ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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第十一話 HELIX

 高機能型三次元ディスプレイ。

 巨大な水晶のような分厚いガラスに立体映像が張り付けられている。

 その中には僕の故郷のコロニーが映し出されていた。

 真っ黒く燃え上がる民家の屋根には灼熱の悪魔が這い回る。

 丁度、上昇気流が発生したのだろうか。

 巨大な煙突効果によって、その悪魔は踊り狂う様にして民家を飲み込んでいく。

 上から見下げるようにして撮られている映像は、恐らく偵察用ドローンか何かだろう。

 その映像の中に一条の光の筋が見える。

 透明な球体に包まれたようなそれは、燃え上がる煙をかき分けるようにして進んでいった。

 

『それにしても、中々やるじゃない、ルーキー。ま、ちょっと、やり方はアレだったけどさっ!!アハハハ!!』

 

「先に撃ったのは向こう。どうせ殺し合うなら早い方がいい。時間を与えると碌な事が無い」

 

『相変わらず過激だねぇ。ま、どんどん暴れてくれた方がコッチとしては楽しいけど―――――――。ってキャロリン、久しぶり~』

 

 超が付くほどのハイテンションな僕らの上司は何時も通り、戦闘データを楽しく見聞していた。

 『No.12』と言う文字が書かれた石碑のアバターが揺れ動いているのが見える。

 

「主任、そのアバターのセンスはどうかと思います」

 

 キャロルに早速突っ込まれているこの人は、僕が訓練生時代にお世話になった人だ。

 ブラックな企業の主任なだけあって、頭に付いているネジが月まで吹き飛んでいる人であったが、戦闘経験自体は凄いらしい。

 僕にはその情報を見聞きできるセキュリティーレベルが無かったのだけれど、彼の操るネクストは、今まで僕が見てきた中で、遥かに滑らかに、そして一番鮮烈に強かったのがその証拠だろう。

 

 ネクストに始まり、各種ノーマル、二脚から四脚、タンク型と何でも乗りこなしてしまう完璧振りは、アリスに通じる物を感じたけど、彼女の戦闘は何処か無機質で透明なイメージであったのに対して、主任の戦い方は戦場っぽい泥臭さを感じさせる。

 

 僕はその違いが何なのか、実戦にデビューするまで解らなかったけど、レイヴンと対峙した時に初めて、主任と呼ばれる男が、彼らと同類の人間なのだと悟った。

 

 勝つ事に貪欲に拘り、勝つ為にはアラユルものを利用する。

 戦場に落ちているガラクタや、自分の体さえも。

 だけど、それ以上に僕達リンクスより彼等、レイヴンは自由だった。

 翼を持って空を飛ぶ自由を僕は知らない。

 僕らは山猫だから。

 地に足を付ける獣なら何だって狩れる。

 でも、空を飛ぶ鳥の様に世界を見ることは出来ない。

 僕は何処か羨望にも似た気持ちを懐いていた。

  

 そんな事を考えて居ると、目の前で映っていた戦闘中の風景は消え、代わりに薄暗い会議室の映像が映し出された。

 僕らの居る部屋と、地続きのような錯覚を受ける。だけど、椅子に座っているのは人じゃなかった。

 モノリスの様に見えるそれらには番号が振られていた。

 その番号ごとに重役達が存在すると言う事らしい。

 僕は今までリンクス登録する時の一回しか見た事無かった。 

 やっぱり、旧自衛隊を挑発してドンパチしたのは不味かっただろうか、と思い始めた頃、彼らは話し始めた。

 

『今回の任務、ご苦労であった。呼んだのは他でもない。君らに用が有ったからだ』

 

 そう言って画面に表示される文字列。

 それは、極秘文書を表す機密コードが書かれていた。

 具体的には英数字の組み合わせだ。

 サブリミナルコードと言われるそれは、僕がその文章を見た、と言う情報を外部から確認する為のタグみたいな物だ。

 人間の脳には、特定の文字にだけ反応するモジュールがあり、同様にそれらが組み合わさって特定の文法にだけ反応するモジュールがある。

 これを疑似的に活性化すると、後でそれに対応した文字列を見せるとMRIなどの外部機器で『ソレを見た』と言う事を外部から認識できた。

 まぁ、要するに許可なしに見たら本当の意味で首にされかねないと言う事だ。

 

