ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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第十九話 機械と人間

 夜も深くなり、すっかり闇に包まれるコロニー大阪。

 数年前の国家破綻以前では考えられない程の暗闇に包まれる繁華街。

 幾ら、企業の支援があると言っても電力不足は深刻であり、生産基盤を支える以外の余分な電力は極力使用を控えさせられている証拠でもあった。

 明りと言うのは経済活動の活発な場所には多く存在する。

 それは人の営みが消費経済の一部を担っている証であったが、未だに多くの暗闇を残すコロニー大阪は、所属する国家の破産と言う未曽有の災害から抜け出せていない証拠でもあった。

 その中で例外と言えば、企業連合の基地にある明かりぐらいだ。

 整備用ハンガーは夜中と言うのに明々と電気が付いていたし、警備に当たっているノーマルACから出されるサーチライトもそれに混じっている。

 巨大な80mmライフルに付いたレイルシステムの上に乗った高出力ライトは、スリットによって明るさを調節されており、その光の帯は長さ数キロにも及ぶ滑走路を端まで照らしていた。

 その先に夜の帳が降りていた。

 闇夜輝く光の帯、それはネクストの放つプラズマトーチの輝きだった。

 

「行っちゃったね」

 

「忙しいなぁ、にぃやんも。ありゃ、早死にするタイプやな」

 

 出撃した先で鴉に喰い殺されるリンクスは結構な数が存在したし、それ以外の要因、機体トラブルに巻き込まれ、ベイルアウト後、企業連に恨みを持った現地住民に殺されたと言う話は枚挙に暇がない。

 

「そんなことないよ~。鈴音くんなら大抵の事は切り抜けられるよ」

 

 縁起でもない、と隣に居たマヤが否定するが、論点が違う、とユキが訂正。

 

「いや、なんつーか、戦闘での心配てゆーより……ネクストって寿命縮めるって噂やん?あんだけ飛行時間長かったらネクストに結構寿命持ってかれとるんちゃうかなって思うんやわ」

 

「コジマ粒子ってそんなに体に悪いって話だっけ…?」

 

「まぁ、企業の説明やと、影響はコントロールできるって話やけどさ。今一信用できへんわ」

 

 そう言いつつタブレット端末を見せる。

 そこにはミッションごとの報酬の詳細が乗っていた。

 戦闘評価、武器使用頻度、敵への推定ダメージと実測値の乖離、パイロットの心拍数。

 その他無数の戦闘情報に値段が付けられている。

 ユーロネクストのパイロットも基本はレイセオングループと同じであり、戦闘で如何に価値のあるデータを採取するかにその存在意義が掛かっている。

 その値段、それは言い換えると企業がどの情報に価値を見出しているか、に他ならない。

 ユキはその値段表の一番下をタップする。

 するとそこに表示される文字列。

 

「―――戦闘後のバイタルデータの変化…?」

 

 一見すると只の健康診断に見えるその情報。

 だが、その横には破格の値段が連なる。

 

「こんな健康診断モドキにゼロを幾つも付ける企業を、うちは信用せんほうがええと思うな。まぁ、アコギなどこぞのブラック企業みたいにソレさえもケチって金払わないってパターンじゃないだけマシかも知れないけど」

 

 そう言いつつ、彼女は何時もの5割増しの密度になっているノーマルAC群を見つめる。

 軽量級、中量級、重量級。それに加え、局地戦用のキャタピラ型まで存在した。

 明らかに何かに怯えるようにして存在するそれらの兵器群。

 彼女達にはその詳細が一切知らされていなかった。

 

「確かに、企業って何かと隠すイメージあるけど…」

 

「ま、企業はケチやからね。うち等にはびた一文もやらんって感じなんやろ」

 

 そう言いつつ向ける視線の先には無数の垂直離着陸(VTOL)機。

 整然と並ぶそれらの横には慌ただしく兵士達が行き来する。

 普段、そう言った様子を目の当たりにしている彼女達にならそれが只の日常的な整備では無いことは一目瞭然だった。

 だが、企業から何も説明はない。つまりは―――そう言う事、と彼女は理解した。

 

「でも、まぁ、情報をタダで貰えると思ってる訳でもないから別にええんやけど。世の中、欲しい物は取りに行かんと永遠に手に入らんからなぁ」

 

 そう言いつつ、基地内で最も明りが煌々と灯る場所に踵を返す。

 

「もぅ。またあそこに行くつもり?私、間違えられるの嫌なんだけど…」

 

