今代の主はとにかく騎士たちを驚かせるばかりだった。
それはこの世界が魔法と無関係であるからか。
この世界のこの国が争いとは無縁の地だからか。
それとも、幼い少女故の無垢な優しさ故か。
人の形をしていようと道具でしかない騎士たちに服を与え、食事を与え、寝床を与える。
与えられる優しさに騎士たちは戸惑うばかりだった。
戦乱のベルカの時代ならば強力な兵器としてある程度優遇されることは度々あったが、ここまで無償に家族として接してくる主が居ただろうか?
戸惑うばかりだった騎士たちに今代の主、八神はやては1つ1つこの世界の常識を教えてくれた。
不自由な足を治す手段として闇の書と呼ばれる魔導書の完成を提案してみたが、人様に迷惑かけてまでそんなことする必要はない。それに騎士たちにも危ないことをしてほしくないと拒否してしまった。
その優しさが、器しかなかった騎士たちの心に中身を注いだ栄養であると同時に、闇の書の騎士という役割を鈍らせる麻薬でもあり。
また、闇の書と騎士たちそのものが八神はやてという少女を危機に晒す毒でもあったと気付いたのは本当に本当のギリギリだった。
足の麻痺が少しずつ上へと進行し、内臓へと達して命に係わるまでそう時間がないと主治医である石田先生に告げられた時の衝撃は如何なものだったのか。
「助けなきゃ……はやてを助けなきゃ!!」
はやての麻痺の進行が闇の書が原因であると告げられたヴィータが真っ先にそう反応した。
見た目が主であるはやてに近い肉体年齢を持つ彼女は良くも悪くも4人の騎士たちの中で最も感情を表に出しやすい。
だがそれこそが他の3人の騎士たちを決断させるきっかけになったのも事実だった。
以前した闇の書を完成させないという約束。
それを破り、罪を犯してでも主の平穏を取り戻すと誓ったのは既に4人が道具ではなく自分の意思を持つ生命であることの証拠であった。
「はぁ……はぁ……はぁ……手こずらせやがって!」
ヴィータは構えを解きながら粗くなった呼吸で今回落とした標的を見る。
左右に跳ねるように結わえられた栗色の髪の自身の主と同じ年頃の少女を。
ここ最近、大きな魔力反応を察知した騎士たちはその魔力保持者を釣るために行動を開始した。
出来ればはやてのように自分の資質に気付いていない非魔導士なら良かったのだが、どういうわけかデバイスを所持しており、交戦になってしまった。
これが非魔導士なら魔法で眠らせて事が起こったことすら気付かせずに対応できたのだが、見た目にそぐわない実力に思いの外苦戦してしまった。
もっとも、それに見合う成果は得られたわけだが。
闇の書に魔導士の力の源たるリンカーコアを蒐集させてサポート担当であるシャマルに怪我を治癒させた。
蒐集も最初の頃は地球に近い次元にある無人世界にいる大型の魔法生物を標的にしていたが、ここいらで狩れる魔法生物は大抵狩ってしまい、探し出すだけでも時間を消費するようになってしまった。
人間相手に蒐集することはあったが、それも魔法生物を狩っている時に介入してきた魔導士だけに限定していた。
目の前の少女がどういう経緯でデバイスを手に入れたのかは知らないが、管理局員ではない筈だ。そうでなければヴィータが襲撃してすぐに援軍を呼ばないのはおかしい。
思った以上に闇の書の頁が埋まったことへの安堵と何の関係もない少女に襲いかかったことへの罪悪感から複雑な心境になる。
「ヴィータちゃん、この子の治療は終わったわ」
「あぁ。ありがとよ、シャマル」
この時のヴィータとシャマルにとって蒐集した少女は闇の書を完成させるために必要なひとりの魔導士に過ぎなかった。
人を襲ったという痛みはあれどそれ以上気にする必要のない相手。
そうでなくなるのはそれから数日後の話だった。
他の騎士たちが蒐集に行っている間に戦闘能力の低いサポート専門のシャマルははやての生活面での補助やシグナムたちが蒐集に出かけている言い訳などをするのが役割となっていた。
今日も図書館で本を読んでいるはやてを迎えに行っていた。
いつも通りはやてを見つけて帰る。それだけの筈だった。
しかし遠目に見てはやては誰かと話している。背丈からしておそらくは同い年くらいの同性。
シャマルははやてが大人と以外に話している姿を見たことがないのでどこかホッとした。そして微笑ましい気持ちになりながら目的の人物を呼ぶ。
「はやてちゃん!お迎えに来ました」
「あ、シャマル!ありがとな」
振り返って礼を言う主。それに反応して話していた少女たち2人も立ち上がってこちらに挨拶する。
その片方を見てシャマルは表情が固まった。
栗色の髪をした三つ編みの少女が先日ヴィータが撃墜した少女と瓜二つだったからだ。
「どうしたん、シャマル?」
「あ、いえなんでも!」
