ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
焼けた臭いと言うのは、物体の最終段階であると何処かの科学者が言った。
だけど、僕にはそれ以上の意味があると思う。
そう思いながら、ネクストから送られてくる化学物質情報を、アリスが有機的データに変換して僕に送り付ける。
それを受け取った僕の脳髄が、記憶データ領域内の質感を参照して、僕の自我で再生させる。それがニオイの正体だ。
何時も参照される質感は、とても古い質感だ。
肉の焼ける臭い。その臭いを初めて嗅いだのは僕が四歳の時だった。
あの時、母さんが死んで、沢山の人達が来たのを覚えている。
同僚の研究所の職員や、遠い親戚。皆、一様に黒い服を着ていた。
当時、僕の脳髄には喪服と言う情報がインプットされていた。
だから、黒い服を着ていると言う意味を理解できた。だけど、僕は、母さんしか知らなかった。
僕の中にはそれ以外の人間の顔が記録されていなかったから、何処か不思議な感じがした。
沢山の他人が、母親の為に集まると言う事、その質感情報は、その時初めて知った。
そして、大好きだった母さんが、醜悪な臭いに変換されると言う質感も。
火葬とは人の肉体が空気中の酸素と結合して炭素に変化する工程だと言う事を、当時の僕は理解していた。
だけど、その臭いの質感までは理解できていなかった。
それは僕の中に参照すべき記憶が無かったから。
でも今なら分かる。
ヒトの焼ける臭い。それは戦場の臭い。
その臭いは四歳の時から僕の魂に染みついた。
だからだろうか、こんな人殺しの仕事を平然と熟せるようになったのは。
「――――余計な事を考えている。緊張しているのか」
そう自分に呟いて、薬品臭いコックピットで手を握りしめた。
僕はもう一度、過去と向き合わなければならない。
だから、僕は過去に背を向け、今を見つめる為に瞳を固く閉じた。
地面を擦る音が振動となって体を揺らす。
アリスが脚部に内蔵されている振動吸収機構を以てしても振動を抑え込む事は出来ない。それだけ、安定性が低いと言う事でもあったのだが、それ故に高速、高機動を誇るとも言えたので、痛し痒しと言った所だろうか。
生産棟の入口を制圧した僕等は、救難信号を目指して更に奥へと進む。
キャロルも僕も口数が少なくなっていた。それは、その先に待ち受ける物が、人間にとって良くない物であると本能的に解っていたからかもしれない。
ナノマシンという魂を失って脈動を辞めた蒸気配管は、死んだように天井から垂れ下がる。それはまるで、洞窟の天井から生える鍾乳洞の様に見える。
地面の蠢きは既になく、AMSから送られてくる情報を纏めると、周囲の脅威は排除されていたようだ。
アリスの完璧な仕事の後を眺める間もなく機体は時速600キロちょっとで疾走していく。
流石に天井が低いので乱流が派手に舞っている。床に転がった黒ずんだ物達を巻き上げていく風は竜巻みたいだ。
少し抑えめに吐き出されるプラズマトーチの光の残滓が暗闇に包まれたホールを照らし出す。
流石に、調光用AIは、アリスが発した電磁パルスに耐えきれなかったようだ。天井裏の電気的生命体はその脈動を辞め、漆黒の天井に飲み込まれていた。
『この先には、生産プラントを管理する区画が有る筈です。恐らくは救難信号もそこから…』
キャロルは、無事であれば生存者も居る、とは続けなかった。
流石に先ほどのナノマシンによる浸食を受けている可能性が有ったからだ。
プライマルアーマーに包まれ、最新鋭電子兵装の塊であるネクストであるなら、どうと言う事は無い。だが、生身ならそうは行かない。皮膚に接触してしまえば、人食いバクテリアよろしく、文字通り生きたまま分解される。
体をサイボーグ化した兵士なら、セラミック製の鎧を着ている為、分子分解されにくいと言う特性が有ったから、生きているのならそちらだろうと僕は思った。
