ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

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遅くなりました。ちょっと短めです。


役立たずの人形2

 屋根を叩く雨粒の音が一段と強くなってくる。

 それに合わせて携帯型端末の注意喚起情報が更新されていた。

 旧気象庁が出す放射性降下物(フォールアウト)警戒レベル3相当の雨であり、豪雨予報と間違えてしまいそうになるが、これは雨に濡れる事に対する注意喚起であった。

 

 いつからだろうか、この世界の雨が毒に(まみ)れるようになったのは。

 始まりは多分、チェルノブイリ事故の時だ。

 あの時、数十エクサベクレル以上もの放射性物質が世界中に撒き散らされた。

 イギリスでは羊の体内から放射性物質が検出されたし、東ヨーロッパでは加工された缶詰からも放射性物質が検出された。

 世界中を大混乱に陥れた放射能汚染も国家解体戦争後に広がったコジマ汚染や、その後に有ったナノマシンテロの多発によって風化していった。

 今では雨の中に有害な物質が入っていると言う実感は酸性雨以上に身近なものとなった。

 だから特段驚くことなく雨が降り出すと皆、一様に手近な雨宿り出来るところに避難する。

 一昔前、僕等を生み出した世代の人間が見れば只の雨宿りに見えただろう。

 実際、軒下に避難したりしていた人たちは特段焦った様子はない。

 例えその雨に打たれる事によって寿命が縮まると知っていても、である。

 言うなれば、この毒の雨は道端に埋まった地雷みたいな物であった。

 何時も通りの道を通って居れば安全であり道を踏み外さなければ特段害はない、と言う事である。

 最も、この世界の人間が、寿命が縮む事に無抵抗なのは、貧困によって長生きする事が苦痛であると思うようになったからに他ならないと言うのが本当の所だったのかもしれないけれど。

 取り留めの無いことを考えつつ周りを見渡すと軒下や駅のホームの中で雨宿りする人達がタクシーを呼ぼうと携帯型端末を操作してるのが見える。 

 恐らくこの様子だと大阪コロニー市内の全ての道でタクシーが渋滞の列を形成しているだろう。

 案の定、使っていた携帯型端末に光る文字。それは呼び出した自家用車が渋滞に巻き込まれて事を示していた。

 

「ごめん。道、混んでるみたい。来るの、時間かかるかも」

 

 酔ったマヤを自宅に送り届ける為に呼んだ自家用車も来るはずもなく、渋滞に飲まれながら僕等は雨宿りをしていた。彼女は先ほどよりは幾分か顔色が良くなっていたが、相変わらず青白い顔をしていた。

 

「ううん。いいよ、大丈夫」

 

 僕等が雨宿りの場所として選んだ朽ちたお寺の軒下には薄っすらと埃が積もっており、壁には薄っすらと藻のような物がへばり付いていた。

 板が所々欠けた軒先に座るマヤ。彼女の陶磁器の様に白い足はすらりとスカートの裾からブーツへ伸びる。

 その黒皮のレザーブーツの表面には無数の水滴。それは路地を通る自動運転車両のライトに照らされてキラキラと輝いて見えた。

 

「濡れてる。これ使って」

 

「ありがとう。えへへ、暖かいですね」

 

 雨を遮れるようにと、ジャケットを彼女の足にかけると、嬉しそうに顔を綻ばせると、僕の方へ肩を寄せてくる。彼女の長い黒髪が僕の肩に触れると、香水だろうか、甘い匂いがふわりと仄かに漂ってくる。そんな二人を包み込む雨音はより一層激しさを増していた。この様子だと止むどころか強まる一方だろう。

 道行く人々も近くの安宿に駆け込み始めていた。こういった時だけは宿屋が繁盛するし、傘売りの少女の人影は何時もより多くなる。最後の傘を売り終えた少女は男性客と安宿に消えていく。その様子を見送ように見つめていたマヤ。

 

「雨、止まないですね」

 

「そうだね」

 

 長蛇の列を成している自動車は、まるで時間が止まったかのように動こうとはしい。暗い夜の帳を照らす光の帯は途切れることなく道端の人々を映し出す。それは道行く人々の数だけ影を産み落とす。

 漸く動き出す渋滞の列、そこから発せられる光はマヤの整った顔を照らし出す。照らされたその顔に落ちる影。

 それはどうしようもなく付きまとう鎖の様に彼女に巻き付いているようであった。

 

「―――――――向いてないのかな、私」

 

 沢山の期待を一身に背負い、それに答えられない彼女がどういう境遇に陥るか、火を見るよりも明らかだ。だから僕は何が、とも言えず唯、沈黙するしか無かった。もし、AIが普及していない昔なら。もし、経済恐慌が起きていない昔なら。もっと、福祉がしっかりしていた昔なら。きっと、彼女の様子も青春の一ページの様に美しく彩られただろう。だけれど、僕等に与えられた自由は余りにも少なかった。

 

 ――――――貴方の脳髄(デバイス)はその仕事に向いていません他の(体を売る)仕事をお勧めします。

 

 企業が管理する適職診断AIが下しそうな判断を僕は思い描いたが、直ぐにその考えを辞める。それは、単に僕が戦う理由を見失いそうになっているからに他ならないからだろうと思った。誰だってこの世界が守るに値しないなんて思いたくない。そうなればもうリンクスではいられなくなる。

 そう考えて居ると不意に車のライトが目の前を通りすぎ、馴染み深い音が聞こえてくる。

 雷鳴にも似たそれは砲弾の炸裂音だ。それに呼応するようにして一機の攻撃機が甲高い音を響かせながら僕達の頭の上を通りすぎる。それは吸い込まれるようにしてコロニー大阪の郊外に広がる漆黒の暗闇に消えていった。また迫撃砲が撃ち込まれたのだろうか。僕は翼のパイロンの下に無数の大型爆弾を抱えて飛んでいくそれを見送りながら考えていた。

 攻撃機は視線の先で郊外に巨大なオレンジ色の花を咲かせる。雨音のお陰で幾分か音が減衰されていたが地響きのような爆音は暫く聞こえ続けていた。

 

「何を言われても気にしなくていい。僕も昔、主任に向いてないって言われた」

 

 そう。それは主任がリンクスとして巣立つ最初の時にテロリストを殺す事を躊躇った僕に対して放った言葉だ。

 お前は早死にする、そう言い放つ主任の冷たい声が今でも耳に残っている。だけれど、主任の予想は裏切られ僕は長生きしている。

 

「……えっ!?鈴音君が!?」

 

「そう、僕が。だからマヤ、折角手にした自由への切符を棄てないで。諦めなければ何時か風向きが変わってマヤの求める物に手が届くかもしれないから」

 

 たとえそれが血だらけの自由だったとしても、たとえその言葉が嘘と欺瞞に塗れていたとしても、その先にマヤが求めた物があるかも知れない。だから前に進んで欲しい、そう願うような気持だったけれどマヤははにかんだ様に笑った。

 

「ふふっ、鈴音君に慰められちゃった……」

 

 その笑顔を見つつ微かな頭痛を堪える。

 そう言えば最近、あんまり深く眠った覚えが無いなと思った矢先にソレは訪れた。

 

 

 ―――――――恐らくそれは、僕に訪れた最初の発作の始まりだった。

 

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