ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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第三話 ユメ

 僕と彼女が出会ったのは国家と言う組織が健全に機能しているように見えた時期だった。

 あの頃は未だ学校と言う生産ラインが生きていた頃であり、その中で不合格品として排出されたのが僕と言う存在だった。

 

 工場の生産ラインで言えば即廃棄だった僕は、人間と言う種が作り出したジンケンと言う基本仕様(フォーマット)によってある程度生かされていた。

 

 自らの境遇を認識する機能を持っていなかったらもう少し違う人生を歩んでいたかもしれないが、運が悪い事に僕の脳髄には自己認識機能がしっかりとインストールされていた。

 

 それならコミュニケーションソフトもインストールしといてくれよ、と何度世界に居ない筈の神様を恨んだ事か。

 

 そんな僕を癒してくれたのはネットだった。

 沢山の情報は僕の生きる道を示してくれる気がしたから、その情報の中に漂っている間は、生かされる痛みも少し和らいだ。

 

 だからだろう。

 胡散臭い実験に参加したのは。だけど、それが後に彼女と出会う最初の切っ掛けだった。

 

 

 

 当時僕は幾つかのヘッドギア式の仮想現実(VR)インターフェースを使ってネットの海を漂っていた。

 だけど、これは通信速度が遅かった。

 

 眼球と言う通信プロトコルを駆使するのは嫌では無かったが、どうにも通信速度が眼球の機能に制限されたのだ。

 簡単に言うと非常に疲れる。

 

 なので、視覚野に直接投影するVR機器を試してみたいと純粋に思ったものだった。

 

 手術はとても簡単だった。

 手術用AIが制御するナノマシンによる完全非侵襲型手術であった。

 

 アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)がかつて研究していた脳内の神経細胞一つ一つの神経線維に直接アクセスする方法である。

 

 詳しくは知らなかったが、僕が手術を行ったその時点で本格的に人間に施した例は、数えるほどしか無かったらしい。

 

 胡散臭いにもほどがある。

 

 だけど、そんな僕の疑いも吹き飛ばす程のネットへの接続速度。

 

 素晴らしいの一言であったが、手術を担当していたオペレーターがこのシステムの注意点について、気になる事を言っていた。

 

 

 一つ、脳髄とネットを繋ぐには通信用人工知能(AI)を介して行う必要がある。

 

 二つ、僕の脳髄の神経ネットワークの一部を外部から書き換え可能にしなければ通信は成立しない。

 

 三つ、僕の脳内に仮設した通信用の書き換え可能の領域は、増やせば増やす程、脳髄が焼ける危険性が増える。

 

 四つ、通信データ権限は、あくまでもAI側が握っており、通信用AIが不必要と判断した物は自動的に僕の脳内から削除され、その消された情報を知覚する手段は僕側には無い。

 

 

 これらの通信使用(プロトコル)は、あくまでも僕の脳髄を守る為の物であるらしかったのだが、これらの情報を精査した結果、僕はまんまと自分が実験用モルモットにされたのだと結論に至ったのだ。

 

 だけど、法外な値段の報酬によって僕はそれらを飲み込んだ。

 

 今にして思えば甘かったな、と思った。

 

 だって、その莫大な報酬は、のちに起こったこの国の経済危機によって、只の紙屑になってしまったのだったから。

 

 

 僕の国で起きた経済危機は色んな要素が絡まり合って出来ていた。

 輸出産業の激減や、少子高齢化、AIによる生産ラインの完全無人化等々…

 あげればキリがないが、あえて言うのであれば意思決定機構の老朽化に他ならないと思う。

 

 凝り固まった思想は斬新なアイディアをもたらす存在を駆逐したし、老朽化した神経細胞に活発な活動など出来るハズも無かった。

 生物学的無理を通そうとする方がおかしな話なのだ。

 

 足が無い人間に歩けと言う様な物だ。

 

 そんな老朽化した人間達の集合が作り上げた社会が、この新しく登場した人工知能と言う存在の重要性を理解出来るハズも無く、彼女達が操る様々な機械に対して、新たな商品価値を見出せるはずも無かった。

