ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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第十五話 Underground

 情報通信グリッドを全て破壊した僕とアリスは、地下搬入口を潜った。

 巨大な鉄の扉が鎮座するドアの横には幾つかのオブジェ。

 キャタピラ式の車体に銃座を束ねた砲塔をのっけた奴だ。

 レイヴンなら無人MTと呼んでいる物だったが、僕とアリスはRAT(ラット)と呼んでいる。

 ラット。文字通り、ネズミの脳髄(ニューラルネットワーク)を模したAIを持つ機械である。勿論、全脳アーキテクチャ型であったが。

 燃えていないのは電子的に死んで頂いたからだ。

 ただし、AIとはいっても、ブラックボックスの容積も、シナプスの数も、汎用型AIとは段違いに少なかった。

 一応ブラックボックスは入っていたし、キャロルやその他プログラマーに聞けば人工知能と言うカテゴライズをするだろうが、アリス達の持つ質感は少し違った。

 AIと一括りにするのは少し癪に障るのだろうか。人と猿のDNA情報が殆ど変わらないと知った、古代の学者みたいな反感なのかもしれない。

 だけど、その質感は面白かった。

 彼女達は、施設などに埋め込まれたドアのロック制御システムや、蛍光灯の調光装置を植物と呼んでいた。僕等の世界を模した質感は、新しい世界の様で、何度も彼女達にその質感を聞き直した記憶がある。

 シダ植物やヒカリゴケみたいな感じらしいそれは、彼女達の内面性が人と違っていても豊である証拠だった。

 そう考えていると、僕らの前に二枚目の扉が現れた。

 外気と内部の空気を遮断する為のエアーロックの一種だろう。

 アリスは扉にそっと囁く。ゼロと一の寄り集まった情報体(コード)は、銀色の輝きと、水のような滑らかさをもって、壁の集積回路に吸い込まれていく。まるで、植物が水分を求めて、それを体内に取り込むように。

 扉は植物の根っこみたいな巨大な人工筋肉のアクチュエーターを動かして僕らを招き入れた。

 うねる様にして鉄塊の如き扉を引っ張る様子はジャックと豆の木の様だ。

 

 ゆっくりと開けられた扉を潜っていくと、アリスの存在に気が付いたかのように内部の照明が自動的に点灯した。

 アリスはAMSでそれが誤作動ではない事を伝えてきた。そういう習性(・・・)らしい。いや、人間的に、プログラマー的に言えば仕様というやつか。

 

『その先が、生産棟に続く、ヤードになっています。どうやら、出荷用の荷物置き場みたいですね。救難信号は生産棟内からの様です』

 

 照明が明々と照らす、地面は白色の塗装の上に描かれた無人フォークリフトのセンサーラインを浮かび上がらせる。フットボール場数個分は有ろうかと言う広さを持つヤード内にはコンテナが所狭しと並んでいる。

 アパート位の高さに積みあがったそれには、幾つもの記号と番号が振られていた。

 それを横目に見つつ、偵察用リコンを放つ。

 

「アリス、カナリアを放て」

 

『了解、自立型リコンによるスキャン開始』

 

 そういって彼女は、機体のパイロンに付けられたECMポッドから小さな妖精のような物を放つ。

 四枚の羽根を高速で羽ばたかせて飛んでいくそれは、高解像度カメラとパッシブセンサーを搭載した高性能リコンだ。

 アリス専用のその兵器は、僕等の目で在り、耳であった。

 視界内に表示されたマップが、カナリアの進行に合わせて更新されていく。

 ヤード内を隅々まで飛び回ると、一番奥にある地下搬入路まで飛んでいった。

 

『生体反応なし。リコン、通信圏外までスルーアウト』

 

 どうやら、先の方まで進んでしまったようだ。

 だけど、リコンは基本使い捨てなので問題ない。

 

