フェイト・テスタロッサは借りているマンションの一室で使い魔であるアルフの手当てを受けながらポツリと呟いた。
「あの子、本当に別人だったんだ」
「え……?」
「私たちが落とした子……あの子とは別人だって……たぶん、あの子の家族、なんだと思う……」
フェイトの言葉にアルフは手当てしていた手を止めた。
手当てを受けているフェイトの体は震えていた。
さっきは母親への想いと、やるべきことから目を逸らせたが、こうして動かない時間はそうはいかなかった。
怒りと憎しみを宿らせ、涙を流していた瞳を思い返す。
誰かからあんなにも強烈な負の感情をぶつけられたことのないフェイトにはただその恐怖と罪悪感に対して耐えるという選択肢しか取れない。それ以外を知らないから。
そんな主にアルフは反論した。
「そ、それはアタシがやったことじゃないか!フェイトは何も悪くないじゃないか!」
フェイトは首を横に小さく振る。
「それは違うよ、アルフ。私もアルフを止めなかった。それにあの時魔法を使えば、きっと落ちるあの子を助けられた……助けられたのに……!!」
襲いかかる罪悪感から耐えるように身を小さくする。
しかし、泣くことだけは堪えられなかった。
あの一瞬、落ちる少女を見ながら迷ってしまった。
管理外世界で魔法を使うこと。それを誰かに見られる可能性。その躊躇があの結果だ。
しかも、落ちたあの子に助けを呼ぶこともせずに逃げ出してしまった。
あの子はどうなったのだろう?どれだけ酷い怪我を負ったのか。もしかしたら死んでしまったのかもしれない。
そう考えるだけで震えで手に力が入らなくなる。
そんな主を見ながらアルフは考えた。
もし、今フェイトの母親であるプレシアに連絡を入れたらあの女はこの娘に優しい言葉をかけて慰めてくれるだろうか、と。
だがその答えはすぐに否と出た。
きっとプレシアはいつも通りジュエルシード集めを催促するだけだろう。そんなことで連絡を入れるなと怒り。
アルフはプレシアがフェイトに優しくする姿を見たことがない。
いつも辛く当たる姿しか知らない。昔は優しかったらしいが、フェイトの誇張ではないかと思っている。
だから、こんな考えも浮かんでしまう。
このまま管理局に身を預けたほうが、ずっとフェイトの幸せに繋がるのではないか?と。
そんな主を裏切る選択肢を頭から追い出し、アルフはフェイトの頭を撫で続けた。
「はいこれ。今日の分のノートよ|
「ありがとう、アリサちゃん」
アリサからノートのコピーを受け取ったよつばは備え付けられた棚に置く。
「その…どう?色々と……」
無くなった右腕を見ながらボカして訊いてくるアリサに苦笑しながら答える。
「うん。わたし、なのちゃんみたいに左利きじゃないからちょっと大変かな。字を書くのも時間がかかるし」
「そう。それにしてもなのはどうしてるのかしらね。急に学校を休みだすなんて」
怒ったような口調だがそれがポーズだとよつばは知っている。内心ではなのはのことが心配で堪らないのだろう。
なのはは数日前にやることが出来たと家を出てしまった。
よつばの事もあり、家族はもちろん猛反対したが、最後には根負けする形で許可を出した。
1日に1回は必ず連絡を入れることを条件に。
よつばが思い出すのは最後に追い詰められた様子の双子の姉だった。
危ないことをしてなければいいがと不安になる。
「そうだ、アリサちゃん。ちょっとお願いしてもいいかな?」
「なによ?」
「髪型をね、いつものにしてほしいの」
「いいけど、なんで?」
「なんとなく、かな」
本当にただの思いつきなのだろう。アリサは苦笑して背中を向けるよつばの髪をポニーテールにしてから編む。
「そういえば、なんでよつばは髪型を三つ編みにしてたの?昔の写真とか前に見せてもらったことあるけどストレートだったじゃない」
「特に理由が有った訳じゃないよ。でも、そうだね。わたしはお姉ちゃんの妹だから、かな」
ここでいう姉とはなのはではなく美由希のことだ。
小さい頃に家族が末っ子であったなのはとよつばに構っていられる時間が少なかった頃、2人の面倒を1番見ていたのが美由希だった。
忙しい中で遊んでくれたり買い物に行ったり。
そうした美由希が好きで姉の髪を真似るようになった。
それになのはと少しでも間違われないようにという考えもある。
「よし!できたわよ!」
「ありがとう、アリサちゃん」
纏めてもらった髪型に満足しながらよつばはなのはのことを考える。
ちゃんとご飯を食べているのか。それに危険な目に遭ってないか。
