一般人生徒リツカ!   作:ブタどもの一人

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……でち!




京都・十七

 スパンダルマド。

 或いはスプンタ・アールマティ。

 

 未だ謎多き拝火教において、善なる神々、即ちアムシャ・スプンタの一柱として数えられる善神・女神である。

 同じく拝火教で語られる邪悪なる神々、即ちダエーワ。その中でも特に強大な魔王の一柱である背教の女神タローマティを敵対者(ライバル)と定める大いなる神である。

 元はアフラ=マズダより大地の守護神としての役割を任されていたが、後々に人気であった中級神のアナーヒタに役割を譲り、女性の守護を主とするようになる。

 

 

 

 とここまでが俺の知るアールマティの全てだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スパンダルマド、或いはスプンタ・アールマティ』

 

 彼女の顕現と同時に、そのような()()()()が自然と脳内に浮かび上がった。

 精神干渉系、或いは念話と同じ原理か。

 

 情報を直接脳内に叩き込んだ上でそれを信用させるなんていう芸当を可能とするのは彼女が本当にかの善神だからとでもいうのか。

 

 少なくとも、その場の全員が彼女をかの善神として認識していたのは確かである。

 

 

『スプンタ・アールマティ……それは古く拝火教に伝わる、あの』

 

「情報の精度は不明だ、がしかし俺たちの脳内にそういう情報が流れ込んできたのは確かだ」

 

「ええ、どういう技術か測りかねますが私のデータバンクにもその情報が送信されています。よもや極秘回線にまで容易く入り込まれるとは」

 

 俺や他サーヴァント、ネギくんたち。そしてメカエリのメモリにも情報は送られていた。

 まさしく神の御業、しかしそれを論ずる時間はなかった。

 

 

 

『ーー、ーーーー!』

 

 次に、スパンダルマドはその威光を保ちながら厳かに右手を上げる。

 

 応じて、『ヤツ』の表皮を覆っていた泥たちが苦しげに蠢き、みるみるうちに萎縮し、剥がれ落ちていった。

 その際に彼女は何事か口にしていたが、生憎と『俺たち人類に理解できる言葉ではなかった』。

 

 

「おぉ……落ちる、剥がれていく!

 私の(かいな)、数多の私が……!!」

 

 しゅうしゅう、と音を立てて白い煙となって消えていく泥たち。

 ヤツは苦悶の声を、醜悪な呻きをあげてのたうちまわる。

 

 ーー消えたくないーー

 

 ーーー許さないーーー

 

 ーまだ、復讐して(終わって)いないのにーー

 

 

 聞くだけで魂まで腐り落ちそうな醜悪な金切り声が無数に木霊する。

 それは、これまでヤツを動かしていた原動力。即ち1400年分の日本の怨念たちの断末魔。

 否、すでに終わった者たちであるのに未練、執念から現世に囚われ続けていた哀れな魂たち。

 

「……何様だ、俺は」

 

 哀れだ、などと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 やがて、殆どの泥が消え去った頃にようやく、『本体』たる『彼』が姿を現した。

 

「許、さない。殺す、コロ、ス。

 ヒト、は、全て、コロ、す。

 

 ……私の、大切な、家族を。

 奪った者たちを、全てコロス!!」

 

 それは人の形をした泥だった。

 人として死に、魂すら捧げ、もはや自我すら失われたであろう状態で、尚も彼は個人的復讐を忘却せずにいた。

 あんな、訳も分からない泥に成り果てても。

 

 常軌を逸した執念だ。おそらくは、常人であれば先ほどの怨念と完全に溶け合い混じりあっていただろうに。

 

 

 彼にとって、家族を直接殺した者たちだけが復讐の対象ではなかったのだろう。

 

『家族が奪われるに至った原因、家族を傷つけた者たち、それら全てを容認した()()()()()()を彼は憎んでいる』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーまだ、動く。

 

 ーー数多の『我』はすでに消え去った。使えん奴らだ。

 

 ーーだが、まだ、私は動ける。

 

 ーーならば続けよう、殺戮を、破壊を。終わるまで止まれない死を破滅を、復讐を。

 

 

『……』

 

