まほチョビ(甘口)   作:紅福

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寝肥の肉

【千代美】

 

 週末の定番になってきた光景。ダージリンとカチューシャ、二人がうちのリビングで酒盛りをしている。

 最初は嫌そうな顔をしていたまほも何だかんだで慣れてきたと言うか、『こういうもんだ』というのを受け入れたみたいで、最近は何も言わないどころか話に混じるようになってきた。

 おつまみになる小料理を私が何品かちょいちょいと作って、それをみんなでつつきながら駄弁る週末。めっちゃ楽しい。

 

「太ったぁー」

「違いが分からんな」

 

 料理が粗方出来たので私も話に混じると、浮かない顔をしたダージリンがぼやいてテーブルに突っ伏した所だった。まほがもぐもぐしながらどうでも良さそうに相槌を打っている。

 

「痩せればいいじゃない」

「論破はもうちょっとゆっくりでお願い」

 

 事も無げにド正論を投げ付けるカチューシャに向かって、ダージリンは突っ伏したまま呻くように返した。うん、確かにカチューシャの言うことは間違いないんだけど、気持ち的にはダージリンの味方をしたくなるな。

 太ったことには違いないとして、とりあえず解決を望んでると言うよりは共感や相槌が欲しいだけって心境なんだと思う。受け答えとしては、どっちかと言えばまほの方が正解に近い。たぶん。

 

 ダージリンは突っ伏した姿勢はそのままで、顔だけ横を向いてカチューシャを睨んだ。お行儀の悪い仕草ではあるんだけど、ダージリンがやると一種の気品が漂うのは何でなんだろうな。

 

「貴女はどうして太らないのよ、カチューシャ」

「私は定期的にサボらずに運動してるもの。ジムとか行ってるし」

 

 これまた非の打ち所のない返答に、ダージリンは『ぐうぅ』みたいな声を漏らしてまた下を向いた。

 分かる、分かるぞダージリン、今のは完全にトドメだったな。

 

「カチューシャには『いくら食べても太らない体質だから~』みたいなことを言って欲しかったんだろ」

「その通りよ、千代美さぁぁん」

 

 ようやく顔を上げて、ダージリンは泣きそうな声を出して擦り寄ってきた。よしよし、私は味方だからなー。

 ダージリンとカチューシャ。一緒に住んでいる以上、食生活も似通っているであろう二人。カチューシャだけが体型を維持できてるというなら間違いなく理由がある筈で、ダージリンは出来ればそれが『体質』とかのどうにもならない理由であって欲しかった、って事だと思う。

 だけど残念ながら、カチューシャはカチューシャなりに努力をしていた。人の努力に対して『残念ながら』って言い方もどうかと思うけど、今回に限っては、まあ。

 

「って言うかアンタ、何キロ太ったのよ」

「さんきろ」

「ばっ」

 

 半ば自暴自棄みたいになって答えたダージリンに、カチューシャが何かを叫ぼうとして飲み込んだ。偉い。

 しっかし3kgかあ、結構行ったなあ。 でも確かにまほがさっき言った通り、パッと見では違いが分からない。ダージリンの場合は特に、元々のスタイルが良いからちょっと肉が付いたくらいじゃ影響は少ないって事なのかな。

 太る前と太った後を見比べれば分かるのかも知れないけど、毎日会ってると目が慣れるからなあ。

 

「っっっかじゃないのアンタ」

 

 カチューシャの怒声が部屋に響く。『ばっ』を飲み込んだもんだと思ったら溜めてたらしい。

 

「正月でもあるまいし、どんだけ太ってんのよ。馬鹿じゃないのって言うか馬鹿でしょアンタ。3kgって軽く言ったけど100gのハンバーグ何個分か計算してみなさいよ、馬鹿でも算数くらいできるでしょっ」

「そっ、そこまで言うことないじゃないっ」

 

 あーあー、また始まった。

 こうなると暫く止まらないぞ。

 

「明日お休みなんだから体動かしなさいっ」

 

「嫌よ、運動用のジャージが無いもの」

 

「じゃあ明日買いに行くわよ。どうせアンタ暇でお金余ってんだから高いやつ買いなさい」

 

「うるさいわね、『暇』は余計よ」

 

