闇の中の不知火   作:ゆずた裕里

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第弐章

 私たちの艦隊は、神通さんを旗艦に、黒潮、親潮、不知火、そして私の五隻。もうひとつの艦隊は、川内さんが旗艦で夕立、時雨、江風、山風、春雨が随伴艦の六隻編成。夜戦に強い艦娘をそろえたところをみると、どうやら司令部は基地に残った敵艦隊のほうが強力だと考えたみたい。

 

 羅針盤と夜空の星を頼りに、私たちは海上を進んでいった。その途中、敵艦隊の出発を夜偵がとらえたと連絡が入った。私たちは再度進路を敵艦隊に向け、夜の海を進んだ。しばらく進んでいると右舷前方に、月の薄明かりにぼんやりと影がいくつか浮かび上がった。目標の敵艦隊だ。

 敵艦隊を確認した神通さんが、ひらひらと動かした左手が作戦開始の合図。黒潮と親潮が左舷側、敵の進行方向に離れ、神通さんと不知火、私は敵艦隊の後方へと、回り込むように進路を変える。この後は、黒潮たちが探照灯で敵の注意を引き、敵艦隊が舵を切ったその先に迫り、はさみこむようにして討つ。それが神通さんの特訓を乗り越えた私たちの艦隊だからこそできる、十八番の作戦だった。

 

 私は振り向いて、後ろの不知火の様子を見た。不知火はじっと敵艦隊を見つめていた。こっちが切なくなるような悲しげな目で遠くを見つめていた。その様子にしばらく見とれていると、こっちに気づいたのか、私の目をちらりと見た。一瞬私を見たその眼は、ちょっと素っ気ないけど優しさを秘めた、いつもの不知火の目だった。

 

 「なにか?」

 「いや別に……」

 「シッ!」

 

 思わず話してしまった私と不知火を、するどい眼差しで神通さんが制止した。思えばもうすぐ敵の後方につこうとしている。その時、十一時方向はるか先に二つの明かりが灯り、敵艦隊を照らしだした。黒潮たちだ。同時にあの子たちが遠くから狙い撃つ砲撃音が聞こえてくる。さあ、ここから敵がどちらに舵を切るか。

 

 「全艦、面舵いっぱい!」

 

 私たちは面舵を切った敵艦隊に追いすがった。そして敵艦隊が黒潮たちに応戦を始めたその時。

 

 「突撃!」

 

 神通さんの号令一下、私たちは敵の単縦陣に切りこんだ。水雷戦隊は遠距離の砲撃戦よりも敵に肉薄して魚雷や砲を撃ちこむ接近戦が得意で、その様子は白兵戦みたいになることもよくある。なかにはそれを見越して、刀や短剣を準備する艦娘もいるみたい。

 それはともかく、神通さんの魚雷が命中すると同時に、私たちの砲が火を噴いた。同時に敵側もこちらに気付いて反撃を始める。

 神通さんは魚雷を命中させた駆逐艦にとどめを刺し、黒潮たちの援護のもとに次の駆逐艦に標的を定めていた。私も駆逐艦に狙いを定め、砲の一撃を命中させた。その時。

 

 「神通さん、不知火は旗艦を仕留めます」

 「任せました!」

 

 神通さんの指示を受け、不知火は進路を変えた。さらに神通さんは黒潮と親潮がこちらに加勢しに来たのを見て、

 

 「陽炎、不知火の援護を」

 

 と私に告げた。私は不知火の航跡をたどりながら敵を追った。

 

 私と不知火が追うのは、旗艦の軽巡とその護衛の軽巡。護衛の方は後ろを向き、私たちに絶え間ない砲撃を続けていた。私は砲弾の飛び交う中、なんとか不知火に追いついた。

 

 「不知火、無事?」

 「ついてきたの?」

 「神通さんの命令よ。やるんでしょ?旗艦を……」

 

 その時、ふたりの間に大きな水柱が上がった。

 

 「援護するわ!」

 

 お返しとばかりに私が砲を連射すると、不知火は全速力で敵軽巡のそばまでつっこんでいった。不知火と敵軽巡とが互いに目と鼻の先にまで迫った時、敵軽巡は標的を不知火に変え、すぐさま砲撃を加えた。

 だが一瞬だけ、行動が遅かった。

 そのころには、不知火が砲を腰だめで構えて撃ちこんだ弾が、軽巡の腹部に大きな穴を開けていた。普通ならばそのまま前のめりに海面に突っ伏して、海の藻屑と消えていくのだが、不知火はそれを許さなかった。倒れる軽巡の首元をつかむと、その陰に自分の身を隠した。

