まほチョビ(甘口)   作:紅福

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ダー誕


龍宮城の宴

【ダージリン】

 

 平日、自宅のリビングにて。

 真夏ならまだ少し明るかったけれど、今はもう真っ暗。そんな時間帯。

 

「ねぇ、アンタさあ……本当に何も覚えてないの?」

 

 呆れを通り越したような、引き攣った笑いを浮かべて言うカチューシャに、流石にちょっと申し訳なくなって記憶を辿る。

 丸々一分たっぷりと考えたけれど、やっぱり思い出せない。

 昨夜にカチューシャと話した内容を、すっかり忘れている。

 

「ほんっと、悪い癖よね」

 

 ぐうの音も出ない。

 確かにこれは弁解する余地も無く、悪い癖としか言いようが無い。まさしく文字通り『酒癖が悪い』と言うべきかしら。どうにも治らない。

 私は、お酒を一定量飲むと記憶を失くす。

 あまりにも綺麗さっぱり忘れるものだから、その間の出来事は覚えてないと言うより、もはや知らないと言った方がニュアンスは近い。

 

「昨日の私、何か変なことでもした?」

「あー……知らなくていいわよ別に」

「ふうん」

 

 幸い、お酒を飲む場所が基本的に自宅なこともあって、私の社会的地位は恐らく無事。まあ、そうは言っても取り立てておかしな行動に出る訳ではないらしいけれど。あくまでも記憶を失くすだけ。

 ただ、その場の雰囲気次第で笑い上戸になったり泣き上戸になったりという程度のことはあるみたい。

 けれど何にせよ、私自身はそのことを知らない。

 知っているのはたぶん、長年一緒に飲んでいるカチューシャだけ。

 

「あんまり言いたくないけど、絶対に外で飲んじゃ駄目よ」

「わかってるわよ、うるさいわね」

 

 そんなことを言われなくても、元々私は車での移動がメインだから外では滅多に飲まない。と言うか飲めない。それに基本的に何事も無いとは言え、記憶を失くすのが分かっていながら外で飲むのは怖すぎる。

 その上、最近はカチューシャと家で飲むことが殆どだから、そういう意味でも外で飲む機会は目に見えて減っている。

 それは裏を返せば、家で飲む機会がものすごく増えているということ。

 お陰さまで色々と安心感が大きくて、心置きなく記憶を失くせてしまう。

 

「まあまあ寂しいから、ちょっとぐらい覚えといて欲しいんだけどね?」

「善処するわ……」

 

 そんな会話をしておきながら、私たちの目の前には既に、日本酒で満たされた冷たいグラスがふたつ並んでいる。結局飲むのよね、性懲りもなく。

 まあ飲むなという話ではないし、飲みすぎるなという話でもないので。

 

「ともあれ今日もお疲れさま。乾杯」

「かんぱーい」

 

 それから、小一時間後。

 

「カチューシャぁー、抱っこー」

「あーはいはい……来なさい、ほら」

「んふふふ」

 

 カチューシャがソファの定位置で、私を迎えるようにぽんぽんと膝を叩く。

 すっかり出来上がってしまった私は上機嫌でそこに跨がり、向かい合うように座った。

 

「こうやって私の膝に座ったことも、明日には覚えてないんでしょうね」

「ふふふ、そうかも」

 

 すりすりとカチューシャの胸に頬擦りをしながら、思う。

 最近分かってきた。カチューシャが居てくれるから、毎日が楽しい。

 自分のことを分かってくれている人が一番近くに居ることが、こんなにも嬉しい。

 

 もっと言うなら、そう。

 

 愛おしい。

 

「ねぇ、カチューシャ。お願いがあるの」

「なーによ」

「キスしましょうよ。今夜だけでいいから」

 

 ああ、言ってしまった。

 唐突すぎたかしら。でも、したいんだから仕方ない。

 酔いに任せているからこそ、これは衒いのない本心。

 

 こんな格言を知っているかしら。

 

『ノリと勢い』

 

 私と違って理性が残っているらしいカチューシャは返事を保留するように天井を仰ぎ、そのまま真上に向かって長いため息をふーっと吐いた。

 

「今夜だけ今夜だけって、アンタね……これが何回目だか分かってる?」

 

 真上を向いたままのカチューシャになんだかズレたことを言われ、私はそれに、きょとんとして答えた。

 

「何言ってるのよ。初めてじゃない」

「あーあー、そうだったわねぇ!」

 

 自棄っぱちのように叫びながら、カチューシャは顔を真上から正面に勢いよく降ろした。

 不意に至近距離で向き合う形になり、私は一瞬、彼女の顔の整った造形に目を奪われてしまった。

 長い睫毛も、きらりと光る犬歯も素敵。普段は口喧嘩の相手ぐらいにしか思っていないけれど、こうして見ると彼女は途徹もない美人であることが分かる。

 そうやって私が見蕩れた一瞬を狙い澄ましたかのように、彼女の長い腕が背中に回された。

 そのまま乱暴に抱き締められ、息が詰まる。

 苦しいけれど、まるで何度もこうしてカチューシャに抱き締められたことがあるような、そんな心地好さがあった。

 

「ほんっと、悪い癖よ!」

「ふふふ、本当にね」

 

 そして私は、今夜も心置きなく記憶を失くした。


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