阻む

 「……お恥ずかしながら、私と彼女は愛し合っているのです」

 「このロリコンがぁっ!」

 バァン!

 下の姉の契約書を机上に叩きつけつつ、そう叫んでみる

 違うことは知ってるぞ?上の姉は15前後っぽくて、下の姉は10ちょい。15で成人なので、上の姉については……6歳差くらいだろうが、それでもロリコンと呼ばれる筋合いは向こうには無いだろう。成人同士だからな。自由恋愛だ

 だが、敢えて下の姉と恋人とかこのロリコン!と言ってみたのだ。皇族ジョークという奴である

 つまらないとは思うが、緊張は解れるだろう、と、ガチガチに固まったエドを見て、おれはそう思った

 ってか、明らかに舐めてる目をしてる貴族達もアレだが、皇族だからと畏まられても正直反応に困る。おれは所詮おれでしかないというのに

 

 「違います!断じて私はロリコンではない!」

 ……というかだ。小学校でこーこーせーのロリコンさんがどうとか同級生が自慢気に話していた朧気な記憶からロリコンという言葉を使ったが、この世界でも通じるんだなこれ

 

 「で?一つ聞かせてくれないか

 何で、その愛し合っている相手がオークション等にかけられてんだ?

 弟のフォースは直接助けてと言いに来たというのに、何故普通に買おうとしている?」

 「……私と彼女の為です」

 「だから、それを話せ。フォースも首を傾げているだろ」

 「……はい」

 

 そうして、眼前の20ちょいの♂は語り出す

 それを要約するとこうだ

 

 彼はエド・エルリック、22歳独身。名前の通り、エルリック商会の次期会長となるエルリック家の若き長男だ

 真面目で誠実で人柄も優しい。商人としては良いところも悪いところも併せ持つ彼は、まあ当然ながら次期会長として結婚をしなければならないという家族からの圧力に悩まされていた

 確かに結婚の必然性は分かる。子を為すことは長男の義務とも言える。だが、彼は誠実で、恋したこともない。誠実さ故に、好きでもない相手と結婚など出来ない

 そんな彼はある日、下働きのユキギツネの女性(フォースの姉だ)に一目惚れし、恋を知った。だが、彼女は獣人。人権は無く、結婚など許されるはずはない

 それでも諦めきれなかったエド・エルリックは、彼女を形式的には愛玩奴隷という主従関係で、実質的には妻という形で彼女と結ばれようとした。そうして、奴隷商人に、その手続きを行おうとしたのだが……

 当然ながら、獣人を奴隷にして愛人枠に据えようという計画は、彼の姑等の耳にも入っていた。奴隷商人は買収されており、本来は優しく連れていく算段だったフォースの姉二人を強引に拐い、普通の奴隷としてオークションにかけようとしたのだ

 家族の裏切りに気が付いたエドだが、時既に遅し。奴隷商人を責めても、家族を責めても、愛するユキギツネがオークションにかけられることは最早止められない

 

 それを知ったエドは、一つの賭けをする。自分は何とかして愛する少女を買ってみせる。それが愛の証明だ

 愛を証明できたら、もうあの子に手を出すな

 そういう約束をしに来た彼に、彼の家族はその意志の固さを知り、それを了承する

 かくして、エド・エルリックはあのオークションに望んだのだ

 

 で、ここでおれが出てくる。表だって妨害をしないと誓ったエドの姑等獣人の愛人など!勢力だが、それでも妨害はしたかった

 だが、分かるような妨害は出来ず……白羽の矢が立ったのが、姉とエドの間で話が進んでいたから何も知らないフォース。彼に姉が拐われたこと、その姉がオークションにかけられることをギリギリのタイミングで手紙で教えたところ、何とか出来るかもしれないし時間がなければ裏付けをほぼ取らずとも動いてくれそうなおれに見事助けを求めたという訳だ

 こうして、姉と姉を買おうとしている奴が実は恋人とかそういう事情を知らないフォースの代理兼エドの妨害役として、おれはオークションに引っ張り出されたという話である

 

 ……うん。おれ、完全に悪役じゃねぇかよ!?

