蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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夕食、或いは浅ましい考え

「ごめんなさいです、お待たせしました」

 白い木の大皿に、子供達が取って食べやすいよう1本をそれぞれ3つに切ったソーセージの山を乗せて、白いエプロンの少女が厨房から戻ってくる

 

 「お疲れ、アナ」

 「皇子さま……。先に食べててくれてよかったのに」

 「いや、行儀は守れと割と口煩く言われてるから待つよ

 忌み子でもおれは皇子だから、割と模範的なマナーを見せる必要があるんだ」

 「みんな、気にしてないですけど」

 「それでも守らないと、マナーを守らなきゃいけない場面でボロが出るからね」

 イタズラっぽく笑い、手を合わせる

 「戴きます」

 「はい、いただきます」

 無言で手を合わせるアルヴィナ

 そんな少女に注意しようか迷い、まあいいやと割り切って、おれは食事に手をつけた

 

 大皿の上に、小さく切り分けられた色とりどりの料理。超高級食材は無いが、地味に高いものは混じった全14品と品数の多い皿

 空色のポテトフライに小海老と雪茸のかき揚げ、そしてクリームコロッケに挽き肉のカツ、西国揚げと呼ばれる竜田揚げに近い料理法で揚げられた大きな衣付きの渡り鳥の胸肉と衣を軽く付けたコロコロした豚肉の甘辛ソース、極めつけは赤身魚のフライ。全体の半分と揚げ物が多く、そして野菜っ気が少ない子供の大好きなものを詰め込んだようなもの。それでも、日本風に言えばお節だろう

 「揚げ物だらけだな」

 「みんな大好きだから」

 「まあ、皆に食べたいものを聞いた時点で知ってたけどさ」

 「それは、確かにそうですけど」

 少しだけ畏まるアナに笑いかけて、まずはと西国揚げを先の割れたもので摘まみ、口に頬張る

 塩味の効いた味わいが口の中に広がり、うん、とおれは頷く

 

 「美味しい」

 「良かった……」

 自分は一切手を付けず、じっとおれを見ていた少女が、ぱっと顔を綻ばせる

 「うん、おいしく出来てる」

 それを見て、流石に分からないおれではない。というか、そもそも看た瞬間から分かっていた

 「有り難うな、アナ」

 「えへへ……」

 当たり前だが、これを作ったのはアナだ。そもそも、この孤児院で西国風料理を作れるなんて、おれが聖夜に西国の料理本を贈ったアナしか居ないのだから

 

 「最初はちょっと心配な手付きだったけど、半年で立派になった」

 「まだまだです。みんなの分だと油があったまりすぎてって分からなくて失敗しちゃって」 

 「でも、これは美味しい」

 「……家の御飯の何倍も美味しい」

 子猫のように小さく一口だけかき揚げを齧って、アルヴィナも言葉を投げる

 「ありがとう、リリーナちゃん」

 「もう、アルヴィナで良い」

 「そっか、ありがと、アルヴィナちゃん

 残しても誰か食べちゃうと思うから、好きなものだけ食べてね」

 「だいじょうぶ、全部食べる」

 アルヴィナもある程度話せるようになった。それをほっと眺めながら、おれも箸を進める

 いや、使ってるのはフォークみたいなものなんだけど、日本風の慣用表現としてだ

 

 「皇子!もーらいっ!」

 テーブルに身を乗りだし、おれの前に置かれていたカツにフォークをぶっ刺してかっさらっていくガキ大将

 名前はフィラ、6歳の女の子だ

 「フィラ。おれ以外の皇子にそれをやったら、その首飛ぶぞ?」

 「えっ?」

 ぽろっと少女はフォークを取り落とし、カツはもう何も残っていない皿に転がる

 「良いよ、おれだから勝手に取ってって良いし、食べて良い。おれは君達の保護者であろうとしてるから

 でも、おれ以外の貴族ってそうじゃないから、手癖の悪いことしたら泥棒として捕まっちゃうからな」

 「でもさ?エーリカのお兄さんみたく皇子が助けてくれるでしょ?」

 「あれは生きるためには泥棒でもしないとって二人だったから特別だ。美味しいものが食べたいからって泥棒したら、おれは助けない」

 「……ごめんなさい」

 おれの言葉に恐怖を感じたのか、ガキ大将な少女は普段のそんな態度は欠片も見せず、皿ごとカツを返そうと差し出す

 

 「良いよ、食べたかったんだろ?

