えんば
地獄に住んでる鳥
ババアではないです
【ダージリン】
週末、自宅のリビングにて。
時間的には夜だけれど、窓の外はまだ少し明るくて『夕暮れ時』と呼んでもいいくらい。夏が近付いているのを感じた。
などと、現実逃避をしている。
「嘘でしょ」
外を見つめ、ぽつりと呟いた。
部屋には私以外、誰も居ない。つまりその言葉は、他ならぬ自分自身に向けたもの。窓からテーブルに視線を戻し、並べた料理を見て、がっくりとうなだれる。
ポテトサラダ。
コロッケ。
フライドポテト。
芋だらけ。
全てコンビニで揃えました。
いえ、これを料理と呼ぶのもどうかと思うけれど、まあ『調理済み』という意味では料理でしょう。なんて、千代美さんが聞いたら何て言うかしらね。
それはそれとして、何故こんな味の濃いものばかりを選んだのかと言えば、おつまみのため。先日、熊本に行ってきたまほさんと千代美さんからお土産でお酒を頂いた。そのお供。
おつまみは何がいいかしらと思案していて、とりあえず挙がったのが『揚げ物』という考え。
そう思い付いてからは、すっかり揚げ物の気分になってしまったのでコンビニに車を寄せて、お店に入った時点でコロッケだけはとりあえず決めた。その後、サラダも食べなきゃと思い、売り場を見ると残っていたのがポテトサラダ。そしてレジでコロッケを注文した時、丁度フライドポテトが揚がるのが見えたので、それも追加。
無計画、ここに極まる。
全く、良いお客さんだわ。帰宅してテーブルに並べるまで、まるで気が付かなかった。うん、まあ、そうは言っても買っちゃったものは仕方ない。気を取り直して始めましょう。
氷を落としたグラスにお酒を注ぐ。
若干の緊張感が漂う瞬間。
とく、とく、とく。
良い音。
一日の、と言うより一週間の疲れが洗い流されるような、そんな錯覚をしてしまうほど。上手に注げた達成感も相俟って、心地よい脱力感を覚えた。
グラスに満たした透明の液体に、暫し見蕩れる。
からん、と氷が鳴った。
早速、少量を口に含んで味を確かめるように舌を潤し、飲み下す。
「ん、おいし」
ふと、まほさんが『名前は悪いが良い酒だ』と言っていたのを思い出した。確かに美味しいわね、名前は悪いけれど。
甘口でなかなか飲みやすい。鼻に抜けるふわりとした香りは、あら、これは、もしかして。
なんだか予感がして、瓶に貼られたラベルをよく見ると、思った通り。
「い、芋焼酎って書いてある」
思わぬ追い討ちを受けて、笑いが込み上げた。ここまで揃うと逆に気持ちが良い。今日は芋の日なんだと思う事にしましょう。
おつまみはどれから行こうかなと少し迷って、ポテトサラダに箸を付けた。
コンビニのポテトサラダ。じゃがいもの形が残っていて、そのころころとした食感が好き。ころころの中に時々、キュウリのぱりぱりが混じってくるのも楽しい。濃い目の味付けで癖になりそうだけれど、量が少ないので食べ過ぎる事は無く、一人で食べるには丁度良い。
ポテトサラダで油っこくなった口の中にまた一口、芋焼酎を流し込んだ。
氷のお陰でしっかり冷たくなったお酒が喉を通る。
「はあー」
思わず声が出た。
ああ、美味しい。
さて次はフライドポテトにしようかな。
三日月型で皮付きのタイプ。それぞれの形に名前があった気がするけれど、目の前にあるこれが何と言う名前なのかは思い出せない。たぶん、思い出してもピンと来ない。
揚げたてが理由で買ったのに、まだ熱いからという理由で冷めるのを待つ矛盾。そろそろ良い頃かなと思ってひとつつまむ。
「あっく」
まだ少し熱かった。外側はそうでもないけれど、中がホクホク。
塩気の多いところを引いたらしく、味が濃くて美味しい。お酒で冷たくなっていた口の中が暖まった。調子に乗り、もうひとつもうひとつと、ひょいひょいつまんだ。
そしてまた、お酒で冷やす。
「あー」
また、だらしない声が出た。
芋を食べて、芋を飲んで。その組み合わせはどうなのよとも思うけれど、美味しいからまあいいかという気分になってきた。
