蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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婚約、或いは迷い

「えー、どうしてなのかなー?」

 そのもふもふの耳をぴくぴくと動かし、少女が問いかけてくる

 

 「ステラ、わかりにくい事はなーんにも言ってないとおもうよー?」

 「いや、君が父さんに……皇帝シグルドに救われたって事は分かった。そのダシにおれが使われたって事も」

 「おーじさまの生き方が、ステラをステラレタコからお姫様のアステールにしてくれたんだよねぇ」

 いや、単純に亜人蔑視の風潮が強いからと亜人に手を出しておいて娘を虐待する親がちょっと性格に問題があるだけだと思う

 おれでもその事実を聞いたら文句を言うし、下手に偉いから誰も文句を言わなかったのが何よりの問題。おれが関係しているわけではないと思う

 

 「……おれは本当に何もしてなくないか?」

 「そーかな?」

 「というか、だ。ヴィルジニーの発言を聞くに、向こうでもおれについては馬鹿にされまくっていた筈だ。忌み子、最弱皇子ってな

 そんなおれが居るからって君を抱き締めるなら……単純に、君の父は誰かが止めたという大義名分が欲しかっただけなんじゃないか?誰にも賛同されず、亜人は下等だという常識に立ち向かう勇気が無かっただけで」

 「そんなことないよー?

 おーじさま、自分で言ってるよねー?最弱おーじって」

 「当たり前だろ。流石に他の皆もユーゴ……っていうかアガートラームに勝てるかは分からないけど、おれは皇子の中では誰よりも弱い。体が弱い妹よりも、目覚めたばかりの弟よりも

 おれより弱いなんて、覚醒前の二人だけだよ」

 「それだよー?」

 「ん?」

 「ほんとーなら、忌み子なんておーじさまと扱われないよねー?

 七大天に王としての権利と力を与えられたっていうのがー、皇帝の基本だよね?」

 「ああ、そうだ」

 少女の肌を見ないように目線を逸らし、おれは頷く

 

 いい加減女の子と風呂の中なのはどうかと思うので出るべきではと思うが、まだまだ体は上手く動かない

 力が強すぎて逆に耐えきれなかった極一部が破れて血とミンチになった骨肉を吹いただけっぽかったのが効を奏したのか、或いは半ば人辞めてるが故の根性補正の効果か、傷口は少なく、それももう塞がっている

 だが、折れた骨はどうしようもない。何日か薬湯に浸かっていれば添え木して自然治癒で問題ないくらいまで治るかもしれないが……少なくとも、日付が変わってない程度ではまだまだ

 というか、根性補正で生きててもこれか……となる。右腕が無事で本当によかった。これで右腕が折れてたら生きててもあのバカの腕を折れなかったところだ

 ……まあ、分かっていた通り、七天の息吹を使えばああやって砕いた骨くらい一発で治ってしまうんだが

 だからこそ、あそこで日本的な時間を刻む時計を砕く必要があった

 あれが本物の神器みたいな扱いなら、折れても砕いても燃えたぎるマグマの中に投げ込んでも何しようがそのうち復活するだろうが、それならばそもそも時計を取りに戻る必然性がない。偽刹月花や父の轟火の剣デュランダルのように、あの場で即座に時計を自身の腕に召喚し、そこからアガートラームをリライズ?だったかすれば良い

 突然現れ、同じく突然消えた。現れた瞬間は見えなかったが、あの電子音を聞く限り、リライズと鳴った瞬間に現れていたのだろう。そして、暫くして纏っていたステルス用のフィールドが剥がれて姿を現したというのが事実の筈

 ならば、アガートラーム本体には何一つ出来ていないが、ずっとあの場所にあった訳でもあるまい。何処かに消えた以上、呼び出す時計が消えたアレの脅威は……いや、実は近くに格納されてて素で乗り込めばそれで使えるとかいうオチも有り得るから去ったとは言いきれないが

 

 って、今関係ないな、閑話休題

 と、意識を戻す

 

