数年ぶりに訪れた海鳴は、記憶と大差ない町並みだった。
海に近く、緑が人の生活に煩わしくない程度に整えられた町。大都会と言うほどに人が溢れかえっているわけでなく、田舎と言うほどに人が少なく閉鎖的でもない。
いつか管理局を辞めるならこういう町でゆっくりと過ごしたいと思えるほどにリンディ・ハラオウンは海鳴の町を好いていた。
「それにしても、まさかなのはさんが……」
かつて、この世界で起きた2つの事件の解決に尽力してくれた優しい少女。つい最近、養子として迎え入れたフェイトと同い年だから12、3だ。
とあることから管理局とは距離を置き、最後に会ったのは闇の書事件の裁判が正式に決着した時だったか。
何故今になって、という疑問はあるがそれは本人から聞かなければ分からないだろう。
前線から身を引き、人事部に移動した局員という立場から言えば大歓迎。
私人として言うなら高町なのはが魔法に関わるのは反対よりの中立と言ったところだ
これ以上、こちらの世界に関わることでなのはが傷を負うことが怖い。
あの少女は自分が傷つくことを厭わない子だからこそ。
心も体もボロボロにするのではないかと思ってしまう。
「まぁ、とにかく会ってみないとね」
そう思って足を進めるとかつて訪れた家に着く。
インターフォンを押すと声が聞こえた。
『はい。どなたですか?』
「今日こちらにお伺いする予定のリンディ・ハラオウンです」
『あ、はい聞いてます!ちょっと待ってください!』
そこでインターフォンの通信が切れる。
数秒遅れでドアが開いた。
中から出て来たのはなのは、なのはの双子の妹のよつばだった。
「お久しぶりです、リンディさん!」
「えぇ。よつばさんよね。貴女も元気そうで良かったわ」
深々と頭を下げるよつばにリンディも軽く会釈した。
そこでよつばの右腕を見る。そこには左手に比べて少しだけ浅黒い右手があった。
「あ、これ最近付けたんです。まだ全然上手く動かせないんですけど」
よつばの右腕の肘から下がゆっくりとぎこちなく動く。
照れ臭そうに笑みを浮かべるよつば。
リンディはその笑みに申し訳ない思いになる。
ジュエルシード事件後。リンディは高町よつばになのはの功績への報償として義手を送ろうとしたが、上の方で却下された。
デバイスのように隠しがたく、衆目に晒される義手を送ることは管理局の技術流出につながり、地球の技術にどのような影響を与えるか不明だからだ。
結局そのことはフェイトどころかクロノやエイミイにも話していない。
「さ、入ってください!なのちゃんも待ってますから!」
中へ通されてリンディは靴を脱いで中へと入った。
案内されるとそこには高町家の面々が揃っている。
「お久しぶりです、リンディさん」
「えぇ。お久しぶりです桃子さん。それに皆さんも」
席を勧められてリンディはソファーへと腰かける。
リンディは自分を真っ直ぐと見つめるなのはを見た。
以前に会った時より髪が伸び、左側に纏めた髪型に変わっており、顔立ちや身長からも大人っぽくなったと思う。
そんな彼女は真っ直ぐとしかし緊張した面持ちでリンディを見ている。
「早速ですが本題に入らせていただきます。今回、なのはさんが管理局への入局を希望しているということなのですか、何故今になって?」
あれから既に4年。魔法のことも管理局のことも思い出に埋もれるだけの時間は経ったはず。それをあの後すぐにではなく言い出すのではなくこのタイミングで、という疑問がリンディにはあった。
リンディの質問になのは自分の想いを確認するために口を開いた。
「ずっと忘れようって思ってたんです。魔法のこととも。管理局のことも。よつばちゃんのこともあってこれ以上家族に心配もかけたくなくて、ずっと自分の気持ちに蓋をしてきました。でも―――――」
