ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
夕闇に包まれた滑走路に灯る光、それに照らし出される巨体は七つ。
その体は滑らかな黒い光沢に覆われておりまるで蝙蝠のような形をした羽を生やしていた。黒と言ってもざらつく表面を走る無数の筋はまるで繊維の様に沸き立っており、生き物のようにも見えた。だが鼻を衝く焼けた臭いはオイルと蒸気が混じった物。明らかに熱機関の心臓を持つ黒い鳥は排気タービンと潤滑油が混合されて燃焼された排気ガスは辺り一面吐き出していた。機体に電力を供給する為にAPUから撒き散らされる排気タービンの甲高い騒音と排気に塗れながら作業員が機体の最終チェックを行っている。
先程から入って来る無線のやり取りには緊迫した雰囲が漂っており、世界各国の旅客機はテロを警戒してる様子であった。静止衛星軌道からの砲撃の件に触れる物は未無であり、それは一重に企業連の情報操作が的確で迅速だったからだろう。
正しく企業の対応は慣れ切っていた。そう―――まるで初めから
「こうも情報操作が上手く行くとは、老人たちも想定していなかっただろうな。レーザーって言うからもっとこう派手に空から撃ちおろされて来るモノだと思ったが」
「目標のレーザーは大気拡散率が少ない波長の光を使って対象にエネルギーを収束させている。だから目撃情報が無いんだと思う」
ノーマルACや地上攻撃機、戦車などが搭載している高性能赤外線暗視装置であったら見えたかもしれないが、生憎と旅客機にはそう言った類の物は付けられておらず見える事は無い。但し、レーザー光が空気中の水蒸気に衝突してプラズマ化すれば或いは見えただろうが。
「まさに、不可視の死神だな。そんな物をぶっ放してくる相手に勝てるのか?」
「勝たなければ死ぬだけだ。是非もない」
勝てば生き残る。
負ければ死ぬ。
簡潔明快な戦場の法則。
それは、戦場に降る雨位に当たり前の物。
「―――――だが、死ぬ気は毛頭ないんだろう?」
不敵な笑みを浮かべるトーコ。
まるで全てを見通すかのような瞳。
言うまでもない、と彼女の言葉に無言で頷く。
そうしてマヤの機体に接続されているノードにコードを打ち込んでいくと、データリンク越しにアリスの声が脳髄に届く。
『当該システムの解析を完了。Y01-
150兆個にも及ぶ膨大な
光の速度でスクロールするデータログは最早意味を成さない。
そう、これが人の限界。
人間の脳神経は数十ヘルツでしか駆動出来ない。周波数はそのままパーセプトロンの意味付けに重みを与える物であり、この数字は有機系処理ユニットとしての演算性能と対となっていた。
だがアリスの脳髄には量子を用いた演算ができるパーセプトロンが用いられており、それは10億ヘルツ以上もの動作クロックを持っていた。
量子パーセプトロンを用いたAIが全人類の知能を超えたと言わしめたのは、この恐ろしくも高速な疑似ニューロンが人の脳と全く同じ
たかだか数十ヘルツのクロックで人と言う種に叡智を与えたコネクトームのデザイン。人類種が数多の生命を絶滅の淵に追いやった歴史はコネクトームに力を与えた。生存競争で実戦証明され続け、洗練されたコネクトームはAIの血肉となった。だからこそ、人類が持つ可能性を最大限に引き出したAIが神の如くの叡智を手に入れたのは必然であった。
そして神の如き叡智を手に入れた彼女が処理しているタスクは、全人類が総出で掛かっても一年以上を要する物だった。それを秒単位で熟しているのだ。アリスを監視するシステム用データログが張りぼてに成り下がるのも道理。
それは人類と機械の間に存在する途轍もない溝を示すかの如くであり、生き物としての違いを如実に表していた。その様子を見つめて居ると不意にズキリと頭の隅に差し込むような痛みが走る。
しかし、直ぐにトーコの声が聞こえた為、それを振り払った。
「
深層学習機構がブラックボックスと呼ばれているのは、構成要素が余りにも多過ぎて、人間にはAIの脳である深層学習機構が何故その行動を起こしたか見る事が出来ないからであった。