はやてに話しかけられてハッとなるシャマル。
そこで気が付いた。その少女の右袖の中が空っぽであることに。
その視線に気づいたのか三つ編みの少女は困ったように笑う。
「これですか?半年くらい前に事故で。気にしないでください」
「シャマルー。あんまりじろじろ見たらダメやろ?」
「そうですね。ごめんなさい……」
「いえいえ。もう慣れましたから」
言いながら苦笑する。
それから軽く頭を下げて自己紹介をした。
「月村すずかです」
「高町よつばです」
「私はシャマルと言います。はやてちゃんの遠縁の親戚です」
そう言って当たり障りのない会話をしながら頭の中で情報をまとめていく。
先日ヴィータが撃墜した少女の腕は間違いなく在った。
治療したのはシャマルなのだから間違えようもない。
ただ赤の他人というには余りにも似すぎている。
少しだけ雑談を交わしながらシャマルが何気なく聞いてみた。
「そういえばお2人はご兄弟とかいらっしゃるんですか?」
「あ、はい。わたしはお姉ちゃんがひとり。今大学生なんです」
「わたしも大学生の兄がひとり。高校生の姉がひとりで。双子の姉がひとりですね。家は兄弟多いんです」
それを聞いてシャマルは内心ピキリと音が出たのを感じた。
「ほーえぇなぁ。兄妹多くて」
「ふふ、ありがと。でもわたし末っ子だからね」
などと会話している中でシャマルは表情を引き攣らせていた。
その日の夜。シャマルは今日あった少女のことを他の騎士に話した。
「確かに似ているな」
デバイスに記録させた映像を眺めてシグナムが難しい表情で腕を組んでいる。
「っ!わりぃ。アタシが蒐集を逸ったせいで……」
そもそもの話、自分たちが住んでいる世界のそれもすぐ近くで蒐集をすること自体リスクが高かったのだ。
最近蒐集のペースが落ちていたことからすぐ近くに大きな魔力反応に浮かれて行動に移してしまった。
そんなヴィータの頭に手をシグナムが置く。
「気にするな。お前がやらなければ私がそうしていたかもしれん。一概にお前を責めることは出来んさ」
「だがどうする?この少女を主から引き離すことは?」
「難しい、と思う。今日会ってメール交換もしてたみたいだし。それにここ最近私たちが蒐集に時間を割いているせいで寂しい思いをしてるはやてちゃんにできたお友達に距離を取れなんてとても……」
そんなことはこの場の誰に言えるのか。
結局打開策は浮かばなかった。
そんなヴィータが高町よつばと会うのにそれほど間は空かなかった。
月村すずかと高町よつばが八神家に初めて訪れた際に会うこととなった。
その日の蒐集はシグナムとザフィーラが行い、ヴィータは体を休めるのとはやての護衛を兼ねて家で休んでいた。
それで昼くらいに来客として2人が訪れたのだ。
やって来たはやての友人に一瞬ヴィータは目を見開く。
映像で知っていたが、先日自分が襲った少女にそっくりだったからだ。
軽く自己紹介をした後にこちらをじーっと見つめるよつばにヴィータは居心地が悪くなった。
もしかしたら目の前の少女が自分の家族を襲ったのが誰か知っているのではないかと肩を縮める。
それでも生来の気の強さで睨み返そうとすると相手は笑顔で――――。
「わぁ、可愛い!仲良くしよ!ね?」
そう言って抱きついてきた。
「わっ!なにすんだよ!」
とっさのことで押し返すとよつばは頬を掻く。
「あ、ごめんね。わたし末っ子だから自分より下の子と接する機会ってあんまりなくて」
「あはは。よつばちゃんはスキンシップ激しいなぁ」
「んーそうかな。自分だと自覚ないんだけど。あ、それより家のお店のケーキおみやげに持ってきたの。みんなで食べなさいって」
「そういえば前に実家が喫茶店言うてたなぁ」
「喫茶翠屋って言って雑誌に紹介されるくらいこの辺りじゃ有名なお店なんだよ」
「それは楽しみや」
すずかの説明にはやては受け取ったケーキを冷蔵庫にしまう。
その後、雑談したり家の中で埃を被ってたボードゲームなんかで遊び終え、食べたケーキは今までで1番美味しいと思った。
それから頻繁というわけではないがそれなりによつばとすずかは八神家を訪れるようになった。
そんなある日。
「ヴィータちゃんがアイス好きって聞いたから作ってみたんだけど、後で食べよ!かぼちゃのアイス!」
「へぇ。このかぼちゃのアイス。よつばちゃんが作ったん?」
「高校生のお姉ちゃんにだいぶ手伝ってもらったけどね。だからこれは美由希おねえちゃんとわたしの合作かな」
後で感想聞かせてねと頭を撫でるよつば。
そうして向けられる好意に無性に胸が痛んだ。
目の前の少女と自分が襲った少女が姉妹であることは既に分かっている。
そしてヴィータは彼女の双子の姉を一方的に襲った犯人なのだ。
それが知られた時、目の前の少女は今まで通り接してくれるだろうか?