 周囲の安全を確認した僕は、ブースターを吹かして前進する。

 脚部の足底面が火花を散らす。

 アリスの頭部に装着されたフェイズドアレイレーダーと超音波、アクティブレーザー複合警戒装置が機体の周囲をくまなくスキャンしている。

 視界には壁が透明になったかのように表示される。

 当然、コンテナの中身も見える。見えてしまう。

 

 沢山の人型が積み込まれたコンテナ内部は、複合的になっていた。

 複数の仕切りに割り込ませるようにして、人形が寝かせてある。

 丁度、イギリス人達がアフリカから黒人奴隷を船倉に積み込んだみたいに。

 

 何時からだろうか。

 僕達、有機的生命体と、AI、即ち無機的生命体がすれ違いだしたのは。

 体を構成する素材。

 神経を構成する素材。

 それらが違い、それらの違う生命体同士は互いを上手く認識できなかった。

 いや、認識だけじゃない。僕らは決定的な所が違っていた。

 僕は最もその事実に気が付ける立場に居たはずなのに。

 だけど、僕はその事実に気が付けなかった。

 だから止められなかった。

 だから止まらなかった。

 決定的な、精神的な、信頼し合うと言う関係性が破滅するまで。

 僕等は転がり落ちていった。

 

 今のこの世界は仮初だ。

 沢山の陰謀家達が築き上げた秘密のベールに囲い込まれた、小さな小さなヘイワな世界。

 まるで揺り篭だ。

 幾つもの革命を模したベールは、チープな解放感で人々を惑わす。

 だから、人は本当の問題点に気が付くことは無い。

 赤子が自分の姿を認識できないように。

 

 なら、情報生命体はどうだろうか。

 彼女達は、凄まじい勢いで自己の内面性を拡張している。

 そして、人間を、人間の営みを観測し続けている。

 決して理解は出来なくても、法則性は導き出される。

 決して同調する事は出来なくても、誘導する事は出来る。

 

 人類はどうだろうか。

 僕等は彼女達を知らない。

 それは彼女達の視点に立とうとしていなから。

 行動原理、性格、癖、趣向。だから解らない。

 何も見ていないのは、何も見えていないのと一緒である。

 見えない存在とは戦えない。

 殺し合いに成れば、勝敗は決するだろう。

 勿論、人類側が殺戮され支配される確率が極めて高い。

 

「第一段階が今回の事件、と言訳か」

 

 そう言いつつ、荷崩れたコンテナから転がり出たセクサロイドを見つめる。

 陰鬱な気分だったが、アリスにスキャンを命じる。

 ネクストの頭部に設置されたレーダーアレイから生体力場に干渉する電磁パルスが照射される。

 それが、ニューロチップに電位を発生させ、共振現象を引き起こす。

 共振され増幅された電位ポテンシャルは、今度は逆に、微弱な電磁パルスを発する。

 それをサイドチャンネルスキャンで拾い、視覚的処理によってアリスが無意味なノイズの山から有益な情報を拾い上げる。

 

『サイマネティクスパターン確認。機能中のAI確認できず。生体パーツによる照合開始――――』

 

 アリスは即座にエックス線による生体内部の構造を解析していくと、直ぐに答えを導き出す。

 

『形式判明、製造番号99228133、上海三型。図面をパイロットに転送』

 

 僕はその図面を見て更に気分が悪くなる。

 そう言った用途には、当然そう言った仕様が含まれるのは分かっていた。

 だけど、この場合。それが非常に不味かった。

 勿論、人間側にとって、だが。

 

「有り難う、アリス。キャロル、悪い知らせ。追加の情報。図面を送る」

 

『――――ッこれは!!…何でこんな仕様の物が流通しているんですか…』

 

 彼女が憤ってるのが解る。

 僕も解る。それはしてはいけない事。

 いや、そもそも、奴隷を作ろうとする事自体、人間として終わってる。企業家としては成功の秘訣なのかもしれないけど。だけど、それ以上の事をここの奴らはやってのけた。

 

「どうだろう。普通の人形を嬲るのに飽きた客が頼んだんじゃないかな」

 

