アルフを管理局で保護した数日後の夕暮れ。海鳴市にある海辺に近い公園に3人は居た。
なのはとユーノとアルフである。
なのはとアルフは互いに気まずそうで視線を合わせようとせずに目的の人物を待っている。
「転移反応!ここから少し離れてるけど、来たよ、なのは!」
ユーノの知らせになのははうん、と頷いてバリアジャケット纏う。同時にユーノもこの区域一帯に結界を張って一般人が入れないようにした。
「な、なぁ!」
フェイトの下へと飛び立とうとするなのはにアルフが声をかけた。
「?」
「こんなこと言える立場じゃないってわかってるんだ……アンタから見たら、アタシたちは絶対に許せない奴だってことも……でも、それでもフェイトを止めてほしいんだ!プレシアの、言い成りになってるあの子を……」
なんて恥知らず。それは実質、フェイトを助けてというのと何ら違いない。
自分が目の前の子の家族を傷付けたのに。
アルフとてそんなことは承知している。もし逆の立場なら考える前に相手を殴り飛ばしていたかもしれない。
それでもアルフにはもう管理局と目の前の少女に縋るしかなかった。
一番大事な
なのはは背を向けたまま後ろにいる2人にだけ聞こえるように呟く。
「わたしは、ただあなたとあの子に、謝ってほしいだけ。よつばちゃんに……それに、ジュエルシードを集めるのはユーノ君との約束だから。だから、あの子を止める。それだけだよ」
なのはとてフェイトの境遇を聞いて何も思わなかったわけではない。
かわいそうだと思った。でも助けたい、力になりたいという感情が湧き出るとどうしてもあの日、利き腕を失って泣いていた妹の姿が過ぎるのだ。それがどうしても同情より強い怒りとなって覆う。
「謝りに行くよ。この件が終わったら絶対に。フェイトと必ず。殴られたって文句は言わない!」
「……」
なのはは答えずにフェイトの転移してきた場所へと緩やかに飛んだ。
街灯の上で待っていたフェイトは目的の少女がやって来た時、僅かに肩を跳ねた。
会わなければならない少女。でも会いたくなかった少女。
最初に遭遇したときは成す術もなく自分に敗れ、それから会う度に自分に語りかけてくれた少女。
しかし今は最初の頃のような温かな雰囲気はなく、代わりに敵意の強い冷たい空気を纏っている。
「あなたの事情はあの人から聞いたよ……」
デバイスからなのはの集めたジュエルシードが出現した。
「あなたにも譲れないものがあることも。よつばちゃんを傷つけたことをずっと後悔していたことも、嘘じゃないって思う。でも、それでも許せないって気持ちが止められないの」
なのはがフェイトをあなたと呼ぶ。家族以外で初めて自分を名前で呼んでくれた少女。最初はどこかそれを煩わしいと感じていたが、今は自分を名前で呼んでくれないことが少しだけ淋しいと感じた。
「お互いのジュエルシードを全部賭けよう。勝った方が残りのジュエルシードを手に入れられる」
結局のところ、高町なのはは相手に全力でぶつかる以外の術を持たない。
白黒を着けなければ前に進むことが苦手で。
それ以外で相手に伝える術を知らない。
だからこその全力勝負に挑んだ。
なのはとフェイトは空中で激しい魔法戦を行っていた。
互いに魔力の弾を撃ち合いながらそれらを防ぎ、空を縦横無尽に飛び回る。
管理局でも5%しかいないと言われているAAAランクの魔力を持つ魔導師2人の戦闘は価値の分かる者なら金を払ってでも観戦したいカードだろう。
その戦闘をモニター越しで観ていたクロノにエイミイが訊く。
「それにしてもクロノ君、よくなのはちゃんとフェイトちゃんの一騎討ちを許可したね」
「この勝負の勝敗自体は重要じゃないからね……」
クロノたち管理局の目的は2人が戦っている間にフェイトの帰還位置の特定だった。
そして高町なのはとの戦闘で疲弊したフェイト・テスタロッサなら他の局員でも充分に捕縛できるだろう。