「大丈夫大丈夫。今日は迷彩服着てるし、靴も軍用。それに、これも持ってるし」

 

 肩に下げたライフルがギラりと輝く。

 

「確かにそうだけど…大丈夫かなぁ」

 

「臆病やなぁ。折角リンクスなったのに―――――ってあれ?」

 

 その視線の先には、巨大なトレーラー。

 黒に塗りつぶされた車体には赤い交差したラインで描かれた企業のロゴマーク。

 それが連なって空港のゲートを潜っていく。後ろには大量の土煙、それが狼煙のように舞い上がってく。

 

「レイセオングループ?こんな時間に―――?」

 

 企業直轄部隊の移動事態は珍しくない。だが、深夜に空港に大挙して押し寄せる理由が見当たらない。

 その理由を探していると、先頭の車両が停車する。

 与圧されていたのか、エアーロックが解除される音が木霊すると、観音開きの後部ドアが重々しく開く。

 まるで動く巨大な金庫の如く装甲が施されたトレーラーの扉は肉厚なセラミックとチタンの塊だった。

 機関砲やロケット砲、果てはIEDと殆どの非正規(ゲリラ)戦で晒される脅威に対抗した結果、恐竜の如く肥大化した防御系は戦場と言う世界が如何に過酷かを物語っていた。

 そして、外身が肥大化すれば対応する形で中身も肥大化するのは自然界ではごく普通の出来事。

 それを肯定するような金属の床を鳴らす重い音。明らかに重武装を施された兵士のそれは、少し離れた彼女達の耳にも届いた。

 恐らく人間では不可能なほどの重量であろう。

 それもその筈、彼らの四肢にはパワーアシスト系の骨格が見え隠れする。

 

「アレは――――――パワードスーツ?でも…」

 

 そう言いつつマヤの視界の隅にはAMSリンクシステムの反応が有った。

 一般的な兵士はリンクシステムをC4Iなどに頼っていた。

 だから、彼らからAMSの反応がある事自体がおかしな事であり、それはリンクスと同じく脳神経を直接機械へ接続できる人間である事を示していた。

 

「強化兵。文字通り外身も中身も改造済みの兵士。にぃやんと同じレイセオングループの尖兵ってとこやな」

 

 マヤはその生々しい機械化を目の当たりにして不快な気分になるが、その根源には思い至らず、言葉を続ける。

 

「どうしてパワードスーツなんて便利な物があるのに、中身まで機械にしちゃうのかな」

 

 彼女の言う通り、パワードスーツを使えば重火器や全身をセラミックの装甲で覆うことが出来た。

 だから、彼らの過剰なまでの機械化は理解の範疇の外側にあった。

 

「そりゃ、簡単やろ。相手が生身ならパワードスーツ着てる方が勝つやろうけど、お互いパワードスーツ着とったら、中身の性能で勝負が決まるやん。戦場はパワーがある方が勝つんやから、機械化率が低い方が負けるのは想像できるやろ?」

 

 確かに、と彼女は思った。戦場では炸裂した砲弾が発生させる小さな破片一つで死に至る。そんな砲弾が何万発も頭上を飛び交うのだ。それが一発でも近くに着弾すれば、それが更に数万もの破片となって兵士を襲う。もう、それは死の倍々ゲーム処では無かった。非装甲の人間と言う脆弱な肉の塊は、まさしくソフトスキンと言う名前に相応しい弱さだった。

 だが、それでも兵士は戦場で重要な部品であり続けた。それは、一重に戦場の決着は歩兵が制圧する事によって成されるからである。戦車もACもネクストも、それを取って代わる事は出来ない。精々が、味方の歩兵の損害をなるべく少なくする事位である。若しくは敵の歩兵の殲滅、それが兵器に求められる本質であった。

 だから、歩兵は危険な前線に出張らなければならず、戦車やAC、ネクストはそれを守らねばならなかった。だが、敵はそれを承知で歩兵の損害を増やさんとすべく、非正規対象戦、つまりは地雷やIEDなどで攻撃してくる。

 さもなくば、大量の砲弾やレーザーによって一瞬でソフトスキンの目標である歩兵は制圧されてしまう。

 近代国家、とりわけ民主主義の始まりがライフル銃と、ライフル歩兵であったように、近代戦における中心的役割を担っている存在をそうそうホイホイと使い捨てる訳にも行かなかった。