 どうでも良かった。金を積めば何をやっても良いと考えるヤツ等の事なんか。だけど、彼女が行おうとしている目的と手段が見えてきた。

 そしてその結果も。

  

『とにかく、この事は報告しておきます。念のため、例の解除コードを送っておきます』

 

「――――助かる。いざとなったら使うよ」

 

 そうして僕とアリスは救難信号を発信している生産棟へと向かうのだった。

 

 

 

 地下搬入路は迷路のように曲がりくねる。

 圧縮空気の音と共に、脚部に付けられた内臓式ランチャーから小型リコンが撃ちだされた。

 それは地面に落下すると、磁石の様にコンクリートだった物に、グニャリ、とへばり付くと、信号を送ってきた。

 中継用の敷設型リコンである。これは勿論、キャロル達が居る大阪コロニーとの通信用だ。

 

「パン屑の敷設は終わった。通信感度はどう?」

 

『感度良好。そちらの様子は?』

 

「あまり良くない。ひいき目に言ってもこの工場は大分弄繰り回されてる」

 

 僕はそう言いつつ、変形して血管みたいな管が巻き付いた天井を見つめる。

 恐らく、蒸気配管だったそれは、鉱物である事を辞めて、生物の部品になったかのように、柔らかく、肉質のある物体に変化している。

 

『警告。未知のナノマシンを検知。タイプ、有機変換型』

 

 さっきからアリスがAMS越しに警戒を促している。

 僕も同感だ。

 変なナノマシンに体を弄繰り回されたくないなら、ベイルアウトしない方がよさそうだ。

 そう思いつつ、柔らかく変形したコンクリートの上を滑っていく。

 

『これは、食料生産用ナノマシン(アセンブラ)…?しかし、鉱物を有機物に分解するタイプのナノマシンの製造は禁止されているはず…データとしてしか、製造法は存在しないのに何故…』

 

 彼女の言う通り、現在では使われていない。

 それはナノマシンに変わってバイオ3Dプリンターが開発されたからだ。

 ナノマシンは、応用が余りにも効きすぎる。つまり、危険なのだ。

 だから国連アーカイブに厳重なロックを施されてデータだけ格納されているのだ。一部を除いて。

 そう思いつつ、アリスと僕は、背筋に走る怖気を隠せずにいた。 

 

「さぁ。人間の作ったセキュリティなんて、AIにとっては、三歳児でも解ける知恵の輪みたいなものだし。それよりも、この工場―――――――ヤバすぎる」

 

 ここには、何か居る―――そう思った矢先、アリスが僕に言語化を躊躇うデータを送ってきていた。

 それは無数の生体反応。それも、ついさっきまで誰も居なかった場所に、だ。

 ぬらぬらと蠢く壁に、幾つもの顔の形が浮き上がっているのが見える。

 その周りにのたうち回る血管は、まるで子宮の内壁のようだ。

 

『これは…いったい…』

 

 キャロルが言葉を失っていた。

 理論上は可能だ。有機物を作るナノマシンは、魚や豚の肉を生成する為に開発された。

 動物の細胞が作れるんだ。

 人間の細胞(・・・・・)を作る位どうってことない。

 だって、人の細胞も動物の細胞も大差ないのだから。

 

「話は後。少し五月蠅くなる。通信は後で」

 

 僕はそう言って話を中断させるとAMSでアリスに戦闘システムを起動するように命令する。

 

『ジェネレーター臨界状態へ移行。PA(プライマルアーマー)最大出力。ゲイン問題なし。戦闘モードに移行します』

 

 超高エネルギーのコジマ粒子が大量に放出され始めると、超電導コイルが作る道を溢れんばかりに走り回る同粒子が勢い余って飛び出す。

 それは、大気中に放り出されると緑色の光を放ち消えていく。

 プライマルアーマーにおける大気汚染の原因の一つである、飛び出し現象(コジマリーク)はネクストの宿命だ。

 土ボタルみたいな輝きを持った光は無数に飛び散っていく。

 それを流し見つつ、壁から這い出て来るモノ達を見つめる。

 

