もしもなのはに双子の妹がいたら?   作:赤いUFO

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6千文字以内に終わらせようとしたら1万文字超えていた。まぁ最終回ということで。


最終話:遅れたはじまり

 高町なのはが正式に管理局に入局したのは中学1年ももう少しで終わり、2年に進級するのを待つだけだった時だ。

 あの闇の書事件が終わりを迎え、フェイトたちが謝罪に来てから高町家にとって魔法という話題は明るくなるものではなかった。

 末っ子のよつばの大怪我の原因となった存在だから。

 だからなのは自身、相棒たるレイジングハートこそ肌身離さず持っていたが、次第に魔法という存在から距離を取り始めた。

 

 そしてある日に親友である月村すずかとその姉の忍が制作した義手が妹のよつばにプレゼントされる。

 月村家の技術が集約された義手。

 触覚なども再現された慣れれば本物の腕と変わらず動かせる優れもの。

 よつばもさすがにそんな高価なものをポンと貰うのは気が引けたようだが月村姉妹に押しの強さに敗ける形でその義手を受け取った。

 もっともその義手を自在に動かすには長いリハビリを必要とするのため、その日から医学知識の豊富なシャマルの助言なども貰いながら少しずつ義手を動かす練習に時間を割いた。

 きっとそれがよつばにとっての転機だったのだ。

 

 ある日、もう寝るだけの時間になのはの部屋に義手を外したよつばが尋ねてきた。

 

「どうしたの?」

 

「うん。ちょっとなのちゃんにお願いとお話しがあって」

 

 首を傾げているなのはによつばは窓の外を指さす。

 

「空を、飛んでみたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 数年ぶりに纏ったバリアジャケットで行った飛行魔法はブランクを感じさせずに夜の空を駆けている。

 

「アハハ!これがなのちゃんの見ていた景色なんだね!」

 

 よつばはなのはにお姫様抱っこされる形で初めてジェットコースターに乗った子供の様に興奮気味に目を輝かせている。

 空から見る明かりが照らされた生まれ故郷。より近くなった星の光が綺麗だった。

 

「ほら!ちょっと激しく動くよ!」

 

 久々に行う空の散歩になのはもテンションを上げてアクロバティックな動きをする。それによつばは「怖い!怖い!」と声を上げ、掴まる手の力を強くするがその顔は楽しそうだった。

 

 雲を突っ切り上に出たところで静止する。

 

「どうだった?空の散歩は?」

 

「凄かった!こんな体験、普通じゃ絶対に出来ないもの!」

 

 興奮冷めぬ様子になのはも嬉しくなり、くすぐったい気持ちになる。

 

 それから一拍置いて、よつばは夜空に視線を向けたまま少しだけ真面目な表情をして本題に入った。

 

「ねぇ、なのちゃん。わたしね。もう一度、パティシエの……翠屋を継ぐ夢を見ようと思うの」

 

「……!?」

 

「忍さんが言ってくれた。あの義手を自在に動かせるようになれば、またお菓子作りができるって。また夢を追いかけるのも夢じゃないって」

 

 そこで見上げていた視線をなのはに移す。

 

「なのちゃんがしたいことは、なに?」

 

「わたしは……」

 

 無表情の中に真剣な眼差しで問うよつば。それになのはは迷い、答えることが出来なかった。

 良いのだろうか?それを口にして良いのだろうか?という思いが頭に過って。

 

「ずっと気にしてくれてたでしょ?私の右腕のこと。それにその後もずっと守ってくれて」

 

 よつばが言うことには覚えがあった。

 右腕を失って退院後、よつばを取り巻く状況が少し変わった。

 アリサやすずか以外の仲の良い子が離れていったり、隻腕となったよつばを嘲笑する声や時にちょっとした嫌がらせを受けた。

 それはイジメと呼ぶほど酷いものではなかったのかもしれない。

 でもそれがよつばが傷つかないという話ではなく、それでも笑おうとするのは痛々しかった。

 段々とエスカレートし始めた時に大魔神(アリサ)が激怒し、相手は手痛いしっぺ返しを受けたのだがそれは割合する。

 

 そしてよつばが大怪我を負ったことをなのははずっと負い目にしてきた。

 