 幾らAIによる自動化兵器が戦場に発達したとしても、である。価値は減じても零にはならない。企業からすれば少しお値打ちになった位だ。

 だから企業は歩兵用のパワーアシストスーツを開発した。

 その発展形に無人二足歩行兵器やノーマルACが有ったのだが、彼女には訓練校時代の遺物であるそれらの知識はすっかり抜け落ちていた。

 代わりに浮かんだ疑問、それはどうして人はそこまで人を前線に出張らせるのか、である。

 

「でもそこまで機械化するなら、もう、戦場に人間は必要ないんじゃないかな。だって、神経も体も脳髄まで機械化しちゃったら人間の部分残ってないよね。人間も機械も見分けつかないじゃん…」

 

 まるで解り切った事を、そう、白い色を白と言ったかの如くであるが、それを逆に面白そうに見つめるユキ。

 

「マヤは分かってないなぁ。まぁ、確かにそうやわな。それが一番無駄ないねん。ノーマルACだってコックピット削って無人にしたらもっと大きな慣性に耐えれるし、小型化できるやろ?人間やったら横向きに10Gとか耐えられんけど、誘導ミサイルは50Gの運動機動なんて朝飯前や。だから変態機動出来る有人兵器筆頭のネクストはコジマ粒子使った慣性制御なんて大仰な装置をもっとる訳やし。ネクストは矛盾の塊やねん。いや、有人兵器自体がもう無駄なんや。矛盾しまくっとる。だけど、人間はそれを辞められんのや。他人を、いや、モノに不信感を懐く事を」

 

 マヤは解った様な解らない様な、複雑な表情をする。

 

「うーん、そんなに信用できないのかなぁ。機械って」

 

「ほら、うち等の客でもおるやろ?飲み屋に結婚相手探しに来て、元娼婦やと解った瞬間、人間みたいに扱わんヤツ等。あれと一緒やん。要は、集団として信用されて無いねん、人工知能は」

 

 行き成り身近な、具体的な例を出され思わず苦笑いするマヤ。

 

「ま、まぁ、古風な考えの人が相手の出自や経歴を気にするのは仕方ないよ。そう言う世界なんだし――――それより、あの人達、兵舎の方に行っちゃうよ?何しに行くのかな」

 

「ん?ああ。ブリーフィングじゃない?あそこ、企業の極秘回線(シーパネット)繋がってるみたいだったし」

 

 各々、巨大な獲物を軽々と持ち上げながら、兵舎の玄関を潜っていく姿を見守る。

 

「それより、早く行くよ?情報は待っててもやってこないぞ~!」

 

「も、もう!ユキは情報屋(トレーダー)情報(ネタ)を売りに行くだけでしょ~?」

 

 わはは、とユキが笑う。

 

「そうとも言う!いいじゃん、情報は仕舞い込んでてもお金にならないし!」

 

 そう言いつつマヤの手を引いて、煌々と明かりが灯る建物に歩いて行く。

 その後ろでは、単発のジェット戦闘機がアフターバーナーの輝きを残して離陸していく。

 大量の化石燃料の残滓は白い光の帯となって消えていく。

 それが続々と夜空に舞い上がっていく様子は地上から空に落ちていく流れ星の様であった。 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 爆撃隊が出撃して丁度一時間で、彼らに離陸命令が下った。

 元アメリカ空軍の集団であるPMCには敵防空網制圧(SEAD)を専門としている人間達が沢山居た。

 その為、爆撃任務に先立って、敵地に派遣される機会が頻繁にあった。

 今回もその例に漏れなかった。

 航空機にとっての最大の脅威は今でも現役で存在し続ける地対空ミサイルだったからだ。

 これらのミサイルは長距離用のものであれば、有効射高が3万メートル程に達し、有翼機の限界高度をいとも簡単に超越した。勿論、回転翼機の最高到達高度程度など、モノの数に入らない位、桁違いだ。それに加え、弾道弾迎撃用ミサイルであるSM-3などを含めれば射高は数百キロ程度まで上がる。既にそこは宇宙空間で在り、時速二万四千kmの速度で飛行する低軌道衛星をも狙える高度であった。

 高高度でこれらの脅威を避ける事は物理的に不可能であった。

 だからこそ、電子戦機が出張るのであり、丁度、離陸を終えたF-16もその部類の電子機器を搭載した物であった。

 外見からでは解らない装備は、今でも兵器の核心的脅威度の中核を成していた。

 

