ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした   作:Sub Sonic

31 / 51
嘘は真実となる

 彼女が最初に異変に気が付いたのは彼が倒れる少し前だった。頬に玉のような汗を幾つも浮かべ、手は氷の様に冷たくなっていた。

 呼びかけに答える事は出来た様子ではあったが、それでも弱々しく答えるのみであり、とても正常とは言えない様子。彼の体を背負いやっとの思いで近くの宿に避難し、をベッドへ寝かせるが、彼女は再び問題に直面していた。

 

「――――――なんで、携帯電話が使えないの?」

 

 それは緊急回線を使った本社への呼び出し専用回線だ。衛星回線を使ったその発信は通常なら切れる事は無い筈であったが、今は沈黙を保ったまま動こうとはしない。何故、と理由を探るように携帯型端末を改めて見直す彼女の目に飛び込んできた物は画面に表示された衛星補足捕捉不能の文字。

 有り得ない、と彼女は心の中で叫んだ。と言うのも地球周回衛星軌道を回る通信用衛星は常時数十機は補足できるように軌道投入されており、何らかのトラブルがあったとしても予備機が有る筈。その予備機すら応答しない今の状況は言ってみれば完全なイレギュラーであったからだ。

 

 ――――――核戦争でも無ければ一斉に沈黙する事は無い

 

 そう彼女は自分に言い聞かせて、はっと気が付く。

 

 

「―――――まさか!」

 

 そう言って急いで窓際に駆け寄ると身を乗り出し外を眺める。その先に広がるのは漆黒の夜空、そして中に光る無数の火の玉はまるで鬼火が漂っているかのようにゆらゆらと揺れていた。

 

 一際大きく見える火の玉。翼の一部と思われるそれは、グルグルと宙を舞いながら地上に落ちていくと白い雲間に隠れて見えなくなった。

 一瞬、彼女はテロリストが使う携帯型地対空ミサイルに落とされたのかと思ったが、直ぐに思い直す。

 その手の歩兵が携行する携帯型ミサイルは高度4000メートル、回転翼機の限界高度よりも少し高いくらいの高度しか届かない。であれば中型の地対空ミサイルだろうか。

 

 それも違う、と彼女は思う。

 それは直観でもあったが、彼女は自身が破壊を請け負っていた静止衛星がこの状態にかかわっている事が何となく解ってしまった。

 その静止衛星はGPS衛星と言う名目の要塞であり、衛星と呼ぶには全くの異質、プライマルアーマーを持った超要塞のような存在は未だ一般には知られていない様子ではあったが、その異能は十分に今の状態を作り出す事が可能であると彼女にも想わせるだけの物であった。

 

「遂に始まった……」

 

 雨の中、彼女は静かに自分達の出番が近い事を悟った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 マヤ達が異変に気が付く数分前、大阪湾の遥か上空に機影。それはボーイング777と呼ばれる大型の双発旅客機であり、高度一万五千メートル附近を飛行していた。本来であれば高度一万メートルが最適高度だったのだがテロの頻発によって地対空ミサイルに狙われる機会が多くなり、民間の旅客機は搭載燃料を削り飛行限界高度近くを飛行する事が日常となっていた。

 気圧が低く極低温の大気は音速を低下させ航空機の限界マッハ係数に影響を及ぼす為、最高速度が伸び悩む。それに加え、高度ゼロメートル地点と比べ空気濃度は一割程度しかなく燃焼特性が変化してエンジンの出力が落ちてしまう。密度の低い空気を吸い込むターボファンの推力低下も相まって大抵の航空機は運用しずらい場所であるが、搭載されていたGE90ターボファンエンジンは56トンもの推力を誇りそのお陰でボーイング777は他の航空機より無理が効いた。

 だからこそ、この大型旅客機は国家解体戦争後に大量に出回った。それは積載量に置いても余裕が出る為であり、その余剰積載分はほぼ全てにおいてECMやESMなどの防御的電子戦装置に割り裂かれた。