 崩れかけの泥で、必死にこちらに向かって来る彼を、彼女はとても悲しそうな目で見つめる。

 

「コロ、ス! 私タチを、見殺シ、にした。貴様らを!!!」

 

 走るたびに砕ける身体、砕けて落ちた泥が蠢きながら蒸発する。

 だが、それでも彼は走る。目の前に、獲物がいるならば。

 この世界に、まだ人類がいるならば。

 

『……◾︎◾︎』

 

 ふと、ぽつりと何かを呟いた彼女。何処と無く誰かの名前を呼んでいたような。

 

 その瞬間、彼女・スパンダルマドの身体から二つの光球が弾き出され、一直線に、疾走する彼のもとに向かい……着弾した。

 

 一瞬の明滅、眩い閃光。

 必死に目を凝らせば、その中で、『かつての姿』を取り戻した彼に抱きつく二人の女性を発見する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お父さん』

 

『あなた』

 

 ーーっ!!!?

 

 ーーお前、たちは……。

 

 

 死んだはずだ。自然とその言葉が出てこなかった。

 それは今更口に出すまでもない事実であり、藁にも縋る思いで異郷を巡って蘇生法を探した末に『死者は生き返らない』と当たり前の事実を突きつけられた時にすでに確信していた。

 

 ならば、この、彼女たちはおそらくは情報に過ぎないのだろう。

 そこまで私は推測した。だがーー

 

 

『もう、いいのよ』

 

『お父さんは、もう苦しまなくていい』

 

 

 私の身体を包む暖かさは確かに彼女たちのものだった。

 

 十年以上も前に失われた、私のもっとも大切なモノ、そのものだった。

 

 思えば、私とて既に取り返しのつかないほどに穢れてしまった。汚れてしまった。

 肉体を捨て、魂を捧げ、その果てに復讐のみを願う『ナニカ』に成り果てた。

 もとより、私にはすでに彼女たちを厭う権利すら無くなっていたのだ。

 

 

『それでもーー』

 

『それでも私たちは、お父さんを助けたいよ』

 

「っ!!!!」

 

 ーーその一言で十分だった。

 

 私が欲しかったもの、この『情報』に成り果てて求めたもの。

 それら全てが霧散して、()()()に捨てされるほどに、その言葉の重みは、大切だった。

 

 復讐は苦しい、今ならば『アヴェンジャーたち』の言い分も理解できる。魂が、精神が、軋んで軋んで、磨耗して。それでも最早止まれないのだ。

 あれは地獄だ、あれこそ地獄だ。

 そのようなものに私は足を踏み入れていた、頭のてっぺんまで浸かりきっていた。

 

 だからーー

 

「ああ……お父さんも、もう、疲れたよ」

 

 欲しかったもの、私が、本当に欲しかったもの。それはーー

 

『お父さん』

 

 きっと、もうーー

 

「それでも……この、瞬間だけはーー」

 

 ーー私は、()()()は、安らぎを、得られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……()()()()の消滅を確認。もはや、アレは動かない。

 あとは、肉体を破壊するだけだ』

 

 一連の出来事に、誰一人として割って入ることは出来なかった。

 それはあまりにも悲しい終わりだったから。

 

 

『ヤツ』の消滅と同時に多くの情報がこの場に拡散した。

 それは過去の大戦によって生まれた悲劇と、それによって本気で世界を壊そうとした一人の復讐鬼の一生。

 それほどまでに彼が忘れずに溜め込んでいた情報だ、消滅によって辺りに撒き散らされても不思議はない。或いは、それを()()()()()()()()のかもしれないが。

 

 

 結果として、彼を止められたのは彼の身内だった。

 部外者たる俺たちに付け入る隙などなく、見方を変えればそれは彼の勝ち逃げにも等しい。

 何はともあれ、怨霊は、あの呪術師の怨念は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、ぅ……あまり、悠長にしている時間はないぞ。そろそろ私の拘束も保たなくなってきた」

 

 さて、残った依代を破壊するか、と考え始めたところで千方が苦しげな声で告げて来た。

 しかし最早怨霊は消え去り、あの肉体は抜け殻。抑え込む必要はない。

 

「もう怨霊は消えた、拘束はもういいよ」

 