子供相手に気が引けるがそれだけフェイトの魔導師としての実力は高かった。
賭けたジュエルシードにしてもその時回収すればいい。
最早フェイト・テスタロッサは詰んでいるのだ。
それに後ろに控えているであろうプレシア・テスタロッサに戦力を集中させたいという理由もある。
今のなのはなら充分にフェイトを消耗させられると踏んでの許可だった。
「でもいいの?なのはちゃんたちにプレシア・テスタロッサの家族についての情報を教えなくて」
「勝てるに超したことはないんだ。なのはに余計な情報を与えて心を乱させたくない」
そしてできることならフェイト自身にも知らせたくなかった。
戦闘を行う2人のコンディションは万全とは言えなかった。
なのはは先日のジュエルシードを使った影響は未だ癒え切っておらず、戦闘区域を飛び回りながらも時折身体に痛みが走る。
しかしフェイトの状態の悪さはなのはの比ではなかった。
積み重なる疲労と睡眠不足。プレシアからの虐待。
そして、アルフが管理局側に付いたという事実。
無事であったことは喜ばしいが管理局に付いたことに小さくないショックを与えていた。
互いの状態が魔導士としての練度の差を拮抗させている。
防御、最大火力ならなのはに軍配が上がるだろうが他の項目ではフェイトが一歩も二歩も上を行く。
結界内の戦闘フィールドを飛び回る黒と白。そして撃ち合う金と桃の光。
子供とは思えない戦闘。空戦限定とはいえ彼女たちの実力は既に1級の魔導師の実力に達していた。
(必ず、ジュエルシードを持って帰るんだ!そうすれば、母さんはきっと昔みたいに……っ!)
(ここであの子を捕まえて、自分たちが何をしたのかを絶対に理解してもらう!それにユーノ君のジュエルシードでこれ以上危険な事は起こさせない!)
譲れない想いを剥き出しにして魔法をぶつけ合う。
そんな中で先に疲れを見せ始めたのはフェイトだった。
集中力が持続し辛くなり、誘導弾も精細さを欠いていく。
呼吸も乱れそれが、機動にも現れ始めていた。
このままいけばなのはの勝利も有り得ると誰もが考え始めた矢先にまたしても外部からの介入が行われた。
突如雲行きが怪しくなり、膨大な魔力反応が確認される。
『攻撃、来ます!回避を!』
互いのデバイスが同時に警告を出す。しかし2人が行動を起こす前に攻撃は行われた。
それは落雷というよりも暴雷。
そこに居る者たちではなく、結界内部そのものを焼き払うかのような攻撃が成された。
「プレシア!アイツッ!!」
空を睨み付けてアルフが叫んだ。
しかしそうしている間にも戦闘を行っていた2人に容赦なく雷が落とされ、落下していった。
「なのは!?」
「フェイトッ!?」
自らのパートナーの下に急ぐ。
今の攻撃に何かを仕込まれていたのか。
2機のデバイスに収められていたジュエルシードはそのまま何処かへと転送されてしまった。
『2人とも!早くアースラの中へ転移してくるんだ!』
クロノからの念話に従って行動する。
こうして2人決闘は決着が着く事なく中断された。
プレシア・テスタロッサの攻撃と思われる一撃から発射場所の座標を割り出し、リンディたち管理局も動き出した。
なのはたちを回収したアースラ内のブリッジでは攻撃発射ポイントである時の庭園への進攻が開始されており、その内部映像が映し出されている最中になのはたちは現れた。
なのはとユーノはバリアジャケットを着たまま。フェイトは曲がりなりにも敵対関係だった為、万が一でも抵抗されないように魔法が使用不可になる手錠が填められている。そんなフェイトにアルフは寄り添っていた。
映像は複数の管理局員がプレシアを追い詰めているところが映し出されている。
数名の局員がプレシアを牽制しながら残りが奥にある通路へと移動して行く。
その奥に在ったモノになのはたちは目を見開いた。