 そしてその恩恵は機長達には痛いほど良く分かっていた。何故なら幾ら高高度と言えども安全ではなくなっていたからだ。

 

 不意に静寂に包まれたコックピットに電子音が鳴り響く。

 

「おい、レーダー警戒機(RWR)が鳴ってるぞ。レーダーの種類を確認しろ」

 

「レーダー確認。タイプ、ビッグバード。コロニー大阪の物か?」

 

 S300と呼ばれる旧ソ連製地対空ミサイルが用いる索敵用レーダーのコードネームを告げるとコックピットに緊張が走る。有効射高三万メートル、射程300キロの地対空ミサイルのレーダーが旅客機を捉えており、撃たれれば確実に撃墜。

 そう。この手の地対空ミサイルは、ほぼ全ての有翼機の限界高度以上の射高を持つのだ。

 そして旅客機に照準を合わせているこの設備はコロニー大阪の持つ防衛設備の一つであり、航空機が匍匐飛行と言う戦術を幅広く行うようになった原因ともなる長射程地対空ミサイル群の一つだ。

 射程300㎞と言えば大阪から富士山の山頂までの距離であり、時速9000㎞で飛翔してくる地対空ミサイルに対峙する航空機は文字通り水平線から顔を出した瞬間に撃ち抜かれる事になる。それでは堪らないと機長は民間機である事を示すIFFの作動を確認したかったのだ。

 

「ああ。そうだろう。IFFはちゃんと作動して居るな?」

 

 副長は液晶ディスプレイを操作し、トランスポンダのスイッチを確認すると、即座に大阪空港の管制塔に無線を入れる。

 

『大阪コントロール。こちらノースウエスト86便、現在高度49000フィートを飛行中。貴官のコロニーの防衛設備からレーダー照射を受けている。空域を離れた方が良いか?』

 

『此方、大阪コントロール。ノースウエスト86便、傭兵部隊が作戦行動中だからだろう。問題ないが一応念のため、進路を3-2-5へ変更してくれ』

 

 機長は周りを確認したが、生憎と漆黒の暗闇の中に傭兵部隊の航空機は確認できなかった。しかしESMに幾つかの反応があった為管制塔の指示に従う事にした。

 

『了解した。ノースウエスト86便、進路を3-2-5へ変更。速力430ノットを維持して飛行を続ける』

 

『良い旅を。グッドラック』

 

 通信を終えた機長は再びレーダー警戒機からの警告音を聞く事に成る。

 

「今度は何処からだ?」

 

 レーダー警戒機とリンクした多目的ディスプレイには幾つもの表示が現れた。

   

「方位322、距離460㎞。SPY-1(スパイワン)レーダー?。旧アメリカのイージス艦か?」

 

「違う。あたご級だ。旧自衛隊の残党か。レーダー波が連続照射に変わった。追跡されているな……まったく、何時から空はこんなに危ない場所になったんだか」

 

 中立の民間機でも容赦なく撃墜する旧国軍系の軍閥は幾らでも居たが、その中でも旧自衛隊は比較的穏便な組織で有った為、民間機である事を知らせる電波を発して居ればおいそれと撃ち落としはしない。

 機長と副長はそう判断して、進路をあたご級イージス艦から逸らす為に操縦桿を倒したその時だった。

 

 

 ―――――バキン!

