町にある図書館に3人の女子高生が集まっていた。
ひとりは髪を金髪に染めたヤンキー風の背が高めの女子。
次第に陽射しが暑くなってきた季節に全身黒の私服を着た眠そうな眼をした三つ編みの少女。
そして間にいる左右の2人に比べて地味な印象だが温和そうな少女。
真ん中にいる少女が三つ編みの少女に問いかける。
「はなちゃん。参考書はこれくらいでよろしいのでしょうか?」
「任せるわ。どうせ何を開いても同じに見えるもの」
「花島。今日はオメェが夏休み補習受けなくて良いように集まってんだからなー。真面目にやれよ」
「あらありさ。この私が透くんに手伝ってもらって手を抜くなんてことすると思う?」
「いや、自分で言うのか、それ?というかあたしも手伝うんだが」
今日は全身黒い服を着た少女、花島咲の勉強を見るために集まっていた。
なにせこの少女、高校入試に受かったのが信じられないほど勉強に関心がなく、補習の常連でテストもほぼ全て赤点。親を何度も呼び出されて泣かせるほどの成績不振者だった。
去年も夏休みの炎天下で補習三昧だったため、今回は親友2人の力を借りて期末テストを乗り切ろうという話になったのだ。
それから咲に勉強教えて少し経った後に本田透が立ち上がる。
それを魚谷ありさが首を傾げた。
「どした、透?」
「あ、せっかくですからお菓子作りの本を見てみたくて。少し離れてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。大分勉強も進んだし気にすることはないわ、透くん」
「ホントになー。お前が赤点取んのただやる気の問題だろ?」
「アハハ……」
透も苦笑いを浮かべて一度頭を下げてお菓子作りの本が置いてある場所に移動する。
(今度杞紗さんと燈路さんが遊びに来ますからせっかくですし新しいお菓子を作ってお出迎えしたいです!)
杞紗と燈路というのは透がお世話になっている草摩家の親戚の少年少女だ。
いずれも最初の出会いこそ良いものとは言えなかったが、杞紗は透を姉のように慕い、燈路は敵意こそ消えていないが最初のような意地悪はしなくなった。
透はそんな2人が大好きだった。
本棚を見ながらどの本が良いか眺めていると前方を見ていなかった為に立ち読みしていた少女にぶつかってしまう。
「ああああっ!?す、スミマセン!?こちらの不注意で!?」
「いえ、こっちも立ち読みなんてして邪魔でしたね。ごめんなさい」
ぶつかったのはポニーテールの髪を三つ編みに纏めた栗色の髪の少女で、歳は透と同じくらいに思えた。
ペコペコと頭を下げる透に困った顔で笑いながら本棚に視線を向ける。
「お菓子、作るんですか?」
「え?は、はい!?」
「初めて作るならこっちの本。経験があるならこっちの本がお薦めですよ。あ、本格的なのならこっちが――――」
次々と本を指差す少女に透は唖然とする。それに気付いた少女がばつが悪そうに顔をしかめた。
「ごめんなさい、突然……余計なお世話でしたね」
「あ、いえ!とても参考になりましたです!あの……お菓子作り、好きなのですか?」
透の質問に少女は噛み締めるように笑みを浮かべた。
「えぇ、とっても。私の生き甲斐で、目標ですから」
透は、その笑顔をとても綺麗だと思った。
そこで少し離れた位置から声がかかる。
「よつばちゃ~ん!いつまで立ち読みしてるのー?」
「あ、ごめん!それじゃあ、失礼します」
呼ばれた方向へと歩いて行く少女。
透も薦められた本の内、自分に合いそうな本を選んで親友2名の所に戻った。
「ちょっと時間がかかったな。そんなに真剣に選んでたのか?」
「い、いえ!?ただ……すごく親切な人に会いました」
「は?」
この時出会った2人。本田透と高町よつばが再会するのは少しだけ後の話。
「トールー!!」
夏休み前の最後の試験が終わり、皆がホッとしている中、下校の下駄箱で1学年下の金髪の幼い容姿をした少年、草摩紅葉とやや覇気のない白髪に毛先だけ黒の混じった髪の草摩潑春に遭遇した。
紅葉が透の服を掴む。
「今日でテストも終わりで透もアルバイトお休みだよね!だからみんなで遊びにいこー!」
「はい!」
「遊びにって今から?どこに?」
元気に受け答えする透に続いて透と同じクラスで同居人のひとりである草摩由希が訊くと紅葉が大きく両手を挙げて答えた。
