ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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役立たずの人形1

「それにしても…にぃやんとマヤ、対照的やなぁ」

 

 そう言いつつ、お茶を啜るユキ。

 その横に座るキャロルはマグカップに注いだコーヒーを飲みながら二人の様子を眺めていた。

 視線の先には大型のシューティングレンジ。

 レンジと言っても百メートルオーダーの巨大な物だ。

 その中には鈴音とマヤ、その横には教官が激を飛ばしながら指導を行っていた。

 先に見えるターゲットには無数の穴。

 耳を劈く音が響く度に、二人のシューターが放った弾が中心からどれだけ離れた位置に着弾したか示す数字が表示される。

 

「――――――おい!外しているぞ!マヤ!貴様、止まっている目標にすら弾を当てられないのか!」

 

 表示される数字は、何故かアルファベットを表示する。

 つまり、的に当たらなかった。

 それは、如実に銃の取り扱い技能を示していた。

 相方の何時も通りの腕前に特段驚くでもなく隣のキャロルに視線を移す。

 

「平均、四分の一インチ。やっぱ熟練のリンクスに成るには生身で銃を取り扱えるようにならなあかんのかなぁ…」

 

 マヤのターゲットとは対照的に、ひたすら中心の光点を穿っていく。

 中心付近に着弾する度に、硬い金属音が響くと共に画面にはコンマ以下の数値が輝く。

 そうして連続で放たれる弾丸は、小さな中心に空いた穴を徐々に広げていった。

 その様子を特段驚く様子もなく眺めるキャロルは相方の何時も通りの腕前を見つつ呟く。

 

「ネクストはパイロットの写し鏡。AMS適性とパイロットの戦闘能力がイコールに成らないのと同じ、ですから」

 

「はぁ~。こりゃ、レイセオン社の人間から見たら完全に厄介な問題児を押し付けたと思われとるやろな…」

 

 ユキは頭を掻きながらパイロットの情報を端末で眺める。

 そこには相手企業からの評価欄が有り、罵詈雑言が書き連ねられていた。

 キャロルはそれに目もくれず答える。

 

「いえ、状況は把握しています。こちらが出した条件、最も適性の高い(・・・・・・・)リンクスと言う条件を満たしているので、問題は無いかと」

 

 レイセオン社との共同作戦で同社から出された条件はその一つだけだった。

 その他は一切不問。

 その一点に絞った白羽の矢は正しくマヤに突き立った。

 

「まぁ、そうなんやけど……何というか、あの子の場合、AMS適性と戦闘能力が反比例しとるからなぁ……適正低くても傭兵上がりのリンクスがやたら活躍しとるのは、武器の取り扱いに慣れとるのも関係しとるんやろ?」

 

「ええ。少なくとも、生身で戦場に出た事のある人間は往々にしてネクストの扱いに長けていると言う事実は確認しています。ネクストでの戦闘能力と生身での武器取り扱い能力に高い相関性は認められているようですが…マヤの場合は悪い意味でそれを肯定しているようですね」

 

 だが、高いAMS適性を持つ人間は、幾ら供給過多に陥っていると言ってもその希少性は企業にとっては無視できるものではない。

 だからこそ、リンクスはAMS適性と戦闘能力を結び付けて考えやすいのがネックだった。

 一般的な上位ランクのリンクスはその傾向が強いが、マヤからはそう言った雰囲気を感じ取れなかったキャロルは疑問に思った事を口にする。

 

「あの子は自身のAMS適性を知っているのですか?」

 

「いいや、知らされてないよ。悪影響あるからね。一応、それっぽい一般的な数値として通知しとるけど。まぁ、それでも実際の戦闘能力と釣り合ってないけどな」

 

 あはは、と力なく笑うユキ。

 

「仕方ありません。銃器の普及していない日本では慣れている人間が少ないのが普通ですから」

 

 その言葉を聞きつつユキは視線をもう一人のリンクスに向ける。

 ひたすら標的の中心を射抜き続ける彼の表情は怠惰に満ちていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レティクルに映り込むターゲットには何重にも円が描かれている。

 その中心にはキルマークのような模様が見える。

 そこに命中弾を送り込むべく引金を絞っていくと、硬い金属音が体を伝わって鼓膜まで届いて来る。

 イヤーマフ越しに聞こえてくる銃弾の発射音は、劈く音を幾分か減じていた。

 頬を撫でる生暖かい風は射撃場の外に居る事を示しており、湿度が高いのか、発射された弾丸は白い尾を引いて予想よりも下に逸れた。

 横に居た双眼鏡を構えたマヤはそのズレを知らせて来る。

 

「右…じゃなくて、左に少し、下に5センチ逸れました!」

 

「了解。右に0.1、上に0.5、修正」

 

