ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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第二十二話 Re:boot / 再起動

 灰色の雪。

 しんしんと降り続くそれは、何時しか僕の足首程に降り積もっていた。

 空にはどんよりと分厚い雲が低く垂れこめていた。

 周囲の街並みは倒壊した家々が所々見え、商店街のシャッターは無理やり抉じ開けられた跡。

 その中にあったショーウィンドウには幾つもの割れた跡。

 恐らく略奪にあったのだろう。

 それを横目に見ながらぼうっと、考える。

 

 ――――ここは何処だ

 

 思い当たる所は幾つかあった。

 それもそうだ。

 僕が生まれ育った町だからだ。

 いや、今では生まれ育ったコロニーと言った方が正しいのか。

 

 一段と空から降り続く灰色の雪は勢いを増す。

 ふと、空から落ちて来る雪を手に取ると、それは結晶状ではなく、鳥の羽みたいな繊維質で出来ていた。

 それは汚染物質とナノマシンが結合して結晶化した物だ。

 大気汚染物質は僕等の世界ではごまんと存在したが、企業が特に危険視してたのはネクストが放出するコジマ粒子だ。

 これは人間の呼吸器官に取り込まれると血液の流れに乗り、内臓に蓄積する。それが細胞のDNAを傷付けてしまうのだ。

 だから企業はこの物質が大気中から地面に降り積もり、土壌を汚染する事を避けさせたかった。

 その解答の一つが環境調整用ナノマシンの活用だった。

 無機物を有機物に分解するナノマシンはAIが作り出した未知の作業機械だったが、非常に使い勝手が良かった。

 企業はそれに飛びついた。

 だけど百薬の長は上手く使えば人に易をもたらすが、薬と言うのは元を辿れば皆毒なのだ。

 だから、このAIが生み出した薬も容易に毒に化けた。とてつもない猛毒を持った、謂わば化学兵器に並ぶくらいの大量殺戮兵器の誕生である。

 ナノマシンがテロに利用されて多くの人が死んだ。分解されにくいコジマ粒子を結晶化、分解固定できるナノマシンには、従来の防護服では対抗できなかった。

 それにこいつは、無機物を餌に増殖が出来たから、駅のホームでばら撒かれたら最後、壁の奥まで入り込んでしまう。

 今では強力なEMP兵器の出現で入念にナノマシンを破壊できるようになったが、まだハードキルタイプの電子兵器が未発達だった国家解体戦争当時は、その手のナノマシン兵器を浄化する手段は存在しなかった。

 出来る事と言えば該当エリアをコンクリートで埋め立てて、巨大な棺を作り上げることぐらい。あとは人類最強のEMP兵器である水爆で消毒殺菌を行う位しか、完全消滅させる方法は無かったのだ。

 だから、今ではこの手のナノマシンは企業と国連が厳重に管理している。

 

 

 でも、なら何故こんなに大量に空から舞い落ちて来るのだ。

 そう思いながら曇り空を見上げると、爆音を轟かせながら飛んでいる物が見えた。

 最初は戦闘機かと思ったが、よく見ると人型をしていた。

 そうか――――と僕は思い至る。

 ネクスト、コジマ兵器の代表的な物だ。

 コジマ兵器は名の通り、空間に大量のコジマ粒子をばら撒く事で知られている。

 だから、企業が管理している有機変換型ナノマシンが大量に散布されているのも納得だ。

 そして僕はこの光景をよく覚えている。

 灰色の空から灰色の雪が降る中、僕は生まれて初めてネクストを目撃した。

 そして、破壊されたネクストから放出される死の粒子の輝きも――――

 

 

