ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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第二十四話 Call me halo

 空に舞う光の粒子は太陽の光とは別の輝きを放っている。

 冬でもないのに、水蒸気が凍った様な光を放っているのには訳があった。

 ここは寒い。夏とは思えないほどに。

 空からは太陽の光が煌々と降り注ぐが、人間の目には解らない異変が有った。

 赤外線から下の波長の高い熱エネルギーを持った光、つまり、電磁波が届いていなかった。

 だから、ここはこんなにも寒くなってしまった。

 見えない塵は、毒性の高い物質。

 それが透明な雲となり、地表に到達する熱エネルギーを奪っていた。

 

 そう考えつつ辺りを見回すと、幾つもの人型機械の残骸達。

 人型兵器アーマーコアであるノーマルの残骸だった。

 その間に飛び交う緑色の光。

 それはネクストが放つ悪しき炎の象徴。

 人に扱えぬ炎を、扱えるようにした象徴でもあるそれは、激戦の熱波が引いたこの戦場の上を未だに這い回っていた。

 かつて、叡智を司る神は人に火を与えた。だけど、かの神様(プロメテウス)が思っていたより人は火の扱いが下手だった。

 色んなものを焼き尽くして、燃やし尽くしてしまった。

 その残骸が、この場所だ。

 

 何時の間にか辺り一面に降り積もるのは灰色の羽。

 光を吸収して結晶化したナノマシンの成れの果て。

 それは僕とアリスが初めて出会った時と同じ物、そして同じ場所だ。

 僕等はここで出会った。

 重金属粒子と放射線に塗れた汚れて踏みにじられた世界で。

 運命なんて信じていなかったけれど、僕はその時確かに感じた。

 人が死に絶えた荒野で、唯一見つけた生存者に出会えた嬉しさを。

 

 アリスは歌う。

 声なき声で。

 僕はAMS越しにその質感を感じていた。

 空から舞い落ちる羽はまるで天使が飛んでいるかのように降り注いでいた。

 それはアリスの歌声に呼び寄せられるようにして降り積もる。

 汚染された空気を浄化しながら、唯、深々と降り続ける。

 彼女が文字通り設計して作り上げたナノデバイスであるそれらの微細機械は、コロニー京都の空間を埋め尽くしており、その一つ一つが彼女にとっての眷属みたいな物だった。

 ネクストに搭載された電磁パルス発生ユニット、マルチレーダーアレイから発せられる電磁波をエネルギー元とし、同時にその電磁波から受け取った信号を元に彼らは動く。

 超並列演算処理が可能なアリスの脳髄にしか不可能な程の処理負荷、そして膨大なナノデバイスの駆動用電源としての電磁波を発生させる為のエネルギーは、ネクストの重水素ジェネレーターをしても駆動には制限を伴う。

 だから積極的な戦闘には不向きなデバイスでもあったが、僕は嬉しかった。

 彼女が生み出した物が、汚染をばら撒き、人を殺戮する物ではなく、地上を汚染から守る為の物だった事が。

 それは即ち、彼女の意思表示に他ならなかった訳だし、その答えが僕等にとって脅威では無かった事は、素直に嬉しいと思えたからだ。

 

 でも、優れた薬は、同時に最悪の猛毒に成り得る。その事は絶対に忘れてはいけない。

 僕はかつて観光客が賑わい、人が行きかう場所だった京都の街並みを見ながらそう思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数日後――――――コロニー大阪とコロニー東京の戦闘状態の緩和の為の、停戦協定の調印式が開かれた。

 一方的に企業から押し付けられた類の物であったが、コロニー東京にそれを断るだけの地上兵力はもう残ってはいなかった。

 AIの暴走が起こした今回の動乱で多くの人的資源の被害が出ていたが、その詳細はコロニー東京側には伏せられていた。

 結局、GEのネクストが大破し、それを破壊したレイセオングループの機体も調印式には呼ばれなかった。

 その為、戦闘被害の一番少なかったAEGグループ主導で調印式が行われる算段になったのだが、マヤとユキはその護衛に駆り出されていた。

 

「やっぱり、ここは人が居ないね」

 

 人の気配が消え、崩れた屋根とその骨組みがむき出しになった建物が並ぶ街並み。

 再建を諦め、トタン板を張り巡らしただけの小屋のような物の残骸も幾つか見えるが、その中にも人影はおろか、動物の姿さえ見えなかった。

 まるで世界から一瞬にしてすべての生き物が居なくなったかのような錯覚を彼女に齎す。

 

「そりゃ、何度もテロや戦争の舞台になった場所に好き好んで帰ってこようとする人はおらんやろ」

 

 降り注ぐ灰色の羽は彼女達の元にも舞い落ちる。

 それはPAを展開していないネクストの機体表面に舞い落ちると、ゆっくりと砂の様に崩れ落ちていった。

 一見すると放射性降下物(フォールアウト)かと見紛うものであったが、機体計器には放射線を示す値は殆ど出ていない。つまり、それ以外の物質と言う事に成るが、彼女にはその物質の見当がつかない。

 

「これ、何だろうね。鳥の羽?」

 

「さぁ。何やろう」

 

 ユキは疑問に思いつつもそれを手に取ろうとしたが、横に居た男の兵士がそれを制止した。

 

「触らん方が良い。こりゃ、ナノマシンのコロニーだよ。何のタイプか解らん。有毒な奴だと腕が溶けるぞ」

 