『ウィーゼル1-1、進路2-1-2へ。速力150ノット、高度18000フィート』

『こちらウィーゼル1-1了解。速力150ノットへ増速。空域はクリア、だが、下は五月蠅そうだ』

 

 そう言ってコックピット内の多目的ディスプレイを見つめる。

 そこには無数の光点(ブリップ)。RWRが受信した電波信号が、距離と方位に分解され、再び電子戦術システム(TEWS)が位置情報に組み直した結果が表示されていた。

 出力された情報には周波数や、スキャン間隔、電波特性を、過去の情報収集活動(シギント)から割り出された敵の使用レーダーの種類が表示されていた。

 これが、かつてのアメリカが誇る武器の一つであったが、残念ながら誰の目にも止まらない位、地味な物であった。

 パイロットは、アリスが言う所のAIに該当するシステムがはじき出した情報を見つめつつ思考する。

 何処から侵入して、何処を破壊し、何処から抜けるかを。機械が与えた情報を元にして。

 今や、電子機器無くしては戦い足りえない。

 それは、遥か昔に起きた海戦と全く変わりなかった。

 それを持たぬ軍隊は例外なく負けてきた。

 機械が齎す情報は人の感じる事の出来る遥か上を行く。

 数百キロ先の敵機の数や高度と速度、形すら判別可能である。

 人間の肉眼では到底不可能なレベルの情報収集能力である。

 しかも、電磁波での情報は太陽活動が無くなった漆黒の暗闇でも変わらぬ精度を誇った。

 だから、過去の戦いで、電子戦で負けた軍は敗北してきた。

 ヒトと機械の差などとっくの昔に解り切っていたのだ。

 現に、その結果、今の人類が扱う兵器の方向性が有るのだ。

 戦の先陣、いや、尖兵は何時でも電子兵器だ。

 敵の電子兵器が味方の電子兵器に対応する。逆も然り。

 そしてそれを統括するのが、中央演算処理装置だ。それが、人間でいう所の感覚器に解る形に翻訳する。

 画面に点として表示したり、テキスト情報として表示して。

 それを、可視光線として受け取った人間は機械を操る。

 機械はそれをまた、機体や装置が意図した通りに動く様翻訳する。所謂、フライバイワイヤーと言われるシステムユニットだ。それは、今や殆どの大型有人兵器に搭載されている基本概念だ。

 そして、その先に有った物は、そこから人間を取り除いた完全無人の兵器。

 その一つの形が空域に接近していく。

 巨大な白い翼を広げた航空機。戦闘機用のエンジンを四つ搭載した超音速爆撃機は、人工筋肉で出来た可変翼を動かし、迎え角を強くして機首を下げる。

 まるで、鳶が獲物を見つけて急降下するようにして、徐々に高度を下げていった。

 それを戦域から見つめるパイロットたちは、自身が無人航空機の護衛に付けられた事に不満を漏らす。

 

『今日も、無人爆撃機(ハト小屋)の御守りか。人間が機械の護衛をするなんて、時代は変わっちまったよな』

『そう腐るな。例え守る物が人間じゃ無くたって、俺たちの任務は爆撃機(ボマー)を守る事。変わりはないさ』 

『そうだな。流石に、護衛対象を七面鳥にされちゃ、俺たち(マングース)の名が泣いちまう』

『ああ!そうだな!今日も派手にぶちかまそうぜ!ウィーゼル1-1、マスターアームオン!全機、HARM(ハーム)アタックモード!』

 

 京都コロニー上空をカバーしている、旧自衛隊残党軍に向けられた対レーダーミサイルは時速3600㎞の速度で夜空を駆けて行った。

 

 

 

 

 地上では、事態の展開を見守る影。

 旧自衛隊に所属していたノーマル部隊の隊長は、全ての主機を停止させ、ACを林に隠す。

 勿論、自前で揃えた対レーダーコーティングされた擬装ネットに身を包み込んで。

 そして、上官である人に対し、意見を具申する。

 

『大佐!今すぐレーダーを止めて下さい!中SAMのレーダーが敵の対レーダーミサイルに食われてしまう!』

 

 無線の先に居る男は、それを不服申し立てとみなし、激しく糾弾。

 

『貴様!上官に命令するか!卑劣な米帝が停戦協定を破ろうとしているのだぞ!?これを宣戦布告と見なさずどうする?我々は腰抜けか!?』

 

『地対空ミサイルが無くなった我々に何ができるって言うんですか!?良いですか!我々はコロニー東京の唯一の主戦力なんですよ!?それを守る傘が無くなった時、一体どれだけのコロニーが我々に従うとお思いですか!?』