そして最後に見た、どこか思い詰めた様子。
(わたしは、元気な姿で会いに来てくれればいいのに)
窓から空を眺めながらどこかにいる双子の無事を祈った。
なのはとユーノが管理局と行動して数日。当初は最初のなのはの言動からわだかまりがあったが、アースラスタッフとのジュエルシード捜索と封印作業を共にしていくうちに自然と解けていった。
これは仲を取り持ったユーノと生来なのはがそうした感情を抱き続けるのに向いていないこと。そしてアースラ内の空気が比較的馴染みやすいことが噛み合った結果だ。
ジュエルシードの封印が終われば怪我はないかと心配してくれたり褒めてくれたり。また、問題点があれば指摘してくれたり。
クロノなどに魔法のことを教わったり、リンディやオペレーターのエイミィなどと冗談を交えながらの雑談。
そうしたコミュニケーションの結果、なのははアースラの中で馴染んでいった。
今はアースラの食堂でクッキーを食べながらユーノと雑談している。
「残りジュエルシードも5つ。もしかしたら発見に時間がかかるかもしれない。ごめんね、なのは。寂しくない?」
「大丈夫だよ。ユーノ君もいるし。ここの人たちも良くしてくれてるから」
なのはとて寂しさを感じないわけではないが、ジュエルシードのこととフェイトのことをなんとかしなければいけないという使命感とここ数日の生活が充実していることからあまりそうした感情を抱えないで済んでいる。
それが健全であるかは別にして。
「わたしね。小さかった頃にお父さんが仕事で大怪我して。ベッドから動けなかった時期があって。その時はよつばちゃんと2人っきりでいることが多くて。だから家族が揃わないって割と慣れてるの」
なのはの話を聞きながらユーノはなのはの双子の妹であるよつばのことを考える。
性格がおっとりしているが、料理をしている姿がどことなくなのはが魔法を使う時と重なる女の子。フェレット姿のユーノもよく可愛がっていた。
そうして次はユーノの身の上話をしていると突然アナウンスが聞こえた。
「あの子たち、なんて無茶してるのっ!?」
海上で大型の魔力反応をキャッチしたと聞き、ブリッジへと急いで到着したなのはとユーノはエイミイの驚きの声を聴いた。
移っているモニターを見るとフェイトとその使い魔であるアルフがジュエルシードが発生させたと思しき竜巻や雷を相手に立ち回っていた。
魔法に触れて日が浅いなのはでもそれが無謀な行為だとわかる。
「あ、あの!わたし、早く現場に!」
それはフェイトを助けようという意図より、あれだけ大きく暴走しているジュエルシードを止めなければという直感からだった。
「その必要はないよ。このまま彼女が自滅するのを待ってから僕と君でジュエルシードを封印すればいい。仮に彼女たちが封印に成功しても、消耗した彼女たちなら簡単に捕縛できる」
「―――――!?」
「残酷に見えるかもしれないけど、私たちは最善の手段を取らなければいけないの」
リンディにそう諭されながらなのははモニターの様子を見る。
なのはとてよつばの事が無ければフェイトを助けに行きたいという想いを強く抱けただろう。しかし、今のなのはにはどうしたいのか。どうなって欲しいのか判断できなかった。
ただ、モニターに映る映像は嫌な光景だった。
ジュエルシードの暴走に翻弄される2人。
アルフは雷に体を弾かれ、フェイトは竜巻を受けて海面に叩き落とされる。幸い海中に落ちる前に体勢を立て直したが魔力の刃が消えた。
不思議とフェイトたちが追い詰められて行く様を見ても喜びの感情は浮かんでこなかった。同情もないが。
ただ、目の前の映像に対する不快感だけが胸を焦がす。
助けたいわけではない。しかしこのまま見捨てるのも後味が悪い。
そんな中途半端な想いがなのはの中で交錯する。
結局のところ、高町なのはは家族を傷付けた相手が苦しむ様を喜べる程の悪意は持てず、また目の前で危機に陥っている人を見捨てられるほど染まってもいないのだ。
まだ封印していない妹が見つけたジュエルシードを固く握る。
もし自分がフェイトを助けたら、よつばは怒るだろうか。哀しむだろうか。そう思考が過ぎる。
そこでフェイトが竜巻に飲み込まれる姿が映った。
「っ!!」
それが見ていられず、なのははリンディに自分の意見を言った。
竜巻に襲われたフェイトを救ったのは桜色の魔力の波だった。
それがフェイトの上を通り過ぎ、掻き消えた一瞬でフェイトは危機を脱する。
誰が?と一瞬疑問に思ったが、その魔力の色を彼女は知っていた。
