一般人生徒リツカ! 作:ブタどもの一人
筆者「だが断る」
「お館、様?」
「楓嬢から話は聞いた。良くやった、お前は無事に任務を果たして帰ってきたんだ、今はゆっくり休め」
うっすらと目を開けた彼女に、優しく声をかけて頭を撫でる。
「……ですが、まだ戦いは」
「いや、俺たちの勝利は確定してる。お前の任務は既に終わっている、心配せずに休んでくれ」
俺の言葉に、千代女は少し訝しみながらも、消耗からかやがて静かな寝息を立て始めた。
「よし。それじゃあ楓くん、もう一つ頼みごといいかな?」
「なんなりと。千代女さまが忠義を捧げるお方の頼みならば」
おおう、なんでか好感度高いんだが?
さり気なくパライソの真名も知ってたみたいだからこちらも真名で声をかけてしまったが。
「いや難しいことじゃない、千代女と、ついでにエリちゃんのことも見といてくれないか?」
そう言ってビリビリ状態のエリちゃんを預ける。
「え、えりざべーと殿? なにやら痺れている様子でござるが」
「気にするな」
満面の笑みでそう告げてさっさとその場から離れる。そうしないと、万が一にも麻痺状態を自力で解除したエリちゃんに止められかねん。
現状、戦況はよろしくない。
両サーヴァントの攻撃によって泥はその侵食速度を落としているが、それでもじわじわと周囲に広がっている。
或いは『蛇口』が狭いせいなのか。
何れにせよ、別の対処を講じないと敗北は必至。京都大火災どころでは済まない大惨事になる。
というか、いい加減、俺たち全員の消耗もピークだ。ここからはスピード勝負になるだろう。
先ほどの女神アールマティも消えてしまったようだし。
「リツカくん、私も迎撃に出た方が良くない?
ほら、私も斬撃飛ばせるし」
確かに、彼女はある程度の距離ならば斬撃を飛ばせる。
が、泥の対処は他のサーヴァントにお願いし、彼女には別の任務を与えたい。
「武蔵ちゃんは依代の撃破を優先。俺がもう一回、魔力を与えるからそれで奥義を発動してくれ」
「不可能だ。すでにお前の身体は限界を迎えているはずだぞ。
……まったく、側から見ても丸わかりだというのが分からんのか?」
エヴァが呆れたように告げた。まあ、そうだろうな。
だって、今俺、左手と右足でなんとか身体を支えている状態だし。
『……』
ダ・ヴィンチちゃんはもはや何も言わない。優先するべきは何かをきちんと理解しているからだろう。
理解しているからその良心を押し殺して黙っている。
「大丈夫よ、リツカくん。あと一発くらいならなんとか撃てる余力は残ってるし。どこに当てればいいかが分かればそれで」
とは言うが、武蔵とて消耗している。撃てば十中八九、消滅するだろう。
……まあ、最悪、それも選択肢の一つとして頭に置いておこう。
英雄王の言葉を思い出せ、俺は天才でも聖人でも英雄でもない。
凡才なただの現代人なのだ。
分不相応なことを望めば即座に破滅する。
ならば切り捨てる選択だって当然、用意するべきだ。
俺は、正しい。
ーー京都への五日間の修学旅行は、いつの間にか壮絶な戦いへと変わっていた。
魔法先生として、初めて修学旅行の引率を任されて浮かれてしまっていたのは確かだ。
それに僕自身、日本の古都・旧首都でもあり
だからこそ、当初、学園長に京都行きの中止を匂わされた時は本気で落ち込んでしまった。
しかし、魔法先生たる僕の京都行きを渋る先方・関西魔術協会へと親書を届ければ解決すると聞き、またはしゃいでしまった。
確かに、学園長の懸念した通り、道中で嫌がらせじみた妨害はあったものの、警護で付き添ってくれたリツカさんたちの助けもあり無事に本山まで辿り着き、親書も先方の長たる近衛詠春さんに届けることができた。
おまけに本山は強力な結界がかけられており、詠春さん自身もあの父さんと肩を並べたほどの剣士であった。
それにエリザベートさんや、めかえりちゃん?という二人の強力な使い魔を従えるリツカさんが一緒ということもあり完全に気を抜いてしまった。
……そこからが、恐ろしい戦いの始まりだった。
本山の結界を容易く破り潜入してきた銀髪の少年・フェイト。彼によって本山の人々は軒並み石化させられてしまい詠春さんまでやられてしまった。
そんな相手に僕らが叶うはずもなく、木乃香さんは攫われ、それを追って僕たちは京都の森を駆けた。
