蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
手にした鍵(当たり前と言えば当たり前だが、孤児院の鍵はおれも持っている。実際の管理者はまた別なのだが、書類上此処はおれの私有地扱いで孤児院の建物もおれの所有なのだ。アナがアイリスからメイドのお給料だと貰った纏まった金を管理人に渡しおれに話を通さず窓とか扉とか買い換えて改装していたりするが、一応おれの所有だ。因みに下手人は皇子さまに言ったら責任を感じてしまうから、と容疑を全面的に認めている)で、しっかりと閉じられた扉の鍵を開ける
此処は貧民の住まう区、その端、王城に程近い……って、何時もの孤児院である
おれの部屋と庭からすれば、城壁を隔ててすぐ近く。なのだが、アルヴィナを連れて孤児院へ向かってから、半刻程が既に経過している
理由は簡単だ。単純に遠いのと、寄り道をしたから。直線距離では近いが、それは城壁を駆け昇る前提。おれ一人なら兎も角アルヴィナは通れない道だ
余談にはなるが、この皇都は国の首都、王の膝元の街としては珍しく中央の王城の回りに貴族区が無い。ピザを切り分けたように、扇形に区画が分けられているのだ。その理由は簡単で、皇都を作らせたおれの先祖が、全て
といっても、王城の正門から近い遠いはあるのだが
「お疲れ様です、皇子さま」
「そうだぞー!おっせー!」
「ぶー!おなかへったー!」
「ごはん!ごはん!」
入るや否や、暖かな風と共に響いてくるのはそんな狂騒
ぺこりと頭を下げる銀髪の女の子に、周囲で騒ぐ子供達。カンカンと行儀悪くフォークのような食事用品で木の皿をドラムしているのはトカゲ亜人のユリウスで、ごはんごはんともうつまみ食いをはじめているのは犬獣人のポラリス
「ポラリス、お前他の人の皿から盗っちゃ駄目だぞ」
その手が閃き、子供達の為だと思うと過剰なまでにきっちりと盛られた自分の横の木の皿から自分の好物をかすめとるのを確認し、おれはそう咎める
「ぶー!」
「君の好物が他人に勝手に食べられたら嫌だろ?
だからそれはやっちゃ駄目。自分の分を渡して……
ってもう無い!?」
一応おれが来るまで晩御飯を待っていたようだが、そこは子供達。しっかり皆の皿を見回せば、ところどころに歯抜けがあるのが分かる
新年はこの世界では寧ろ稼ぎ時、家族でゆっくりという日本式とは異なり、騒ぐものだ。市場も初売りに忙しく、芝居なども多い。その新鮮な初売り食材から皆の好みをちょっとずつ集め敷き詰めたその豪華な皿は、我慢するには難しすぎたのだろう
「そうだ、アルヴィナ」
「……これ」
おれの背に隠れていた少女に合図する
それに合わせ、少しだけ気後れしていた少女は顔を見せ、はいと手に抱えていた包みを渡す
「リリーナちゃん、これは?」
「食べるだけは、わるい。お土産」
「そ、そんな。悪いです。わたしが心配で呼んだのに
でも、ありがとうです」
ふわりと舞う雪のように柔らかく微笑んで、雪の少女はその包みを開く
中身は新年という事で張り切った屋台区(平民向けの市場区とも言う。屋台区の渾名の通り食材や安めの日用雑貨を売る店だらけで、かっちりとした扉のある店が少ない。マントを買ったりしたのはその隣のもう少し貴族向けの落ち着いた区画だ)の外れに寄って買ってきた
ぱっと見紫色してて不安になるが、それは菌株猪の腸が毒素を分解した結果色付くものであり、寧ろ鮮やかな紫は安全の証。200年ほど前の料理人が獣臭さと毒さえ何とかなれば美味しいのだと試作しては毒にやられ解毒魔法というのを3年ほど繰り返して完成させたというレシピ。今となっては鼻を突き抜けるハーブの香りに、キノコと鳥のような牛のような肉の旨味が合わさった庶民から下級貴族にまで大人気の帝国伝統料理だ