「わ、たし……?」
無数に並べられたガラスのカプセル。その最奥に存在していたのはフェイトそっくりな少女だった。
『アリシアに触らないでっ!!』
少女が入れられている容器に触れようとした局員をプレシアが弾き飛ばす。
そしてプレシアの口から語られる真実。
フェイトがプレシアの娘であるアリシア・テスタロッサの記憶を与えられたクローンであること。
しかし記憶を転写してもアリシアとの差異が大きくプレシアにとって失敗作だったこと。
それらの真実が言葉の刃となってフェイトの心をズタズタにしていく。
補足するようにエイミイから以前、プレシアが関わっていた研究の事故でアリシアが亡くなったことと。記録によると記憶転写型のクローンの製造であるプロジェクトF.A.T.Eだったことが苦々しい口調で語られる。
そしてトドメを刺すように告げられる本音。
『最後に教えておくわ、フェイト。あなたを造り出してからずっとね。私はあなたが大嫌いだったのよ!』
そうしてフェイトの手に握られていたデバイスが滑り落ち、膝を折る。
「フェイト!?」
直前でアルフが支え、フェイトを呼び続けるが反応が無かった。
そしてアースラ内に微弱な振動が起こる。
語られるプレシアの最終目的。
彼女はジュエルシードを使い、次元断層を生み出し、失われた都、アルハザードへの旅路を行おうとしていた。
その為に、手にしたジュエルシードだけでなく、時の庭園の魔力炉をも暴走させようとしている。
「そんなことしたら、近くにある幾つもの世界も一緒に次元断層に引きずり込まれて消滅しちゃうよ!?」
エイミイの叫びになのはがギョッとなった。
近くにある。おそらく最初に飲み込まれるのがなのは自身の世界と思い至って。
それを想像して顔を真っ青になるなのは。
「馬鹿なことを!僕が待機中の武装局員と出てプレシアを止めます!ゲート開いて!」
「クロノ君、わたしも!」
ブリッジから出て行こうとするクロノになのはがついて行こうと声をかける。しかしそれは止められた。
「君は先程の決闘やプレシアからの攻撃で万全じゃないんだ!ここは僕たちに任せて―――――」
「でも!このままじゃわたしたちの世界が!!」
なのはが思い浮かべたのは家族と親友たちだった。
そこに存在する人たちがもうすぐ世界ごと消えてしまうかもしれないという恐怖がなのはを突き動かす。
「……わかった」
止めても無駄だという判断と今は戦力が欲しいという事情。そして危機に陥っているのがなのはの住む世界ということから参戦を許可した。もちろんユーノも一緒に。
ブリッジを出る瞬間になのはは一瞬だけフェイトに視線が行く。
人形のように虚ろな瞳となった少女。
母のために傷付き、頑張ったのにも関わらず、母親自身から拒絶されてしまった。
哀れみからか声をかけようとしたが結局なのはは止めてフェイトの存在を振り払うようにしてクロノの後を追った。
事の顛末を記しておく。
暴走した魔力炉は高町なのはによって封印され、次元振動はリンディ・ハラオウンとアースラスタッフによって停止した。
今回の事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサはクロノと武装局員との戦闘により次元断層にアリシア・テスタロッサの遺体とともに落下。死亡したものと判断。
奪われたジュエルシードは全て回収。
フェイト・テスタロッサは拘束されていた室内で次元断層に落下していくプレシアを観ていたことで精神の不安定さが際立ち、事情聴取もしばらくは不可能と推測されている。
現在はアースラ内で使い魔のアルフとともに心の安定に努めている。
時の庭園での戦闘を終えてアースラへと帰還したなのはは一気に疲労が押し寄せてきたのかそのまま糸が切れたように気を失ってしまい、目を覚ましたのは丸1日過ぎた夜だった。