 

 

 機内に衝撃。

 即座に機首下げ運動を起こす機体。それを必死に操縦桿で押し戻しつつ機長が叫んだ。

 

「何だ今のは!機体が下がる!クソ!」

 

 機内に鳴り響く減圧警告のアラート音。

 機密されて居た機体内部の空気が何処からか漏れ出したことを示すものだった。

 一足遅れて強烈な陰圧が彼等の耳に掛かる。明らかに機内の気密が破れた証拠だったため、機長らは即座にコックピットの上方から滑り落ちてきた酸素マスクを装着する。これ無しでは僅か数十秒で意識を失う事になるからだ。

 

『此方、ノースウエスト86便、大阪コントロール。応答を願います!!』

 

『此方、大阪コントロール。ノースウエスト86便、何かあったのか?』

 

 緊迫した様子は即座に大阪空港の管制塔に伝わる。

 

『機体がおかしい。何かが割れる音が――――――いや、あれは何だ!!?』

 

 副長が指をさした先には漆黒の夜空が広がる。

 しかし、その闇夜の中に一筋の光。空から一直線に雲海へと伸びるその光はまるで極光の様であった。

 

『―――――ッ!近づいてくる!避けろ!ターンレフト!ターンレフト!』

 

 本能的に恐怖を感じ取った機長は即座に急旋回を始めたが、間に合わず翼を光が掠めていった。すると、主翼の一部がまるで鋭利な刃物で切られたかのように削ぎ堕ちていった。大量の燃料が切られた断面から溢れ出すと機体のバランスが崩れ、不規則なロール運動を始めると機械音声の警告音がコックピット内に木霊する。

 

『何があった!?ノースウエスト86便、応答してください!』

 

 機外には既にもう一条の光が迫る。

 コックピット内に居た誰一人、管制塔に応答出来る者は居ない。

 機体を傾斜させ、操縦桿を命一杯に引っ張る機長の眼前には巨大な光の柱。

 

『空から光が―――――ッ!』

 

 照らし出された機体は一瞬にして蒸発し、大量の航空機用燃料が夜空に火球を作り上げた。焼け残った主翼の一部がゆっくりと雲海に消えていくと、レーダー上からノースウエスト86便は姿を消した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 事態は急激に進展した。それは世界各国の空を飛んでいた航空機が軒並み墜落したからだ。当初、原因不明の事態も徐々にその全貌が明らかになるにつれてあからさまな情報統制が敷かれるようになる。

 当然、その情報統制に一番躍起になったのは事が大事になると不利益を被る企業だ。

 つまり―――――――最も宇宙開発を推し進めている企業、それはジェネラルエレクトリック(GE)社であった。

 

「まだレイセオングループのリンクスは準備が出来んのか!」

 

 北アメリカ航空宇宙防衛司令部(ノーラッド)内の作戦指令室に響く怒声。それは、先ほどまで紛糾していた静止衛星の暴走の件をどう事後処理するかと言う頭の痛い議題の余波もあってかいつもより大きく響く。 

 

「落ち着きたまえ。何のためにローゼンタールに協力を依頼したか解らない訳でもあるまい」

 

 オブザーバーとして来ていたローゼンタールの技術者を呼ぶ以外にもGEには彼等に真相を明かした訳があった。それは、かの企業がGEと同じく巨大な要塞型静止衛星群を大量に保有していたからだ。

 宇宙開発の好敵手であった彼等であったが、同じ仕様(・・・・・・)の衛星群はある意味切り札に成り得た。

 

「だが、公然の秘密となっている衛星の基本仕様を他企業に漏らすわけにもいかないだろう。我々もローゼンタールもおいそれと戦略兵器級のコジマ兵器である軌道要塞を大量に保有していたと言う事実を公に出来ん。それが知れれば批判は免れんからな。ローゼンタールも直ぐには撃墜に参加せんだろう」

 

 ネクストの保有が企業の戦力と見なされていた時代に、密かにその先(・・・・)を見越してネクスト以外のコジマ兵器を大量に保有していたと言う事実が公になれば、各企業やリンクス達が反発するのは必至。

 それに加え、衛星軌道上という相手を見下ろせる位置からの一方的な攻撃を可能にする兵器が持つ可能性は非常に大きかった。

 