途中、エリザベートさんのライブ……と呼ぶのは憚られる壮絶な音痴攻撃を目の当たりにしたり、本物の鬼と呼ばれる強力な魔物が現れたりしたが、なんとか祭壇まで辿り着き、木乃香さんを奪還した。
その際に刹那さんの秘密を知ってしまったり、封じられていた鬼神が復活してしまったりもしたが、駆けつけてくれたエヴァンジェリンさんによってその鬼神も倒された……はずだった。
突然、現れたダンタリオンを名乗る男の語るところによれば、エヴァンジェリンさんの破壊したのは『制御用外骨格』であったらしい。
そして、制御から解き放たれた本当のリョウメンスクナの力は、想像を絶していた。
祟り神。
日本に限らず世界にはありとあらゆる神話が散らばっているが、その中でも特に忌まれる存在である恨みと憎しみ、呪いの象徴。
それがリョウメンスクナの本質であるという。
僕たちは元より、闇の福音と恐れられた吸血鬼の真祖・エヴァンジェリンさんの魔法さえあの祟り神は容易く弾いた。
そこからは怒涛の展開だった。
リツカさんが新たに召喚した使い魔……もとい、過去の英雄の写し身と呼ばれている英霊なる存在。
その力は凄まじく、エヴァンジェリンさんでさえ歯が立たなかったあのリョウメンスクナと互角の戦いを繰り広げていた。
そこへ、ずっと気絶していた木乃香さんが目を覚まし、唐突に召喚して見せたキビツヒコと呼ばれる使い魔。彼も英霊という存在らしく、しかも鬼という存在に対して特に力を発揮する存在だと語られた。
その彼の攻撃によってリョウメンスクナの半身は吹き飛ばされ、ようやく戦いは終わったと思われた。
……続けて、壊れたリョウメンスクナから現れたのは神などではなくなった、膨大な数の怨霊の集合体だった。
もう、誰もが絶望を感じる中、依然として戦意の衰えないリツカさんとその
しかし、決定打とされたライコウさんの攻撃は凌ぎ切られ、万事休すとなったところに、今度は、なんと女神が現れた。
実在すら疑問視される神を一日に二柱も見ることになるなど、僕は神話の世界に紛れ込んでしまったのかと錯覚してしまった。
……怨霊が消滅する最中、数多の『イメージ』が溢れ出した。それを見た僕は、怨霊の正体、その経緯、動機を知るに至り、『彼』を敵として憎むことができなくなった。
いずれにせよ、女神アールマティによって怨霊は調伏され、中身の無くなったスクナの身体は湖面に沈み、今度こそ終わったと胸を撫で下ろした。
その直後であった。あの、名状し難い『悍ましいモノ』が現れたのは。
僕は、この夜のことを決して忘れないだろう。
神と神の戦い、英霊と呼ばれる存在の輝き、そして、
「……以上が作戦の概要だ。異論は認めないし、これしか策はない」
目の前で召喚師のリツカさんが語る。
その全身はボロボロで、口からは絶えず血が滴り落ちている。あれでは近く失血死してしまうだろう。
おまけに、エヴァンジェリンさんの話が本当なら彼はもう『右目、右腕、左脚』を失っているらしい。治療は不可能なほどに『概念がズタズタ』なのだという。
思えば、彼は段々と身体を動かさなくなっていっていた。吐血もしていた。しかし、ここまで酷い状態になったのはついさっきだ。
今までは消耗、疲労によるものかと思っていたけど、それが、まさか英霊使役の許容量を超過したデメリットだったなんて。それも、治療さえ出来ない傷だなんて。
僕は改めて、今回の事件の壮大さに眩暈を感じた。
僕は、もっと、平和な修学旅行を望んでいた。そのためなら頑張れると、そう思っていた。
でも、事態は既に『世界規模にまで拡大していた』。
あの泥、見るだけで、近くにいるだけで意識を持っていかれそうになるほどの負の感情を放ち続けるモノ。
リツカさんは『アンリマユ』と呼んでいた。
しかし、
どこの神話にも存在していないし、地方伝承だってそれなりに詳しい僕でも全く聞いたことがない名前だ。
或いは極限られた地域で語り継がれてきた秘神の類なのかもしれないが。
「アンリマユとは『この世全ての悪』であれと語られた悪神の名前だ。聞いたことがあるだろう、拝火教のアヴェスターに語られる、あの」
「それは、
「っ!!!! ……なるほど、そういうことか」
リツカさんの説明に当てはまる存在をなんとなく口にすると、彼はしばし黙り込んでしまった。