「うん!実はクラスの子がこの間美味しいって評判の喫茶店で売ってるお菓子を食べさせてくれて。駅の方だからちょっと歩くけどみんなと食べたいなーって思ったのよー!」
「なんでわざわざ菓子食うために歩かなきゃいけないんだよ」
紅葉の提案にメンド臭げに否定的な意見を出したのは一見怒っているような表情をしているオレンジ頭を持った少年で由希ともども同居人である草摩夾だった。
「えー!!キョ―は行きたくないのー?」
「まったく場を白けさせる奴だなー」
「うるせぇな!」
「腹へった……」
潑春が腹を押さえて呟く。
「え、と夾君。せっかく紅葉君が誘ってくれてるんですから」
「お前らだけで行きゃいいだろ!俺は――――」
「透君の誘いを無下にしようなんて良い度胸ね。覚悟は出来て?」
そこで咲が急に存在感を醸し出して威圧してくる。
ズズッと近づいてくる咲に怯んでいると潑春とありさが夾の腕を掴んだ。
「ま、いいじゃん。どうせ時間あんだし」
「これ以上ゴネッと全部お前のおごりにすっからな!」
「やめろ!引きずんな!わぁったよ!行けばいいんだろ!」
強制的に連れて行かれるよりはと夾は諦める。
それで紅葉が前を歩いて。
「それじゃーキョ―のおごりでしゅっぱーつ!」
「えっ!?」
「勝手に決めんじゃねぇ!!」
紅葉の宣言に驚く透と声を上げて否定する夾。
それを後ろから見ながら由希はバカを見る目で夾を見た。
(どうせ賛同させられるんだから抵抗しなければいいのに)
歩きながら透は紅葉に質問した。
「そう言えば紅葉君。その喫茶店はなんというお名前なのですか?」
「えーとたしかー。そう!“喫茶翠屋“なのよっ!!」
「お!結構いい雰囲気じゃん」
「でしょ!でしょ!」
ありさの好意的な感想に紅葉が嬉しそうに答える。
店内には透たちと同い年の子や大学生なども多く若者向けの店らしい。
「いらっしゃいませー!」
三つ編みの眼鏡をかけた20そこそこに見える女性店員が対応してきた。
「何名様ですか?」
「7人でーす!」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」
店員に案内されるがままに通され、大きなテーブルを挟んで座る。
「御注文をお決まりになりましたらお呼びください」
一礼して去って行く店員。
メニューを開いて紅葉がトールに話しかける。
「トールっ!トールっ!なに食べるっ?このお店のおすすめはシュークリームだって聞いたのよっ!」
「それではそれを。ああああっ!色々な種類があります!?うおちゃんとはなちゃんはどうなさいますか!」
「あたしはカスタード。定番だしな!」
「チョコレート味を……」
「わ、わわっ!?」
あっさり決める2人に焦る透に由希がアドバイスする。
「苺、はどうかな?本田さん、苺好きでしょう?」
以前、由希が密かにやってる家庭菜園で苺が好きと言っていたのを思い出して意見すると透がパッと表情を明るくする。
「それじゃあ、それを」
店員を呼ぶと先程とは別の店員が現れる。
「ちゅーもんが決まりましたーっ!」
「はい。お伺いしますね」
その声を聴いた時、透はアレ?と首を傾げた。
どこかで聞いたことがある声だったからだ。
顔を上げてみると店員の顔を見るとそこには、以前図書館でお菓子作りの本でアドバイスしてくれた女の子がいた。
「ああああああああっ貴女はっ!?」
「うおっ!?どうした透!?」
「いきなり大声出すんじゃねぇ!?」
透が声を上げて立ち上がると向こうも気付いたのか小さく声を出す。
「もしかしてこの間図書館で会った人?」
「はい!あ、あのときはありがとうございました!とても参考になりました!」
ぺこぺこと頭を下げる透にその店員――――高町よつばは笑顔で返答する。
「いえ、お役に立てたなら良かったです。それよりご注文をお伺いしてもよろしいですか?」
再び訊くと次々とオーダーを書き込んで復唱した。
「では少々お待ちください」
一礼して去って行くとありさが訊く。
「透ぅ。お前あの店員さんと会ったことあんのか?」
「はい。以前図書館で。お菓子作りの本をどれを読むか悩んでいたときにアドバイスを……」
