蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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巨神、或いは少年の神

一瞬、頭がフリーズする

 抉られた地面。だが、其処にあった土は何処に消えたのだろう。普通、巨大な何かが拳を叩き付けたとして……周囲には盛り上がった土が残り、結果クレーターが出来るのではないだろうか

 だが、おれの目の前で起こった現象は違う。其処にあった地面が消失し、やわらかな粘土の塊に向けて軽くパンチしたら(おれが全力でやったら粘土は弾け飛ぶ)残るのと似たような拳の跡みたいな抉れだけが残っていて

 

 「悪い!シェフさん!」

 一言謝り、おれは近くにあった汁気たっぷりの大きな貝とエビに鮮やかなオレンジ色のソースをかけた海鮮串焼きの皿をひっつかみ、抉られた地面の上の空間に向けてフリスビーのように投げてみる

 もしかしたら実体を持つ何かがまだ其処に透明化して残っているのかもしれない。ならばソースをかければそれを炙り出せるかもしれないという判断だ

 

 そして、皿は空中を舞い、何かに衝突し……そして、砕けることは無かった

 ぐにゃり、と。土を焼いた陶器の皿(5ディンギルくらいはするそこそこの高級品)が、焼かれていない粘土細工かなにかであるかのように曲がり、ねじ切れ、そして歪曲に耐えきれなかったかのように消失する

 「ゼノ!『ブレイズ・グロウスフィア!』」

 明らかな異常事態にいち早く反応したのは、やはり彼。横で呆然とするグラデーションブロンドの少女から魔法書をひったくり、自身の属性である炎の魔法を唱える

 赤い髪の少年が天に掲げた右掌の中に、眩く輝く火の玉が産まれる。エッケハルトはその手を振り下ろして、段々と巨大化していく火の玉を皿がねじ切られた辺りへと投げ込んだ

 グロウスフィア。周囲の空気の魔力を取り込むことで、唱えた瞬間から段々と火力が上がっていく対長距離魔法だ

 ゲームで言えば射程1~5の魔法。同じく射程1~5で同ランクの魔法であるブレイズアロー・イグニションの基礎攻撃力が【魔力】×0.8なのに対し、グロウスフィアは【魔力】×(0.25+0.25×相手との距離マス数)。狙った敵との距離によって火力が0.5~1.5まで変わるという性質を持つ

 ゲーム的なイメージから遠くから攻撃する為にこれを選んだようだが……エッケハルト?ゲーム的な1マスってかなり広くなかったろうか。いや、1マスの城門より幅の狭そうな橋が2マスだったりと時によってマスの縮尺って割とガバガバ換算だった気がするけど、少なくとも今回は射程1扱いだろう、火力は低い筈だ

 だが、唱えてくれただけでも嬉しい。なんたって、あの巨大な腕が透明化したゴーレムだとして、魔法ならどれくらい通るのかってのがおれには確かめようがないからな!

 

 そうして、炎の玉は虚空で炸裂……せず、やはり周囲の景色ごと捻れて消える

 「無駄無駄無駄なんだよぉ!この時空渦転システム、ティプラー・アキシオン・シリンダーによる歪曲フィールドが、破れるとでもおもってんのかぁっ!」

 空中に浮かび……いや、ゴーレムだろう透明なその左掌の上に乗って、金髪の少年は勝ち誇る

 「っ!せいっ!」

 仕方がないので、おれは近くにあった切り分け用のナイフを空高く投げる

 それは建物の屋根を遥かに超えて上昇し、この世界でも存在する重力に引かれて、少年の頭上に……

 いや、途中でがくんと突如向きが変わって逸れた

 狙いは正確だったはず。恐らくは……その歪曲フィールドというものが重力の影響をねじ曲げる程の引力を持つのだろう

 

 「だから、無駄だって言って……」

 「っ!でりゃぁぁぁっ!」

 軽く助走を付け、二階くらいの位置に居る少年の高さまで跳躍。足の力は使えないが、腕の筋力とステータスによるごり押しでもって、もう一本回収してきたナイフを今度は最短距離でぶん投げる!