なにか、まずいことでも言ってしまったかと慌てていると。
「いや、ありがとう。貴重な情報提供だったよ」
「??」
よく分からないがお礼を言われてしまった。
いや、今はそれよりもーー
「先に言っておくが、アレは今度こそ手に負える相手ではない。唯一の望みが『蛇口の破壊』だ。残った泥を払いきれる自信はないが、まずは止めどなくアレを垂れ流す依代を破壊しないことには世界滅亡は必至だ。
……幸い、ダ・ヴィンチちゃんの解析によれば“冬木の二の舞”にはならないらしいからな。なんでも、依代たるスクナの遺骸を『ゲート』にして他所から送り込まれているらしい」
フユキ、というのは分からないがとにかく先ほどまで暴れていたあの鬼神の肉体を破壊しないことにはダメらしい。
「君は聡いからな、疑問も多いと思うが、そこはどうか勘弁して欲しい。『神秘』とはそれほどまで扱いに気をつけないといけない分野なんだ」
神秘……。
それは、魔法とは違う概念のことなのか。
と、すぐに自分の世界に入ってしまうのが僕の悪い癖なのだと昔幼馴染にも言われた。
今は、アレをなんとかしないといけない。
見れば、すでにライコウさんとメカエリさんが全力の攻撃で広がる泥をなんとか遅らせている。
そこにエヴァンジェリンさんが加わり、更に侵食を遅らせる。
しかし、三人では到底賄いきれない規模だ、現に、他の回らない部分は湖を越えようとしている。
一刻も早い対処が求められている。
その時、リツカさんの指示を受けたムサシさんが依代へと向かおうとしているのが見えた。
これまでのリツカさんたちの会話、与えられた情報、そこから導き出される僕が取れる最善の選択。
それを、僕は意を決して告げた。
「ネギくんが、武蔵ちゃんのマスターに?」
突然、ネギくんから告げられた提案は、しかし、すぐに頷けるものではなかった。
別に、武蔵ちゃん恋しとかそういうのではなく、寧ろネギくんの身体を心配してのことだ。
単純に、サーヴァントの現界維持、それだけでも常人にできるものではない。おまけに宝具発動に際する魔力まで賄うとなればそれはもう外部からの魔力供給が必至となる。
俺の現状がいい例だ。もはや、この戦いが終わってもこれまで通りの生活は厳しいだろう。
逆を言えば、俺であってもなんとか四体までなら大丈夫だったということではある。戦闘に関しては四体でキャパオーバーだがそれはバーサーカーという特に魔力消費の激しい個体を交えてのこと。
最優のセイバー、一体だけならば、膨大な魔力を秘めているネギくんならばなんとか使役も可能かもしれない。
少し考えた俺は、彼の申し出を了承することにした。
「精霊、本当にあの詠唱で合ってるのか?」
『ああ、リツカくんならば僕が
とはいえ、形だけだからね、『意味さえ通れば』問題ないよ』
相変わらずよく分からない説明だが、だいたいわかった。
目の前では既に両人が向かい合っていた。
「え、と。本当にいいの? 自分で言うのもなんだけど、サーヴァントの使役ってだいぶ魔力使うらしいよ?」
心配そうな武蔵ちゃんの言葉に、ネギくんは覚悟を決めた目で応える。
「はい。
……では、始めます」
応えて、右手を翳す。
「―――告げる!
汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!
ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」
さすが天才魔法使い、俺ならメモ読みながらじゃないと出来ない長文詠唱を、丸暗記でスラスラと述べる。
「セイバーの名に懸け誓いを受ける!
貴方を我が主として認めよう、ネギ・スプリングフィールド!」
対して武蔵ちゃんも、さりげなく覚えにくい外国人の名前をぶっつけ本番でさらりと述べている。
……さては、ネギくんが美少年だからだな?
そんなくだらないことをつい考えてしまっていると、赤い輝きと共にネギくんの右手の甲に令呪が刻まれていく。
ちなみに形は『ネギ』。まんまネギ。
いや、それはどうかと思うぞアラヤくん。いくら三角に無理やり裁断してあるからって。
「これは……」
突然、手の甲に刻まれた刺青に困惑するネギくん。そりゃいきなり刺青いれられたら戸惑うわな。そういえば温泉とかプールはどうなるのだろう……?