「みんながわたしを支えてくれて。助けてくれて。すごく感謝してる。でももう大丈夫だから。わたしは、もう一度わたしの夢を見るから。ちゃんと頑張れるから。だからなのちゃんは自分の夢を見て。もう自分を、赦してあげて」

 

 言葉が出なかった。

 1番初めに思い出したのはリインフォースのこと。

 優しい主と家族のために光となって消えた優しい魔導書()

 もっとなのはが魔法に詳しければ。もっと強ければ違う未来が在ったのではないかと思わずにはいられない。

 それは傲慢な考えかもしれない。なのはがどう努力しても結末は変わらなかったのかもしれない。

 だがそれでも、という思いは消えないのだ。

 そしてそれ以上に――――――。

 

「初めて、魔法で空を飛んだ時のことが忘れられないの。晴天の空を。今日みたいな夜空を飛んだ記憶が……」

 

 気が付けば、なのはに一筋の雫が頬を伝っていた。

 魅せられていた。惹かれていた。焦がれていた。

 この数年間ずっと。

 もっと魔法が上手くなって。強くなって空を自由に駆けたいと。

 でも赦されるのだろうか?もう一度夢を見ることを。

 

「分かるよ。空を飛んでいるときのなのちゃん。すっごく楽しそうだもの。だから本当の気持ちをちゃんと教えて欲しかった。やっと言ってくれたね」

 

「ごめんね……ううん。ありがとう、よつばちゃん」

 

 なのはとよつばは互いに額をくっ付けて少しの間、夜を照らす星の光の下で佇んでいた。

 

 

 

 次の日、なのはは家族に自分の想いを打ち明けて説得し、リンディに連絡を取って管理局へと入局することを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやては、夕方に転送ポートで地球より訪れる親友を待っていた。

 本来ならなのはが良いのだろうが、今日も新人への教導があり、はやてが外回りの帰りにそのままよつばを拾うこととなった。

 

「お、来た来た!こっちや~!よつばちゃ~ん!」

 

 手を振るとこっちに気付いたよつばが駆け足で近づいて来た。

 

『イエーイッ!!』

 

 そしてそのまま流れるようにハイタッチをキメる。

 この2人学生時代から何かとウマが合うようで阿吽の呼吸を見せるのが一種の学園名物扱いされていた。

 

「お久しぶりですぅ、よつばさん!」

 

「ほんまひさしぶりやなぁ、よつばちゃん。また少し大きくなったか?」

 

 よつばの胸を見て問いかけるはやてによつばは胸を隠して半歩下がる。

 

「どこ見て言ってるの!でもはやてちゃんは少し雰囲気が凛々しくなったね。それにリインちゃんも前に見た時よりちょっと大人っぽくなったよ」

 

「えへへ、そうですか?そうだったら嬉しいです!」

 

「相変わらずよつばちゃんは人をおだてるのが上手いなぁ」

 

「本心だよ」

 

「うん。わかっとるよ。それより車用意してあるから乗ってな。宿舎まで一直線で帰るから」

 

 案内されるがままに車の助手席に乗る。

 

「それで、最近そっちはどんな感じ?」

 

「わたしは翠屋で働きながら必要な資格を取得中かな。アリサちゃんも大学に通いながらお父さんの小さな会社の経営立て直しに奔走してるみたい。すずかちゃんは工学の専門学校で頑張ってるよ。たまに私の義手も診てくれる」

 

 アリサとすずかの翠屋で聞いた愚痴などを簡単に纏めて話す。

 

「そっかぁ。それで右手の調子はどう?」

 

「問題なし!もう仕事中も全然気にならないしね!」

 

 右の義手を軽く動かす。そこにはぱっと見はわからないが左の手と比べてやや浅黒い腕だった。

 その様子に嬉しくなりながらはやては質問を重ねる。

 

「なら将来翠屋の二代目は問題なしやね」

 

「う~ん。それなんだけどもしかしたら今より小さい店で翠屋の二号店を開店しないかって話が出てるの」

 

「え?そうなん?」

 