 普通は談合になるからオークション中に、競り合う者同士での話は禁止

 それを破ってでも何か聞いてきたのは、命がけで張り合うか、後で頼み込めば何とかなるかの判断だったらしい

 

 ……何というかまあ、踊らされたものだな、おれ

 

 「おりゃっ!」

 「フォース、黙ってろ」

 話を聞くや、何だよいーひとじゃん!とばかりに契約書をおれから引ったくろうとするフォースの脳天に軽くげんこつを落とし、そう語った商人を見る

 多分本当なんだろうなーってのはある。原作フォースがどこかでエルリック家を乗っ取ったというよりは、姉が奴隷で妻だからエルリック家に何処かで迎えられたという方が原作のフォースの設定に説明が付く

 だが、ほいほい信じるのはどうだろう。バカに見えないだろうか

 だから、一個脅す

 

 「嘘はないな?」

 「……ええ」

 「妹や、弟は?」

 「家族の差し金でしょう。弟は人権の問題で残し、妹はついでに拐った」

 「聞きたいのはそんな事じゃない」

 火傷痕のある顔で凄む

 

 「ええ。愛する人も、そのきょうだいも。二度と離しません」

 ……その眼は、しっかりと此方を見返していて

 嘘は、見えない

 

 ちょっと手帳を取り出し(因みに、全ページに透かしで皇族の紋章が入った特注品)、ペンで"フォース・エルリック"の代理人として、義兄エド・エルリックに以下の奴隷の所有権を譲渡する旨をさらっと書き、そのページを破って書類一式からエルフの分を抜き取った代わりに挟む

 そして、その書類をわざとらしく頭の辺りまで持ち上げて……

 ばさり、と床に落とす

 

 そして、おれはわざとらしく席につき、残したエルフの書類に目を落とす

 「あれれー?一枚しかない

 しまったー、ユキギツネどれいどものしょるいをどこかにおとしてしまったなー

 どこにいったかなー、なまえもかいていないしこのままじゃだれかにひろわれてかってにけいやくされちゃうなーこまったなー

 でもなー、おとしたのはおれだしなー。じごうじとくだよなー」

 うん。見事な棒読みである。おれの声って声優の声そのままですげぇと今でも思うのに、声帯がプロと同じでも中身が残念だとこうも聞くにたえない演技しか出来ないのか

 反省しよう

 

 ってかフォース?なにポカンとしてるんだよ。おれがわざとらしく床に落としたうっかり何処かに忘れてきたはずの書類を見つけてしまう前にエドに渡してくれよ

 折角の棒読み演技が台無しだろう、何分もこの演技とか恥ずかしくて辛いんだ、早くしてくれ

 

 「……ゼノ皇子」

 「嘘を付いていたと判断した時。つまり、フォースから願われた姉を助けてという言葉がまだ果たされていないと判断したその時。おれは、皇子としてエルリック商会に真っ向から喧嘩を売る

 それだけだ」

 「……感謝します」

 言って、フォースの手を引き、下がろうとするエド

 その短い茶髪を見ながら……

 あ、そういえばあの書類って金を払って買ったものじゃん、ということを思い出した

 いやでも、今更金をふっかけるとか、皇子としてどうなんだろう。せめて300ディンギルくらい置いてってくれないかなーとは思うが、書類手離す前に交渉しておくべきだった。これはおれのミスだ

 

 「あ、一つだけ待て」

 「な、なんでしょう」

 「……その書類の額だが」

 あ、エドの奴固まった。そうだよな、エドが辛い額まで来たから、おれの動向を伺ったりしたんだものな

 ……止めよう。おれが空回りしただけ。孤児院の皆にはちょっと貧しい思いをさせるが、そこはおれを恨んでくれ

 

 振り返った商人の青年に、子供用のコートから外した紋章入りのブローチを投げ付ける

 「おわっ!何をするんですか」

 「お前たちの事実上の結婚の、第七皇子からの祝い金だ

 何か言われたら、皇子が祝福したと返せ

 ま、忌み子だけどな」

 どんな意味があるんだろうな、と自分で苦笑して

 今度こそおれは、二人が去っていくところを見送った

 

 ……ところでこれ、おれは完全な貧乏くじなのではなかろうか

 自業自得だが、情けない解決方法だなこれ……


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