 おれ相手なら良い。ごめんな、あんまり会うことも無いだろうに貴族相手にはとか説教して」

 しゅんとしてしまった少女に皿を押し返しながら、おれは出来る限り優しく笑って

 

 「怖い」

 「皇子さま、結構顔怖いです」

 「……だよな」

 割とおれに対して優しい二人からそう指摘され、苦笑する

 たまに忘れるが、おれの顔には大火傷が残っている。アナは慣れてるからか気にしてないが、普通に考えておれの笑顔はケロイドでひきつった怖いものになってしまうのだ

 

 「あ、あの、皇子さま

 それなら、わたしの分を……」

 「いや、良いよアナ。これは元々、皆の為の料理なんだから」

 「そうじゃなくて、これも管理人さんじゃなくてわたしが頑張って揚げたもので、食べて欲しくて!」

 「そっか、じゃあ、有り難う。貰うよ」

 そう言って、少女の皿を見る

 煌めく銀髪の少女は自分の皿の手付かずのカツをじっと見て、右手の自分のフォークを見て、少し悩み……

 突き刺しかけて止める

 「やっぱりわたしには無理です……

 皇子さま、自分で持っていって下さい」

 「あ、ああ……」

 何か悩むことがあったのだろうか

 ああ、自分の口に付けたもので触れて良いのか、汚くないかとかだろうか

 そんな事気にしなくて良いのに。そう思いながら、おれはアルヴィナを挟んで向かいの少女の皿に向けて手を伸ばしかけて……

 その前に、鈍い色のフォークが少女の皿の上のカツを貫いた

 またかと思ったが、今回は別方向。おれに近い側から手が伸びていて

 

 「……アルヴィナ?」

 帽子の少女が、カツに手を出していた

 「アルヴィナちゃん、ごめんね。欲しかったの?」

 黒髪の少女の表情は、隠れた片眼で良く見えない。だが、そんな食い意地のようには見えなくて

 

 そのままフォークが宙を動き……

 おれの顔の前で止まる

 「アルヴィナちゃん!?」

 「ボクは迷わない」

 ……迷わないって、何だろうか

 ゆらゆらと揺れるカツを前に、おれはそう面食らう

 「本で読んだ、不思議なこと」

 「アルヴィナ、止めよう」

 「?なんで?」

 「それは恋人や許嫁がやるものだし、何より単純に食べにくい」

 「……確かに」

 アルヴィナ自身もやってみて恥ずかしさでもあったのだろうか。おれの言葉に大人しく皿の上にカツを置き、フォークを外す

 

 にしても、あーん、かぁ……

 少しだけ勿体無かった気もする。大人になってからそんな相手がおれに居るとは思えないし、居てもいけない

 甘酸っぱい経験なんて、幼いからあまり気にしない今のうちにしか体験できないかもしれないのだ

 

 いや、馬鹿かおれは

 寂しさからべったりなアルヴィナにそんな事させててどうする。何より、下手にそれが噂になれば、こんな忌み子皇子の愛人みたいなもので折角この国の未来を背負う者の多い初等部に入学を許される程なのに仲の良い異性の幼馴染一人出来なくなるんだから困るだろう、アルヴィナの未来のためにも

 おれ自身、そのうち兵役で数年王都から居なくなるんだしな。アルヴィナにも、後は……何だかんだ初等部にもアイリスのメイドとして顔を出せるアナにも、勿論アイリスにも。ちゃんと側に居る大事な人は、将来を考えられるような相手は出来て欲しい

 だっておれはあいつの兄で、アルヴィナの、そしてアナの友達だからな。幸せくらい祈る。一人ぼっちが怖い気持ちはあれど、おれなんかの傍に居て欲しいからと誰かとの幸せを、将来の幸福を祈れないほどにはおれは歪んではいないつもりだ

 

 だから、これで良いんだ

 少しだけ頭に浮かんだ浅ましい考えを打ち払うように、少しだけ荒くおれは口の中にカツを押し込んだ

 

 少し冷めていて、けれども幼馴染の少女が同じ孤児院(いえ)の皆の為に指先に軽い火傷してまで頑張って揚げたカツは、優しい味がした


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