きっと無理だろう。
話を聞いてもどれだけ仲の良い姉妹か判るのだから。
今こうして自分に好意を向けてくれる瞳が憎しみに変わる。
そんな未来を想像するとヴィータは胸が痛かった。
「ヴィータちゃん!今日はお話、聞かせてもらうよ!」
「うっせ、バーカ!こんなことに関わってくんじゃねぇよ!!」
「自分から一方的に襲いかかって来てそれを言う!?それとなんでさっきから逃げ回ってるの!?」
「お前に関係あるかぁ!!」
嘱託魔導士として立ち塞がる高町よつばの双子の姉。高町なのは。
前回の敗戦の教訓からインテリジェンスデバイスと相性の良くないカートリッジシステムまで追加して手強くなっている。
それを踏まえた上でヴィータはなのはに対して攻撃に転ずることが出来なかった。
よつばと同じ顔の少女をもう一度傷つけることが怖かった。
これ以上、あの少女が泣くようなことは自分の手でしたくなかった。
だから戦闘区域内でひたすらになのはから逃げ回っているしかなかった。
それからまた少しだけ時間が過ぎ、クリスマスの夜が来た。
その日サプライズとしてよつばとすずか。今まで顔を合わせることがなかったアリサという金髪の少女。そしてなのはという名の少女が入院したはやての個室に現れた。
向こうもヴィータを含めて守護騎士の姿を見て驚いていた。
なのはがこちらに話しかけようとしたが、ヴィータにはただ顔を俯かせることしかできなかった。
ささやかなクリスマスパーティーは終わり。
病院の屋上でなのはと対峙する。
「なんでだよ……」
「え?」
「なんで、こんなことになっちまったんだよ……!」
もう逃げられない。
なのに闇の書を蒐集するまでのもう少しの間、時間を稼ぐために目の前の少女を傷付けなければならなかった。
今管理局に自分たちのことが嗅ぎ付けられると困るから。
そのために、なのはを傷付けたら仲良くしようと言ってくれた少女は今度こそ自分を軽蔑するだろうか?
きっとそうなるのだろう。
それは全て自分が招いたことで。自業自得なのだからどうしようもない。
デバイス越しになのはを自分のデバイスで打ち付ける度に心が軋むのを感じた。
(早く!早く終わってくれよっ!!)
その思いでデバイスを振るっていると突如自分がバインドされた。
「なっ!?」
驚く間もなく頭に衝撃を受けてヴィータは意識を失った。
次に目が覚めるとそこは変わらず病院の屋上だった。
ヴィータ自身もバインドで拘束されたままで、首に巻かれているバインドの所為か声も上げられない。
そして、その耳には愛しい主の聞きたくない程に悲痛な声が届く。
「やめて!なんでこんなっ!?」
「はやてちゃん、わたしがどうして貴女と友達になってあげてたと思う?」
「え?」
そしてはやてのすぐ傍に居るのは右腕のない少女、よつばだった。
彼女は今まで見たことがないほどに醜悪な笑みではやてに話している。
その顔を見てヴィータがあのよつばが偽者であることを看破した。
(その顔で、そんな表情すんじゃねぇ!!)
「知ってたよ。はやてちゃんが闇の書の主だってこと。それを知ってたから、今まで友達で居てあげてたんだよ。だって貴女には、それくらいしか価値がないでしょう?」
「そんな……」
告げられる言葉。それが目に見えてはやてにショックを与えている。
(その姿でそんなこと言うんじゃねぇよ!よつばは、そんな表情しねぇし、そんなこと言う訳ねぇんだ!!)
その醜悪な表情と刃のような言葉にヴィータは身じろぎしてはやてに騙されるな!そいつは偽者だ!と叫ぼうとした。
だが声が絞り出せない。
そうして浮遊魔法でよつばの偽物はヴィータへと近づいた。
「ありがとう、はやてちゃん。貴女はとても役に立つ友達だったよ」
そうしてヴィータの胸に魔力で作られた刃を突き刺した。