「それってこの前杞紗たちに出したお菓子の参考に使ってた本?」
少し前にキッチンで本を見ながらお菓子作りに励んでいたのを思い出した由希が訊くと透が肯定する。
「とても解り易く書かれた本を教えてもらいました。あの方もお菓子作りが好きみたいで」
「あぁ、だからここで働いてんのか」
食べた杞紗たちにも好評だった。
そうして話しているうちに注文したメニューが届く。
「ではゆっくりとお寛ぎください」
全ての配膳が終わると忙しそうに別の客の方へ行く。
「それじゃあテストの終わりを祝ってかんぱーい!!」
紅葉が音頭を取ると皆が続いて軽く飲み物のグラスをぶつける。
それぞれが頼んだシュークリームを口に入れると表情が変わった。
「うまい……」
潑春が最初に口に出した言葉が皆の心境を表していた。
「とても美味しいのです!」
「うん!クラスの子が絶品って言っていたけど思った以上なのよっ!」
「こりゃうまいな。うん」
透たちが絶賛してなにも言わない者も表情が緩んでいる。
そうして次に話は終わったテストに移っていった。
「皆さんテストの方はどうでしたか?」
「ま、あたしはいつも通りだな」
「えぇ。今回は問題無しね。透君とありさが手伝ってくれたんですもの。赤点を取るなんて失態はあり得ないわ」
「おまえ前回は全部赤点だったくせにどっからそんな自信が出んだよ……」
「俺もいつも通りかな」
「僕もー!」
「まぁボチボチ」
それぞれが受け答えをする中で楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていった。
いつも通り透はビルの清掃アルバイトから帰る途中だった。
以前は由希が迎えに来てくれていたが今日は時間が合わず、夾は通っている空手の道場の方へ泊る予定なので久しぶりにひとりでの帰宅だった。
とある理由から透のアルバイト先に顔を出す紅葉と別れて帰宅しようとする。
帰り道を少し進むと急に体がフラリとなった。
「あ、アレ?」
もう本格的な夏に入るのにやけに体が冷える。心なしか視界も揺れているような気がした。
呼吸が荒くなって膝をつく透。
どうして自分がいきなり体調を崩したのか分からず混乱していると後ろから声がかかった。
「あのー。大丈夫です?」
そこには栗色の髪を三つ編みにして束ねた自分と同い年の少女が立っていた。
「あ、あの……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいんですよ。困った時はなんとやらって奴です。というかわたしが強引に連れて来ちゃった感じですし。今は家族が出掛けてて居ませんから」
よつばから体温計を渡されて透は腋にそれを挟む。
数秒で音が鳴る体温計を受け取り、数字を見てやっぱりという顔をする。
「37度9分。熱がありますね」
「で、でも朝はなんとも……」
「急に暑くなってきましたし、気温の変化に身体がついて来なかったのかもしれませんね。とりあえず少し休んでいてください。もう夜も遅いですし、お迎えの人を呼んでください。それまでわたしの部屋で休みましょう」
「そ、そこまでお世話になるわけには……」
いいからいいからと額に熱冷ましのテープを貼られてこっちです、手を引かれる。
熱で弱っていた透は強く抵抗できずに部屋へと通される。
ふらついていた透をベッドに座らせるよつば。
「少し部屋を外しますね。コレ、うちの住所です」
そう言ってよつば部屋を出た後に透は携帯電話で連絡する。
電話に出たのは世話になっている家の主である草摩紫呉だった。
事の事情を説明するとすぐ迎えに行くね、と言われ、電話越しに何度も頭を下げて切った。
電話が終わったころに再びよつばが現れる。
「どうでしたか?」
「すぐに迎えに来てくれるそうです。本当にありがとうございます」
頭を下げる透によつばが苦笑して手をひらひらさせる。
「あ、自己紹介がまだでしたね。わたし、高町よつばって言います」
「本田透、です」
透は何げなく部屋を見渡しているとベッド横に置いてある棚の上に乗った写真が目についた。
そこには中学生と思しきよつばと他、4人の少女が写っている。
しかし透が疑問に思ったのはよつばによく似た髪型の違う少女だ。
その疑問に気付いたよつばが笑顔で答える。