 わざわざ死体蹴りをする必要もない。いや、破壊するにはするのだが、縛ることはやめてやろう。

 

 そう思っての発言だったのだが。

 

「よく見ろ。……()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 真剣に語る千方の言葉に、俺は背筋を凍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー妬マシイ、妬マシイ、妬マシイ、妬マシイーー

 

 ーー憎イ、憎イ、憎イ、憎イーー

 

 ーードウシテ、アイツダケーー

 

 ーー殺シタイ、殺シタイ、殺シタイ、殺シタイーー

 

 

 数多の声が呼んでいる。

 

 恨め、憎め、殺せと。

 

 ならば叶えよう、その望みを。その破滅を。

 

 

 だから()()()()()()()()()()

 

 それこそが()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー『存在証明』70%

 ーー『実在証明』55%

 

 

 ーー依代適合率45%

 

 

 

 

 ーー『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎(◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎)』受肉実験、続行可能数値と断定

 

 ーー『◼︎◼︎』深奥、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎第0隔離区域からの投射を開始

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー投射、成功。これより『稼働実験』に移行します

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々に弄ばれた鬼神の身体は、色を無くし、熱を無くし、静かに湖面に沈んでいた。

 もはや動かない抜け殻。せめて破壊することで永遠の安らぎを与えるべきと考えた一行は、その遺骸にそれぞれの得物を構える。

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

『っ!! 総員退避! その場から全力で離れるんだ!!』

 

 突如としてダ・ヴィンチちゃんの声が響き渡った。

 その声にいち早く反応した頼光、メカエリは俺とエリちゃんをそれぞれに抱えてその場から即座に飛び退る。

 遅れてエヴァもネギと明日菜を連れて。

 刹那は元の場所で、その腕に抱えた主の身体を一層強く抱きしめる。

 

 

 それらが間一髪であったと知るのにそう長くはかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大鬼神・両面宿儺の肉体を食い破り、ソレは現れる。

 膨大な黒の奔流が先ほどまで彼らのいた場所を覆い尽くし、尚も獲物を求めて這いずり回る。

 

『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーー!!!!』

 

 耳をつんざく金切り声、聞くに耐えない醜悪な叫び。

 しかし、俺はなんとなく()()()()()()()と感じた。

 

 

 頭蓋、腕、胴体、関係なく内側から強引に食い破りながら噴出する『泥』。

 消えたはずだった、終わったはずだった。

 理解が及ばない。なぜ、まだ現れるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 理屈は単純である。そもそもアレらに『依代』たる資格はなく、この肉体こそが相応しき素体であったのだから。

 アレらは単なる呼び水、『本命』を引き寄せるためだけの撒き餌に過ぎなかった。

 

 だからこそ1400年前にすでに仕込みは済ませておいた、17年前のものは単なる保険に過ぎない、単なる切っ掛け(キー)に過ぎない。

 

 すでに演算装置は続行を決断した。ならばプログラム通りに、『あの大災厄』を現世に投影するだろう。

 それこそが今回の事件の大本命、行き着く結果なのだから。

 

 

 

 

 

『ソレ』の姿は不明瞭であり、不定形。

 伝説に伝え聞くダイダラボッチ、リツカが前世にて拝見したとある映画に出て来たダイダラボッチに似ている。

 

 身体は泥、果てしない黒に染まった悍ましい代物。

 

 口は無い、無いのに絶えず聞くに耐えない叫びが木霊している。

 

 先ほどまでの怨霊たちとはベクトルが違う。アレらは本気で世界を憎んでいた、明確な指向性、いや『懇願にも似た憎しみだった』。

 

 誰か、助けてくれと。

 

 

 

 しかし、今回のソレは違う。救いなんて甘い考えは抱いちゃいけない。根本からして『破滅』で出来ている怪物など、救う選択肢はない。

 怨霊など生易しいものじゃない、あれは『終わり』だ。

 

 世界の全てを喰らい尽くして終わらせるためだけの兵器。

 魂はない、自我はない、知性もない。

 ただし、本能から『世界を殺す』。

 

 単純な『終末兵器』。

 一体全体、何がどうしてあんなものが、どういう経緯でこの世界に誕生したというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 世界の淵、世界が『要らない』と軽蔑した『モノ』、それらが『創世記』より積もりに積もった果て。