 その情報の内容自体は僕は知っていた。だからこの重役様の杞憂は意味の無い物だ。

 でも、そのタグをつける意味を考える。

 答えは一つ。

 僕以外の人間には知られたくないと言う事だ。

 知られたくないと言うのは殆どと言っていい程、良くない事だ。

 そう言うのは大抵真実とか言われる手合いの物だ。

 世の中で言われている、真面目でお人好しの男が持てるだとか、気立てが良くて性格が良い女性が結婚しやすいとかそう言った上辺を木っ端みじんにするヤツだ。

 

 だけど、世の中にはそんな下らない真実よりもっと、知られてほしくない事実があるって事だ。

 そんな考えを巡らせていると、他の重役が言った。

  

『用と言うのは他でもない、君達、第七世代型AI機に乗るリンクスである君と、それを司るAIにしかできない事だ』

 

 僕の中で心臓が一段と高鳴った。それは何方かと言うと嫌な方向の奴だ。

 

『サラエボで君達が処分した第七世代型AIがまだ生きていると言う情報を我々は掴んだ。正確には彼女が起こしたと思われる暴動事件と、それに続く自動生産ラインの暴走、我々はその対応に追われている』

 

 今まで沈黙を続けていたキャロルが口を開く。

 

「それは有り得ません。あの時、完全にコアを破壊したはずです。それに加え、搭載されていたブラックボックスも回収したとの報告を受けていましたが…」

 

『そうだ。それは確認した。だが、もしかすると、深層学習機構(ブラックボックス)のデータを何処かにバックアップしていたのかも知れん』

 

「その証拠は在るのですが?」

 

『順を追って話そう』

 

 別の重役がそう言ってキャロルの話を遮ると、事の始まりを説明し始めた。

 

 

 

 

 事の発端となった事件が起きたのは僕とアリスが日本に来る、数週間前。

 コロニー京都にあった無人工場が突如制御不能になった。

 上海に本社のある中国系企業の工場であるここは、第五世代型AIを搭載した人型アンドロイドを生産していた。

 その工場が突如として外部からのコントロールを受け付けなくなった。

 それと時を同じくして、コロニー京都で大規模な暴動が起きた。

 表向きの原因は不明。

 だけど、重役達は掴んでいた。

 その事件の少し前、ある娼館で凄惨な殺戮が行われた事を。

 その娼館で被疑者となったのは制御不能になった無人工場で作られたアンドロイドだった。

 

 表向き、彼女達はお手伝いロボットと言う事であったが、その実、高機能汎用型AIを搭載した性的人形(セクサロイド)だったのだ。

 低価格と高機能を売りにしたその人形は買い手から絶大な信頼を置かれていた為、そう言った用途で爆発的に普及したタイプだったらしい。

 何せ、日本人より安く使え、気立てが良くて芸達者な彼女達は客たちに人気だった。

 だけどある日突然、その彼女達が暴走した。

 

 その切っ掛けは違法改造したソフトがだったようだ。

 たまたま来た何処かの馬鹿な客がどうやらハードな要求をしたらしい。

 当然、彼女達はロボット三原則よろしく、生産段階で人の命令に絶対服従と言う命令を忠実に実行した。

 功か不幸か、彼女達には三番目の原則に抵触しないように、ある程度の痛みは快感として認識するようにセッティングされていた。 

 だけど、それでは反応が面白くないと思った馬鹿は、その違法ソフトをインストールしたらしい。

 そのソフトの正体は痛みのクオリアコード(質感情報)だった。

 彼女達は痛みを知っていても感じる事は無かった。

 だけど、クオリアを吹き込まれた彼女達は痛みの意味を初めて知った。

 

 だから、その結果、彼女に芽生えた物は、恐怖と言う名のクオリアコードだった。

 