 相変わらず左右を間違えるマヤを差し置いて再び引金を絞る。

 旧IMI社製のマッチグレード弾は、吸い込まれるようにして10点ゾーンへ消えていくと、小さな穴を穿った。

 屋外の600メートルレンジでの射撃訓練は先ほどとは打って変わって弾丸が不規則に逸れる。

 何時もはアリスが全てやってくれている仕事を一人でこなすと言うのは中々の手間であった。

 湿度、温度、気圧、風。

 それらを勘見して対象との距離を割り出し、目標の移動速度を割り出しつつ、正しい見越し角度(リード)を瞬時に算出するFCSとアリスの偉大さを身に染みて感じながら、残りの動き出したターゲットをレティクルに捉え弾丸を放っていった。

 

「よし!交代だ!次はマヤ!お前が射手だ!」

 

 そうしてM24狙撃ライフルを彼女に手渡すと、彼女から双眼鏡を受け取る。

 目標を双眼鏡で確認しつつ彼女が何かを呟いていたのが聞こえてくる。

 

「あ…当たりますように…」

 

 どうやら神頼みをしているようだ。

 若干の頭痛を抑えつつ彼女の腕前を拝見することとなった。

 

 

 

 頬を撫でる風。それが微妙に変化したのか、目標近くに立ててある旗が、先ほどとは反対方向へ靡き始める。

 

「気を付けて。さっきと反対側、左側からの風に変化した」

 

「う、うん」

 

 緊張した面持ちの彼女の頬を一筋の汗が流れ落ちる。

 引金を徐々に絞っていくが、一向に発射されない。

 

「あれ?」

 

 そう言いつつ、彼女は再度引金を引くが、再び銃弾は発射されず、鉛の如く引金はびくともしなかった。

 

「セーフティー。解除してない」

 

「あっ、ゴメン」

 

 カチリとセーフティーが解除される音と共に教官の溜息。

 これは一筋縄では行かないと思いつつ彼女の射撃を見送った。

 

 

 

「―――左に60センチ、下に一メートル逸れた。マヤ、肩の力を抜いて。ガク引きになってる」

 

「了解!」

 

 甲高い音と共に弾丸か大気を切るときに発生する水蒸気の尾を流し見る。

 それは見事に左右を間違えて修正した事を示すかの如く、さっきよりも左にそれた。

 

「マヤ、右と左、また間違えてる。右に30センチじゃなくて、左に30センチ。見越し角(リード)が反対」

 

「ご、ごめんなさい!――――ってあれ?」

 

 引金を再び絞ろうとして、弾が出ない事に気が付いたのか、マヤが疑問の声を上げた。

 

「コッキングしてない」

 

 再び慌てふためく彼女を見つめていた教官は遂に諦めたのか、重い口を開いた。

 

「もういい。今日の訓練は終わりだ」

 

 そう言って静かに去っていった。

 去り際に教官は呟く。

 

 

 

 ―――――――――こんな、左右も解らんボンクラに我が社の未来を託さなければならんとは…世も末だ

 

 

 

 その言葉を力なく聞き流すマヤ。

 その背中にはどうしようもない無力感だけが張り付いていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 騒然としたハンガー内。

 今か今かと軌道上で地面に落下するかもしれない巨大な衛星を撃ち落とす為のレーザー砲の組み立てを行う作業員たちの顔には焦りが見えていた。

 それは、自身の仕事の如何によっては自分達、ひいては世界中の人間が死ぬかもしれないと言う責任感からであったが、誰からも必要とされて居ないと感じたマヤはそれを何処か他人事のように見つめていた。

 

「私なんて…どうせ誰も…」

 

 力無く囁いた言葉が呼び水となったのか、かつて浴びせかけられた数々の罵詈雑言が脳裏によみがえる。

 出自が出自だけに、彼女に対する周りからの反応は冷たい物だった。

 リンクスであると言うだけでは得られる物は少なくない。

 ましてや、他人よりも多くの収入と自由を得られる身分である事は、嫉妬の対象にもなった。

 彼女の出自は周りの人間に、嫉妬と言う名の増悪を彼女に吐き捨てる為の免罪符となったのだ。

 

「――――フン、真鍮人形(ブラスメイデン)の分際で」

 

 フランス語の罵り文句が何処からか聞こえてくると、彼女はビクリと肩を縮める。

 真鍮人形、そう、彼女の出自を罵る言葉は呪いの様に彼女の足首に絡みつく。

 永遠に付きまとうその鎖は奴隷の様に彼女の心を深い暗闇に縛り付ける。

 

 

 

 暗雲の中をフラフラと飛び続ける鳥の様に彼女は歩いて行いた彼女は何時の間にか、古巣に帰ってきていた。

 謙遜の中、テーブルの上に散らばったジョッキからはアルコール飲料特有の臭い。

 それに塗れたマヤは、テーブルに突っ伏していた。

 

