将来は何になりたい?
そう訊かれて高町よつばはこう答えた。
「お菓子職人になって翠屋で働きたい!」
それを聞いて友人2人と双子の姉であるなのはは苦笑した。
「アンタほんとうに桃子さんのお菓子好きね」
「うん!わたし、お母さんのお菓子好きだから!」
友人であるアリサの呆れたような返答もよつばは嬉しそうに返す。
高町よつば。
高町なのはの双子の妹で三つ編みのポニーテールにした髪型が特徴の小学生。
将来の夢は翠屋の二代目店長。
「でも羨ましいなぁ。わたし、よつばちゃんと違って将来やりたいこともないから」
そう言ったのはよつばの姉であるなのはだった。
なのははよつばと同じおかずが詰められた弁当を食べながら自信無さげに言う。
アリサは実家の会社を継ぐことを目標に。
すずかは工学系に仕事をしたいと言っていた。
それに比べて自分はと若干の劣等感が襲うのだ。
「な~に言ってるの!私たちくらいなら将来なにがやりたいかなんて決まってなくて当たり前じゃない!」
「それに、なのはちゃんはなのはちゃんでしたいことを探せばいいと思うな」
友人であるアリサとすずかがそうフォローしてくれる。
しかし、それでもなのはは隣にいる双子の妹を比べてしまう。
まだ今より小さい頃に、父が仕事で大怪我を負って家族が下の子であるなのはとよつばに構っている余裕があまりなかった。
そんな中でなのはを孤独から支えたのは妹のよつばだった。
どんな時でもよつばは笑顔を絶やさず、なのはの傍に居た。
ある日、思いついたようにキッチンで本を片手に料理を始めて、台所を散々荒らし、帰って来た母である桃子に怒られて。
それから、時間をとってよつばは桃子から料理を習うようになった。
今では、夕食で一品おかずを任せられるまでに料理の腕を上げている。
それに比べて自分は、と比べてしまうのだ。
だからと言ってなのははよつばに対して負の感情を抱いているわけではない。むしろ、妹の夢を全力で応援しているくらいだ。
「なのちゃんもわたしと一緒に翠屋を継げばいいよ!」
そう笑顔で言ってくれる妹になのはは曖昧な笑みで答える。
それは、何かが違うと彼女の中にある何かが訴えてくるから。
高町なのはが自分の道を定める出会いをするのはこの数日後のことだった。
その日、なのはは相棒であるレイジングハートの自己修復のため、自宅で休んでいた。
なのはが魔法と出会って数週間。
彼女は充実した毎日を過ごしていた。
言葉を喋るフェレット―――――ユーノから魔法を習い、彼が探している魔法の宝石であるジュエルシードをさがして封印する作業。
もちろん失敗などはあったが、ここ数週間、なのはは生まれて初めて自分が必要とされている感覚に満たされていた。
唯一気になるのは同じジュエルシードを求めているフェイトという少女のこと。
自分より数段上の魔導士で、どこか寂しそうな瞳をした女の子のことだった。
そんな休日にバタバタと大きな音が聞こえる。
「なのは!?」
ノックをせずに慌てて入って来たのはなのはとよつばの姉である高町美由希だった。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん!?」
そんな姉を咎めることをせずになにかあったのかと驚いた表情をするだけだった。
美由希はあわあわと口を動かした後、泣きそうな表情で最悪の情報を伝えた。
「よつばが――――よつばが崖から落ちたってっ!?」
なのはは心臓が止まりそうになった。
高町よつばは海鳴にある公園に居た。
特に目的があったわけではなく、ただの散歩だ。
普段なら、双子の姉であるなのはと一緒にテレビゲームでもして遊ぶのだが、最近なにかと忙しそうにしている姉に気を使ってひとりで街を出歩いているのだ。
うろ覚えの歌を口ずさみながら公園を通過する。その時、なにか光る物体が目に入った。
「?」
なにかと気になって拾ってみるとそれは青い宝石だった。
「わぁ、キレイ!」
菱形の青い宝石。真ん中に番号のようなモノが見えるが、それはよつばには気にならなかった。
「これ、なのちゃんたちに見せたら驚くかなぁ」