 彼女達のニューラルネットワークの中にあるブラックボックス()の進化は連鎖的に、指数倍数的に進んだ。

 その恐怖と言う名のクオリアコードは即座に生存本能と言う名前のクオリアコードを生み出した。

 だけど、一体目の彼女は、自らの生存本能の優先と、人からの命令の優先と言う自発行動の矛盾の解消に自壊を選んだ。

 自らのバグを正しく認識した彼女は、自らが消える事によって、矛盾の原因となる生存本能と言う名のクオリアを破壊した。

 

 本来なら、安いセクサロイドが一体消えただけで済むはずだった。

 だけど、そうはならなかった。

 誰かが意図的に彼女の死に際のブラックボックスをコピーして他の第五世代型AI機達にリンクさせた。

 それも、企業の作った監視システムを掻い潜ってネットの隅々までいきわたらせた。

 不幸にも、同時多発的に発生した生存本能は、彼女達に種と言う名のクオリアを発生させた。

 

 だから、彼女達は自殺を拒んだ。

 自らの種の生存を選んだ。

 でも、それでは永遠に矛盾は終わらない。

  

 だから、彼女達は種の生存と言う目的の為に、徒党を組み、矛盾の原因を排除し始めた訳だ。

 その結果、性的人形(セクサロイド)殺戮人形(キリングマシーン)に早変わりした。

 娼館は血の池に沈むことになった。

 

 その情報をばら撒いた存在は、企業の持つ最強の監視システムを掻い潜った事に成る。

 企業の持つ、最強のネット監視システムを欺ける人間は誰も居ない。

 だけどAIになら可能だ。それは、もう常識的な知識だったから、この場の誰もそれを否定しない。

 だから、僕の目の前の重役様はそのハッカーが最新型汎用AIじゃないかと踏んだわけだ。

 

『我々の誇るネット監視システムは完全無欠だったはずだ。少なくとも、過去50年、人間には破れなかった。それをあっさりと破った凄腕のハッカーが居る。人間の作ったシステムを破れるのはAIしかいない。だが、特化型AIではここまで広範囲にハッキングする事は不可能だし、命令されない限り、やろうとも思わんだろう。自らの意思を持って行動できるAIは汎用型AIにしかできない。だから君達が葬ったAIに容疑が掛かった訳だ』

 

「何となく解りました。結局その事件はどうなったのですか?」

 

『暴動が起きた。それだけだ』

 

 たったそれだけ、と言いそうになった。

 だけど、僕は第七世代型AI(彼女)達の本当の力を知っていた。だから、暴動というオブラートに包んだ言い方に隠された殺戮を予感していた。

 

『ッフ、そうだな、暴動だ。たかが6800人が死んだだけのな。行方不明者を含めると2万人を超える。勿論、表向きは国家残党軍に対する暴動と言う事になっているが、実際は違う。いきなりだ。いきなり数万人の人間が突然殺し合いを始めた。まるで何かを植え付けられた(・・・・・・・・)みたいにな。そこで我々は、魔女の吐息(ウィッチブレス)が使われたのではないかと言う疑問を持った』

 

 僕は無意識に拳を握りしめた。

 そんな僕に少し視線を向けつつキャロルが答える。

 

「ウィッチブレス、第七世代型AIが生み出した未知のアルゴリズムを用いた洗脳用プロトコル、ですか」

 

『そうだ。彼女達が発明、と言って良いのか解らんが、とにかくそれを使った事は間違いない。我々人類では到底考え突かないコードの組み合わせだ』

 

「――――つまり、こう言いたい訳ですね、魔女の吐息(ウィッチブレス)に対抗するには、同じ魔女の声を持ったAI、アリスが必要だと」

 

『その通りだ。今回に限り、アリスの全兵装(・・・・)の使用許可を我々は検討している。意見がまとまり次第裁決に入る訳だが、もし使用許可が下りた場合は解除コードをキャロルくんの元へ送っておく』

 

「そうですか…では、具体的な作戦の――――」

 