 その時、旗艦の軽巡が振り向いて砲を撃ちまくった。しかし不知火は動かぬ軽巡を盾にして全ての砲弾を防いだ。そして砲撃が途切れたその一瞬を見計らうと不知火は肩に取り付けた探照灯を、旗艦の軽巡に照射する。

 暗闇に敵旗艦のまぶしそうな顔だけが生首のように浮かび上がった、その瞬間。

  

 「沈め!」

 

 不知火の砲は闇に浮かび上がった的を撃ちぬいた。私は遠目に一部始終を見届けると、ぼろぼろの盾を解放した不知火にかけよった。

  

 「お見事ね、軽巡二隻をほぼ一撃ずつで仕留めるなんて」

 

 不知火は返事をしなかった。顔は険しいまま、海面を見つめている。私が不安を覚えたその時、不知火は震えた声で小さくつぶやいた。

 

 「……違う、こいつじゃない」

 

 その時、別動隊からの無線が入る。川内さんだ。

 

 『こちら川内、湾内でも戦闘開始。敵の大物もこっちにいたわ、どうぞ』

 『こちら神通。現在先遣隊と交戦中です。援護は?』

 『特に必要ないわ』

 

 「やっぱりね……」

 

 不知火はそう言い残すと、突然全速力で離れていった。追いかけようとした私を、神通さんが追いついて引き留めた。

 

 「待って陽炎、不知火は?」

 「たぶん湾に向かったんだと思います、あっちの旗艦を沈めるために……」

 「追いかけましょう!」

 

 私と神通さんは、不知火を追いかけはじめた。その間神通さんは、黒潮たちと川内さんに無線を入れる。

 

 「『黒潮たちも湾に向かって。そこで合流よ。……姉さん、私の艦隊の子がそっちに向かってます、見つけたら保護してください!』……陽炎、不知火のことだけど、何か心当たりは?」

 「いえ……」

 

 私たちが湾に着いた時には、もう戦闘は終わっていた。私はそこまで広くない湾内の片隅に、数隻の艦娘が集まっているのを見た。よく見れば夕立と時雨、そして少し離れて不知火が立ちつくしている。だが様子がおかしい。

  

 「時雨、大丈夫?」

 「あっ、陽炎」

 

 私は時雨と夕立のもとに行った。夕立は時雨に介抱されているようだった。私はてっきり戦闘中の負傷かと思っていたけどそんなことはなく、どこを見ても傷ひとつない。でも夕立の顔をよく見ると、頬には大きなアザがあった。

 

 「いったい何があったの?」

 「夕立と一緒に敵旗艦の軽巡を追いつめていたら、急に不知火が現れて……」

 「助けに来てくれたと思ったら突然殴るなんて、どうかしちゃったっぽい!」

 

 私は夕立が指さした先を見た。暗闇の中で少しも動かず足元をじっと見つめている不知火の姿は、夕立と時雨の二人でなくても、どうも近づきがたい。私は二人に見守られながら、一人たたずむ不知火に近づいていった。

 

 「……不知火?」

 

 おそるおそる声をかけたけど、反応はなかった。私は不知火の足元に目をやった。

 そこには写真で見たあの軽巡が、夜空を見ながら口を開け、浮かぶとも沈むともいえない様子で漂っていた。どうやらすでにこと切れているようだ。そして不知火はただ、その様子を見つめていた。その表情からは何を考えているのか全く読み取れない。目の前の軽巡と同じく、まるで血の色を感じない……こんな不知火は、私も見たことはなかった。

 私が再び、不知火に声をかけようとすると、

 

 「何故だっ!」

  

 叫びとともに不知火の砲が、水しぶきとともに軽巡の亡骸を吹き飛ばした。そのまま不知火は、うめくような悲鳴をあげながら弾が切れるまで亡骸を撃ち続けた。

 そして。

 

 水しぶきに全身を濡らした不知火は煙草の煙を出すように長い息をつくと、空ろな、そして悲しげな目で遠くの夜空を見つめた。

 

 

 

 泊地への帰り道は、これまでにないほど静かなものだった。東の空が白み始めた頃、泊地に到着し上陸してはじめて、神通さんは口を開いた。

 

 「みなさん、おつかれさまでした。今日は一日ゆっくり休んでください。それと不知火。あなただけは〇九〇〇時に二番応接室に出頭しなさい。以上、解散」

 