 何時の間にか灰色の雪は、黒く変色していた。

 辺りに降り積もっていた灰色は黒く塗りつぶされていく。

 きゅっ、きゅっ、と歩く度に灰が音を立てて潰れている。

 心地よい音だったが、その音に混じって何処からともなく歌声が聞こえてくる。

 誰だろうか。

 疑問を懐きながら、黒い羽が舞い落ちる灰色の雪原を歩き続けた。

 羽、と言うには余りにも大量に降り過ぎている気もしていたが。

 声に向かって歩いていた僕の前に見えてきたのは長い長い行列だ。

 それは人だった。

 焼けて炭になった人が長い列を作って黒い羽が舞い落ちる死の大地を踏みしめていく。

 列の合間には焼けた装甲車が見え隠れする。

 ひっくり返ったそれからは、砲弾に貫徹された弾痕が見える。

 溶けたように見える射入痕は恐らくHEAT系の砲弾が開けた穴だろう。

 綺麗な真円形でフィンの跡は見当たらないから間違いない。

 何時もAPFSDS弾やHEDP弾で死を巻き散らしているから、その形や色は網膜にこびり付いていた。

 破壊された装甲車の前を歩く人たちは皆、一様に焼け焦げていた。

 漂ってくる肉の焼ける臭いは、凡そ彼らが生きていない事を示しているようだった。

 僕はその列に吸い寄せられるようにして加わった。

 違和感はない――――――――だって、僕の体はこんなにもコンガリ焼きあがっていたのだから。

 

 

 歩みを進める僕は満ち足りていた。

 ヒトの肉の焼ける臭いが立ち込めるその列には、安らぎに満ちていた。

 生きると言う苦行を放棄した者達は何処か満足そうであった。

 それに身を委ねる僕のココロにも自然にその空気が入り込んでいたのかもしれない。

 歩き続けていた僕の耳に入ってきていた歌はいつの間にか近くから聞こえてくるようであった。

 何処からだろうか。

 そう思いながら辺りを見回すが、声の主は見当たらない。

 だけど、何故か僕は列を抜け出してその声に釣られるようにして遠くに見える川の畔まで歩く事にした。

 

 川の畔を歩いてゆくと人影が見える。

 金色の髪を肩まで伸ばし青い瞳を湛えた瞼、それは人形の様に整っており岩場の上に佇む様子は何処かの絵本で出てきた場面の様だ。

 僕は彼女の名前を知らなかったけど、歌声の主は彼女の様だ。

 彼女は人の気配に気が付いたのか、振り向くと歌うのを辞めた。

 じっと青い瞳に見つめられる。

 その瞳の奥には深い蒼。

 丁度彼女が着ているドレスのような色合いだ。

 何か喋らなければと思い口を開こうとするがタンパク質が凝固していてうまく筋肉を動かすことが出来なかった。

 燃え尽きたタンパク質はシッカリと僕の口を縫い付けており自由意思ではどうにかなるレベルでは無い。

 痛い、と言う認識はあったのだが不思議と痛みの質感は無かった。

 彼女は僕が美味く喋れない事を悟ったのか解らなかったが僕の傍まで歩いて来ると一言、ぼそりと呟く。

 

「食べて」

 

 そう言って徐に、手に何かを載せて僕に渡そうとしていた。

 透き通るような白い肌の上に乗せられた赤黒い塊は、人が肉と呼ぶものであった。

 滴る赤い滴は血液の様だ。それが、白い肌を汚していく。

 僕はそれを見ながらどうしようもなく不安になった。

 放っておくとドレスまで汚してしまう。

 とにかく食べなくてはと思ったが、よくよく考えたら僕の口は開く事は出来ないのだから食べられる筈がないと思い至る。

 

「大丈夫」

 

 再び眠そうな声で僕に告げる彼女。

 そんな事言われてもと思いかけたその時、僕の口は勝手に開く。

 まるで自動操縦だ、なんて人事みたいな考えが浮かんだが、いよいよ彼女の手に持っている肉からは血が滴って肘を伝い彼女の紺色の服を赤く染めていた為、僕は慌てて肉に手を伸ばすが上手く動かない。

 手の筋肉も凝固しているのだろう。そう思い至るがまたしても勝手に体が動いていく。

 なんだか僕の自由意思は後追いだな、と思いながらその肉に口づけをした。

 

 そう言えば、この肉って何の肉なのだろう――――と思ったその瞬間。

 

 

 

 

 

 ――――――――僕の体は思い出したように燃えだした

 

 

 

 

 

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い――――――――――――!!!

