蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……20000ディンギル、か」
転移の魔法を駆使し、240回+余裕として10回分の星紋症の治療魔法の魔法書を帝国各地を回って集めてきた(因にだが、単独で転移魔法が使える父皇シグルドだからこそ出来た事であって、普通は無理だ)父から、うず高く積まれた本の塔を受けとる
1冊に10回分。使えば使った回数分、魔法が刻まれているページが魔力焼けで黒ずんでいくので、白いページが未使用である証
一冊一冊は分厚いハードカバーの普通の本なのだが、それが25冊。雑に紐で縛られているが、おれの身長より高い。流石は5属性魔法、1回分の魔法文字の書き込みが半端じゃない
「お、おっと」
体勢を崩しかけ、慌ててバランスを取る
「燃やすなよ?」
「わかってる、けど」
「……いや、もう良いか」
指を鳴らし、銀の髪の皇帝は地面に突き刺していた己の剣をその手に呼び戻す
同時、エルフ少女を捕らえていた炎の壁は消え、おれがああ言ってから1刻閉じ込められていた場所から、漸く少女は解放された
バシャッ、と
おれの顔に温い飛沫が掛かる。帝国南部で取れる香りが良い茶葉で淹れた、鮮やかな黄色をしたお茶だ
父が仕方あるまいと買い揃えてきている間、逃げられないように神器の焔がノア・ミュルクヴィズを囲んでいた
エルフの少女を信じきれないから、この壁を取ってくれと父に言うことはおれには出来ず。せめてものもてなしとして、プリシラに頼んで持ってきて貰ったのだ
何でプリシラに連絡が付いたかというと……
「ふしゃぁぁぁっ!」
そう、おれの肩で鳴く三毛猫のお陰である。つまり、アイリスのゴーレムだ
王城にアルヴィナが訪ねてきた、その事を告げるために、ついでに邪魔だから部屋から摘まみ出して良いかと聞くために、アイリスがあの後すぐにやって来た
おれの居場所なんて、簡単に分かるらしい。恐らく、アイリスから不満げに聖夜のマントのお返しとして貰ったコートに付けるバッジに発信器のような機能でもあるのだろう。なくさないようにしないとな
ということで、アイリスを通して、家のメイドのプリシラに頼んだのだ、菓子と茶を此処に持ってきてくれ、と
妹をパシりに使う忌み子としてアイリスのメイド陣からの評価と、折角レオンと共に新年を楽しんでいたのを邪魔されたプリシラからの扱いが更に下がることは間違いないが、まあ良いだろう
ということで、1/2刻くらいして(大体日本で言う1時間半相当である。この世界の一日が24時間とした場合だが)、芝居に行くところだったんだがなと小言を言ってくるレオンが持ってきた菓子と茶を受けとり、それを焔の壁の向こうに差し入れた
それが、父が帰ってくる迄に起きた全部である
礼一つもなく、天属性の七大天、天照らす女神の加護を得ているからかの女神が嫌う木の実を使っていないものをと思って選んで貰った、主な原料が牛に似た生物(多分牛で良いのだろう。牛帝という七大天も居るわけだし)の乳を主な材料にしたクッキーも半分くらいしか食べていない
プレーンなものではなく、別の家畜の乳から作られたバターを混ぜたバターミルククッキー。ちょっとクセのある濃厚な味わいがクセになる、孤児院人気のおやつだった筈なのだが、残念だ
「……お気に召さなかったか」
魔法書が濡れるので止めて欲しいな、と言いつつ、本の束を少女に渡す
「……持って帰れなくない?」
おれのステータスならば持てる本を渡されてぐらつく少女に、本を支えながら不安を覚える
「だから、これがある」
と、父が近寄り、不思議な青い袋を被せるや、本の束はその中に吸い込まれ、両の掌に収まるサイズの、勝手に口が閉じられた袋だけが残った
「
「そのまま持ち帰るには不備があるだろう。サービスで付けてやる」
蒼袋。あの
掌に落ちたその袋を握りしめ、少女はささっと服の袖から短い杖を取り出す
恐らくは、逃げ帰るための魔法なのだろう
「……君達が助かるよう、勝手に祈ってるよ」
にこりともせず、振るや否や砕けていく杖と、光に包まれて消えていく少女を見ながら、ぽつりとおれは呟いた
「……祈るのは良いがな、ゼノ」
「陛下」
消えるや否や、振ってくる拳
それを受けつつ、父である皇帝を見上げる
「エルフに恨まれていては困るのは確か。故、今回の金は国庫から出してやる
それは良い。良いが、七天の息吹まで付けてやって欲しいというのは、どういう了見だ?」
そう。父が言っていたように、大体今回使ったのは20000ディンギル。240+予備で10回分の魔法書で大体10000ディンギル。では、残り10000ディンギルは何なのか
その答えが、ほぼ万能の7属性治療魔法、七天の息吹だ。全属性の使い手が4/3ヶ月(言い換えると8週間)かけて漸く作れるという、超高額魔法。死人は無理だが、数年前に吹き飛んだ手足くらいなら当然のように治るという最強格の治癒魔法。肉体を満足な状態に戻す魔法であり、呪詛等にも当然完全対応。その分お高く、10000ディンギルだ。日本円にして約1億。制作方法こそ確立されている為法外な値段とまではいかないが、それでも普通に手が出せるようなシロモノではない。というか、大怪我した時にこいつを必要な出費として使えるような者達であるから、高位の貴族は傷が残らない。逆に、そういった回復魔法が反転する忌み子ゆえに火傷痕の残るおれが、あいつ皇族なのに傷残ってやんのと貴族達から馬鹿にされる訳だな
「まあ、別に
アルノルフの奴は混乱するだろうな。20000ディンギルを良く分からん混乱で使った、とな
さて、お前はどう返す?」
愉快そうに、皇帝は言葉を紡ぐ
星紋症の治療だけなら、250回分の魔法書で良いのだ。なのに何故あんなものを追加したがったのか、燃える瞳が問い掛ける
「次に繋げるために
効いたならそれで良い。けれども、本当に星紋症への対応魔法が効くのか未知数
もしも効かなかった時、単なる無意味にならないように」
一息入れ、頭の上に乗ってくる三毛猫を宥め、言葉を続ける
「あれは王城に保管されているもの。使えば、使ったことが七天教に伝わる
その時動けるように。効かなかったときに、次の手を打ちつつ、少なくとも一人、あのノア姫が自分で動こうとするくらい助けたかったのだろう誰か、はもう助けられたという恩を売るために」
「恩を売ってどうなる?」
「言った通りだよ
人に与して欲しいとまでは言わない。その女神に選ばれた種としてのプライドで、下等生物に助けられたままでは居心地が悪い、とそんな気持ちで良いから、いざという時に此方に向けて手を差しのべてくれる可能性を用意したい」
「ただそれだけの事に10000ディンギル……いや、20000か。全く、お高い買い物だ」
「それでも、おれに思い付く解決法なんてこんなごり押ししかないから」
「全くだ
あまり国庫をアテにするな馬鹿息子。その国庫からという考えは、何時か取り返しのつかない負債を生む。今回だけにしておけ
……でだ馬鹿息子。お前、買ったあの狐の姉妹はどうした?」
「……それなんだけど」
言いにくいが、言わなければならないだろう
弾けそうな胸を、頭から降りてきたアイリスのゴーレムを胸に抱くことで誤魔化し、おれは口を開いた