さて、次はいよいよコロッケ。
これだけは最初から食べようと思っていた物だし、順番を最後にしたのは何だかんだで楽しみだったから。という訳で真ん中に箸を入れ、半分に割る。ソースはかけない派。
と、そのタイミングでインターホンが鳴った。
やれやれと箸を置いた。まあ大体想像が付く。
玄関を開けると案の定というか何というか、立っていたのは馴染みの顔。
「来たわよー」
「はいはい、いらっしゃい。あら、今日はノンナは一緒じゃないのね」
カチューシャが来た。
普段はノンナに送迎をさせているけれど、運動不足解消のためと言って、時々こうやって徒歩で来る。そしてここで酒盛りをしつつぐだぐだと泊まり、明日の休日になだれ込むというのがお決まりの流れ。徒歩で運動不足を解消したところで、他の全てが健康的ではない気がする。
手にはコンビニ袋。流石、飲む気満々ね。
リビングに通すと、カチューシャはテーブルの上に並べた品々を見て露骨に呆れた。
「どんだけ芋好きなのよアンタ」
「反省はしてるわ」
既に私が飲み始めてることに関しては疑問に思わない辺り、分かってる。
しょうがないわね、などとぼやきながらカチューシャはコンビニ袋からがさがさとプラスチックのパックを取り出した。
「じゃーん、焼き鳥ー」
「わー」
軽い拍手でカチューシャを讃える。ここでお肉の登場は嬉しい。レジの前で時々売ってる、十本ほど纏めてあるやつね。
「それと、はいこれ」
そう言ってカチューシャが手渡してきた物は、アイスコーヒー用のカップがふたつ。本来なら店内の機械でコーヒーを注ぐためのもので、氷が入っている。もちろん未開封。
更にカチューシャは、炭酸水を取り出した。
ははあ、成程。
「お酒ちょーだい」
「はーい」
渡した瓶のラベルを見て一瞬だけ顔を顰めたあと、カチューシャは、カップの封をべりべりと剥がしてお酒を注ぎ、更に炭酸水を足した。なんとも横着な作り方だけれど、いわゆる焼酎ハイボールが完成。
私も真似をして、同じものをもうひとつ作った。
意外にカップも氷もしっかりしていて、なんだか妙に理に敵っているのが少し悔しかったけれど、まあ良しとする。
早速、乾杯をして飲んでみる。
あら。あらあらあら、これは。
さっきとはまた打って変わって、炭酸のお陰ですごく爽やかになったわね。端的に言って、とても好き。
油っこいものに合うかも。ああ、それで焼き鳥なのかしら。
「美味っしいわねー、これ。良いお酒だわ」
「貰い物よ」
「ふーん。ああ、マホーシャか」
ラベルを眺めていて『熊本』の字を見付けたらしく、カチューシャはあっさりと正解に辿り着いた。まあ、別にクイズでも何でもないけれど。
さて、焼き鳥を頂きましょう。
雑に貼られたセロハンテープを剥がすと、パックはひとりでに開いた。中身は全部一緒。
「皮タレね」
「アンタ好きでしょ、皮タレ」
そう言われ、きょとんとしてしまった。
あまりピンと来ない。
「えー、アンタ焼き鳥を食べる時、必ず皮タレから行くじゃない」
そうだったかなあ、と思いながら一口。
ぐにぐにとした皮の食感とタレの甘辛さが何とも言えず、思わず『あら美味しい』と声が漏れる。
カチューシャはそれを聞いて、ほらねと笑った。
「好きすぎて当たり前になっちゃってんじゃないの」
「そうかも」
そんな事もあるかも知れないわね。
「カチューシャ、泊まって行くでしょ」
「うん。毛布出しといてー」
「はいはい」
ふたつに分けたコロッケの片方を遠慮も何も無く口に入れ、テレビを点けたカチューシャを尻目に、寝室に向かう。
どうせ寝室に布団を敷いた所で、彼女はお行儀よくそこで寝るようなタイプではない。ソファでうとうとし始めて、そのまま寝てしまうのがいつものパターンなのだから、リビングに毛布を持って行けば、それでいい。
ふと、カチューシャの先程の言葉が頭をよぎった。
『好きすぎて当たり前になっちゃってんじゃないの』
そうかもね。
そうかも。
そんな事も、あるかも知れない。