というか、令呪の説明をしていなかった。
さて、そもそも英霊という強大な存在を他者に預けてしまっている時点でマスター失格なのではあるが、ネギくんならば大丈夫と楽観しての対応だ。
無論、最優先がアレの排除であることが大きいが。
それに、武蔵ちゃんが比較的善よりでありながら合理的な思考を常とする性格であるのも大きい。相性はいいはずだ。
「それは令呪。英霊に対して三回まで行使できる魔力ブーストだな。使用することで絶大な魔力リソースとしての機能を果たす。
本来は強制命令権なんだが、武蔵ちゃんに限って必要になるとも限らんし、あくまで機能の一つとして覚えておいてくれ」
人間は二つの説明を受けた時、先に受けた方の説明を強く意識する。加えて悪いイメージは特に。
なのでこういう説明にしてみたが、意識し過ぎだとも思う。
ネギくんも武蔵ちゃんも比較的いい奴だ。『悪しき思考』を持つやつ、例えば俺とかならもっと警戒するが、そもそも英霊をむざむざ与えることもない。
戦後処理よりも今は目先の対処を優先すべきだ。
「いいか? 絶対にあの泥には触れるな。触れれば即死だ。
肉体、精神共に呪いで食い潰される」
この世全ての悪とはそういうものだ。
幸い、アレはまだ対処の余地がある。
「分かりました。では、行ってきます!」
箒に跨りながらネギくんは凛々しい顔つきで明日菜、刹那たちに告げる。
「ご武運を」
「ネギ……絶対、無茶はしちゃダメよ」
静かに敬意を払ってこうべを垂れる刹那とは対象的に、明日菜は心配で仕方ない様子だった。
まあ、相手は別世界では七つの人類悪に入るかもしれない輩だ。
全人類の悪意の具現、などと言えば分かりやすいほどに強大だ。
ーー視線の先ではライコウさんメカエリさん、そしてエヴァンジェリンさんが必死に泥へと攻撃を加えている。
「ムサシさん、大丈夫ですか?」
自らの箒に乗せた彼女、飛行手段を持たないということで箒に乗せて運ばせてもらうことにしたが。
「……へっ!?
あ、うん! 大丈夫、大丈夫!!」
「……」
…………見間違いだと思うけど、涎を垂らして凄まじい形相をしていたような気がする。見間違いだと思うけど、というかそう思わないと怖い。すごく怖い。
「え、えっと……そろそろ目標地点なんで、準備をーー」
ーーそこまで言いかけて、突如として『泥が触手となってこちらに攻撃を仕掛けてきた』。
「うわっ!」
慌てて回避して事なきを得たが。
「まさか……意思を持っている?」
これまで泥として広がるだけだったソレは、確かに明確な意思を持ってこちらに向かってきた。
見れば、迎撃隊の三人にも触手が襲いかかっている。
「……まずいわね。成長してる。
マスター、ここから仕掛けるわ。準備を」
「は、はい!」
箒の上に立ちながら、彼女は剣を抜いた。
それを見て、慌てて
「“令呪を以って命ずる!