「それ、中等部の卒業式で撮った写真でわたし、双子なんですよ。わたしに似た子は双子の姉なんです」
「双子さんなのですか!?」
「えぇ。今はちょっと遠くで暮らしてるんですけど」
何か事情があるのだろうか?と思ったが突っ込んで訊いて良いか分からず疑問に思っているとよつばの右手が無く、机の上に置かれていることに気付いた。
「~~~~ッ!?」
「うあっ!?どうしました」
「うでうでうでがぁあああああっ!?」
「え?あぁっ!すみません!ちょっと今は充電中で。わたしの右腕は義手ですから」
右の肩を動かして大丈夫ですよーとアピールするよつば。
「小さい時に事故で。今はあの義手のおかげで問題ないんですけどね」
「ぎ、ぎしゅだったのですか!」
机に置かれている義手はとても精巧に出来ていて作り物の腕だとは思えなかった。動作がとても自然なこともその理由だった。
肩を竦めたよつばが天井に視線を移しながら話し始める。
「子供の時、相手のちょっとした勘違いで崖から落とされて。その所為で右腕が使い物にならなくなっちゃって。向こうも少しした後に謝りに来てくれたけど。その時は頭がパニックになっちゃって泣き出しちゃったなぁ」
「……」
どこか悔いるように話すよつばを透は黙って聞いていた。
「その人たちに今更どうにかなってほしいわけじゃないんです。同じ目に遭えとか。そんなことになっても困る。でも、なんでわたしだったの?って理不尽に対する怒りとか、わだかまりは消えなくて。あの事故のせいで一度、わたしの夢は終わって。でも、あの義手のおかげでまたそれを目指せるようになって。だから、もう水に流して良いことの筈だけど、できなくて。そのせいでなのちゃんやはやてちゃんにも気まずい思いをさせてるって分かってるけど……」
よつばが話している内容は透にはほとんど理解できていない。
理解できたのは、それが目の前の少女にとってとても深く残された傷だということだけで。
「どうして、わたしはこんなに弱いのかなぁ……」
覚えている。怖がりながら頭を下げて、傷ついた表情で帰っていった彼女を。
相手が心の底から後悔して、謝りに来た相手をしっかりと見て、赦せる、強い自分なら良かった。
相手の想いをしっかりと理解して受け止められる、そんな優しい自分だったら良かった。
「ごめんなさい……余計な話でしたね」
話を切ろうとするよつばに透は首を振った。
「でも、明日はそうなれるかもしれません」
目を閉じて、思う。
「今は向き合えなくても、明日には向き合えるかもしれません。まだ解けない
望んだ自分になれる未来を諦めないで――――と、彼女は言った。
なんて、都合の良い言葉。
諦めなければ望んだ自分。望んだ関係を作れるなんて。
でも本当に、いつかそう在れたなら――――。
「すすすすっすみません!よく知らないのに勝手なことっ!?」
余計なことを言ったかもしれないと焦る透によつばはううん、と首を横に振った。
「ありがとう、少し楽になった」
いつか、絡まって絡まって。動けなくなってしまった立ち位置を、少しずつ解いていけたなら。そんな風に変わっていけたなら。それはどんなに。
そこで家のインターフォンが鳴る。
よつばが出ると透のお出迎えに来たようだ。
「迎え、来たみたいですよ。ちょっと名残惜しいですね」
そこから透の体を支えて玄関まで行き、戸を開けるとそこには夾と由希が居た。
「しょっちゅう熱出してんじゃねぇよ!」
「病人相手にがなるなよバカ猫。本田さん大丈夫?」
「はい!大分身体も楽になりました!」
「そんなフラフラな状態で強がり言ってんじゃねぇよ」
よつばから体を離すとまだ足元がおぼつかない透を夾が支えた。
「本田さんをありがとうございます」
「いえいえ。こちらも色々と為になる話を聞かせていただきましたから」
由希の礼によつばが返すと透が最後に口を開く。
「あ、あの!後日お礼に訪れますです。今日は本当に助かりました」
「別に構いませんけど。でも、うん。また、会えると嬉しいな……またね、透さん」
手を振るよつばに透がはい!手を振り返して別れた。
後日、翠屋に来た7人で高町家にお礼を言いに来ることになるのだが、それはまた別の話。
あと1話で投稿20話。なにか書きたい。