というか、毒あると分かってる魔物をひたすら3年食べて腹壊しては解毒魔法して美味しく食べる研究するとか美食への執念って凄いと思う
余談だが、200年前に考案された当時は禽牛が街道沿いの草原に沸いて隊商を襲うため駆除は定期的にされるがその肉は毒があって捨て値に近い値段で叩き売られていた為手が出しやすい値段だったが、今ではそこそこの値段がしてしまう悲しい伝統料理でもある
「ピルッツヴルスト?」
鮮やかな紫を見て、白の少女は首を傾げる
「アナの言ってた湖貝じゃなくて御免な。多分売ってるとは思ったけど、今のアルヴィナをあまり屋台区の人混みの中にいさせたくないのと、早く行かないとと思って」
「そ、そんな、良いですよ!そもそも皇子さまが居てくれたから、わたしたちはこうしてられるのに、更になんて……」
「護ると言った以上、それを貫く義務がある。それだけだよ
アナは心配しなくて良い」
それだけ言って、周囲を見る
孤児皆を集める大卓。そこに2つ空いた席を見つけ、アルヴィナをそこに連れていく
「すっげー!犬っぽいじゃなくて犬な人だ!」
其所には、アルヴィナに早く会いに行く為に御免此処にいてくれと孤児院に一度押し付けた奴隷が居た
アナに任せ、城壁をそのまま駆け上った感じだな。因みにだが、父が俺じゃねぇ!と叫んでいた腕の折れた少年を買っていた。シュヴァリエの息子が
「ちょっと待ってください。今切ってきます」
紫のソーセージを手に離れていく雪色の少女。その白く新しいワンピース……刺繍も無くそう高いものではないが、可愛らしく清楚な少女によく似合うそれを誉めるべきだったかなーとも思いつつ、もう今更遅いので、スカートを翻して厨房に向かう彼女を見送り、アルヴィナを座らせる
「アルヴィナ、大丈夫か?」
「うるさい
でも、その方が良い」
「そっか」
「なあなあ、皇子のにーちゃん!」
そう話しかけてくるのは新入りのエーリカだ
「何だエーリカ?」
「これ、おにぃに送れない?」
兄と二人、屋台区で盗みをしたりして生きてきた親無き子は、自前の料理を指してそんなことを言う
「騎士学校のお兄ちゃんも、きっと美味しいもの食べてるよ
エーリカはお兄ちゃんが立派な騎士になって帰ってきたときに元気に出迎えられるように食べておきな」
「それとさ、この犬な人なに?」
そう言って、幼い女の子は静かに座るコボルトの女性の袖を引っ張る
「この人か?この人は見ての通り、犬なお母さんだ
種族としてはコボルド……コボルトでもどっちでも良い。おれの奴隷で家庭教師のお母さんだ」
「お母さんなの!?」
「お母さんだぞ。だからあんまりじゃれつかないようにな」
コボルトとの話は最初に済ませた。子供がお腹に居るようなので、まずは子供を産んで、それからおれにコボルト達の言語を教えて欲しい、と。故郷に帰りたがっているしそのうち帰すが、その前に色々家庭教師をしてくれ、と
そんな約束をしたのは他でもない。このコボルトの女性(名前はナタリエ)の故郷は、帝国の辺境、国境近くなのだ。それの何がおれに関係があるのかというと……
原作ゼノは兵役から戻ってきて学園に入る。では、その兵役先が何処かと言うと、ナタリエの故郷なのだ。つまり、結局其所におれも行くから、それまで家庭教師を続けてくれという約束。子供が産まれたらそいつも面倒見ると言ったので、快く引き受けてくれた
アルヴィナが静かにちびちびと猫のように置かれているお茶……ではなく水(そんな子供がそう好きではない嗜好品は孤児院にはない。ついでに言えばジュースはあるが先に全部飲んでしまったらしく空のボトルだけがあった)を飲んでいるのを確認して、おれはソーセージをみんなに切り分けてアナが帰ってくるのを待った
子供達は待たずに食べ始めていた