「うん。翠屋(うち)って忙しい時はお店に入れないお客さんいるでしょう?なんならいっそ別けちゃわないかって。わたしが必要な資格を全部取り終わってお母さんやお店のベテランさんたちが問題なしのお墨付きをもらってからだから最低でも数年先だろうけど。人も集めなきゃいけないし」

 

「ほーほー。一国一城の主っちゅうわけやな。すごいなぁ」

 

「本決まりじゃないしまだまだ先の話だよ?それにはやてちゃんだって今はひとつの部隊を任されてるんでしょ?そっちの方がすごいよ」

 

「ふふ。ありがとな。でもほとんどお膳立てしてくれたのはリンディさんや知り合いの人たちやし、期間は1年だけやけどな。ま、それでも二等陸佐が直々にお出迎えするなんてないから感謝してや」

 

 最後の方に冗談目かして言うはやてによつばも上手いとは言えない敬礼を返す。

 

「はい!感謝してます!ところでにとーりくさってどれくらい偉いの?」

 

「……そこから説明せなあかんか」

 

 2人はプッと笑いを吹き出す。

 一通り笑いあったら、よつばは戸惑いながらはやてに問う。

 

「それではやてちゃん。そのね……なのちゃんと、テスタロッサさんはどんな感じ」

 

 よつばの問いにはやては表情を動かさずに答える。

 

「ん。仕事上では問題ないよ。私事では、お察しの通りや」

 

「うん、そっか……そうだよね」

 

 はやての答えを聞いてよつばは目を閉じて考え事をする。

 それに気づきながらはやては質問した。

 

「なぁよつばちゃん。どうして今回はいきなりこっち来たいなんて言い出したん?」

 

「あ、ごめん迷惑だったよね」

 

「そんなことないよー。友達と会えるのは嬉しいしなぁ。ただ急だったから疑問に思っただけや」

 

 はやての質問によつばは憂う表情で視線を窓の向こうへと移した。

 

「10年前は逃げちゃったから。いつかちゃんと向かい合わなきゃとは思ってた。わたしもなのちゃんも。そしてテスタロッサさんも。どんな形でも区切りをつけるために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の分の書類を片付けたフェイトは屋上に出ていた。

 これから訪れる来客に唯々重い息を吐き出す。

 

 会うべきか会わざるべきか。

 きっと後者が正しいのだろう。今更会ってもきっとお互いに嫌な気持ちになるだけだ。だから理由を付けて明日の夜まで六課を離れていればいい。高町よつばは明日の夕方には六課を出るのだから

 でもそれが酷く失礼な態度だと思って逃げるという選択を足踏みしていた。

 正直に言えばなじられることが怖いという感情もある。

 そうして悶々としていると屋上に上がって来た人物に声をかけられる。

 

「お互い、脛に傷を持つと辛いな」

 

「シグナム……」

 

 声をかけてきたのは副官であるシグナムだった。

 彼女はフェイトの傍によって誰もいなくなった訓練場に視線を向ける。そして聞きづらいことを踏み込んでくる。

 

「よつば殿がここに来ることが怖いか?」

 

「……はい」

 

 特に言い繕うことに意味を感じずフェイトは正直に答える。そして溜めていた物を吐き出すように内心を絞り出す。

 

「彼女のことを思うと、自分はここに居て良いのかと思う時があります。私にはもっと冷たい場所がお似合いなんじゃないかって。そこに居るべきなんじゃないかって」

 

 無償奉仕期間を終えて。執務官の資格を取り。世間一般で恵まれた環境にいる自分。

 アルフや養母となってくれたリンディは自分の幸せを望んでくれている。

 だが本当に良いのかとずっと疑問だった。

 10年前。高町よつばへの謝罪を終え、地球を後にしたフェイトは尋常ではない量の仕事を受けた。

 休むことを考えずにひたすらに仕事に打ち込んだのだ。それこそプレシアが生きていた頃の二の舞。贖罪の意志でひたすら仕事に没頭する毎日。

 それも限界が訪れてある日に倒れてからはある程度抑制が利くようになったがずっとその気持ちは消えないでいる。

 

「私たちとて。本来なら私たちは10年前に闇の書とともに消えるべきだった」

 

「そんなこと!」

 

 否定しようとするフェイトにシグナムは黙って首を振る。

 