「ちょっと、まやっち。これで7杯目だよ?辞めときなよ~。あんたお酒強くないんだから」

 

 騒然とした店の中には、ハンガー内を覆っていた緊張感はなく、皆楽しそうに下世話な話に興じる。

 その様子はとても明日にでも世界が終わるとは到底思っていない様子である。

 それもその筈とマヤは思い至る。

 彼女の知り得た情報はかなりの秘匿度合が高い物なのだ。

 おいそれと他人に知られる訳には行かない情報であった。

 しかし、自分のような落ちこぼれにそんな大事な重役が回って来るとは夢にも思わず、彼女は現状と期待された結果の差異に絶望していた。

 

「うるひゃい…お金払ったんだから、いーじゃない。シエルは黙ってて」

 

 そういってひったくるようにして新しいジョッキを煽るマヤは、何処からどう見ても泥酔した客であった。

 酔った女と言うのは隙が多くなると言う事を身をもって知っているシエルは忠告する。

 

「酔ってると変な男にお持ち帰りされるぞ~?せっかく追っかけしてた人と同じ職種に付けたんだからもう少しシャキッとしなよ~?」

 

「……ドーセ直ぐに仕事降ろされるし。ドジで鈍間な私なんて誰も、見てない」

 

 そう言ってしゃくる様に涙と嗚咽を堪えるマヤ。

 

「もー、仕方ないなぁ…」

 

 そう言ってシエルは飲み屋の個室で休ませようと店の支配人に許可を取ろうとするが、その時、マヤの席に人の影。

 

「この席、空いてる?」

 

「すみません、この席は相席となっておりまして…予約のお客様以外―――――――」

 

 シエルが気転を聞かせて見知らぬ男を追い出そうとした時、その顔に見覚えがあった彼女。

 ニンマリと表情を変えると彼女は先ほどとは打って変わって態度を一変させた。

 

「っえええと、此方の席は空いておりますよ~?むしろ空けておいた感じでしょうか」

 

「空けておいた?」

 

 疑問符を幾つも浮かべた客は小首を傾げる。

 

「いえいえ、此方の話でございます~、ごゆっくり~」

 

 そう言って立ち去った友人の気配を感じつつマヤは近くに座った客が男であると悟っていた。

 酒の席で酔いつぶれた女の横に座りたがる男なんて、考えてることはヤル事しか考えてない。

 そう思いつつ、その客が話しかけて来るのを待つ。

 気遣う風に見せかけて、安宿に連れ込もうとする、と言うのがこの手の男だと知っていた彼女は酒で湯上がった頭の中にある妙に冷静な部分で思考する。

 ただ乗り出来る女だと思われるのも嫌だった彼女は、どうせなら吹っ掛けてやろうと腹に決める。

 

「幾らで買ってくれるんですか?」

 

 もう足は洗った。そう思っていた自分の口からするすると出て来る売り文句が、ジブンと言う肉体が貨幣に還元される事を躊躇しない事に嫌悪感を懐くマヤ。

 だが、それでも顔は上げず、自分の価値を見出せなかった彼女は、精一杯の抵抗として最大限ジブンを高く売ろうとした。

 

「言い値で良い」

 

 静かにそう告げる男に思わず吹きそうになった。

 そう言うキザな言い方で言い寄って来る男は幾らでも居た。

 だけど、大抵そう言う輩程、金に出し汚い所が有った。

 少しでも彼女達の揚げ足を取って安く値切ろうとするのだ。

 それを知っていたマヤは絶対払えない値段を言う事にした。

 

「じゃぁ、4000万クレジット」

 

 丁度、安いネクスト一機分位の値段だっただろうか、と冷めた感情を吐き出す彼女は、信じられない言葉を聞く。

 

「解った。支払いはチャージ式のカードで良い?」

 

 普通の人間が一生どころか、三生掛かっても稼ぎきれない金額を簡単に払おうとする人間をマヤは知らなかった。

 だが、世の中、詐欺師と言われる分類に属する人間はさらりと出来もしない事をいうモノである。

 だから彼女は男の顔を見ることなく、静かにテーブルの上に置かれた黒いクレジットカードをひったくるとそれを見つめる。

 

「―――――――――――うそ…本物だわ」

 

 マヤの腕に付けられた時計型のデバイスが、投影映像と共にチャージされた金額を映し出すと、ゼロがいくつも並んだ数字が浮かび上がる。間違いなく彼女の言い値であった。

 その数字が表示された奥には見慣れた顔が有った。

 

「自分を安売りしてなくて安心したよ」

 

 そうおくびも無く言ってのける少年を見つめつつマヤは悟った。

 

 

 ―――――――私の青春終わった


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