 

 防空部隊の居なくなった地上部隊程、的にされる者はない。それは、かつての大戦で痛いほど味わった事実だった。幾ら歩兵携行型ミサイルが導入されようと、高高度を飛行する地上攻撃機に対抗する兵器を失えば、簡単にマウントを取られてしまう。

 そうすれば、あっという間に補給線はズタズタにされ、砲兵部隊は喰らい尽くされる。

 砲兵部隊の傘を失った機甲部隊は、敵の対戦車チームに簡単に狩られる。戦争の諸兵科連合を崩された軍隊に勝機などない。彼はそれを痛いほど知っていた。

 アフリカでの戦いはまさに、相手のマウントを如何に取るかに尽きたからだ。だが、勝敗の行方はただ単にコロニー東京と、コロニー大阪の戦いでは済まない。

 既に多くのコロニーが東京を見限り始めている。それを肌で実感していたノーマル部隊の隊長は、戦いは出来るだけ避けるべきだと考えていた。

 それは、規格外の戦力であるネクストを知れば知る程、その思いは強くなっていったのであった。

 だが、それを知ってか知らずか、大佐と呼ばれる男は更に怒鳴り散らす。

 

『五月蠅い!貴様は、まだその腑抜けた名称を使っているのか!敗北主義者め!我々は負けていない!ネクストが居ない敵など物の数に入らんわ!』

 

 そう言って無線をガチャリと切る。

 沈黙が支配するコックピットで項垂れるが、それでも部下を預かる上官でもある男は思考を巡らす。

 彼らの部隊は琵琶湖と京都の中間の位置に存在した。

 うまく森林に身を隠した彼らは幸いなことに、敵の地上索敵レーダーに引っ掛かった様子はない。

 しかし、彼らのコックピット内のレーダー波送受信装置のスイッチがオフになっていた事自体が、既に電子戦の勝敗の行方を示していた。

 彼らのACのESMには敵の電波情報は表示されていなかった。

 それを見つつ、ため息を付く。

 

「また、敵さんは周波数帯を変えたか。電波警戒機(ESM)がこれでは置物だ。ま、どうせネクスト相手にレーダーを使うつもりは無かったんだ。変わらんさ―――――それにしても、敗北主義者、か」

 

 その言葉を噛み締め、彼は嗤った。

 

 

 

 ――――――言ってくれるじゃないか、クソッタレの能無しめ

 

 

 

 そう言って彼は、静かに無線のスイッチを入れ、部下に指令を出した。

 

 

 

 

 

 ノーマル部隊の隊長の指揮下にあったAC部隊の特徴は幾つかあったが、一つは敵の圧倒的な電子戦下での戦闘を想定していた事だ。

 彼の指揮下にあったレーザー高射砲や、四脚型アーマドコアに搭載された大型滑腔砲(スナイパーキャノン)などがその典型であった。光学照準のみで攻撃できる兵器の代表格である。

 勿論、アフリカでの苦戦によって生み出された苦肉の策であったが、それなりに実績もあった。

 そして、重量型二脚の肩に搭載されたSAMもその一つであった。

 幾つかの機体に分散された照準装置であるレーダー波照射装置(イルミネーター)、所謂、セミアクティブホーミングミサイルであり、かなりの旧式であったが、残念ながら彼の手持ちの駒ではそれが手一杯であった。

 貧乏、敵より怖いという格言を思い出しつつ隊長である彼は云った。

 

『良いか、SAM部隊であるお前らはあくまでも敵航空機を高高度から引きずり下ろす事が任務だ。撃墜は考えるな。そして、何より自分たちの生存が第一である事を忘れるな。こんな、詰まらん戦いで命を落とすなよ』

 

『解ってますよ、隊長。何時も通り、キルゾーンに誘い込むんでしょう。それにしても、敵さん、停戦協定無視するつもりですかね』

 

『解ってないなお前は。どっちでも良いんだよ。どうせ、捻り潰せるって思ってる相手だ。どっちに転んでも結果が変わらないと思ってるから簡単に反故にされる。只それだけだ。交渉事なんてものは力の如何がその後の履行結果を決める。それがリアリズムってもんさ。最終的に勝てるんならわざわざ和平を望む訳もあるまい』

 