 

 

 声に成らない声で苦悶の呻きを辛うじて吐き出す。

 思わず転げ回った為、何時の間にか口にしていた肉が消える。

 

 同時に僕の体を這いずり回っていた炎も消えていた。

 質感だけが抜け落ちた体からは理性を破壊する暴力は消え去っていた。

 

 僕が取りこぼした肉塊を再びその手に持って彼女は歩いて来る。

 黒い羽を踏みしめて蒼いドレスを身に纏い金色の髪を靡かせながら。

 灰色の雲間から差し込む極光が黒い地面を照らし出すと黒い羽がそれを覆い尽くさんと舞い落ちて来る。

 滴る血が彼女のドレスの白いフリルを赤く染めていた。

 

「ちゃんと、全部食べて」

 

「―――嫌だ」

 

 先程の灼熱の痛みが再びマグマの様に僕の体の奥底から湧き上がってくるのが解る。

 それは苦痛だ。

 僕は思わず先ほどの痛みから逃れるようにしてそこから後退る。

 

「もう、時間がないの」

 

 そう言って悲しそうに顔を歪めると、バキリと体が硬直する。

 再び自動操縦。

 彼女は手に持っていた血が滴る肉塊を自身の口へ持っていく。

 薄紅色の唇が赤黒い血で染まっていく様は何処か妖艶な雰囲気であった。

 だけど、半分だけ咀嚼を終えた次の瞬間、彼女の体は炎に包まれる。

 

「半分づつ」

 

 儚げな微笑みを湛えながら彼女はそう答えた。どうしてそんなに平気な顔して居られるのか解らなかったけど、体の自由を奪われた僕は間抜けな顔をしながら肉に齧りつき、再び灼熱の業火に飲まれる。

 

「大丈夫、貴方は一人じゃないよ。だから、お願い――――――――」

 

 

 

 ―――――――――――――――生きて、生き返って、鈴音

 

 

 

 そういえば彼女の声、どこかで聞いた事がある気がする。

 痛みに飲み込まれながら場違いな思考は、心臓が弾け飛ぶと同時に消え去った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 また――――――――歌が聞こえた。

 いつからだろうか。この歌声が聞こえるようになったのは。

 何時も起きると忘れてしまう不思議な歌声だったけど、耳に残る優しい響き。

 だけど、凄く悲しい旋律だった。

 何を想って彼女は歌っているのだろうか。

 僕は、それだけが気がかりだった。

 どうせ、起きてしまえば夢の内容なんて、泡の様に消えてしまうのだろうけれど。

 それは無かった事にはならないから、少しの救いは有ったのかもしれない。

 儚い波間の泡の如く消えてしまう定めだけれど。

 その消えていった残滓は確かに僕の脳髄()に残り続けた。

 

 

 

 

 

 

『メインシステム、パイロットデータの認証を開始。AMS、オンライン――――――』

 

 夢の終わりを告げる音が聞こえる。

 視覚野に大量のグリッヂ。

 白く塗りつぶす如く、アリスが脳髄のチェックを行っている。

 

 

 

 ――――あれ…?何してたんだっけ…

 

 

 

 暫くの前後不覚。

 だけど、彼女が僕の頭の中を真剣に覗き込んでいるのが解る。

 

「大丈夫、もう、起きたよ。ちょっとまだ海馬の調子が悪いみたいだけど、FSBメモリーをキャッシュ出来れば問題ない」

 

『――――了解』

  

 僅かな間があった後、アリスが答える。

 まだ信用されていないようだ。

 僕は覗き込まれる質感を感じながら通信回線ユニットをAMSへ手繰り寄せる。

 先程から視界の下にcallマークが点滅していたからだ。

 恐らく、状況が変わった為、キャロルが連絡を寄越してきたのだろう。

 僕はそう思いつつ、生産棟中央の天井に空いた大穴をネクスト越しに見つめていた。

 この手の大穴は戦略爆撃機の巨大な貫通爆弾が開ける類の物だ。

 今では突入作戦の十八番になったマルチプルバンカーバスター、つまり、同時箇所に何十発もの貫通爆弾をぶつけて地下深くまで爆弾を送り込むと言う作戦だ。

 高精度GNNSと慣性制御装置の合わせ技で初めて可能になる物だったが、ここまで高精度な人工衛星からの信号を受け取れる兵器はGE系と相場が決まっていた。

 と言う事は考えるまでもなくGEの介入があったのだろう。

 そう思いつつチャンネルを開くのだった。

 

 