だけど、幾らセラミックが分子結合が強くて分解されにくい物質だとしても、浸食を何時までも退けれる訳じゃない。
装甲が施されていない呼吸器などに侵入されれば内側から喰われる事に成るだろう。
安全に生き残るにはACなどのNBC兵器に対応した密閉構造の乗り物に乗っている必要がある。
だけど、この場合、サイボーグと同じくハッキングの脅威から逃れられない。
自らの通信装置を破壊したって、サイドチャンネルは無くならない。
無機的集積回路然り、有機的集積回路然り。
集積回路を使っている以上、その脆弱性は付いて回る。その事実は国家解体戦争が始まる以前から指摘されていた事だ。
全ての通信用ドライバーとOSがぶっ壊れて文鎮になったリンゴマークの携帯電話を簡単に修理した情報生命体の言葉を借りるならこういうことだ。
――――瞳は閉じれても、
青い視界に見える風景を眺めながら、かつて彼女が囁いた言葉を思い出していた。今思えば、彼女は認識していたのだろう。機械と同じように、僕等もまた、電気的活動を行う、有機的処理装置の上に乗るAIと同じであると。
◇ ◇ ◇
生産プラントの制御区画。
銃撃音と、怒声が飛び交う。曳光弾の裂けるような音は、兵士達のすぐそばを必殺の威力を秘めた弾丸が通り過ぎた証拠だ。
それを気にせず銃身だけ壁から覗かせて反撃する兵士。
弾丸が発射される音と共に、床に散らばる薬莢の金属音が木霊する。
「おい!ジャクソン!そいつを黙らせろ!さっきのヤツに気付かれた!クソ!奴め、20mm機関砲をもってやがる!」
限界まで地面に這いつくばり、重金属の暴風雨に必死に耐える生身の兵士は、叫び声とも取れる声を上げて怨嗟の言葉を吐き散らした。
その近くで叫び声をあげてもがき苦しむ兵士を抑え込む兵士は防毒マスク越しにくぐもった声で叫ぶ。
「モルヒネはもうねぇのか!おい、誰か!モルヒネもってねぇか」
奇怪な肉の塊になりつつあるそれは、既に兵士の形を失いつつあった。
「残り、四本。これで全部だ」
そう言って巨体を揺らして近づいて来る兵士。その体には無数の弾痕と思わしき後。鈍い輝きを湛えた鱗を纏った姿。
その巨体に礼を言う代わりに手からペン型注射器を取り上げる生身の兵士。礼も言わない態度に顔を顰めようとするが、その男の顔は複眼式の赤外線センサーで埋め尽くされている為、表情はうかがい知れない。
何か言おうとしたサイボーグ兵士の後ろで即座に爆発。赤と白、ストライプ模様の兵士だった物体が大量に飛び散った。
もうもうと砕けたコンクリートの煙が立ち込めるその場所に、ズシリズシリと、巨体が歩いてくる音がする。
呆けたように見つめる生身の兵士を尻目に、サイボーグ兵は反射的にM2ブローニングを構えた。装着されたレーザーポインターが目標を捉える。
刹那、その先に現れる複眼式カメラの赤い輝き。彼の敵も同時に照準用レーザーを点灯。
赤い光の帯は交差――――――即座に轟音。
―――――ッヴォオオオオオ
巨大な弾丸が一瞬にしてサイボーグ兵に殺到する。大柄な体躯を持ち、全身にセラミックの鎧を着こんだ兵士は、強風に煽られた木の葉の様に宙を舞う。同時に、砕けたセラミック片が、煙の様に立ち込める。
無数の巨弾を辛うじて鱗が受け止めるが、既に剥離した装甲板はバラバラになって周囲に飛散。落下した音と共に、再び戻る静寂。
「―――ゲホッ…自動人形……か」
循環用オイルを口から吐き出すサイボーグ兵は弾き飛ばされた重機関銃を取ろうともがくが、既にその伸ばした腕から先は無い。
その間にも鈍い足音は迫って来る。
土煙の中から現れたのは2メートル以上の巨体を誇る二足歩行型自立兵器だった。
手には6砲身式のガトリングを構え、肩には軽迫撃砲が見える。背中には大型のドラムマガジン。
