ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
カウンセリングが終わってすぐに僕は呼び出しを受けて、格納庫に戻った。
僕は慌ただしく走る人々を縫うようにして走る。
ハンガーに続く道は、多くの部品で本来の道幅の半分くらいしかない。
なので、何時もなら行き交う人々で混雑するはずだったが、今は一方通行だ。
何故なら、緊急発進要請が来たからだ。
日頃、運動しているとはいえ、全力疾走によって体中の酸素が消費されていくのを感じる。
だけど、人工筋肉が仕込まれたパイロットスーツのお陰で体力の消耗を抑えられた。
足元の部品に躓きそうになりながら、ハンガーまでの全力疾走を走り切った。
ハンガーにたどり着くと、紺色の鎧を纏ったアリスが鎮座していた。
ガントリークレーンのタラップを通って急いで首の後ろにあるコックピット入口に取りついた。
無線リンク式のAMSでアリスは即座に僕を認識すると、頭部を前にずらし、ハッチを剥き出しにしてくれた。
ガコン、という重い音と共に、分厚いハッチが開いた。
即座に飛び込むと、薬品臭いシートに収まった。
『パイロット確認、認証開始。お帰りなさい。データ転送開始』
すぐさまA10神経系の接続が開始されると、データログに接続開始の文字が走った。
僕の視覚野に大量のデータ転送が開始された。
グリッチと共に視界に流れ込んで来る光の本流は、アッと言う間に僕の視点を地上9メートルまで持ち上げた。
「アリス、チェックナンバー1から42までの項目をスルーパス。残りを自動診断!」
『了解、緊急発進モード』
眠そうなアリスの声だったが、AMS越しに彼女も事態を察したようだ。
僕は素早くアリスの視点で、カメラを左右に動かす。
複眼式のメインカメラの輝きが左右に動く。
それと同時にアリスが、神経系の自動診断を終えた事を伝えてきた。
「視覚システム問題なし。セロトニン及びドーパミン系のニューラルリンク問題なし。リンクシステム、オールグリーン」
そう言いつつ、視界を僕の視点に戻すと、メインモニター横のスイッチを順に入れていく。
赤いスイッチ類は重水素ジェネレーター関連の物だ。
僕はそれを上げていくと、物理的安全装置が解除され、電気的にジェネレーターは起動可能となった。
「アリス、ジェネレーター始動準備」
『了解。システム、ジェネレーターのチェック工程を開始。
バシュッ、と言う音と共に、甲高い音が聞こえてきた。
機体内部の圧縮空気が、タービンに吹き付けられている音だ。
タービンの回る甲高い音が高さを増していくと、化石燃料がいよいよ燃焼室に放り込まれる。
小さな燃焼音だったが、ジェットエンジン特有の連続的な排気音だ。
『APU起動完了、ジェネレーターの起動準備に入ります』
「そっちは頼んだよ。こっちは姿勢制御系をチェックする」
『了解……』
僕は彼女の声を聞きつつ、姿勢制御系にAMSから起動信号を送る。
即座に制御系のシステムが応答、アリスが僕に制御権を移行させた。
制御系にAMSで直接スタビライザー制御信号を送る。
一瞬体が傾く錯覚を懐く。
僕の脊髄毛様体ニューロンとアリスの姿勢制御用ニューロチップのミラーリングによって即座に姿勢制御用スタビライザーを駆動。
直ぐに平行を取り戻した。
「リアスタビライザーチェック、サイドスタビライザーチェック、アッパーフラップ、チェック……」
そう言いながら、機体各所に取り付けられたスタビライザーのアクチュエーターを動かす。
その度に、カウンターを当てるかの如く反対側のスタビライザーが勝手に動く。
僕の脳髄が勝手にアリスの機体の傾斜を感じ取って、それをアリスがAMSを介してミラーリングを行い、姿勢制御系に反映、スタビライザーを動かしていた。
早く、上がらなければ、そう思いつつ次のチェック項目に移っていく。
「ジェネレーターシュラウド、チェック――――――」
重水素ジェネレーターを保護するシュラウドの機能は、動力部の保護と放射線の遮蔽だけではない。
この部品には開口部があり、PAを展開する際、同部分のディフューザーと言うフィンを開く。
それによって大気中にコジマ粒子を吐き出すのだが、そこが故障してしまうとPAが展開不能となる為、チェック項目の最重要部分の一つだった。
「ディフューザーチェック、インテークオープン」
コジマ粒子の流路であるフロントインテークとリアインテークが同時に開く。
同時に装甲に覆われていた円柱形の超電導コイルがむき出しになった。
動作は問題ない様だ。
これで安心して戦場に行ける。
『ジェネレーター、起動準備完了。炉心を隔離してください』
どうやらアリスの方も、起動前テストを終えたようだ。
「了解。インテーク、ディフューザー共にクローズド」
アクチュエーターの作動音が鈍い振動となって僕の体を揺らす。
そうして再びジェネレーターは頑強な
『ジェネレーター駆動開始…レーザー照射スタンバイ…減速材注入開始』
電磁ポンプの唸り声が聞こえてきた。
恐らく、コジマ粒子を充填している音だろう。
超電導コイルが励起する音もそれに混じって聞こえてきた。
重水素スタックがレーザーを受けて共鳴する音を立てる。