目を覚ました時にずっと看ていてくれていたユーノは心底ホッとしていた。
今はアースラの食堂で軽食を摂りながらユーノ、ハラオウン親子とエイミイとフェイトの現状と処遇について話していた。
「今回の事件でフェイト・テスタロッサが母親に言われるがままジュエルシードの強奪に手を貸していたことは明らかだ。そこら辺は年齢もあって情状酌量の余地はあると思う。ただ問題なのは今の彼女が調書に協力できる状態でないことと君の妹を転落させた件だ。後者は主に使い魔のアルフが起こした件とはいえ、使い魔の罪は主も責任を追及されるから」
「うん……」
高町よつばの件は管理外世界での事件であり、リンディたちが介入する前の事でもある為、揉み消そうと思えば揉み消せるのだが、それを行うつもりはなかった。
そうでなければ目の前で俯いている少女は納得しないだろうし、クロノ自身、そうした隠蔽を好まない。
ただ、フェイト個人には同情している部分もあるため、出来得る限り減刑の方針で動くつもりだが。
そしてなのはのフェイトに対する心情も複雑だった。
よつばの件はやはりまだ怒りが消えていないが、あれだけ尽くした母親に捨てられ、死亡する瞬間も観てしまったことには同情を覚える。
いま彼女の前に立っても何を言ったらいいのか。なにを言ってしまうのか。それはなのはにも分からなかった。
「ねぇ、クロノくん。今回の事件って……誰が救われたのかな?」
なのはの妹が大怪我をし。フェイトは母親に捨てられ死別。失った娘との再会を望んだプレシアはもうこの世にはいない。
いったい、今回の事件で誰が何を得たのか。
「世界はいつだってこんな筈じゃない事ばかりだよ。特に危険なロストロギアが関わる事件はね。それでも今回最悪の事態は防げた。君の力添えのおかげでね。それは誇っていいことだよ」
遠回しの慰めになのはは頷きながらもその暗い陰を払拭することは出来なかった。
フェイトはアルフの胸に頭を預けながら定まらない視点で部屋の壁を見ている。
もしかしたらアルフに身を預けていることすら気付いていないのかもしれない程に今のフェイトは虚ろだった。
考えるのは母親の事。
使えない道具として捨てられた自分。
たくさんの人に迷惑をかけ、そして自身も全てを失ってしまった。
母が次元断層に落ちていく姿を見た時に湧き上がった後悔。
せめてどうしてあの人に自分の想いを伝えるために立ち上がることが出来なかったのか。
もう、考えること全てが億劫で、フェイトは瞳を閉じた。
ジュエルシードの件が終息し、高町なのはも海鳴の町に戻る。
ユーノはしばらくなのはの家に居候を続けるらしい。フェレットの姿で。
アースラを出る前にエイミイ経由でアルフから言付けでなのはの家族に謝罪に行けないことを謝っていたことを聞いた。
ただ少し時間はかかるかもしれないが必ず謝罪に行くと言っていたらしい。
なのははよつばの病室の前に立って軽くノックをした。
どうぞ~と聞こえて中に入ると入院しているよつばに親友のアリサ、すずかがいた。
「あー!なのは!?」
「戻って来たの?なのはちゃん」
「うん」
驚きの声を上げるアリサと嬉しそうに頬を緩めるすずか。
その奥で、大切な妹が微笑んでいる。
「おかえり、なのちゃん」
「ただいま。みんな」
自分が守りたかったモノ。失わずに済んだなのはの日常。
それが嬉しくて愛おしくて。なのはは泣きそうになるのを堪えて笑顔を見せた。
そして堪えていた涙を見せないようによつばに抱きつくと一瞬、驚いた顔をしたが、なにかを察してその頭を撫でた。
結局、ジュエルシードを巡るこの事件で誰かが何かを得ることはなかった。
それでも失わなかったモノはあり、高町なのはは自身の日常に帰っていく。
そして、この事件が本当の意味で終わりを迎えるのはこれから10年後の話。
残り2話でこの話は完結します。