「その結果、主はやてに多くの者たちから罵声や嫌悪の眼を向けられることとなってしまった。我らの罪のためにな」

 

 守護騎士たちの存在は情報規制が敷かれているとはいえ限度がある。被害者からすればその姿は一目瞭然だ。そして管理局内外にそれは多く居る。

 そして八神はやての役割は守護騎士たちを管理局に従属させるための楔だ。

 彼女が居るから騎士たちは大人しいのだと思わせなければならない。

 そうでなければ守護騎士たちは封印処置されていただろうことは政治に疎いシグナムにも想像できる。

 

「私たちに被害を受けた者に罵倒されたこともある。なんでお前たちは平然と明るい場所を歩いているのかと。私たちはともかくその被害が主はやてにまで及ぶのは正直辛い。いっそのこと主はやてだけでも局を離れ、地球で普通に過ごすべきではとも思った」

 

 だがそれは無理だろう。はやてが騎士たちへの楔である以上、勝手に管理局を離れることは許されない。また、本人も望んでいない。

 

「やらない善よりやる偽善だそうだ」

 

「え?」

 

「ある人からそう教わった。動かなければマイナスはいつまで経ってもマイナスでしかない。もちろんそれで我らに人生を奪われた者たちが赦すわけでも納得するわけでもない。それでも動かなければ何も変わらないと。お前とてそうだろう?テスタロッサ」

 

「……」

 

「どれだけ実力と素質が優れていようと人格面に問題がある者を引き取るほどハラオウン殿もお人好しではない。管理局もな。それでもここまでやって来て執務官試験に合格出来たのはお前の努力と人格が管理局側に認められたということだ。それに少なくともお前が管理局で働いていたおかげで笑顔を取り戻せた子供が2人もいるだろう?」

 

 そもそもフェイトの人格に問題あるのなら試験を受けることさえ不可能だっただろう。ましてや子供を2人引き取るなどもっての外だ。

 それだけ管理局側はフェイトの人格を評価し、またフェイトもそれだけのモノを積み上げてきたのだ。

 

「ありがとうございます、シグナム」

 

「なに。いつまでも私の上司が気落ちしたままでは居心地が悪いだけだ」

 

 そうして去って行くシグナム。

 まだよつばが怖いという感情は消えていないが少しだけ顔を上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは久しぶりに会った双子の妹に全力の抱擁を受けて困惑していた。こちらを視認するなり全力疾走からの飛び込んでくるような抱きつき。

 受け止めた瞬間に腰をやりそうになった。

 そしてそんな姉妹を見て周りが、主に新人たちが目を丸くしている。

 

「ねぇよつばちゃん。久しぶりにあっていきなり攻撃的過ぎないかな?」

 

「なにが?」

 

 自分の胸に顎を乗せたまま心底不思議そうに首を傾げる妹を離した。

 

「うん。いきなりあんな活発な再会の喜び方する子だったっけって訊いてるんだけどんね!」

 

「へ?だってミッドチルダ(こっち)じゃ家族と久しぶりに会ったらこうするのが一般的なんじゃないの?」

 

「違うよ!?誰から聞いたのそんなデマ!?」

 

 よつばの指が我らが部隊長を示す。

 なのはが眼を細めてはやてをみると当の本人は顔を背けて口笛を吹いていた。

 

 今度訓練の協力という名目で徹底的にOHANASIしようと決める。スターライトブレイカー(星の光)ラグナロク(終焉の笛)のどっちが上か決める良い機会だろう。

 

 ふふふと笑うなのはにはやてはわたし仕事があるからあとよろしくな!とそそくさを場を離れた。

 なのはと一通り再会を喜んだ後によつばは近くに居たヴィータに挨拶する。

 

「ヴィータちゃんも元気だった?」

 

「えぇ。それなりに、です」

 

「そっか。良かった」

 

 なのはに対してフランクに接するヴィータがよつばに丁重に話すのを周りが疑問に思う。

 これはなのはを戦友もしくはライバルという関係だからでよつばはどちらかといえばはやての友人として見ているからだ。かと言って互いに無関心というわけではなく、よつばはヴィータの頭を撫でてても反発されない数少ない人間だ。彼女が作った菓子やらアイスやらはヴィータの好物の上位に位置している。本人は隠しているつもりのようだが。

