蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「もう、だいじょうぶ」
そう言って少女が身を捩らせたのは完全に日が落ちた後の事であった
「落ち着いたか、アルヴィナ」
「……うん。お兄ちゃんを思い出した」
「そっか」
軽く帽子の上から頭を撫で、ならばあまり女の子に触れ続けるのも良くないと離れる
「……みんな、忘れていく。お兄ちゃんの事を、最初から居なかったように」
「そうだな
でも、アルヴィナは覚えてる」
「……うん」
「覚えていて良いんだ。人が本当に死ぬのは、皆に忘れられたときだ。
「だいじょうぶ、忘れない」
「うん。そうだな」
こくりと頷いて、完全に冷めきった茶を一口啜る
「甘い」
「良かった」
言いつつおれは空を見上げる
既に陽は落ちている。女神の神殿ともされる星は空から消え、星空が広がっている……はずだが、あまり見えない
「……有り難う」
「友達だろ?当然だよ」
言って、プリシラが見たいと言っていた芝居の時間を思い出す
……合計2刻。とんでもなく長い芝居だ
「夜も食べていくか?と……言いたいところだけど、プリシラ達が帰ってくるのは日付が変わった後くらいなんだよな……」
「……泊まっちゃ、だめ?」
袖を引く友人に苦笑して、おれは言う
「泊まりたいなら良いけど……親に許可は取った?」
「問題ない」
「問題ないなら良いんだけど、晩とか何にも用意されてないしな……」
「めずらしい」
「珍しくもないよ。プリシラは割とおれに対して扱いが雑だから」
だから、父さんに怒られた、と茶化して
気丈に振る舞ってはいても、アルヴィナは平素通りじゃない。だからこそ、おれにこんなにもすがってくるのだろう
「皇子なのに、可笑しい」
「父さんにも怒られたよ。でも、これがおれなんだ」
「……他人に甘くて、自分は大丈夫って笑って
譲れない何かが、心の奥にあって」
「おれにはそんなもの無いよ」
「ある
ボクを、みんなを、全てを護らなきゃいけないという思い」
じっと、おれを見つめる瞳
涙跡の残るその瞳が、何処か文字通り輝いている気がして
「当たり前だろ。皇子なんだぜ、これでもさ」
「他の皇子がそんなことしてるの、見ない」
「おれは忌み子だから。理想論を語り、それを体現するくらいやらないと」
「……うん。そういうところも、ボクのお兄ちゃんに似てる」
「悪い、こんなことアルヴィナに言いたくないけど、あんまり誉められてる気がしない」
「誉めてない」
その言葉に苦笑して頬を掻きながら、夜の事を考える
「にしても、本当に大丈夫なのか?新年なのにこんなところに居て」
「皇子だって、新年なのにご飯がない」
「それは……プリシラ達は外で食べてくるらしいから……
孤児に混じって何か食ってろって、レオンには悪態つかれたよ」
流石に、兄弟弟子でも乳母兄弟でもあるのに、おれだけ初等部暮らしとか、向こうヘソ曲げるのも仕方ないとは思う。ここ半年、師匠は夜は大体おれに稽古をつけてくれたし、数日に一度は初等部メンバー(ちなみにだが、あくまでもアイリスの付き添いなのでおれ自身は空気に徹した。ヴィルジニーには突っ掛かられたが他からは空気みたいな扱いであり、交友関係は広まらなかった)のために授業。レオンは完全にないがしろにされていたのは確かだ
修業自体も本来おれのおまけ。主君が学ぶ序でに教えて貰っていたくらいのもの。理屈の上ではおかしな話ではない……んだけど、かといって割り切れるものでもない。レオンだって真面目な生徒だったんだから
「そうだ。アナのところ……もなぁ……」
良いこと考えたと一瞬思い、否定する
「だめなの?」
「ただでさえ予算不足で品数が想定より減ってしまって、その上一人分取り分けてやってくれって言ったからさ。更にこっからおれ達が削るのも気が引けないか?