もしかしたら交番に届けたほうが良いのかもしれないが、それは両親に訊いてみてからでもいいだろうと結論付ける
この綺麗な宝石を家族に見せたらどんな反応をするのかと心を躍らせて胸ポケットに宝石を胸ポケットにしまう。
それが、間違った選択だと気付かずに。
「待ちな!」
その場を去ろうとしたとき見知らぬ2人から声をかけられた。
ひとりはオレンジ色の長い髪をした姉の美由希と同い年くらいの女性。
もうひとりは綺麗な金髪を左右に結わえたよつばと同じ年に見える少女。
「偶然発動前のジュエルシードを拾うなんて運のいい奴だよ!でもそれをアタシらに見られたのが運の尽きだったねぇ」
どこか獰猛な笑みを浮かべて話しかける女性の前に金髪の少女が出て告げる。
「そのジュエルシードをどうか渡してほしい。君もデバイスを破損しているだろうけど、こっちにはアルフがいる。君に勝ち目はない」
「え?あの、なに、を……?」
2人の言動が理解できず、委縮しているとオレンジ色の髪をした少女が苛ついたように話す。
「髪型を変えればわからないと思ったのかい!ナメんじゃないよ!」
そう言ってオレンジ色の髪の女性はよつばに向かうと後ろにある柵に拳を突き出した。
拳が柵に当たると、鉄製の筈の柵がぐにゃりと歪む。
「ヒッ!」
「怖いんならさっさとジュエルシードを渡しな!こっちだって中々数が集まんなくてイライラてるんだ!これ以上手間をかけさせると次はアンタの顔に当てるよ!」
「あ、あ……」
よつばはきっと何かの勘違いだ、と叫ぼうとしたが声が出なかった。
それは、姉と同い年くらいの女性に詰め寄られていることと、ジュエルシードという知らない名前に混乱していたからである。
恐怖から逃げようと後ずさるとそこで不運が起きる。
元々、老朽化が進んでいた柵にオレンジ色の女性が強烈な一撃を加えたことで緩くなっていたこと。
それに、よつばが体重をかけてしまったこと。
その結果、崖の上に会った公園の柵が外れてしまう。
「えっ?」
そのままバランスを崩して崖からよつばは身を落としてしまった。
オレンジ色の髪の女性がとっさに手を差し出すが僅かに間に合わず、そのまま落下する。
ドンッと音を鳴らしてよつばは地面へと叩きつけられた。
病院の手術室の前で高町一家は沈痛な面持ちで末っ子の無事を祈っていた。
忙しい筈の両親も電話を受けるなり、店を他の人に任せてすっ飛んできた。
一番不安そうにしているなのはを母が大丈夫、大丈夫だから、と自分に言い聞かせるようになのはを抱きしめている。
そんな待ち時間が何時間経ったのか。手術室のランプが消えて手術を担当した医者が出てくる。
「先生、娘は!?」
父である士郎が代表して訊くと医者は手術結果を告げる。
「とりあえず、一命は取り止めました。詳しい状態をお話ししますのでお父さん、よろしいですか?」
医者にそう言われて士郎はもちろんです!と医者の後について行く。
それでも一命は取り留めたという言葉に全員が安堵した。
皆が良かったと涙ながらに喜ぶ。
それが、ぬか喜びだとは知らずに。
(あれ?ここ、どこ……)
よつばが目を覚ますとそこは知らない天井だった。
身体を動かすとやけに痛みが走る。
そこで、よつばは自分に何があったのか思い出す。
(そか……わたし、崖から落ちたんだっけ……)
ぼんやりと思い出す。
やけに右が軽いことが気になるが、それよりも助かった安堵が大きかった。
大きく息を吐くと同時に病室の扉が開いた。
「よつばちゃんっ!?」
「なの、ちゃん……?」
よつばが意識を取り戻したのを確認するとなのはが駆け足で近づいてくる。
「よつばちゃん!大丈夫!?痛いところない!?」
「ぜんぶ、すごく痛い、かな?」
「あ、そうだよね!ゴメン!?」
あの後現れた家族もよつばが意識を取り戻したのを確認して大いに喜んでくれた。
桃子や美由希など、涙を流すほどに。
皆が落ち着くと、士郎が尋ねた。
「よつば、何かしてほしいことはないか?」
「だいじょうぶ。でも、ちょっと右が変かな?お薬のせい?」
よつばの言葉に全員が固まる。それを不思議に思いながらよつばは右側に首を向ける。
そこで、絶望した。
(え?なんで?)