 

「う~ん。なんていうかさ……かわいいなのはさんって感じ?」

 

 スバルの素直な感想に新人たちは肯定の意を表さなかったが内心では同意見だった。

 双子というだけあって顔立ちはよく似ているのだが、纏う雰囲気がまるで違う。

 

 教え子である新人たちにとって高町なのは強くて凛々しい人というイメージがある。

 それはおそらくマスコミなどで報道されるなのはの功績なども手伝ってだ。

 会話を始めれば話しやすいし、冗談も言う。

 それでも新人たちにあるなのはの印象の根は魔導士として局員としての憧れだ。

 

 対して高町よつばはどこか柔らかい雰囲気というか、知らず知らずに緊張や警戒を解いてこちらの心に滑り込んできそうな雰囲気に感じる。

 そうしてまじまじと2人を見ているとよつばの方がその視線に気づいて右手を軽く振る。

 義手のことを聞いていた新人たちも一瞬固まったが手を振り返した。

 

 そこでエリオが視界の端に長い金の髪がこの場を去って行くのを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは夢であり、過去だった。

 

 ジュエルシード事件が終わりを迎え、よつばが退院した少し後の事。

 その日家にはなのはとよつばしか居らず。学校の宿題を終えたなのはが何か飲もうと台所まで移動したときのことだ。

 

 よつばの後ろ姿が見え、何をしているのかと思えばボトッと床に何かが落ちる音がした。

 

「なにしてるの?」

 

「あ……っ」

 

 なのはの姿を確認するとよつばは引き攣った笑みを浮かべている。

 落ちているのは材料の入ったボウル。よつばが持っているのは泡立て器だった。

 その他にもとても不揃いに切られたリンゴやその他にも色々と出されている。

 

 黙っていたよつばは僅かに体を震わせて話す。

 

「……入院する前にお母さんに教わったアップルパイを作ろうとしたんだけど。全然、ダメだね」

 

 その声はとても辛そうで。顔は今にも泣きそうだった。

 

「悔しいなぁ。せっかく作り方覚えたのに……」

 

 唇を噛んで泡立て器を持っていた左手は揺れている。

 そのことがきっと一度、本当に高町よつばが夢を断念した瞬間。

 なのはは何も言うことが出来ずによつばが落としたボウルを無言で片付け始めた。

 

 

 魔法というのは高町家にとって楽しい話題ではなかった。だからなのはも次第に距離を取っていった。

 でもそれ以上に本当は、よつばが好きなことが出来なくなったのに自分がそれをすることが後ろめたかったのかもしれない。

 この夢を見て、そう思った。

 

 

 

 

 

 目が覚めたのは鼻に香ばしい匂いを感じ取ったからだ。

 

「あ、起きた?なのちゃん」

 

 そこにはエプロン姿で朝食の準備をしているよつばが居た。

 

「はやてちゃんやヴィータちゃんから聞いたよ。ここのところ仕事に夢中で碌に食事も摂ってないって。ダメだよ。体が資本なお仕事なんだからちゃんと食べないと」

 

 軽く叱るように言うよつば。なのはも寝ぼけ眼でゴメンと言う。

 そう言えばここ最近携帯食と夜食で食事を総て終わらせていたのを思い出す。

 テーブルにはサンドイッチにサラダ。かぼちゃのポタージュとコーヒーが置かれている

 

「少し材料を分けてもらったの。ここの厨房の人たち悩んでたよ。なのちゃんが食べに来ないから自分たちの作った食事が合わないんじゃないかって」

 

 確かに新人たちの訓練が本格化してから食堂で食事を摂ったのは何日前だったか。

 

「そのね……みんな覚えが良いからどうしても色々教えてあげたくって教導メニューを考えてたら食事とかおざなりに」

 

「だからそれで体壊したら元も子もないでしょう?」

 

「はい。仰る通りです」

 

 これではどちらが姉かわからない。なによりどことなく母に雰囲気が似てきた妹になのはは言い訳が続かずに用意された朝食を口にする。

 