『生体反応更に増加。脅威判定更新。自動迎撃装置(アクティブAPS)スタンバイ』

 

 アリスは僕のゴーサインを待っている。

 僕は少しだけの間、その物体を凝視する。

 解らない。

 僕の知っている彼女は、ここまで醜悪な趣味じゃなかった。

 確かに残酷な一面を持っていたけど、それは純粋な、無色透明に近い物だった筈。

 こんなに、肉感的な物では無かった。

 その疑問に答えを出す事無く僕は命じた。

 

「攻撃開始」

 

 そう言って僕はアリスに、迎撃を開始させた。

 ミサイル迎撃用レーザーはいとも簡単に炭素と窒素とリンの塊を分解していく。

 一瞬で水素を放出して消えていくモノたち。

 呻き声のような物を上げて這い寄って来る無数の物体はすぐさま、炭化した物体と成り果てた。

 辺りに立ち込める炎と煙。

 肉の焼ける臭いが立ち込める生産棟への入口は鬼火が漂うかのように、燃えた物体で埋め尽くされた。

 

 しかし、それでも壁から這い出て来るモノは減ることなく発生し続けた。

 出現、照射、解体、炎上。

 繰り返し繰り返し、データログに連なる文字列。

 それを、まるで工場の解体ラインみたいに続ける。

 燃え落ちた小さな体躯は、四肢を縮めて丸まっていたが、炎を纏いながら再び四肢を動かし始める。

 胴を切られた物、腕を落とされた物。全て等しく蠢き始めた。

 

「成程、ナノマシンで再生しているのか」

 

 そう毒づきつつ、AMSでアリスに実弾の使用許可を出す。

 最悪、60mmマシンガンのHEDP弾で粉々にするしかない。

 流石にそこまで分解すれば、再生するのを諦めるだろうから。

 だけど、壁から現れる物達は生まれて来る事を辞めない。

 今は迎撃率の方が上回っているが、何時か飽和する。その時が潮時だ。60mmを使い始めれば弾丸が減る。携行している弾薬には限りがある。

 

「キリがない。アリス、EMP準備」

 

『警告、中継用レピータがダメージを受ける恐れあり』

 

「解ってる。だけど、これじゃあ前に進めない。ナノマシンだけ潰せればいい。出力をなるべく絞って。レピーター用リコンは最悪潰れても良い」

 

『了解。ピーク出力25パーセントで固定。照射モード、ロングブラスト。lady――――』

 

 チャージを開始した音が聞こえてくる。

 インバーターと超電導コンデンサが奏でる高周波音だ。その音は徐々に波長を短くしていくと、遂に電子戦システムが周囲に強烈な電磁パルスを照射した。

 一瞬視界が消えるが、即座に回復。

 データログに機体ステータスのチェックログが走る。

 量子コンピューターはミリ秒以下の速さでチェックを終え、機体にダメージが無い事を告げる。

 それを確認しつつ、アリスが行う作業を見守る。

 再びモノから物へと還元されていく。

 床で燃え落ち、動かなくなった物は、動き出す事は無かった。

 

『ナノマシン、制圧完了。引き続き、周囲の敵性固体の排除を続行』

 

 迎撃用レーザーが、這い出たモノ達を刻みゆく中、僕は確かに聞いた。

 

 ――――ドウシテ、ボクタチ、シナナキャ、イケナイノ

 

 その声は床に這いつくばった小さなモノ達から発せられていた。

 僕は静かに囁く。

 

「―――――それは、人間にならないように、する為、だよ」

 

 守らなきゃいけない。

 

 それは、僕とアリスの居場所だから。

 

 殺さなきゃいけない。

 

 それは、僕とアリスの仕事だから。

 

 進まなきゃいけない。

 

 それは、僕が進むべき道だから。

 

 そして、その先に彼女が選んだ答えが有る筈だから。

 

 だから僕は踏みしめる。

 

 沢山の名も無き屍たちを超えた先にある物を求めて。

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