 「おーじさまは、禁忌を犯し天の怒りを買った忌むべき子」

 「そうなっているな」

 ……実際は違うらしいが

 と、あくまでも先祖返りだよと言っていた七大天の言葉を反芻しながらおれは頷く

 どうして七大天によるおれの転生先が、七大天の怒りを買ったとされる第七皇子なのかと思っていたが、実は怒りとかそんなんじゃなかったらしい

 いや、確かにそうなんだよな。そもそも、滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティルの眷属のはずの幻獣である龍人娘のティア(名前は龍の神様から取ったものらしい)と初期から絆支援が付いてたりするのが原作ゼノだ

 今のおれには縁がないが、何処か……というか兵役の最中に何らかの形で出会い、おにーさんと懐かれてるんだよな原作のおれは

 特に龍姫の影響が強い龍人、本当に天の怒りを買った忌み子というのが忌み子の真相だとするとおれに懐くとは思えない。そこら辺は原作では詳しくは語られなかった謎だったのだが、実は嫌われてはないけど七大天の力によって与えられている魔法の力を先祖返りだかの理由で弾いて持ってないなら理解できる

 逆に加護を弾いてしまう先祖返りで憐れまれたりしてたのかもしれない。いや、そもそも何で先祖返りだと七大天の力を弾くんだ、って疑問は残るが

 

 「それなのにー、天に嫌われた子がおーじさまなんて、普通は言われないよー?」

 「だから、皇族の面汚しだの何だの言われてる」

 「ステラはおーじさまをつらよごしなんて思ってないけどー、みんなもおーじさまを皇子だって思ってるから、面汚しって言うんだよ?

 皇族じゃないとー、皇族のつらよごしーなんていえないよ?」

 「いや、それはそうだが……」

 「ごめんね、おーじさま」

 ……何を謝るんだ、とおれは首を傾げる

 

 「おーじさま、ちょっと前に助けてって言われたんだよねー?」

 「ああ、エーリカと兄の事か」

 「ちがうよー?」

 「ああ、じゃあ母親が病気だった彼か」

 「おーじさま、他にもそんな人助けてたのー?」 

 いや、じゃあ誰だよと思う

 

 「おうぼーな魔物に困ってる村、助けてくれたんだよねー?」

 「あれは師匠込みだよ。それに、素材を納品して儲けさせて貰ったし」

 ああ、あれかと弓の練習行くぞと師匠に連れられて行った場所を思い出す

 確か、魔物に困っている村の周囲の魔物退治だったな。正体が野良化したフレッシュゴーレムのキメラで全くさぁ……管理ちゃんとしろよ製作者と思ったことは覚えている

 「えー?助けてって依頼、出てたよねー?」

 何でそんな事を知ってるんだと思いつつ、おれはまあ、そうだなと頷く

 「でもさ、普通にやったら依頼料は高いよ。あいつは上級職でもないと勝てない相手だから」

 まあ、仮にも合成個種(キメラテック)なのだから、それくらいは強かった

 そして、何故かは知らないが体内に割と値段する金属が埋め込まれていた。いや、何のための触媒だったんだろうなアレと思いつつ、村に半分贈って半分は自分の財布に入れた。上級職の珍しい冒険者に命を懸けさせるくらいの額にはなったし、依頼料代わりとして十分だったので助かった

 「ただでさえ疲弊してるのに更に報酬として金を寄越せってそれは無理だろ。そのまま助けられたことだけ感謝して飢えて死ねって言うのかよ

 だからおれ達は、単純に魔物素材の納品依頼の相手を探していたところ、たまたま見つけて倒しただけだ。その魔物に困っていた村があるだとか、ギルドに依頼を出していただとか、去年凶作で税金払ってないからと騎士団に助けを求めにくかったとか、その辺りの話はおれとは一切関係がない」

 

 「あれと、あとはー、エルリックのどれー騒動もなんだけどー」

 「フォース達を知ってるのか?」

 「あれねー、ごめんねー

 やらせなんだー」

 「そっか」

 何となく違和感があった事から、成程と頷く

 