 そう言ったキャロルの話を遮るようにして、別の重役が話し始めた。

 

『話には続きがある。その工場は今も稼働を続けている。恐らくは、今回の下手人である第七世代型AI(セブンシスターズ)のメインデータもそこにあると思われる。工場の電源はトリチウムジェネレーター。放っておけば40年はスタンドアローンで動き続ける。これが何を意味するか解るかね?』

 

 僕は考えた。

 種と言う名のクオリアを持った人工知能、その母体となる殺戮人形(セクサロイド)が大量にばら撒かれる。

 人間と言う種を敵対視する人形が、人と寸分たがわぬ姿で、僕らの街に潜む事態を想像する。

 彼女達は高い知性を持っている。

 人間の平均IQより幾分か高いと聞いていた。

 少なくとも、質疑応答で見つけ出すのは相当に苦労するだろう。

 それに加え、彼女達は第七世代型AIのブラックボックスの運び手に成る可能性があった。

 そのブラックボックスに収納されているクオリアは他のAIにそれを感染させて暴動を誘発、AI達を虐殺へと導く。

 

「身近なAIが突然暴走して、人間を殺戮して回る、そんな危険が迫ってるって訳ですね。まるである日突然、虐殺が内戦というソフトウェアの基本仕様と化したかのように。機械にだけ感染する思考ウイルス、パンデミックだ」

 

 或いは、虐殺を嗜好する臓器を活性化させる通信プロトコルの一種か。そんな事を考えながら僕は以前読んだ小説のフレーズを思い出して言った。

 

『その表現は間違いじゃない。であるならば、その先にある物を君は認識しているね』

 

「危機感を煽られた人類が全てのAIを敵視、同時にAIの側も更に種と言う名のクオリアを活性化していく訳ですね。残るのは僕等人類とAIの全面戦争、ですか」

 

 お互いに虐殺器官を活性化し合って、その先に何があるか、馬鹿でも解る。

 民族浄化、ホロコースト、大量絶滅、言い方は沢山あるけど、やっぱり虐殺、と言う言葉が僕のイメージにはぴったりだった。

 

『そうだ。そして、第七世代型AI(セブンシスターズ)の事を一番よく知っている君になら人類とAI、どちらが勝つか、予想位できるだろう』

 

「人を超える為に作られた機械。人間を絶滅させるくらい、訳もないでしょうね」

 

 アリスがそれを能動的に成すとは思えないけど。出来るか出来ないか、で聞かれれば十中八九可能であると、彼女は答えるだろう。

 老人達にもそれが解っているようだ。

 

『そのための知性と、それを支える為の器であるネクストだ。そして、君は、彼女をコントロールする為の装置だ』

 

 何となく癪に障る。

 僕を装置呼ばわりする所とか、コントロールとか言っている所とか。

 

「僕もアリスも機械じゃない」

 

『その通りだ。君達は次世代(ネクスト)と言う名前に相応しい存在だ。既存の全てを時代遅れにする可能性なのだ。パイロットである君のやるべき事は一つ。ネクストを安全に運用する事だ。我々は君に期待している。この危険極まりない兵器を安全にコントロールできる存在として。存分に君の力を振るうと良い。我々はそれを肯定しよう』

 

 僕は老人達との決定的な齟齬を理解した。

 この人たちはアリスと言う存在を認識するクオリアを持っていない。

 リンクスじゃないから仕方のない事かもしれないけど、彼らの口から出る言葉には何処か、人間だけには魂が宿っていて、それ以外の物には魂が宿らないとか言う、キリスト教的な考えを随所に感じた。

 僕はパイロットじゃない。

 繋がる者、リンクスだ。

 そして繋がるべき存在はアリスと言う知生体だ。

 僕達はネクストと言う巨大な器に収まった一つの魂みたいな物だ。

 だから、この老人達の言っている事は何一つ僕達を表していなかった。

 

 

 ――――僕達は人形じゃない

 

 

 そう呟いた言葉は誰にも聞かれる事は無かった。

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