特に、子供達にとっては384日に……皆の誕生日が被りが一組居るから13……いやエーリカが加わったから14、聖夜と新年とあとは……案外多いな……一月48日に3~4回あるわ
といっても、ご馳走と呼べるものなんて10日に一回ないし、新年はその中でも特に奮発したものだし、誕生日なんかと違って、全員の希望を聞いてそれぞれ1品ってやるものだ。削っちゃ悪いよ」
「……確かに
でも、元々削られてるのは良いの?」
「本当はだめだけど、アナが皇子さまの負担になるなら、わたしは何にも要らないって言ってくれたから
その分、あの子の誕生日は豪華にしないとな、ってくらいは思ってる」
「……誕生日」
「……御免、アルヴィナの誕生日を忘れてた。聞いたことないから、前は祝えなくて御免な
教えてくれたら、今年は忘れないようにするから」
「……分からない」
だが、返ってきたのは予想外の言葉
「ボクの誕生日、お兄ちゃんくらいしか祝ってくれなかったから」
「何だそりゃ」
「跡継ぎの兄以外、割とどうでも良い家だから」
「だから、影武者なんてものも居て、死んでも気にもとめないというか、身代わりが死んでくれて本人が生きてて良かったで終わるのか」
こくり、と少女は小さく頷く
「半分血の繋がらないお兄ちゃんだけが、ボクを大事にしてくれた」
「半分は繋がってたのか。妾腹か何かか。影と言うから、奴隷か何かかと思ってた、悪い
辛いよな、アルヴィナ」
「辛いけど、家に居るより良い」
「アルヴィナの力になれてるなら良かった」
「お兄ちゃんが居なくなって、家の体制も変わって
息苦しくて、来た。寮は今閉まってるけど、あっちの方が気楽で良い」
男爵家とはいえ使用人も居ないのはまず有り得ない。だというのに、アイリスの気紛れかアナ一人だけを使用人にしたあの寮以下の快適さとはこれ如何に
本気で息苦しいんだろうな、と思うことしか出来ない
「……御免、他にもボクの友達、居た
皇子が買ってくれたあの子」
「大事にしてくれてたか?」
実は少しだけ心配だった犬の話が出て、良かったと胸を撫で下ろす
「うん。半年ぶりに帰っても、ちゃんと忘れず出迎えてくれた
でも、もうそれだけ。優しくはないけどボクの所にいた人も含めて、兄が色々再編して居なくなった」
「それ、良いのか?」
「冷遇されてたのを見直すって。元々ボクには何にも期待されてないから、その周囲の人も左遷みたいな扱い」
「いや、帝国初等部への招待って、真面目に名誉の筈なんだけどなぁ……」
何度も言うが、おれでは絶対に手が届かない名誉である。マジでアルヴィナって凄い奴なんだなと見かけた瞬間に思った程だ。原作主人公の未来の聖女リリーナ・アグノエルでも落ちるレベルだぞ?それが割と放置されてるって何なんだろうなその男爵家
「あれ?というかアルヴィナの兄……ああ、次期当主の生きてる方も初等部通ったりした?」
「全く」
「だよな、名簿にもアルヴィナ家の名前って他に無かったし」
他に無いから可笑しい、とはならない。高位貴族なら兎も角、下位貴族なんて突然変異レベルで優秀な素質持ってないと入学できないからな、あの初等部
今もアルヴィナの一口だけ飲んだお茶、アルヴィナの出している魔法の灯りに照らされて多少鏡のようになっているそれを通してちらちら此方を魔法で見ているアナでも無理。というか、最初に水鏡の魔法を難なく出来ました!してた時から思ってたんだけど、スペック高いなあの子。後で思ったんだが、水鏡って魔法についてド素人な子供じゃ基本まともに使えない程度には難しい魔法だぞ
「そんななのに、アルヴィナは基本無視なのか」
「兄がもう、当主と決まってたからボクは寧ろ邪魔
そんな邪魔なボクの周りに左遷されてた人たちも、兄が実権を握り始めたらどんどん重用されていって」
「アルヴィナの周りに残ったのは、絶対に表向きは出せない影武者と、アルヴィナの為に贈った犬だけ、か」
「前に帰ったときより、ボクの周りは酷くなってて
……お兄ちゃんも、帰ってこなかった」
「……アルヴィナ。おれに話して気が済むなら、幾らでも聞くよ」
ちらり、と茶の水面を見る
アナがおれの贈ったノートに何かを書いて此方に向けて出していた
曰く、『リリーナちゃん、大丈夫そうですか?』と
まだアルヴィナじゃなくてリリーナなんだな、と。寧ろ名前呼びの方がちょっと距離あるっぽい妙な感覚の少女にくすりと笑いかけ、アルヴィナに悪いと頬を引き締める
「でも、ちょっと待ってくれよアルヴィナ」
水鏡は水を通して互いの姿を、周囲を映し出す魔法。日本風に言えば双方向ライブカメラ。だが、音は通らない
なので胸ポケットから手帳を取り出し、さらさらと走り書きする
『辛そう』と
直ぐに銀髪の少女は頷いて自前のノートに返事を書く
『じゃあ、リリーナちゃんを連れてくる事、出来ますか?』
『良いのか?折角のご馳走が更に減るぞ?』
『おともだちには元気出して欲しいです。それに、皇子さまが居るからわたしたちは飢えず、こんなご馳走まで食べられるんです
だから、皇子さまやそのおともだちの為なら苦じゃないです』
「だ、そうだぞアルヴィナ」
おれの視線に気が付いたのか、横で覗き込む狼耳の少女にそう告げる
「行くか、アルヴィナ?」
「……行く」