セイバー、全力でリョウメンスクナの遺骸を破壊せよ!”」
ーーリツカさんの作戦、僕をマスターとすることで魔力の供給は安定するが、宝具を発動するとなれば僕でも危険なのだという。
そもそも、英霊という存在を現界させるだけでも常人には不可能らしい。
僕はたまたま魔力量が多く、その出力に耐えられるだけの強度があったから大丈夫なのだとか。
そこで、宝具発動の際には令呪を魔力リソースとして消費することを提案された。
「これで……!」
ーーこれで、この長い夜が、長い悪夢が終わることを、僕は強く願った。
「南無、天満大、自在天神……」
セイバー・宮本武蔵の言葉とともに、再び、この場に仁王が出現する。
「馬頭観音、憤怒を以って諸悪を断つ」
仁王を形作る剣気によって、一瞬、周りの泥が抑え込まれる。
そのまま、蛇口となっている依代に剣気を直撃させ、身体を覆う泥を弾き飛ばし丸裸にする。
そこに、剣を構える。
剣気が光となって刀身を包み、再びの絶技を現出させる。
「この一刀こそ我が空道、我が生涯。
……伊舎那大天象!!!!」
一直線。
箒の上という不安定な状態を物ともせず、武蔵は魔眼にて捉えた『依代を斬り捨てる』という結果に向けて全存在を投射する。
それこそがこの絶技、
果たして、その一撃は寸分違わず依代であるリョウメンスクナの遺骸を両断した。
それと同時に、依代という概念そのもの、リョウメンスクナの肉体としての在り方さえ斬り捨てる。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーーー!!!!』
絶えず響いていた悍ましい叫び声は、極大の音量で断末魔へと変わる。
思わず耳を抑えた数人をよそに、依代であったモノは光の粒子となって即座に消滅。
事前にダ・ヴィンチの推測していた通りに、泥の出現はピタリと止まり、これ以上の増大は防がれた。
「……空とは即ち無の観念。無念無想すら断ち切らん。
って驕り過ぎかぁ、私」
「終わった……のですね?」
激戦に次ぐ激戦。長い長い京都の夜は終わりを告げた、そう確信したメカエリは無意識にそう呟いていた。
「ええ。これで、あの
ーーまた一つ、
「終わった、か。
……ふぃー」
依代の消滅を見届けたリツカは、その場に寝転がる。
身体を蝕む痛みは消えていない。しかし、目下の危機が去ったことに少なからず安堵したからこそ、やっと、気を抜けたからこそ、もはや限界を迎えている身体を投げ出した。
『良くやってくれた。……ついては、君の身体を一秒でも早く治療しなければならない』
ダ・ヴィンチちゃんの声は暗い。
そりゃそうだ、これから俺が令呪を使ってまでお願いした『忌まわしい手術』を行わないといけないのだから。
『どうして君はそう……いや、すまない。君の覚悟は理解したつもりだ。
だが、それでも私は君が心配だ』
“その、なんでも自己完結してしまうところがね”。
そう、彼女は悲しそうに告げた。
だが、今更変えようもない。性分なんだ。
後天的なね。
ーー霊核、形成前に崩壊。ならびに霊基投影状態32%で中断
ーー『存在証明』85%
ーー『実在証明』68%
ーー『霊基固定率』0%
ーー受肉実験、失敗。稼働実験を中断
ーー『case.両面宿儺』存在理論、崩壊
ーーーーああ、
ーーいや。
ーーーーー辛うじて、『分霊』の顕現には成功したか。
ーーーならば僥倖、今後のサンプルとして記録させてもらうとしよう
ーー……なに、心配することはない、
ーーーーまだまだ、我々には途方も無い
「……嘘」
メカエリは眼前の光景に、計測した魔力数値、その他データに絶望していた。
確かに、依代は破壊した。
しかし、残った泥は、『まだ
「っ! どこまでも悍ましい……」
目の前の怪異……否、『悪神王』に対して、己は遥かに無力であることに。
「……バカな」
その存在の『重さ』に、エヴァは絶句した。
同時に、これまで常に感じ続けていた『確かな違和感』と同一なものを、目の前のアレが放っていることに動揺した。
「……くそったれが」
一瞬で全身を駆け巡った『特大の悪寒』に、俺は、即座に元凶を視界に収めた。
そうして理解するのは『絶対的な力の差』。
いや、存在の差とでもいうべきか。
ともかく、アレには誰も勝てない。
そう、魂にまで刻みつけられる。
全人類の悪意の具現、それが意思を持ち、神としての体裁を整えて、君臨したのならーー
ーーそれはこの上ない『天災』として、人類存続の危機となるだろう。
ソレは確かな形を得ていた。
漆黒で覆われた骨格、実に悪魔らしい蝙蝠型の羽根。足の先に生える三本の長い鉤爪。
四対の捻れた角が額に輝く真紅の宝玉を讃えるように歪に伸び回り、その手には『全ての悪を支配する杖』を携える。
『 フゥゥゥ…… 』
吐息は『全てを殺す毒素』となって辺りの『あらゆる概念』を死滅させていく。