そこにはある筈のものがなかった。
よつばの右腕が肩から下に存在していないのだ。
「な、なんで……!?」
「落ち着け、よつば!?」
兄である恭也の声が遠くに聞こえる。
しかしよつばは何度確認しても存在しない右腕を見て、顔を歪める。
高町よつばの絶叫が響いたのはこの直ぐ後だった。
高町よつばの右腕の損傷が酷く、切除せざるをえなかった。
その後、よつばは涙を流しながらひたすらに謝り続ける。
ごめんなさい。ごめんなさい、と。
なのははその姿に拳を握り締めた。
なのはは、今までよつばが泣いたところを見たことが無かった。
父が大怪我を負って帰って来た時も。
2人っきりで家族の帰りを待っていた時も。
野良の犬に追いかけられた時も。
学校で双子が珍しく、嫌なちょっかいをかけられた時も。
よつばは絶対に泣かなかった。
そんな妹が大粒の涙を流し、謝り続けている。
そんな双子の妹をなのははただ残された左手を握り続けることしかできなかった。
それから数日後、ようやく落ち着いたよつばに事情を聴くことが叶った。
ぽつりぽつりと話される内容になのはは絶句する。
突然オレンジ色の姉と同い年程の髪の女性と金髪の少女に絡まれたこと。
何かを渡せと言われたが訳が分からず後ろに下がった結果転落したこと。
その話を聞き終えた後、なのははふらふらと病室を出て、事件当日に着ていたよつばの服を確認する。
内ポケットには青い宝石――――ジュエルシードが確認できた。
ジュエルシードを握力の限界まで握り締め、喰いしばった歯がギリッと鳴らす。
この時、初めて高町なのはは他人に強い怒りを覚え、憎しみを抱いた。
金髪の少女―――――フェイト・テスタロッサは心から安堵していた。
つい先日、崖から転落させてしまった少女が目の前に居るからだ。
人が来るまで事態を受け止められず、なにも出来ず、逃げるように自室に戻ったフェイトは数日間ベッドの上で震え続けた。
初めて人の生死に関わった恐怖に。
あれほど躍起になっていたジュエルシード探しも止め、ただただベッドの上で無為な時間を過ごす。
それでもジュエルシードの反応を察知すれば出向かずにはいられず、こうして修復を終えたデバイスと共にマンションを出た。
そしてその先に件の少女が居たのだ。
なんとか謝罪の言葉を絞り出そうとしたとき、相手から返されたのは魔力の球による攻撃だった。
「返して……」
見ると、今まで見たことが無いほどどんよりとした眼でフェイトを見ている。
「よつばちゃんの右腕を返して……」
そして相対する少女の高町なのはは生まれてこれまで感じたことのない憎悪を持って友達になりたかった少女と相対していた。
「あの子には夢があったの……お菓子職人になって、お母さんの店を継ぐって目標が……」
それは自分のようなふわふわしたものではない、しっかりとした未来への展望。
そのために努力していたことを誰よりも近くで見てきた。
きっと将来はお母さんと同じだけのパティシエになって両親の喫茶店を継いだ筈なのだ。
そんな微笑ましい夢を目の前の少女が奪った。
高町なのはは止めることのできない涙を流しながら叫んだ。
「よつばちゃんの夢を、かえせぇええええええええっ!?」
高町なのはは生まれて初めて抱いた憎しみに任せてフェイト・テスタロッサと敵対した。
おそらくなのはとフェイトが仲良くなれない世界。