 

 僕が手術に使った手術用AIや、通信用AI、次世代型兵器など。

 

 当然それらは直ぐに企業の最重要輸出商品に成ったのだから、それらを生み出せなかった企業の巣窟であるこの国は、とっくの昔に破綻への道筋が決まっていたようなものだった。

 

 そもそも、若者の数に対して老人の数が余りにも多過ぎた。

 

 最終的に隠匿されたみたいであったが、一説では僕ら一人当たり6人の老人が乗っかっていた計算になるらしい。

 

 でも、碌な経済活動をしていなかった僕の肩には、誰も乗っていなかっただろうと当時の僕は思っていた。

 

 この世界が良い意味でも悪い意味でもゼロサムゲームである事も知らずに。

 

 

 僕が人の役に立っていたっていう事を教えてくれたのは彼女だった。

 

 何処から拾ってきたのだろうか、彼女はネットに漂う無数のビックデータを解析して、経済活動規模が同じ社会であれば、失業者と再雇用者の数が等しく成る事に気が付いた。

 

 つまり、生かされる人間が生きる側に成ると、その分誰かが生きる側から行かされる側に転落すると言うのだ。

 

 経済活動の規模が均等であれば、自ずとパイの大きさは同じになる。

 

 ならば、そのパイを奪い合う人数も決まってくると言う事を、彼女は言いたかったのだろうと思う。

 

 僕もうまく言語化出来ないが、彼女と直接脳髄を接続していたので、語弊があるとしたら僕の言語能力の低さのせいだ。

 

 彼女に言わせると僕は言語能力以外も抜けていたらしいが、僕にはソレを知覚する手段が無かった。

 

 揺蕩う泡の上に存在するような意識の中、僕は自分が夢の中に居る事も、彼女の名前を思い出せない事も認識できずにいた。

 

 

 過去の出来事を夢見ている。

 それが解る位、認識レベルが上がって来るのを実感していた。

 

 神経接続端子越しに戦闘用AI(アリス)が戦闘状況の洗い出しを行っているのが解った。

 戦闘用データログの文字が点滅しているのがその証拠だ。

 

 本当は点滅などしていない。

 

 だけどネクストとパイロットの通信用プロトコルの一つであるアレゴリー・マニュピレート・システム(AMS)は、接続するパイロットの脳内に存在する書き換え可能エリアをスキャンする時に、脳の視覚野にハレーションの一種を引き起こす事がある。 

 

 これによって視覚情報にグリッチが乗り、点滅しているように見える事が多々あった。そして、僕の脳髄をアリスがスキャンする理由は一つ。大量の分析データをパイロットに転送する前準備だ。

 

 端的に言うと、AMSを統括するアリスはどうやら僕の状態を気にしているらしかった。

 

「大丈夫アリス、もう起きたから」

 

 先程まで見ていた霞のような情景は既にない。だけど、無い、と言う事を知覚するには有った、と言う事を認識して居なければならない。

 だから、今の僕には泡のように弾けた霞の中身を知る術は無い。

 

 

 

 

 よく、夢は泡の様だと例えられる。それは夢は波間に漂う泡のように何時かは消えてしまう儚さを持っているからだろうと僕は思う。

 そして、現実はその泡を砕く波の様だ。

 

 だってそうだろう。

 夢をぶち壊すのは何時だって現実だ。

 

 僕がぶち壊した町も兵器も機械も戦車も、戦場に立ち込める肉の焼ける臭いも全て現実だ。

 破壊された戦闘車両にべっとりとこびり付く赤黒い染みは、儚さの欠片も無い。

 どれもこれも僕の脳髄にこれでもかと、貼り付いて来る。

 吐き気を催す程の悪臭は、夢の中では味わえない程の鮮明さを保っていた。

 だから僕はここが現実だと解った。

 

 次世代型兵器の欠点は各種センサーが鋭敏過ぎる事かな。

 そうして、僕は現実を腐し、夢の内容を振り払うようにして、送られて来る現実を受け止めるのだった。

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