正しく、歩く戦車と言った風体のソレは、ゆっくりと、サイボーグ兵を観察するようにして近づく。
近くに居た生身の兵士達は、気が振れたように叫びながら射撃を加える。
だが、虚しく巨体に弾かれた。まるで雨粒が傘に弾かれるかの如く。
生身の歩兵が携行できる兵器など、豆鉄砲と同じ、と言わんばかりに堂々と歩きつつ観察を続ける自立兵器。
黒光りするボディーに付けられた唯一の創は、50口径徹甲弾が付けた弾痕だけだ。
炭化タングステンコアの弾頭もセラミックに阻まれ、それも致命傷に至らなかった。
お礼と言わんばかりに、今度は生身の兵士に20mm機関砲の嵐をお見舞いした。
発射音はまるで獣の咆哮。小瓶程のある薬莢が辺り一面に散らばっていく。砲炎と共に吐き出される硝煙の白い霧は辺り一面を覆う。
何時のまにか周囲に静寂が戻る。
床に散らばる赤黒い物体、それは粉々にされた兵士だった物。それに紛れて呻くサイボーグは毒づく。
「人間みてぇに笑うんだな。自動人形の分際で」
頭部に装着された放熱フィン、それは歪に吊り上がっていた。
ガシャリ、と巨大な6門の砲身を兵士に向ける。
赤いレーザーの帯が男の眉間に合わさる。
遂に、ここまでか、と思った矢先―――――
―――――――――――ズガァァン!
轟音と共に分厚い隔壁に大穴が開く。
音速の七倍で突き抜けていく侵徹体、それは一瞬で隔壁と自立兵器の上半身を串刺しにした。
120mm滑腔砲の放つエネルギ―を命一杯受けた劣化ウラン製の弾体は、自立兵器の耐弾装甲を胴体事粉々にすると、反対側の隔壁にも大穴を開けた。
まるで榴弾の直撃を受けたかの如く、衝撃と土煙が辺り一面を覆い尽くす。
その奥で巨大なオレンジ色の光がギラリと輝く。複眼の輝きが寄り集まったそれは、先ほどの自立兵器が発していた数倍はあろうかと言う大きさ。
その光は無残にも足だけしか残らなかった自立兵器を照らし出す。
「まさか、こんな地獄で、お前に助けられるとはな……
サイボーグ兵が、今日は厄日だ、と言わんばかりに呟く。巨大な頭部と思わしき物が隔壁に空いた穴から覗き込むと、オレンジ色の光が周囲を明るく照らした。
『今日はそっちが死に損い、サイボーグ野郎。賭けが外れた』
「そりゃ、結構。山猫に一泡拭かせる事が出来るなんてな。生きてりゃ良い事もあるもんだ」
そう言いつつ、サイボーグは身を起こす。
『損害は?』
「良くないな。俺ともう一人、
『了解、自動修復は効きそうか?』
サイボーグ兵は、太もものポーチから大型のペンライト型注射器を取り出す。それを徐に腹に突き刺す。修復用ナノマシンが体内に注入されていった。
「ダメ元で自動修復を始めるが…余り期待はせんでくれ。大分やられた。正直駆動系が治るかどうか微妙な所だ。取り合えず此方の情報を渡す。チャンネルオープン」
『AMSで確認した。一端上に報告する』
「助かる。こっちの通信システムはナノマシンでズタズタにされた。歩兵の大部分もアレに食われた。正直、死ぬかと思ったぜ」
『油断は禁物。まだ、地獄の一丁目には変わりない。アセンブラはEMPで念入りに焼いたが、深層部分に潜んでいる可能性もある。接触汚染には注意した方がいい。それに、まだ親玉を殺してない。何処かに潜んでる』
「あれの親玉か。想像したくないな」
『その、想像したくない奴と一戦交える。荷物を纏める準備をして。企業が救援を寄越す』
そりゃ、結構な事で。とサイボーグ兵が続ける。
修復がある程度できたのか、男の四肢には力が戻って来る。
何とか下肢に力を入れ、膝立ちになる。
『敵がすぐそばまで来てる。迎撃態勢を。デカいのはこっちで殺る。細かいのは出来る限り排除するが、抜かれるかもしれない』
「―――フン。リンクス何ぞ当てにしてないさ。こっちはこっちの仕事をする」
『了解、幸運を―――』
そう言うと、煙の向こうに見えた巨人は去っていった。