「運転はアンタだからね」

 

「分かってるわよっ」

 

 口論してるように見えて、案外建設的なやり取りをしている。まあ、いつも通り。カチューシャがついてるなら、ダージリンはこの調子でスタイルを取り戻すんだろうなという予感さえある。

 結局二人は仲良く喧嘩しながら、ジャージを買ったあとのウォーキングの予定までちゃっかり決めてしまった。うーん、流石。やっぱりこの二人、相性は最高なんだなあ。

 

 それから少し経って、ダージリンとカチューシャは自分達の部屋に戻り、私達もお風呂を済ませて寝る時間。寒くなってきたから冬用のパジャマに着替えて、まほと二人で布団に潜り込んだ。

 布団の中でまほと向き合って、ふと、あることに思い当たる。

 

「そう言えばまほ、今日はお酒飲まなかったんだな」

「私が酒臭いと千代美がこっちを向いて寝てくれないからな」

 

 照れ臭そうに目を逸らして、まほはそう言った。

 んん。そっか、そういう事か。そうやって思い返してみると、まほがお酒を飲む事ってあんまり無い気がする。最近は特にそうだ。

 別に飲めない訳じゃない、というよりむしろ好きな部類の筈だけど、飲めない私に合わせて控えてくれてたんだ。『千代美がこっちを向いて寝てくれないから』なんて、理由がまた良いじゃないか。

 嬉しい。めっちゃ嬉しい。

 

「んふふ~」

「なんだなんだ」

 

 まほの胸に顔をうずめて、ぐりぐりと頬擦りをした。くすぐったそうにまほが鼻を鳴らしている。えへへ、可愛いー。

 でも我慢させちゃってたのは何だか申し訳ないな。近いうちに好きなように飲ませてあげたいなあ、何か考えとこ。

 少しの間そうやってぐりぐりしていると、まほの手が私のお尻にするすると回され、むにゅっと掴まれた。

 

「やだー、えっち」

「ふふふ」

 

 まほは手を止めず、むにゅむにゅと私のお尻を揉んでいる。もう、やらしい手付きだなあ。

 

 うー。

 まほの揉み方、すごく良いんだよな。ちょっと強引なんだけど、それを抑えてなんとか優しくしようと努めてるのが手の動きから伝わってきて、すごく大事にされてるなって実感する。

 お陰で気分が段々乗ってきた。明日お休みだし、しちゃおうか。さっきの嬉しさも相俟って、今なら何でもしてあげたい気分だ。

 

「なあ、千代美」

「なーに」

「さっきはカチューシャがあんな剣幕だったから黙ってたが、千代美も太っ、ぐぇふ」

 

 気が変わった。私の拳がまほの鳩尾(みぞおち)にめり込む。

 悔しいけど正解だ。実際ちょっと太ったし、理由もなんとなく想像が付いている。最近の生活の中で取り立てて変わった事と言ったら、ひとつしか無い。

 だからこそ、ストレートには言い出しづらい。

 

 最近はまほも料理をするようになったんだけど、その料理がやたら美味しい。太ったのはそのせいだ。

 まほの料理が美味しすぎるせい。そんな風に言えば耳触りは良いけど、実はまほが作る料理の美味しさはカロリーや栄養のバランスが無茶苦茶なことに起因してて、このままだとヤバいなというのをじんわりと感じてる。ダージリンが太ったのも、まほの料理が原因の何割かを占めてるような気がする。

 ただし、それをどうやって伝えようかってところでいつも躓くんだよな。折角やる気を出して頑張ってるところに水を差すのも何だかなー、って思うし。

 そんなこんなを考えているうちに私も太っちゃった、というのが今の状態。いつかは言い出さなくちゃいけないと思ってるけど、今はちょっと違うかな。

 

 それにしても。

 

「なんで分かったんだよ」

「それは、まあ」

 

 答える代わりに、まほは手をわきわきと動かして見せた。つまり、お尻を触った感触で気付いたって事か。

 

 ぐうぅ、それは何も言えない。

 私も明日、ダージリン達の買い物に連れてって貰おうかなあ。

 

「なあ千代美、運動なら今ごぇふ」

 

 尚も手をわきわきさせるまほの鳩尾に、拳がまためり込んだ。


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