 上に蝙蝠外交をする能力もあるわけでもなし、と付け加える。

 やるべき事は決まっていた。それは、軍人が有事の際に最も求められる物。

 所謂、結果であり、戦果であり、それが強さの証であった。

 だから、やる。

 そう言い聞かせて部下に命令を伝達していった。

 

 

 

 

 彼が立てた作戦は敵の航空部隊にある程度の損害を出させることだった。

 敵の目的が解らない状態での戦闘は極力避けたい気持ちもあったが、それは上官によって否決された。

 ならば、出来る事と言えば敵の火力投射を拒否する事だ。

 狙うは火力投射兵器の代表格である爆撃機。

 それを阻止すべく行動するのは敵の戦闘爆撃機。

 電子戦は端から諦める。明確に、潔く切り捨てた。

 

『此方ハウンド1-2、スネーク2-3、聞こえてるか?』

 

『スネーク2-3、感度良好。射撃ポイントαにて待機中。アンカーは降ろしてある。何時でも行ける』

 

 重量級四脚に搭載された240mm滑腔砲は装填管付き翼安定徹甲弾(APFSDS)を発射できる大型直射兵器だ。

 主力戦車(MBT)では到達不可能な高初速を実現可能なこの兵器は、20kgの侵徹体を秒速2600mの速さで射出する。

 凡そ、通常のAP弾や榴弾と違い、空気抵抗係数の少ないAPFSDS弾は遠距離での初速落ちが非常に少ないと言う特性があった。

 本来であれば対ネクスト、及び対AC用の弾丸であったが、敢えて初速を買ってソレを装填してあった。

 

予定通り(・・・・)本隊の中SAM部隊はマングースに食われた。残ったSAM部隊は我々のAC部隊だけとなった。スネーク2-3及び2-4は、我々のSAM部隊が陽動を仕掛け、高度を落させた敵を狙い撃て。高高度の敵は無視しろ。どうせ撃っても弾の無駄だ』

 

『解っているさ。何時も通り、無誘導兵器(・・・・・)で撃ち抜けばいいんだろ?』

 

 不敵に笑うパイロット。敵のESMを警戒してレーダーを切ったACの直射兵器は、無誘導兵器と変わらない。それは、単にFCSの偏差射撃がレーダーによる観測結果をもとにしているからだ。一部レーザー測距装置と言う裏技も持っていたが、敵のIRセンサーに警報をもたらしてしまうと言う点で、第一射目には不適当だった。だから電子戦で負けを認めた今、それは使えない。少なくとも、敵に気取られる位なら、目視で撃った方がマシと言う事だ。

 それを皮肉っている四脚使いは、それでいて、何処か自信に満ちていた。

 

『ああ。頼りにしてるぞ。こっちは、お前たちのキルゾーンに敵機を誘い込む。スネーク2-3、いざとなった頼んだぞ。スネーク3-3は爆撃機の予測侵入コースに照準をセット。射撃のタイミングはお前たちが決めろ』

 

『スネーク3-3、了解した』

 

 爆撃機への攻撃が反撃の第一段となる。

 それはボマーが最も警戒しているが、最も無防備となる爆撃時が一番狙いやすいからだ。

 投弾する時、航空機はどうしても等速運動を続けなければならない。幾ら、GPS誘導やレーザー誘導と言っても、限度がある。

 爆弾が不安定になれば内部の制御系も不安定になる。

 だからこそ、操縦士は細心の注意を払い、機体を安定させるのだ。

 付け入るべきはそこ、と彼らは理解していた。

 

 重量級四脚と言えども、持て余す程の巨大な筒。長大な砲身が腕の側面ジョイントに直接取り付けられていたが、危険なほど大きな反動を抑え込む為、マニュピレーターも保持用のバーを握っていた。

 折り畳み式の砲身が展開された様子は、さながら巨大な高射砲の様であった。

 その砲身の上には偽造用ネット。うまくF16の発する地表捜索用レーダーから逃れていた彼らの存在を知る者は居ない。

 地上に存在する子猫ほどの大きさの物すら識別する能力も、擬装用ネットは見破れなかった。

 それは地上用レーダーが移動物体(ドップラーシフト)を検知する仕組みを採用していたからだ。

 地面と物体の反射波だけでは形しか解らない。それでは、動かないACは只の小山にしか見えない。

 だから、彼らはバレなかった。

 これは一重に彼らが対地用レーダーの仕組みを深く理解していたからに他ならない。 

 知恵は弾丸以上の武器となる。

 彼らはソレを、その理を知り尽くしていた。

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