「しかし、ネクストと言う時代遅れの兵器を見限るいい機会だろう。ローゼンタールもリンクスの数とネクストの保有数でレイセオングループに遅れをとっている。撃墜作戦が失敗すればネクストと言う兵器の商品価値も無くなる。当然、その兵器の恩恵を受けている企業の発言力も衰える。レイセオングループの独走を止める絶好のチャンスじゃないか」

 

「それでも一個人が持てる兵器としてのネクストの力は侮れんだろう。恨みを買って我々自身が狙われては本末転倒だぞ」

 

 国家を解体せしめたリンクスの発言力は未だに健在だった。それは、彼らの不満を買ってはいけないと言う企業家たちの暗黙の了解として存在していた。

 だが、それをあざ笑うかのようにしてもう一人の老人が言った。

 

「ハハハハ。リンクスなんぞどうにでもなるわ。軌道上から砲撃を行えばリンクスを支援するコロニーの人間は一瞬にしてこの地球上から消え去る。勿論、リンクス共々な。かたや、リンクスは軌道上の要塞群に手出しは出来ん。猫も馬鹿ではない。力の差を示せば我々に歯向かったりはせんだろう」

 

 彼等は十分に分かっていた。相手が如何なる場所に居ようとも何の前触れもなく一瞬にして殺傷できる兵器がもつ威力を。勿論、使う為の兵器では在るが寧ろ真骨頂はその怖さ故にある。日常が一瞬にして焼かれる恐怖は戦場に出た兵士なら痛いほど判るだろう。

 恐怖は人を痛めつける。そう、文字通り物理的にである。

 第一次世界大戦では何時空から砲弾が降って自身が引き裂かれるか恐怖する日常に耐えきれず数多の兵士がシェルショックと言う名の病を患った。

 人は簡単に恐怖に屈する。企業家である彼らはそれを良く熟知していた。だからこそ、ネクスト開発ではなく軌道要塞に拘ったのだ。

 しかし、例外もあった。

 

「だが、レイセオングループの持つAI技術は我々の脅威となるかもしれん。現に、先の戦いで散々我々の戦術部隊を単騎で蹴散らした暴走AIを破壊したのは例のネクストに搭載された新世代型AIらしいじゃないか」

 

「ふん。只の安物セクサロイドに我々のネクストを含む一個戦術部隊を壊滅させられるなど前代未聞だ」

 

 苦虫を噛み潰したように言葉を漏らす男。リザと呼ばれた第七世代型AIは文字通り彼等にとっては異質な存在であった。彼我の物量差をあざ笑うかのように敵の兵士や兵器を我が物とし、それを操りまた新しい手駒を増やしていく様子は新種のウイルスのようであったと、愚痴を零す男はある意味でGE社の殆どの人間が無意識に思っていた事を言ったのであった。

 

「それだけ新世代型AIには兵器としての可能性が有ると言う事だ。それに比べ我らのAI技術は遅れている。この差は憂慮すべきだろう。であるならば、今は軌道要塞の件を世界に知られる事態は避けねばならん。手を考える必要がある」

 

 そう言った老人の後ろから一人の男がぬらりと出て来る。

 

「―――――手はございますとも。私にお任せください」

 

 まるで道化のように一礼をすると彼は眼鏡をくい、と上げる。

 

「頼んだぞ。手段は問わん」

 

「ご望み通りに。人の心は低きに流れる物。解り難い真実より、もっともらしい嘘の方が魅力的に映るものです。堕ちた航空機はテロリストが墜落させた事にしましょう。もう手はずは整っています。後は笛吹きを待つのみ」

 

 慇懃な態度を崩さない男はそうして颯爽と部屋を出ていった。

 

 そうして、地上最悪のテロ集団の名はでっち上げられる。

 

 後の最悪の反体制勢力となるその組織を、人々はこう呼んだ。

 

 

 

 

 ―――――――リリアナ

 

 

 

 

 こうして嘘の歴史は真実の歴史を塗りつぶしていく。

 いつの世も変わることなく永遠に。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。