 多くの知性体が『悪』と断じた情報全ての集合体。

 

 本来ならばこのような形で出て来るなど、それこそ聖杯、それも第三魔法を可能とする聖杯が無ければ不可能なはずである。

 

 

 しかしながら、この世界の『ソレ』は些か事情が異なっていた。

 少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現出したものの強大さを、俺は肌で感じていた。

 両面宿儺、大怨霊、そんなものはあれの前ではちっぽけな存在にすぎない。

 あれだけ苦労して、結局、自滅した強敵がものの数秒で可愛く思えてしまう出来事などそうそうない、今後の人生でも多分ない。

 

 しかし、俺は知っている、少なくともあの叫び声を知っている。

 それは前世で娯楽として消費したもの、その一節に過ぎない。

 或いは()()()()()()()ーー

 

 

 

()()()()()……」

 

 自然と口に出ていた。当然だ、アレを見てその言葉が出てこないはずがない。

 この世全ての悪と定義された恐るべき魔王、しかしてその実態は文字通りの『この世全ての悪の具現』。

 型月で登場したのはあくまで、アヴェンジャーアンリマユの特性である『この世全ての悪であれ』という人々の願いを、受け皿になった聖杯が叶えてしまったために起きた事故だが、果たしてその影響力は絶大であり、その後の聖杯戦争を凄惨なものにする元凶となった。

 

 俺が知るアンリマユとはその状態のもの、そして目の前のソレは先に語った『聖杯の泥』としてのアンリマユと酷似していた。

 

 ならば、この世界でも『聖杯、ないしそれに纏わる戦争・儀式が起きていた』ということだろうか?

 

 

『アンリマユだと? ……確かに反応はアンリくんの発するモノと似ている、ひいてはあのティアマトの放ったケイオスタイドとも酷似するが。

 だが、これは……』

 

 言い淀むダ・ヴィンチちゃんをよそに、エヴァが口を開く。

 

「なんだ、アレは?

 あれほどの密度を持つ()()()()なぞ見たことがないぞ!?」

 

 狼狽した様子の彼女だが、それよりも彼女の発した単語に疑問を抱く。

 

「魔素?」

 

 そういえばネギま!でそんな単語がちょくちょく出ていたと記憶する。

 しかし、詳細は語られていなかったと思うし、俺もネギくん闇の魔法(マギア・エレベア)verが魔素中毒だかに陥ったとか、デュナミスさんが闇の魔素で編んだ魔物の影を操ったとかしか知らない。

 

 俺の疑問を偶然にも聞き取ったネギくんが親切にも教えてくれた。

 

「魔素とは、()()()()()()()()()()()()()()

 一般的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とされていますがその原理、作用等未だに未解明の部分が多く、魔族の方々の身体を構成しているモノともされますが、それも魔族側に研究に協力してくれる存在が少ないことから明らかにはなっていません。

 そのことから別名、()()()()()()()()()()()とも呼ばれています。

 あ、ちなみにエーテルというのはーー」

 

「っ!!!!」

 

 真説要素、真エーテルだと?

 

 それは確か型月において、神代の星に豊富にあったとされるマナ、神々を構成するモノとも言われている神代の魔力。

 詳細は例のごとく俺の知るところではないが、その名前はこの世界ではあり得ないもののはず。

 

「いや……アレが真エーテルだとするならば魔族とは、まさか!」

 

 ……憶測に過ぎない、しかしこうも怒涛の勢いで新事実がわんさか出てこられては、俺の凡才な頭では理解が追いつかない。

 幸いというか通信越しにダ・ヴィンチちゃんがいることだし、それら考察は帰ってからにしよう。

 

「……というか、それどころではないしな」

 

 つぶやき見つめるのは眼前に広がる泥の池。

 ただの泥ではない、あの聖杯の泥やケイオスタイドと酷似する反応を放つ泥だ。

 触れればまず間違いなく死ぬだろう、というか見た目からして触れたくない。

 

「ーーというのが四元素でして、つまりは他の四元素はそれぞれに対応した……ってアイタ!?」

 

「難しいことごちゃごちゃ言ってる場合じゃないでしょ!