 GEグループが介入を開始したのが数十分前。キャロルの話では地上で何度か激しい戦闘があったようだ。

 その後、旧自衛隊に押されていたGEグループの通常部隊はノーマルAC部隊の到着と共に、空と地上両方の優勢を勝ち取った。

 後は施設内部に突入部隊を送る為に、突入抗を生成、ネクストを投下するだけとなったのだが…

 

『――――――鈴音、此方にアリスの禁止デバイス使用の信号が入ってきました。そちらの守備はどんな状況なのですか?』

 

 僕は正直に話す事にした。

 

『初戦は1-1で引き分け』

 

『そう、ですか』

 

『アリスのお陰でリリアーヌに脳髄を乗っ取られずに済んだよ。それより、上の連中、ちゃんと対策(・・・・)はしているんだろうな』

 

 暫くの沈黙の後、再びキャロルが口を開く。

 

『残念ながらGEグループはセブンシスターズとの戦闘を経験して居ません。なので、今回が初陣となるかと…』

 

『つまり、素人、って事か。GEの主力部隊の編成はどうなってる?』

 

 キャロルは手早く情報を纏めてAMSへと送り付けて来る。

 

『残念ながら、ネクスト一機を含むノーマルAC三個中隊。我々レイセオングループの部隊はまだ到着していないようです。恐らく、リザの“声”を真面に受ければそのまま全部隊が敵に回る可能性も有ります。十分に注意してください』

 

『気を付けろ、か。どうやら、その必要は無くなったみたい』

 

 僕はそう言いつつ、ネクストのメインカメラで、視界の奥を見つめる。漆黒の暗闇に包まれた最深部へ続く通路の入口には巨大な人影が接近していた。

 夜空の月明りが巨大な縦穴から生産棟中央に降り注ぐ。

 そこだけ切り取れば幻想的な光景。

 

 だけど、そこへ現れつつある存在、それは―――――

 

 

 

 ――――――今日は月明りが綺麗ね。再会を祝うには丁度良いわ

 

 

 

 どこまでも透き通る声で、彼女は言った。

 

「確かに綺麗な白い月だけれど、君が居ると、何でだろう。月も赤く見える」

 

 

 

 ――――――良いじゃない、私、好きよ、赤い月

 

 

 

「血塗られた月を見ながら再会なんて、ゾッとしないな」

 

 僕は静かにAMSでアリスに命じる。

 彼女はAMS越しに火器管制装置類が正常に動作している事を告げる。

 音声抜きで彼女はレーダーに新たな反応を探知した事を告げる。

 ネクストの発するタービンの音。音紋からGEの物と確認。

 IFF応答なし。つまり――――――敵。

 

 

 

 ――――――ワインでもあれば二人で乾杯できたのだろうけれど、今はこれで我慢してね

 

 

 

 そう言い終わると、彼女の横に巨大な影が降り立った。

 角ばったデザインのネクストはレーダーに反応のあったGE社のネクストだろう。

 彼女は乗っ取ったノーマルACに搭乗しているのだろうか。

 

「もう、踏み台にしたのか。相変わらず手が早いな、君は」

 

 

 

 ――――――丁度いい所に有ったから使わせて貰っただけよ。まぁ、少し上等な人形、って所かしら

 

 

 

 まるで、ディナーのテーブルに置いてあったお手拭きを使ったかのような言い方だ。

 実際、彼女にとってはその程度の質感なのだろうけど。

 状況は悪化。

 敵はネクストも所有。

 そして上には三個中隊のノーマルAC。

 月明りに照らされて、更に敵と思われるノーマル部隊が突入抗を降りてくる。

 巨大なキャタピラ型ACには八門のオートキャノン砲。

 局地戦型のガチタンと言われる奴だ。

 それが、見た所四機は下りてきていた。

 巨大な八本のプラズマトーチを輝かせながらリリアーヌの周りに降り立っていく。

 どいつもこいつもIFF応答なし。

  

『こんな――――簡単に――――』

 

 キャロルが信じられない、と言った風に言う。

 それが、彼女が、彼女たる所以。企業が恐れて止まない汎用型人工知能(AI)。ヒトの全てを知り尽くした超越者。

 

『どうやら、檻は解き放たれた様だ』

 

 レーダーに映る無数の敵を示す光点(ブリップ)

 今の僕に死にぞこない達を守る余裕は無くなっていた。

 

 

 

 ―――――――始めましょう。染めてあげるわ、真っ黒に

 

 

 

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