なのははずっと燻ぶっていた。
魔法を使いたいという胸の中で渦巻いているのに、魔法を知る前に戻ったかのようにその存在を無視した。
次第に、家族は言うに及ばず。はやてなど今も現役の魔導士として活躍している彼女たちもその話題に触れなくなった。
「忘れられないまま、未練ばかり募らせていた私に、よつばちゃんが後押ししてくれました。わたしが、1番やりたいことをして欲しいって」
リンディがよつばを見る。本人はなのはを見ていて自分に向けられている視線に気づいていないが。
彼女は、あの病室で初めて会った時のように姉の想いに気付いてそれを勧めたのだ。
「ジュエルシードの時や、リインフォースさんの時は、大したことも出来なくて、悔しくて……わたしが1番出来ることで誰かの力になって助けられるようになりたいんです!やらないで後悔だけはしたくありません!」
首から胸に提げてあるレイジングハートの上から自分の胸を押さえる。
きっと、不安はあったのだろう。
またこちら側に関わって家族が怪我をする事態になったら。
そんな恐怖もあった筈だ。
それでも勇気を出して彼女は自分の夢に進もうと決めたのだ。
リンディにはその決断が嬉しく、また申し訳なく思う。
平穏な世界から戦う
「なのはさんの気持ちはわかりました。過去の事件の功績からもなのはさんが局員となることを反発する人はいないでしょう。それでも先ずは研修を受けてもらうことになると思いますが。桃子さんたちには必要な書類などで何度か訪問させてもらうことになると思いますが」
「どうか、娘を宜しくお願いします」
桃子と士郎はそうして頭を下げる。
その小刻みに震えた身体が、桃子の心情を表しているようだった。
数日後、書類などを届けるために再び高町家へと訪れる。なのはたちが学校に行っている時間帯だった。
ミッド語に明るくない高町夫妻のためにリンディが幾つか質問を重ねて手書き欄を埋めていき、書類に判子を押してもらう。
そうしてる中で桃子が口を開いた。
「酷い親だと思いますか?よつばがあんなことになって、それでもなのはにそちらに行くことを許したことを」
本当にこれで良いのかと、苦悩する表情で問う桃子にリンディは真剣に返答した。
「いえ、それに関しては私はどうこうとは言えません。私自身、息子が幼い頃から管理局に籍を置いていましたから」
息子のクロノが管理局に入りたいと言ってきたとき、自分はどう思っただろうか。
子供でありながら甘えることより大人になろうと前進することを選んだクロノ。
自分や亡き夫と同じ道を志してくれた事への嬉しさと誇らしさ。同時に胸の奥に燻ぶる自分の親としての不甲斐無さ。
結果的に見ればクロノは管理局内で評価を上げていき、世間一般で言えば出来た息子なのだろう。
だが、それを耳にする度に、時折自分は親として決定的な何かを間違えたのではないかと不安に思うことがある。
管理局、というよりミッドを含めた次元世界の就職年齢は低い。近年それが問題視されてきたが解決案が出されるのはいつになるのか。また、クロノを含めたいくつかの成功例があるからこそ先送りになっているという事実もある。
と、思考が脱線しかけたところで桃子が再度口を開いた。
「初めてだったんです。なのはが、あんなにも真剣に自分の夢を私たちに語ったのは……」
子供の頃によつばはよく翠屋で働きたいと言っていた。
しかしなのはがそうした自分がやりたいことを口にしたのを聞いたことがない。
まだ子供だし、そういうものかもしれないと思い、深く考えてはいなかった。
今回の件でもなのはが迷いながら入局したいと言えば、その夢を否定していたかもしれない。
だがそうではなく、なのははこちらを真っ直ぐ見据えて自分の夢と想いを語った。
その真剣な顔にどうして否定することができるだろう?