存在の基盤、降り立つ階層からして異なるレベルの圧倒的な『重み』。
ただそこにあるだけで空間が悲鳴をあげ、軋み、『今の法則を捻じ曲げていく』。
『 さて…… 』
その一言で、全ての生物が死を幻視する。
コレのあらゆる仕草、動作がその都度『全生命』に死を実感させる。
『 原初の悪、根源の悪、すべての悪 』
全人類、『過去から現在までの』全ての悪意が神として君臨するということを、この場の誰もが嫌でも理解する。魂に刻みつけられる。
『 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、ここに顕現した 』
名前を聞いてはならない。理解してはならない。認識してはならない。視てはならない。感じてはならない。思い出してはならない。
これを、この世界へと降ろしてはならない。
全ての悪意が、『痛み』が、周囲すべての生命を縛り付けた。
「……」
静かだった。/絶えず、『世界』が悲鳴をあげている。
何も、なかった。/悍ましさを超えたナニカがそこにある。
それでもーー
ーー俺の魂は平静だった。
「気持ち悪い感覚だ。肉体はとっくに屈しているのに、魂だけが、精神だけが落ち着き払っているのは」
周りの全員が時間を止めたように、『諦めていた』。
ただ、現れただけなのに。
「くそったれ……」
平静ではある、あるのだが……憎たらしいことにこの身体は『一般人』なのだ。
仙人でも英霊でも神でも、真性悪魔でもない。
人。ちっぽけな、いち平民なのだ。
全く抵抗しようともしない身体。
唯一、『己の意思を発する』口だけは動く。これではただのおしゃべり人形だ。
「クソ……」
だから、俺には結局何もできない。『意地でも守る』とか『死ぬことは許さない』とか。カッコつけても、結局、このザマだ。
何が、マスターか。何が
ああ、やっぱり、俺は『ニセモノ』か。
ーーーー瞬間、俺の目の前で『門が開いた』。
ひたひた、と『空間の裂け目』から人外の足音が響く。
『あぁ……マスター。こんな、こんなーー
ーー可哀想な姿』
見下しているのに、所有物のように見ているくせに、どこまでも深い慈しみを備えて俺を見ている。深淵の如き愛情を向けて
それは、外宇宙より訪れた『神』の依代。
『銀の鍵』。
狂気に塗れた創作と、不幸にも繋がってしまった一人の少女。
『時空を統べるモノ』の巫女。
「……あぁ……悪い子だ。来ては……いけない、とーー」
そしてこのマスターは、
愛おしいと、この状況において感じていた。
それを理解しているからこそ、彼女はマスターを優しく抱き寄せ、深い眠りへと。一時の安息へと導く。
ーーそして、このような事態を招いた存在へと最大の敵意を剥き出しにして相対する。
青白い肌、人外の手足、紅い瞳。
背後の『空間』から這い出て蠢く悍ましい触手の群れ。
手に持つ巨大な銀の鍵は、あらゆる時空を開くもの。繋ぐもの。
フォーリナー……『アビゲイル・ウィリアムズ』。
その場にて動けるもの、抵抗できるもの、『生きること』を続けられるものはいなかった。
誰もが、草木さえ『死』を実感して枯れ果て土に還っていく。
『神代からの』悪意は、世界を覆い尽くしても尚、余りある。
対して、この場に降り立ったのは『この世界の理から外れたモノ』。
『法則』の異なる遥か外宇宙の彼方より飛来して狂気を撒くモノ。
あらゆる枷を無効とする反則的な存在こそが、フォーリナー。
とある創作神話群を『切っ掛け』とする恐るべき高次存在。
かつて、コレを、『アビゲイルを依代に干渉してくる存在』を打倒できた者はいない。
英雄、神、星にさえ比肩する強大過ぎる存在の『化身』として振る舞う今の彼女を、抑えることができる存在は、未だ、確認されていない。
己の意思で、明確に、『敵』を葬ると決めた『今の彼女』には、まだ誰も勝っていない。
『 小さい。白き巨人に類する脅威とカテゴリするが、その力は、未だ小さ過ぎる 』
かつての『神代に起きた大災害』に匹敵する脅威と
『
この、神をも『凌駕する』存在は、神代の終わりにて
ーーしかし、そんなもの。彼女にとってはどうでもいい。
『殺すわ。
確実に、『この世界』から葬ってあげる』
その敵意に呼応するように、背後の触手はその数を増やし、禍々しき狂気の渦はその範囲を拡大させて、法則ごと乱していく。
対して、『
魔力、命、大気、大地、草、花、空、海、塵の一片、概念ごと殺していく。
『
権能。その中でも絶大にして絶対、何者も逆らえぬ『滅びの宿命』。その概念を、何の気なしに、『
ーーそれでも、『彼女』ならば、大丈夫。
『ええ。だから、微睡みの中で見ていて
あなたを、死なせはしないわ』
額に蠢く第三の目が
あらゆる法則を無視して、遥か宇宙の彼方への『門を開く』。
『ーー我は禁断の
京都関係ねぇ……(コナミ感