周りを見渡すと少し離れた位置に自分と同じ、ジュエルシードを集めている少女が見えた。
「どう、して……」
そう唇が動いた。
彼女の親しい人を傷付けた自分を助けてくれたのか。
しかしその思考は再び襲いかかってきた竜巻によって中断される。
「ちっ!アイツ、ここで邪魔を……!」
なのはを排除しようとアルフが動こうとするが力を大分消耗していてフェイトの援護だけで精一杯だった。
騒動の中心から少し離れた位置でなのははポケットからジュエルシードを取り出す。
よつばが見つけた物だ。
なのはがリンディに言ったのはジュエルシードが暴発する危険性だった。
前に、フェイトが同じことをしてジュエルシードを強制的に発動させた際になのはとフェイトのデバイスは共に破損。その後、フェイトの捨て身の行動で封印できたが、それが5つ分ではどれだけの被害になるか分からないこと。
以前のようにフェイトが捨て身で抑え込んでも今度はフェイトが死ぬ可能性。
気が付けばなのは自身、よく頭と舌が回ったものだと思うほどリンディたちを説得していた。
しかし、リンディたちにはフェイトと協力してジュエルシードを封印する案を出したがなのは自身、それをするつもりはなかった。
代案として考えたのはジュエルシードの魔力で残りのジュエルシードを一気に封印すること。
魔力の結晶体だというジュエルシードから魔力を取り出して砲撃魔法で封印する。
以前、猫の大きくなりたいという願いを叶えて巨大化したことがある。
ならば単純に膨大な魔力を欲しいと願えばジュエルシードが発動するのではないか?
念話でレイジングハートに確認を取ったところ、理論上は可能だろうが、なのはのリンカーコアに多大な負荷がかかる為、お勧めはしないと返された。
それを聞いた上でなのははこれを実行すると決めた。
「レイジングハート。無理させちゃうけどお願い!」
『貴女の望むままに、マスター』
もしかしたらまたレイジングハートを傷だらけにしてしまうかもしれない。それでも愛機たるデバイスは了承してくれた。
無理矢理発動させたジュエルシードから魔力を取り出し、デバイスがそれを制御する。
その暴力的な魔力になのはの中で痛みが走る。
しかし、このくらい、妹が受けた傷と痛みに比べてなんだというのか。
その想いでなのはは歯を喰いしばって耐える。
「ディバイン、バスターッ!!」
放たれた極大の砲撃。
それが5つのジュエルシードが暴走する中心に放たれ、鎮静化する。
「はぁ、はぁ……」
急激に強力な魔力を使った反動か、なのはの右目から血が流れて視界の半分が赤く染まる。
また、その光景をアースラから見ていたクロノがなんて無茶を!?と怒声を上げているのだがそれはなのはが知る由もない。
浮かび上がったジュエルシードを封印しようとよろよろと飛行する。
「フェイト!早くジュエルシードを!!」
「あ……」
アルフに言われてフェイトはなのはの無茶に唖然としていた頭が再び回る。
しかし、こちらに向かってくる少女があんなになってまで抑えたジュエルシードを奪い取っていいのか。躊躇している間に違う声が場に響く。
「悪いが、それはさせられない」
現れたのはバリアジャケットを纏ったクロノだった。
「クロノ、くん……」
「まったくなんて無茶をするんだ君は!後で言いたいことが山ほどある。覚悟しておくといい」
なのはに怒りの視線を向けるクロノ。同じく転移してきたユーノがなのはを支える。
「こ、の!フェイトの邪魔を、するなぁあああっ!!」
猪突猛進。ジュエルシードを確保しようと動くアルフとクロノが衝突する。
アルフがクロノを弾き飛ばし、ジュエルシードを回収しようとするが5つある筈のジュエルシードは2つしかなかった。
弾かれる寸前にクロノが3つのジュエルシードを回収し、自分のデバイスに収納する。
そこで、第三者の介入が行われた。
現場とアースラ。両方に毒々しい紫色の雷が落とされる。
「母さん……!」
フェイトがそう呟くと落雷の猛威は動きが鈍重化したなのはとユーノに振るわれるも咄嗟になのはがユーノを突き飛ばす。
「なのはっ!?」
落下するなのはを青褪めた表情でなのはを抱きかかえるユーノ。
気が付けば、2つのジュエルシードとともにフェイトたちも姿を消していた。
手にしていたジュエルシードはなのは自身の血で赤く濡れていた。
なのはって瞬発的な怒りが長続きする印象じゃなかったんで、アースラのメンバーとは同じ目的で行動を共にしている間に関係が緩和されました。