 「おれが居なくても、彼等は本当に問題なく救われてたんだな。あと、あの合成個種は本当に村を困らせてた訳じゃなく、おれへのテストか」

 師匠にしては変な場所で修行させるなーとは思ってたのだ。それに、何時もと違って死力を尽くさなければ勝てないってレベルをぶつけてこなかったしな。おれのスペックを見誤って弱すぎたのかと思ってたが、単純にヤラセに協力してたからなのか

 「いくらなんでもー、奴隷にしないとーとかは無理があるよねー

 あれはー、何も知らないおとーと以外みんなでやったおしばいなんだよ?」

 「父やノア姫も?」

 ふと、エルフの姫を思い出して聞いてみる

 彼等まで仕込みなら、エルフとの因縁とか、色々嘘になるのだが……

 「それはちがうよー?」

 ああ、エルフは無関係か、と納得する

 「でもねー、おーじさまは、お伽噺の王子様だった

 助けてって思ったら現れて、解決しようとしてくれる、絵本の白馬の王子様

 どんなに馬鹿にされても、あれが皇子だと言える、そんな理想像を誰よりも体現しようとしてる人

 

 だから、おとーさんは信じたのー。おーじさまが居るんだから、って」

 「……そうか」

 いや、ここまで言われるとそんなものかと納得するしかないな、とおれは頷いて

 

 「だから、結婚しよ?」

 「だから何でそうなるんだ」

 こうして堂々巡りする

 

 「おーじさまは、ステラのおーじさまで、ステラはおひめさま」

 「……おれは君を幸せに出来るような相手じゃない。おれに夢を見すぎだよ」

 だから、おれはそう事実を告げる

 「ステラに、なにがたりないのー?」

 尚も、おれの瞳を見上げてくる女の子

 その瞳に呑まれそうになる。頷きそうになる

 そんな弱い気持ちを脳内で一喝して、そうじゃないよとおれは首を振る

 

 「アステール……ちゃん。君に足りないものは、あるとして年齢だけだ」

 そもそも、外見的におれと歳は変わらない。つまり1桁であり、結婚は15になってからだから早すぎる

 そんな事を、おれは言う。あんな話を聞いてからステラと蔑称兼愛称では呼べず、アステールと本名を出して

 「ならー、問題ないよねー?」

 「いや、おれの側に問題がある」

 「あー、こんやくしゃの人ー?」

 いや、違うとおれはまた首を振る

 「それもあるけど、ニコレット関係じゃない。まあ、あの子がおれと結婚する気無いのは知ってるしそれで良いんだけどそこじゃない

 単純明快、おれが君に相応しくない」

 「おーじさまは、帝国の皇子だよね?

 ステラはねー、それで相応しくないって相手は居ないとおもうよー?」

 そんなことはない、と否定する

 「アステールちゃん

 君が昔ステラレタコだったように、おれは呪われた子なんだよ。皇子だから凄いんじゃない。皇子でなければ生きてすらいけないからその座にみっともなくしがみついている、醜い生き物なんだよ、おれは

 だから、駄目だ。おれなんかと居たら、君は折角アステールに……教皇の娘になれたのに、それを失ってしまう

 おれに近い人間だって、馬鹿にされてしまう。婚約者ならなおのこと。ニコレットだって、それで嫌な思いをしたって文句の手紙を送ってくるんだ」

 因にだが、その手紙には悪いが諦めてくれとブローチなり髪飾りなりを添えて返す以外に何も出来ていない

 あの忌み子の婚約者なんて苛められるし、それはおれが止めても止められるものじゃない。それでも皇族との縁が欲しかったのがアラン・フルニエ商会であり、その為の生け贄がニコレット

 だからおれはあの子を何とかしてやらなきゃいけないし、同じことは他の皆にも言える

 

 「ステラは気にしないよー?」

 「おれが気にするんだ。あの話を聞いたら、君には幸せになって欲しいし……」

 なんて話していたら、不意に揺れる水面に気がついた

 

 「……水鏡?」

 「ちょっと待ってねー?」

 少女がその裸の指で振れると、揺れる水面は収まり、一つの像を結ぶ

 「……アナ?」

 そうしてそれは、折角の可愛らしい顔を蒼白にした、おれの親しい少女の姿をしていた


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