小さなパイプオルガンみたいな音だ。
『ジェネレーター出力20%。アイドリングモードへ移行。自立運転を確認』
「管制塔、上がる準備は出来た。何時でもどうぞ」
そう言ってハンガーの監視所に視線を向ける。
『了解、キャンサー1。メインゲート解放、今回に限り滑走路からの離陸を許可します。幸運を』
どうやらブリーフィングも無しに上に上げるらしい。
相当切羽詰まった様子だ。
そう思いつつ、格納庫を歩いて行く。
視界の隅に誰かの視線。
ユキたちがハンガーの隅からこちらを見つめていた。
あの二人組は地上待機らしい。
僕はそう思いつつ、夕闇に包まれつつある滑走路に出た。
轟音と共に滑走路を滑っていく。
巨大なプラズマトーチが滑走路を焼いていくのが解る。
それは僕の後ろでコンクリートが白煙を上げているからだ。
あの様子だと、舗装の張替えしないといけないだろう。
プラズマトーチで美味しそうなチーズみたいに沸騰する表面を見つつそう思った。
でも、許可は出ていたので僕は気にせず加速する。
一気に時速700㎞まで加速すると、メインブースターの角度を調整、そのまま機体を宙に上げた。
「キャンサー1、離陸完了」
『こちら管制塔、キャンサー1、そのまま進路2-1-5へ。コロニー京都方面へ向かえ』
「キャンサー1了解。進路2-1-5へ転進。高度2200、速力400ノットで向かいます」
眼下に広がる夜景はとても戦場の景色とは思えない位綺麗だった。
地面に星空が広がるようにして、大阪湾の形が浮かび上がっている。
三日月型の湾内には丁度満月が映り込んでいた。
停泊した船舶の影が何処までも伸びているのが見える。
それが揺れる水面に釣られて生き物のように泳ぐ。
ホットスクランブルの割に平和だ。そう思いつつ、高度を下げながら京都方面へ向かって行った。
匍匐飛行。
地面スレスレを飛ぶ僕とアリスは、高圧送電線の下を潜りながら進む。
敵、今は中立な自衛隊にバレないためだ。
『敵性レーダー波を探知、タイプ中SAM、Mk2。ECM及びEMPスタンバイ』
アリスがESMで敵性レーダー波を探知した事を伝えて来る。物騒な単語が聞こえた気がするが、気にしない事にする。
視界に映るHUDには照射元のグリッドが明るく光っていた。
勿論、此方のレーダーは切ってあった。
いわゆる、電波管制というやつだ。
これで敵の逆探に引っ掛からずに済む。
それに、ESMだけでも十分敵を探知できたし、敵のレーダーが此方を探知したり、攻撃用の物に切り替わればすぐにわかる。
そこまでの脅威が無いと判断した僕とアリスは、そのままの進路で目的地に向かって行く。
「今回は潜入ミッション。アリス、ドンパチは無しだ」
そう言いつつ、お前が言うな、と言う声が聞こえてきた気がするが、それは気のせいだろう。
『貴方が言うべき言葉ではありません。まぁ、今回はPAの使用許可が出ているので安心と言えば安心かもしれませんが……』
心配する様な素振りを見せつつキャロルが続ける。
『先行するレイセオングループの部隊から連絡が途絶えました。先ほどまで入っていた情報によりますと、密かに潜入していた同部隊が、地下生産工場を突き止め、突入したところで、所属不明部隊と交戦。部隊は壊滅状態に陥った様です。生き残りも立て籠もっていたようですが、恐らく……』
「“声”は使われたのか?彼女の仕業かどうか、確認は取れたのか?」
『解りません。部隊の大部分が混乱状態だったようなので…なにせ、非サイボーグ化部隊を中心でしたので練度的にも能力的にも厳しいかと』
「成程、生身の人間を向かわせたか。確かにナノマシンを使っていない生身なら“声”に耐性があるだろうけど…」
サイボーグ化した人間なら、戦闘用駆動データを脳髄にダウンロードするだけで、歴戦の兵士に早変わり出来た。だけど、生身ならそれこそ、何年も戦場を渡り歩かないと本物の兵士には成れない。
それに基本スペックも段違いだ。一発撃たれたら死ぬ兵士と、12.7mm弾を食らってもピンピンしている兵士。
どっちが強いか考えるまでもなかった。
僕なら、生身でサイボーグ野郎とドンパチするのは死んでも御免だ。
全身に複合装甲のステーキを貼りまくってニヤニヤしてるヤツ等がゴロゴロいる。
5.56mmのお礼に12.7mmが飛んで来る事間違いなし。
下手すると30mm機関砲のおまけまでついて来る。
つまり、生身の人間とサイボーグ化兵士を比べたらネクストとノーマル位の戦闘力の差があると言う事だ。
相手が只のサイボーグ化した野良軍人だっただけで、あっという間に壊滅させられるだろう。
「声を確かめる以前の問題か…」
『ですが、
「ああ、解った。座標を送ってくれ」
そうしてキャロルが送ってきた座標を見て、僕はため息を付いた。
――――僕の実家のすぐ近くか
何の因果だろうか。僕は、そんな工場の存在も知らずに暮らしていたのか。
そう思うと人間と言う奴はつくづく、見たくない物は見ないように出来ているのだな、と思った。
どんよりとした気分になりながら、国道に着地して、滑るようにしてビルの間を縫っていった。
その向こうには暗闇が広がっていた。
何処までも続く黒い道は、僕の過去まで続いていくかのようだった。