「4年前によつばがあんなことになって……声を上げて泣いた時に気付いたんです。私達家族はいったいいつから2人が泣いているのを見てないんだろうって」
幼い頃、2人は他所の子と同じように甘えることもあり、泣くこともあるどこにでもいる子供だったように思う。
しかしいつからか2人は家族に対して一線を引くようになった。それもこちらに気付かないように。
家族で考えた末に答えはすぐに出た。
父である高町士郎が以前の仕事で大きな怪我を負って帰ってきたときだ。
あの時は始めたばかりの喫茶店で今ほど繁盛しておらず、色々と家族全体に余裕がなかった。
蔑ろにしていたつもりはないが、どうしても2人に構う時間が取れなくなっていたのも事実だ。
だから2人は無意識の内に邪魔にならないようにと自分を抑える癖をつけてしまったように思える。
それどころかなのはは自分に出来ることを探し始め、よつばは家族内で必要以上に明るく振舞うようになった。
士郎が快復に向かった時にはもう、それが当たり前になってしまった。
今回よつばが義手を手にして2人の間に何かあったのか、なのはが真剣な表情で家族に自分の想いを口にした。
『ねぇ、お母さんたちに聞いてほしいことがあるの』
語られるなのはのもう一度魔法に関わりたいという本心。
よつばが、右腕を失う原因。
だから家族は良い顔をしなかった。きっとみんなでなのはをどう諦めさせるか考えていたと思う。
そんな中でひとり、よつばだけが笑ってなのはを肯定した。
『わたしは、良いと思うよ。なのちゃんが真剣に考えた夢なら』
家族全員が驚きの表情になる。
魔法に対して1番忌避感があるのはよつばだと思っていたからだ。
『きっとなのちゃんには抑えられない気持ちがあって、それでもわたしに遠慮してずっと我慢してくれてた。心配だし、不安はあるけど。なのちゃんが1番やりたいことの足枷になるのが嫌だから』
そう言ってなのはを援護するよつばに全員が何も言えなくなってしまった。
「なのはもよつばも善い子に強く育ってくれました。時々こちらが圧倒されるほど」
きっと道が続くなら、あの2人は歩いて行ける。そういう風に成長した。だからなのはが自分の道を歩むのは遅いか早いかの差に過ぎないのではないかと思う。
「それでも、出来ることならもっと安心できる将来を見据えてほしかったと思います。きっとなのははあの人に似たんでしょうね。私たちが気付かなかっただけで……」
どこか寂しそうに桃子は天井に見て呟いた。
書類の記入が終わり、高町家を出たところでよつばと出くわした。
「あ、リンディさん。こんにちはです」
「こんにちは、よつばさん。学校終わったのね。なのはさんは?」
「シャーペンやノートを買うのに寄り道です。用事があるなら呼びますけど」
携帯を取り出すよつばにリンディが首を横に振った。
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
礼を言うと、よつばは訊きたいことがあるのに躊躇うように素振りを見せた。
「どうしたの?なのはさんについて何か心配事かしら?」
「いえ、そうじゃないんですけど。その……テスタロッサさんは元気、ですか?はやてちゃんからリンディさんに引き取られたって聞いたんですけど……」
よつばからフェイトに関する話題を振られて驚いた。
しかしそれを態度に出さずに答える。
「えぇ。最近ちょっと体調を崩したけど元気にしているわ」
「そうですか」
目を閉じて下を向くよつば。そこにどのような感情があるのかリンディには測れない。
だが、これを機に聞いておきたかった。
「よつばさんは、私がフェイトを引き取ったことをどう思うかしら?」
もしかしたら軽蔑してるかもしれない。それでも聞いておきたかった。
しかしその返答は予想外に肯定的な意見だった。
「良いことだと思いますよ。テスタロッサさんもリンディさんみたいなお母さんが出来て、きっと……」
取り繕っているのかと思うような返答だが、その顔は本心から思っているように見える。
しばしの沈黙の中でよつばから口を開いた。
「正直、まだ怖いです。テスタロッサさんが……でも、いつになるか分かりませんけど、ちゃんと向き合ってみたいと思うんです。まだその勇気が持てなくて。わたし、その……!」
そこから先は言葉に出来ないのか、顔を逸らしてしまった。しかしリンディはそれを責めようとは思わない。
むしろ、そう思ってくれるだけでも救いだった。
「ありがとう、よつばさん」
いつか、2人が向き合える日が来たら、どんな結果になるだろう?
もしくは今より傷を負うだけの結果になるかもしれない。
それでも叶うなら、2人が手を取ってくれることを強く願った。
2週間後、高町なのはは時空管理局の本局へ研修に訪れ、翌々は戦技教導官の道を歩むことになる。
これは、その少し前の話。