 空を裂き、(はし)る閃光

 

 「だーかーらー!無駄無駄無駄なんだってぇの!」

 そのナイフは、少年に当たる寸前、少年を守るかのように展開された蒼い水晶によって阻まれていた

 「ちっ!」

 「我なら届くと思った?ざぁんねん、精霊晶壁はちゃーんと積んであんだっての」

 「ならば、その障壁を貫けば良い」

 「は?作中でもせめて至近距離で核融合炉を爆発させなきゃ破壊できないと言われた精霊晶壁が破壊できると思ってんのざーこざーこ!」

 蒼い水晶が展開されうっすらと見える巨駆の左掌の上で、少年はふんぞり返る

 腕が純粋な人型にしては大きく作られた、人の10倍ほどの背丈の巨人。アイアンゴーレムと比べてみても、圧倒的に洗練された装甲の滑らかなフォルムに、機体全体を覆うオーロラのように色を変える粒子

 やけに精悍でヒロイックな黄色のツインアイに斜め上前方に突き出た2本と背後に流れる3本の5本の角からなる紅いブレードアンテナを持つ頭部。その背に装備された骨組みだけのウィング。そして、大地に叩き付けられたままの、其処だけが他よりもより白い銀に近い色をした明滅するオレンジのマグマのような線が全体に走る右腕。その何れもが、この世界のものではないと感じさせる

 

 あー、えーと、お客様?お客様の中にスーパーロボットのパイロットはおりませんか?

 いや、居るわけ無いんだが、現実逃避くらいさせて欲しい

 

 「AGX-ANC14B……」

 着地しながら、呆然とその名を呟く

 どうしようもないその名を

 「ゼノ?何だそれは」

 「ついさっき聞こえただろ、エッケハルト」

 「いや、何も」

 「何も聞こえてませんわ?」

 「クロエにも」

 「そうか」

 口々に言われる言葉に、一瞬首を傾げる

 確かにおれの耳には聞こえたはずなのだ、少女の声にも似た電子音が

 

 「何だ、その名前を知ってるってことは、お前も……」

 「知らないな、おれには聞こえるだけだ。不思議な声が」

 不思議そうに此方を見る少年に、おれはそう吐き捨てる

 やはり、彼は転生者か。いや、あの巨大ロボットの時点でわかりきっていた事ではあるのだが、言質が取れた

 

 それにしても、あの巨大ロボ、動いてこないな……と思い、恐らくは制御装置なのであろう少年の右腕の腕時計を見る

 ベゼルが展開して4枚の羽みたいになってて中々にカッコいいと思うが、それ以上に目を引くのはホログラフィックに宙に投影された謎のグラフ

 おれは英語をあまり読めない(小学校の英語の授業なんてアルファベットと簡単な文が読めるかどうかくらいのものなので当然だ)が、とりあえず分かることがある

 ゲージが一つバッテンされていて、他のゲージもほぼ0。微かにエネルギーがあるような感じはあるが、底にちょろっと赤い色があるくらい。鮮やかなブルーの粒子により形作られているその画面はほぼ真っ青だ

 

 ……つまり、と当たりを付ける。動かないのではない。エネルギーが足りなくて動けないのだ

 では、簡単に……と思い、更にナイフを投げてみるが、前と同じようにねじ切られた。少年が開いている画面にも変化はない

 どうやら、装甲は別動力というか、エネルギーが無くても勝手に発生するらしい。そもそも、見た限り鋼よりも余程硬そうだ。歪曲フィールドだか何だかが無くとも、今のおれでは恐らく傷一つ付けられないのだろう。鉄を斬れる程度では対抗のしようがない

 

 だが、ならばどうするか……

 

 悩むおれに、少年ユーゴは絶対的に安全な場所から見(くだ)すように声をかけた

 「はっ!無駄だって分かったか?」

 「……どうだろうな?