 その後は皆疲れ切っていたので、シャワーを浴びるとそのまま仮眠をとった。私が目を覚ました頃には、もう不知火の姿はなかった。不知火が今どんな目にあっているか、私は考えたくもなかった。

 

 不知火が神通さんの呼び出しを受けている間、私は資料室に向かうことにした。どうして不知火はあんな行動をとったの?なぜ不知火は敵を、それも特定の敵を倒すことにこだわるの?きっと不知火は黙して語らない。なら私は、自分で調べ、解決し、納得する。

 

 私は朝の用を済ませると、資料室の利用申請をしに香取さんのもとに向かった。申請を済ませると、香取さんは私に尋ねた。

 

 「こんな朝早くから、何か調べものですか?」

 「はい、少し……あの香取さん、うちの艦隊の不知火について、何か知りませんか?」

 「えっ?不知火さん?」

 

 香取さんは一瞬戸惑ったように見えた。

 

 「いえ、特には……。不知火さんのことなら陽炎さんのほうが詳しいかと……」

 

 不知火は香取さんに恩があるって言っていた。でもそうだとしたら香取さんは、知らず知らずのうちに不知火を助けていたことになるのかしら……私は香取さんにお礼を言って資料室の鍵を受け取ると廊下に出た。

 

 朝の資料室は、静かで薄暗かった。部屋に入り、中央の机のスタンドの明かりをつけると、私はファイルの棚に向かった。背表紙を指さし確認して、取り出したのは自分の艦隊のファイル。この泊地に赴任した艦娘のデータは、みんなこの部屋のファイルに入っているはず。私は席に着くと、ファイルの表紙をめくった。

 

 まずは、旗艦の神通さん。いつ撮ったのか知らない、優しそうな顔つきの写真。この写真を見た限りでは、あの人の厳しさは分からないわね。

 続いて黒潮。あっ、身長と体重が書いてない。こういうのは不備があったら問題になるから、嫌でもちゃんと報告しなきゃダメよ。

 次に、親潮。しっかりライト当てて写真撮ると、黒髪が映えるわね。今度ピン止め貸してもらおうかな。

 そして私、陽炎。この写真もいつの間に撮ったのかしら。こうして改めて自分を客観的に見るのって、なんだか変な感じね……

 

 

 

 不知火のデータは?

 

 

 

 背中を冷たいものが走った。私はもう一度、一からファイルを見返した。神通さん、黒潮、親潮、私。不知火のデータは、ない。

 そんなはずはない。きっと、きっとどこかにある。そうだ、艦隊じゃなくて駆逐艦の一覧に同じ内容の控えがあるはず。私はこの胸騒ぎを静めたい一心で駆逐艦の一覧の棚にかけていった。そしてさ行の駆逐艦のファイルをとると、その場でファイルを開いた。

 

 皐月、五月雨、白露……ページをめくっていくと、すぐに不知火の名前は見つかった。私はすぐに中身の情報に目を通した。

 その内容は……

 

 

  駆逐艦 不知火

 

 

 これだけ。

 

 名前以外に何も書かれていない、ほぼ真っ白のデータ。

 生誕地も履歴も最初からないかのように、空白になっている。

 どうして?ただの記入漏れなの?それともなにか理由があって消されたの?それとも……

 

 

 

 「ナニカキニナルコトデモ?」

 

 

 

 心臓がひっくり返り、私は思わず振り向いた。

 不知火が机のそばに立っていた。いつの間にそこにいたのか、机の明かりに照らされたその表情は右半分しか分からない。だけど瞳だけが夜中にこちらを見つめる猫のように輝いている。

 

 「い、いやぁ何でもないわよ、ちょっと調べものをしてただけ……」

 「そう。できることがあったら手伝おうか?」

 「ううん大丈夫、大丈夫、今終わったとこだから……」

 

 私は早くここから離れたい一心でファイルを片づけると、そそくさと部屋を出た。

 こんな状況で動揺を隠すなんて、絶対無理。顔には出さなくても明らかに不知火は私を怪しんだだろうし、何か知ってはならないことを知ってしまったような気がした。隣にいる不知火に話しかけられないどころか、顔すら見られなかった。

  

 香取さんのもとにたどり着いて、ようやく私はホッとできた。

  

 「香取さん、どうもありがとうございました」

 「早いですね、もう用は済んだのですか?」

 「はい、大したことじゃなかったので……不知火にも手伝ってもらいましたし!」

 

 私はここでようやく不知火の姿を見ることができた。不知火も香取さんに向かって少し笑っていたおかげで、私の不安は幾分か楽になったような気がした。

 