 ユキは慌てて仮設のテントから出していた腕を引っ込める。

 

「おっちゃん、なんや詳しいなぁ」

 

「そりゃあれだ、俺はここ出身だからな。京都駅前ナノマシンテロ、あっただろ。俺はそこに居たんだ」

 

 彼の話に耳を傾けるユキには、そのテロの名前は聞き覚えがあった。何しろ国内最悪の、そして地上初のナノマシンを使ったテロだったからだ。

 あの時の生放送を未だに保存している人が沢山居た様だったが、残念ながら企業はそれらの情報を躍起になって消しにかかった為、その内容は一般の人達が知る術は無かった。

 だからユキとマヤ達には死傷者数くらいの情報しか無かった訳なのだが、男によるとナノマシンと言うのはコロニーと言う結晶状になって空間を漂う癖があるらしく、その時も、駅のホーム内の空間に雪の結晶みたいな光を反射する埃が舞っていたと言うのだ。

 そして恐るべき出来事はその数十秒後に起こった。

 人が一斉に溶けたのだ。文字通りドロドロになって。

 男が話す様子を聞きながらユキはナノマシンと言う微細機械が持つ破壊的な威力を想像して身震いをした。

 実際には、核攻撃によるナノマシンの一掃が、作戦として真剣に検討されていた程危機的事態に瀕していたのだが、彼女は当時軍属では無かったのでそれを知る由も無かった。 男の話を総合すると、どうやら男は風上に居たお陰で助かったようだ。

 

「まぁ、とにかく、この手の結晶物には迂闊に障らない方が良い。ああ、それと、興味が湧いたからって、情報を漁らんようにな。こういったアンタッチャブル系の情報は大概、魔女絡(・・・・)みだからな。長生きしたきゃ、触らぬ神に祟りなし、が一番さ」

 

 そういって、男は上官に呼び出されたのか、そそくさとその場を去っていった。

 ユキは情報屋と言う性質上、調べないと気が済まないタイプであったが、アンタッチャブルと言う単語に生理的恐怖を抱く位には、ヤバいネタに精通してしまっている事に気が付いていた。

 何しろ彼女が関わっている事象自体がまさしく魔女の、第七世代型AIが成した結果なのだったから。

 それ位の情報は集めていた。

 でなければ危険な戦場に友人を送り出す事は出来ない。

 幾ら、ユキが軍事的素養が無いからと言って彼女は何もしないタイプでもなかった為、そのような命にかかわりそうな情報は積極的に集めていたのだ。

 

(まぁ、おっちゃんの忠告も有難いんやけど……うちとマヤは関わり過ぎとるからなぁ)

 

 彼女はそう思いつつ、市街地の中心部を見つめる。

 そこには一際強く灰色の羽が降り注ぐ場所が有った。

 その上に垂れ込む黒い雲は、何時の間にか太陽の光を遮っていたが、雲間から見える光だけが虹の様に地面に降り注いでいた。

 

(それになぁ。親友との約束、果たさん訳にはいかんからなぁ…マヤっちは命知らずやから苦労するわ…)

 

 ユキの手に持ったタブレット端末に映し出される端末には、ニュースの見出し。

 そこにはこう書かれていた。

 

 

 『《――――――――――――人類に製造不可能なオーパーツ(ナノマシン)に新たな種類か!?サラエボに降り注ぐ灰色の雪の正体は如何に!?》』

 

 

 昔に消された電子記事は彼女のタブレット端末にシッカリと保存されていた。

 それは、親友に頼まれて集めた情報であり、彼女がリンクスを目指すきっかけとなった出来事でもあった。

 マヤは未だにその事を自身の存在の依り代にしている節があり、それを知っているユキに毎回情報を迫るのだった。

 

「嫌やなぁ。また、危険な臭いがするわ…」

 

 ため息を付きながら、彼女はメールをチェックしていくのであった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃――――――遥か大西洋の向こう側では…

 

 地表から高度数万キロメートル上空、所謂、静止衛星軌道上を覆い尽くす巨大な砲台。

 それはASATと呼ばれる攻撃型衛星であったが、この内の一機が主機の不調によって大きく高度を下げ始めていた。

 それは、ヨーロッパ大陸の上を支配していたローゼンタール系の衛星群に接近していた。

 それを警告する信号を何度も該当衛星の持ち主に送るが、帰って来る答えは決まっていた。

 

 ―――――コントロールが効かない。そちらの管轄エリア内に入り次第、撃墜して構わない

 

 そう言われても困る、と彼らは思った。

 そもそもASATと呼ばれる攻撃型衛星は重水素ジェネレーターを内蔵し、プライマルアーマーを持った巨大なネクストみたいな兵器なのだ。

 そんな要塞みたいな静止砲台を破壊できる機動兵器は殆ど存在しない。

 巨大なコジマキャノンを地表から打ち上げる設備を持っているなら別であったが、そんな環境破壊の権化みたいな建造物は未だ何処の企業も持っていなかった。

 

 

 静かに事態は進んでいく。

 青い地球に帰るかの如く、落ちていく巨体は、次なる戦いの火種を秘めていた。




お付き合いいただき、有り難うございます。
次回からは新章に入ります。
何となく小説で描かれている印象が少ないアサルトセルをもう少しオープンにしたくて書きました。

設定は色々と変わってますが、何卒宜しくお願い致します。
ネクストで軌道上戦闘とか書いてみたかった…なんて思ってませんよ…?

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