 少なくとも、簡単におれに勝てるなら、最初から使っていた筈だろう?」

 「ははっ!てめぇのような雑魚に使うのは無駄が過ぎると思ったんだよ」

 「そんな雑魚皇子に使うとか、忌み子相手に随分と焦っているんだな」

 動かせるのか否か。その速度は?

 それを測るように、おれはわざと相手の神経を逆撫でするように言葉を選んで紡ぐ

 

 「もう良いですわ!結構です!」

 背後から響く叫び

 「おお、分かってくれたか可愛いジニーや。ユーゴくんが如何におそろし……いや素晴らしい相手かを」

 そう。今回助けてと言ってきた少女からの言葉

 ……だが、止まるわけにはいかない

 

 だってそうだろう?枢機卿がこぼしかけた恐ろしいという言葉。彼は心からヴィルジニーとユーゴの婚約を目指しているのではないっぽいことが、その失言からも分かる

 恐らくは、あのアガートラームという名前らしい機体の存在に怯え、娘を差し出せと言われているのだろう

 だからこそ、こんなところまで出向いてきた。普通に考えて、この国で言えば宰相に当たる人間が勝手に無断で他国のパーティーに出席するなんて可笑しいのだ

 それでも、彼はそれを強行しなければならなかった。それだけの脅しがかかったから

 

 ならば、だ。おれが此処ではいすみませんと言ったら、どうしようもなくユーゴ等の非道を認めることになる

 そんなもの、皇子の選ぶ道なものかよ!

 

 「うっせぇな」

 鬱陶しげに、ユーゴは呟く

 「あんな化け物に勝てとは言いませんわ!負けで良いです!」

 「……そうじゃないよ、ヴィルジニー

 あんなでかいだけのものに、負けたりしない」

 勝てるビジョンなんて無くても、それはそう呟き、相手の動きに注視する

 避けられる。避けてみせる。予備動作を判別すれば、なんとか……

 

 少年が時計に差し込んだネジの鍵が回る

 「死ねよ、皇子」

 瞬間

 超小型のブラックホールを通して大地に突き刺さっていたはずの巨神の右腕だけがおれの頭の真上に転移し

 神の鉄槌は振り下ろされた

 「っがっ!はっ!」

 

 避けようなどあるはずもない。他の何一つ、水の一滴すら動かぬ刹那の先、既におれの髪の先に拳が触れていたのだ

 脳みそがシェイクされる音。骨の砕ける音。地面に鋼……といって良いのか分からない白銀の金属がめり込む音

 その全てが聞こえているのかすら、判断がつかない。聞こえてくる音は妄想なのか、それとも耳が捉えているのか

 ただ、地面とキスする寸前、聞こえたのは……

 嘲るような、金髪の少年の声であった




簡単な能力解説
G・4D(グラビティ・ディメンション)パンチ
又の名を唯の格闘。縮退炉内のタイムマシン《ティプラー・アキシオン・シリンダー》による時空渦転システムにより、ゲートを開いてアガートラームの全ての攻撃は時間と空間を飛び越える。その為、攻撃までのタイムラグ無く、予想外の場所から相手がそれを認識する前に既に攻撃は終わっている
本来はそんな基本機能だが、今作……というかユーゴの使うものは大幅に劣化しており、攻撃までに0.1秒タイムラグがある他、時空ゲートも特定方向にしか開けない。何でも、本来は機体の心臓たるレヴ・システムと並ぶ機体の魂、ゼーレ・ザルクの中身が空だかららしいが……
ゼーレ・ザルクの中身はパイロットと絆を結んだ相手であり、彼或いは彼女の記憶と絆、即ち魂を燃やして力に変える機構であるため、今作でユーゴが使うことはない。これは、そうでもしなければ精霊相手に勝ち目が無かった世界の者達が、涙と血反吐を吐きながらそれでも勝つために誰よりも護りたかったものを埋葬した絆の棺である

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