 「それでは、失礼します!」

 

 不知火が香取さんに向かって深々と頭を下げる横で、私は妙なテンションで頭を下げて部屋を後にした。

 

 

 一旦落ち着いても、どうにもそこから不知火に話しかけられない。変に話を蒸し返すわけにもいかないし、別の話をするのもどうかとは思う。私より半歩先を歩く不知火のうなじをちらちら見ながら、私がそんなことを考えていると……

 

 「ここの資料室、かなり不備があるの。ちゃんと確認をとりたいなら、横須賀に問い合わせてみたら?」

 

 頭が真っ白になった。再び不安が広がってきた、その時。不知火は振り向き、私の目をじっと見た。改めて見た不知火の瞳は、まっすぐで宝石のような綺麗な瞳だった。

 

 「陽炎、変に誤解されるのは好かないわ。だからあなただけには話しておこうと思う」

 

 

 

 「不知火があいつらを狙って沈めるのは、復讐のためよ」

 

 澄み切った青空の下、倉庫街のかげで不知火は私に言った。ここはあまり艦娘が来ることはなく、こういう秘密の話をするなら一番だ。

 

 「復讐……一体誰の?」

 「それは私事よ、あまり詳しく言いたくないわ。一番大切にしていた者、とだけ言いましょう」

 

 自分から話しておこう、なんて言っておいて結局肝心なことは言わないんじゃない……なんて一瞬思ったけど、それも仕方ないか。私がそう思う間にも、不知火は続けた。

 

 「彼女は傷だらけの身体で、奴らの前に跪き命乞いをした。どうか助けてほしい。故郷に帰してほしい。……だが、その願いは聞き届けられなかった。不知火は、どうすることもできなかった」

 

 話すほどに、不知火の言葉が熱を帯びてきた。このあと不知火は「まず奴らは笑いながら……」と、その子がどのような末路を迎えたかこと細かに話してくれたけど、正直なところあまり思い出したくない。聞いていた私の方が気分が悪くなってくるような内容だった。

 

 「もういいわ、不知火」

 「……すまない」

 

 私は滅入った気持ちを吐きだすように、長い溜息をついた。その間、不知火は下を向いてずっと黙っていた。不知火もたぶん、誰にも話せずにずっと抑えこんできたのね。そう思うと少しだけ、自分が優しくなれるような気がした。

 

 「いいわ、続けて」

 「ありがとう。その非道に関わった『鬼』や『姫』クラスの深海棲艦は五隻。不知火はその全員がこの海域で艦隊を指揮していると知り、この手で奴らを沈めるためにここの泊地に来たの」

 「……それで、これまで何隻沈めたの?」

 「昨日沈んだ軽巡で四隻目。残りはあと一隻よ。『姫』クラスの重巡。艦娘ならば泊地で指揮をとっているような、かなり位の高いやつよ。他の深海棲艦はともかく、何があっても奴だけはこの不知火が仕留めなければ……死んでも死にきれない」

 

 不知火の考えが間違っているのか、合っているのかは私には分からない。私自身、敵に対して何か感情を抱いて戦ったことなどなかったからだ。いや、考えないようにしていた、という方が正しいかしら。

 そもそも、私たちはなぜ深海棲艦と戦っているのかしら。みんながなんとなく言っているのは、「海の平和を守る」とか、「深海棲艦が今の文明の脅威になる」とかそんなこと。その中で、「復讐」のために戦う不知火の考えはどこか異質な気がした。

 

 私がそう考えているうちにも、不知火は続ける。

 

 「だから、奴のもとに乗りこんで暗殺しろと言われれば、どんな危険な任務だろうと喜んでするつもりよ。志願だってするわ。これだけは何年、いや何十年経っても、必ず成し遂げなければならないの。この手で……」

 

 不知火は決意を新たにするように、震えた声で言い放った。でも、もし復讐を果たしたら、不知火はそれからどうするつもりなのかしら。私は尋ねたかったけれど、あまりにも真剣な不知火の様子に何も言えなかった。

 

 「あいつと再会を果たすその日が来れば、不知火はもとの不知火に戻れるのよ」

 

 不知火は最後に、ダメ押しのように言った。きっと何年も先のことを考えているのか、その時の不知火の目は、まるで遠くを見ているかのようだった。たぶん私も、その時までは一緒に生きることになりそう。

 

 

 

 しかし。その日はそこまで遠くないうちに、私も不知火も予想しなかった形でやってきた。

 

 

 

 

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