 カリカリに焼かれたベーコンに卵の甘さとレタスの瑞々しさ。挟まっているトマトにチーズと焼いた卵。塗られたバターとマスタードの味が広がる。

 

「美味しい」

 

「そう?良かった」

 

 よつばも自分の分を食べ始める。

 その姿を見てなのはは安堵する。

 あんな夢を見てもしかしたら昔の哀しさが甦ったのかもしれない。

 

 よつばが義手に慣れてまた料理を作れるようになった時は家族全員が赤ん坊が立ったのを見たように喜びの声を上げた。

 そして家族みんなで嬉しくて泣いた。

 

「そっか。よつばちゃんはもう大丈夫なんだよね」

 

 なのはの何気ない一言によつばはうん、と頷く。

 

「家族の皆。アリサちゃんやすずかちゃん。他にも色んな人に支えてもらったからね。わたしはもう大丈夫だよ」

 

 かつてのように陰りのない穏やかな笑顔で言い切るよつば。そして次の言葉を繋げた。

 

「ねぇ、なのちゃん―――――」

 

 次に言われた言葉になのはは手にしていたサンドイッチを膝に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なにやってるんだろう、私……)

 

 お昼休み。

 捜査資料を受け取り、六課まで戻って来たフェイトはそのまま昼食を摂らずに屋上にひとり佇んでいた。

 話そうと思った。かつて自分が傷つけてしまった少女と。

 しかしいざその姿を瞳に映すと二の足を踏んでしまったのだ。

 高町よつばが六課に滞在するのは今日の夕方まで。この時間を逃すともう会える機会はないのかもしれない。

 だが今更何を話す?

 また謝罪を重ねる?

 それとも自分が元気だった?とでも訊けと?

 頭がぐるぐると回ってどうするべきかと思考がループするのだ。

 

 そうしていると屋上の扉が開かれた。

 もしかしたらまたシグナムが来たのかもしれないと振り返るとそこには意外な人物がいた。

 

「見つけた」

 

 そこには小さな紙袋を抱えた高町よつばが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣、良いですか?あなたとお話がしたいんです、テスタロッサさん」

 

「え、えぇ。もちろん……!」

 

 焦っているような。怯えているような顔で自分を見るフェイトに近づいていく。よつば自身内心では緊張をはらみながらフェイトへと近づいて行った。

 

 隣に立ち、ジッとフェイトを見る。

 

 ―――――うん。大丈夫。恐くないよ。

 

 そう感じられる自分に安堵した。

 しかしフェイトは自分を見つめてくるよつばに狼狽する。

 そんなフェイトに手にしていた紙袋を差し出した。

 

「あの、これを」

 

「え?はい!」

 

 受け取った紙袋の中を見るとそこにはシュークリームがひとつ入っていた。

 

「うちの店で出しているシュークリームで今作った出来立てなんです。よかったら」

 

「私に、ですか……」

 

「はい」

 

 どういう意図なのかはフェイトにはわからなかったが、これを断るのは失礼だと思い紙袋の中に入っているシュークリームを手に取る。正直まだ昼食を食べてないから空腹だという理由もあるのだが。

 

「美味しい……」

 

 一口食べてその言葉が自然と出た。

 サクサクとした食感に程よい甘さのクリーム。

 これならミッドでも人気になるのではと思えるくらいに。

 

 その反応によつばは安堵し、フェイトが食べ終わるのを待って口を開いた。

 それは十年前によつばが言わなければいけない言葉だった。

 

「テスタロッサさん。わたし、右腕を失ってからずっと貴女たちを恨んでたと思います」

 

 その言葉にフェイトは固まる。

 

「身体は痛いし。片腕は不自由でしたし、なにより好きなことが出来なくなって叶えたかった夢がもう届かないって諦めたときはなんでわたしがって思いました。ずっと憎んで恨んでたと思う。色々と嫌な思いもしてきたから」

 

 悔しかった。恨めしかった。憎らしかった。

 

「なにより、わたしをこうした貴方たちがどこかで幸せでいると思うと頭がグチャグチャになりそうで。それに10年前にテスタロッサさんたちが謝りにきたとき、貴女が手を伸ばしてきて。アレがわたしには今度は左腕まで取られるんじゃないかって恐ろしかった」

 

 ――――取らないで!もうわたしから何も取らないで!!