 というかリツカもとっくに聞いてないわよ!?」

 

 俺がスルーしているのも構わず熱心に解説を続けていたネギくんの頭を、明日菜嬢が引っ叩く。

 それによって、無事に意識を現実に帰還させたネギくんは眼前の光景に息を呑む。

 

 

 さて、それはそうとどうしたものか。

 

 真エーテルとはまた厄介な代物が出てきたが、俺も詳しいわけじゃないので如何ともし難い。

 それにこの世界の真エーテルがあっちの世界の真エーテルとは異なる可能性もある。下手を打てば藪蛇になるやもしれん。

 

 まず、俺の知る真エーテルとは星の息吹だ。

 ……いや、かっこよく言ったけど、神代に満ちていた、今のエーテル(マナ)とは異なるエーテル=マナとしか知らないが、とにかく現代人には猛毒であるのは確か。

 

 次に、あくまでこの世界においてアレは魔素と呼称されるらしい。それも魔族の本拠地・魔界に満ちる未知の元素だとかいう話だ。

 この魔素、俺が知る原作ならば闇の魔法(マギア・エレベア)の原理にも使われているっぽいがやはり詳しくない。

 

 最後に、上記二つの考察も『この世界では違う』という言葉一つで容易く瓦解してしまうものだ。

 つまりーー

 

「情報収集が先決か」

 

 何をするにもやはり情報である。敵を敗るにはまず敵を知らねばならないということだ。

 

「そ、そんな悠長なこと言ってられなくない!?

 なんか物凄い速さで広がってるけど!?」

 

 明日菜の懸念は最もだ。事実、視線の先で泥が池を広げつつある。

 

「マスター。ここは迎撃が先決かと。

 ……私の魔力放出で斬りはらいます」

 

 と、俺の隣を過ぎながら述べた頼光が、手に持つ刀に紫電を充填させる。

 

「っ、仕方ない。とにかくアレは外に出しちゃまずいものだろう、エリちゃん、メカエリも遠距離攻撃でまず対処を試みてくれ」

 

「了解!」「わかったわ!」

 

 両人も了承の後に、それぞれドラゴンブレス、スカートフレアその他武装を展開。頼光も紫電を撃ち放つ。

 しかしーー

 

 

「っ、ダメです、復元速度が速すぎる」

 

 結果はメカエリの報告の通りであった。確かに泥は一時的に飛ばせた。しかし、瞬く間に周囲の泥によって元に戻ってしまった。

 幾ら何でもあの速さでは、現在進行形で広がり続ける泥の全てを対処することなど不可能だ。

 

 というか、考えてる間にもどんどん溢れ出してくる。

 

「いやどうすりゃいいんだ、これ?」

 

 などと軽く言ってみるがもちろん事態は好転しないどころか秒単位で悪化している。

 

「くっ、マスター! 私たちは引き続き泥への攻撃を続けます、バーサーカー、よろしいですね?」

 

 メカエリの言葉に頼光もすぐに頷き、二人は即座に別々の方向に飛んでいく。

 おそらくはエリちゃんもーー

 

「……エリちゃん?」

 

 ふと視線を移した先では、エリちゃんがひどく消耗した様子で荒い息をついていた。

 すぐに駆け寄る……ことは出来ず、声しかかけられない。こんな時に役目を果たせない俺の左脚が憎い。

 

「大丈夫……ちょっと、魔力が足りなくなってきただけ。でもまだ頑張れるから」

 

 そうは言うが、顔色も悪い。ここまで、宝具の解放にドラゴンブレスの連発と無茶をさせすぎた。間違えちゃいけないが彼女はそれほど強い英霊ではないのだ。

 

「もういい、大人しく休んでおけ。……なに、頼光にメカエリもいる。後は任せろ」

 

 なんとか彼女のもとまで足を引きずりながら赴く。そして肩に手を回したところで、彼女の身体がふわりとこちらに預けられた。とっくに限界だったらしい。

 

「そのまま休んでろ、あとは俺らがやるから」

 

「子イヌ……って、貴方、その足!」

 

 おっと。無意識に足を引きずってまで来てしまったが、有り体にやらかした。

 片足が動かないことが彼女にバレた。

 