 

 その思いで泣きじゃくった。

 

 よつばから曝け出される全ての言葉がフェイトに突き刺さる。

 今食べたシュークリームを吐き出してしまいそうだった。

 しかし次によつばは笑みを浮かべる。

 

「でも友達とそのお姉さんがこの義手を造ってくれて。また夢が見られるようになって」

 

 右腕を見せる。

 本物の左手と同じように見えるが少しだけ浅黒い義手を。

 

「リハビリは大変だったけど。また好きなことが出来るようになってすごく嬉しかった。だからですかね。貴女たちを恨んでたりするのにも疲れちゃったんです」

 

 黒い感情をずっと抱えているのも辛くなってしまった。でも直接会うのもずっと怖かった。

 

「こうして貴女と向き合えるようになるまで10年かかっちゃいました。だからひとつだけ教えてください。テスタロッサさんはわたしにしたことを忘れないでいてくれますか?」

 

 それは確認だった。あの時のことをまだ覚えているのか。これからも忘れないのか。

 

 フェイトは顔を覆っていた。その手の奥には雫が頬を伝っている。

 

「忘れてない。忘れられるわけない……!あの時のことは……」

 

 未だに夢に見る。

 目の前の少女が落ちていった姿を。

 あの泣き顔を。

 

 ずっとずっとあの時の疵はフェイトの中で傷んでいた。

 

「そうですか」

 

 色んな人からフェイト・テスタロッサという女性について聞いた。

 はやてや時々会うリンディ。六課に来てエリオとキャロにも。

 ようやく10年前に出せなかった。言えなかった答えが言える。

 

「なら、赦します。わたしはテスタロッサさんを。だから、もういいんです、気に病まなくても」

 

「え?」

 

 よつばの答えにフェイトは唖然とした表情になった。

 

「これでやっとわたしも肩の荷が下りました」

 

 苦笑するよつば。こんなにも簡単に楽に成れたのに、どうして躊躇ってたのかと言うように。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 ずっと欲しかった言葉。

 でも絶対に聞くことが無いと思っていた言葉。

 それがフェイトの心を震わす。

 

 赦されるということがこんなにも心を軽くするなんて知らなかった。

 心に溜まっていた淀みを洗い流すように。

 親にようやく許してもらえた幼子のように。

 

 フェイトは声を上げて涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町よつばが帰還する時間はすぐに訪れた。

 送り迎えはなのは自身で行う。

 

 丸一日にも満たない時間で色々と間が悪かったために特別新しい交友関係を開拓したわけで無し。よつばは級友や守護騎士たちと別れを惜しんではやてが用意してくれた車に乗る。

 その六課を出る時の出入り口でのお見送りにはフェイトの姿も在った。

 

 

 

『ねぇ、なのちゃん。なのちゃんはわたしがテスタロッサさんを赦せないから一緒に怒ってくれてたんだよね』

 

 朝食でよつばに言われたことになのはは食べていた手を止める。

 

『でも、もういいんだよ。きっと今日で解決すると思う。ありがとうなのちゃん。わたしのためにずっと怒っていてくれて』

 

 

 

 

 先に車に乗ったよつばに続いてなのはも車に乗ろうとする。その前にフェイトへと向き直った。

 そして少し躊躇いがちに。

 

「その……行ってくるね、フェイトちゃん」

 

「へ?」

 

 フェイトが何かを言う前になのはは車に乗り込んだ。

 その顔は少しだけ赤かった。

 

 

『フェイトちゃんと、友達になりたいんだ』

 

 それはきっと10年前になのはが口にしていた筈の言葉。

 少しの悪い偶然から遠退いてしまった関係は少しずつ交わり始める。

 

 それは高町なのはがフェイト・テスタロッサと本当になりたかった関係へと。

 10年という遅れの下に2人の関係はようやく動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




連載に切り替えてからこの話はよつばがフェイトと向き合えるようになるまで10年かかったというだけの話です。それだけに焦点を当てました。この終わりも最初から決めていました。

何か番外編とか思いついたら書くかもしれませんが、この話はひとまず終了です。

全7話で1か月の投稿にお付き合いいただきありがとうございました。


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