「目も!?」

 

 おまけに至近距離で見つめられた挙句に失明まで見抜かれた。

 ……これは何としても、騒がれる前に気絶させなければ。

 

「待て、落ち着け。俺はまだ大丈夫だ。

 そこの桃太郎のおかげで活動に支障はない」

 

 ちらり、と視線を向けた先では吉備津彦が相変わらずの無愛想で佇んでいる。

 

「そういう問題じゃ……!」

 

「ガンド」

 

「うきゃ!?」

 

 即座に彼女の腹部にゼロ距離でガンドを撃ち込む。この礼装のガンドにダメージ効果はないので出力を調整して撃ち込めば持続時間すら操作可能だろう、と今さっき思いついた。

 

 果たして、目の前の彼女はビリビリと痺れながらスタン状態に陥っていた。よしよし。

 

「よっこいしょ」

 

 そのまま彼女をお姫様抱っこして完璧だ。

 これでサーヴァントの指揮に集中できる。

 

 と、頼光たちの方へと意識を向けようとして、水上を文字通り走りながらこちらに向かってくる人影を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

「召喚師殿!」

 

「長瀬さん!」

 

 血相変えて駆け寄ってきた人影は、何を隠そう千方の四鬼の対処を任せた長瀬楓だった。彼女が来たということはまさか、本当にあの鬼を仕留めてしまったということか?

 いや、そもそも千方が正気に戻っている時点であの鬼たちの扱いがどうなっているかなど知る由もないが。

 

「っ!」

 

 しかしその腕に抱えられた少女・パライソが酷い怪我を負っているのを見て、楓が血相変えてこちらに来た理由を理解した。

 

「ともかく、まずは治療か」

 

 エリちゃんをそっと下に降ろし、パライソの身体へと手をかざす。

 

「召喚師殿、()()()()()は?」

 

「大丈夫だ、俺が治す」

 

 お嬢様はまた気絶してるようだし、治せるのは俺だけだ。

 

『召喚師、良いのか?

 先に述べた通り、今の貴様は辛うじて形を保っている状態。今、そんなことをすればーー』

 

「あんたこそ、大丈夫なのか?

 なにやら随分と消耗しているようだが」

 

 吉備津彦の苦言をそのまま返す。

 長い期間サーヴァントと一緒に過ごしたせいか、僅かな霊基の揺らぎであってもそれなりに感じ取れるようにはなった。

 だからこそ、今の吉備津彦が俺の治療だけで精一杯なのは目に見えている。原因までは分からないが。

 

『分かっているなら尚更だ。我にもこれ以上魔力を行使する余力は残っていない。そんな中、貴様が今治療魔術を使えば、そこな使い魔の治療などという大仕事を行えばどうなるか。

 分からぬほど馬鹿ではないだろうに』

 

「まあな。……ただ、まあ、死ぬことはないと俺の勘が告げている。というか意地でも死なん」

 

 俺には愛する彼女たちとの平和な生活という夢があるのだ、そのためならば今ここで死ぬことなど俺が許さん。

 

『感情論でどうにかなる問題ではーー』

 

「治療はする、だから、悪いがあんたも俺の身体が()()()()()()()()()()踏ん張ってくれ」

 

 俺の答えに、吉備津彦は惚けたように目を見開き、すぐに()()に変わった。

 

『なるほど……つくづく、()()()()()()()()

 いいだろう、()個人としてはそういう馬鹿は嫌いではない』

 

「そりゃどうも」

 

 言いつつ、千代女の治療に魔力を回す。

 

「ぐっ、ぐぅ!!」

 

 魔力を使うたびに身体が()()()悲鳴を上げる。

 ビシビシ、と何処かが壊れる音がする。

 

 メカエリにやった治療に匹敵する大仕事だ、それほどに彼女の傷は深い。

 幸い、核は外れているためにあれを超える魔力は要らないが単純な治療面積、怪我の酷さはどっこいどっこい。

 

 なら、さっさと済ませるに限る。

 

 

 ーー結果、俺は千代女の治療によって右腕を失った。

 

 

 

 

 




別物と言いつつ、あの怨霊の誕生にも『アレ』が深く関わっていたりします。

ナマススラッシャー!!(好き

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