それは正しく観測不能な黒い箱であり人間の脳髄と全く同じであったが、アリスにはその構成要素全てが把握できた。だから僕等はこうやって汎用型AIを簡単に意のままに調整できるのだ。しかし、命令が正しく伝わっているのだろうかと言う根源的な疑問が付きまとう。そこら辺はドーパミンニューロンを介す特殊なAMS適性を持つリンクスに丸投げされる所では有るのだろけれど。
「ブラックボックスを覗けないのは仕方のない事。だから直接覗けるAIにAIの構造を翻訳してもらう。僕の仕事は翻訳された情報を信用する事」
「そう言えば、その第七世代型AIとやらは人間の脳髄も
騙す、と言う言葉に何処か引っ掛かりを覚えた僕は、かつてリリアーヌが言った言葉をトーコに返す。
「トーコ、僕等は皆電気信号で外界を認識している。その電気信号が偽物なのか本物なのか解らないのと本質は変わらないよ。人間の脳はただ、外界から齎される電気信号を分類しているにすぎないから。普通、人は五感から齎される情報を疑う事は無い。目に見えた物を疑っていたら、この世界は虚構に過ぎないと認める事になってしまうから。でもそれはAIの
「成程、脳自体に外界認識能力は無い、だから瓶詰めされて居ようが、機械に繋がれて居ようが変わらず電気信号を送り込まれた人の脳はその
目の前を整備用ドローンが通り過ぎていくのが見える。
脚部に取り付けられたロードホイールを軽やかに繰り、棺に入れられた灰色の塊を持っていくと手近な整備台の上に置くとすぐさま違う場所に走っていった。
「そう。だからソレを信じれなくなった有機的、無機的生命体は罠に陥る。それが軌道要塞に搭載されたAIが陥った罠。だから制御不能になった」
いくら安定性が高いAIでも、外界からの刺激を疑うアルゴリズムを学習してしまえば結果として全ての制御を拒絶するようになる。
そして、その質感に馴染みがあったのか思いの他トーコは飲み込むのが早かった。そう言えば彼女からはリリアーヌと同じような匂いを感じた。理由は解らなかったけれど。
「AIが哲学的ゾンビの罠にはまり、人だけが自身の唯一性を信じ続ける。とんだ笑い話だ。だが――――――
何時の間にか眼鏡をはずしていたトーコは喋り方が少し変わっていた。
「大丈夫、僕には守護天使が付いているから」
そう言いつつ僕はチューニングが完了した旨を伝えて来るアリスの声に耳を傾けるのであった。
◇ ◇ ◇
撃墜作戦は予定を繰り上げて実施されることが決定された。既に地上ステーションの準備は終わり、ネクストの準備は整いつつある。整備用野戦ハンガーは簡素なシートが上に被さっただけの物であったが、衛星軌道からネクストを隠匿できるように入念な偽装が施されており、それを覆う擬装用ネットは対
そのハンガーから伸びる管はネクストから排気されるAPUの排気ガスを通す物であり、それは地中配管を通じて空港の外にある大型施設に続いていた。何かの作業所に偽装されたそこには熱交換機が運び込まれており、どうやらそれで水を使った冷却を行ってからAPUの排気ガスを大気中に放出するようであった。
「作戦を確認します。今回の作戦目標は
ディスプレイに映し出された写真は一度目に見た物と明らかに違った。長大な砲身は相変わらずだったが、今回の写真にはその横に幾つかの砲身が見えていた。追加の武装だろうかと思う間もなくキャロルが説明を続ける。
「目標のアームズフォートは800mm電磁投射砲一門、高出力レーザー砲一門、及び各種迎撃システムを装備しています。今回の作戦で最大の障害となるのは800mm電磁投射砲です。この主砲は重量6トンにも及ぶ弾道弾迎撃体を秒速30キロメートルもの速度で撃ちだす兵器であり、ネクストのプライマルアーマーと複合装甲を一撃で射抜く力を持っています。ですので、敵レーザーよりもこの主砲の回避を優先して作戦を立案します」
再び画面が変わると太平洋艦隊の写真が映し出された。空母を主体とする機動部隊は多数のアーレイバーク級イージス艦を伴っていた。
「アームズフォートのレーザー砲は航空機にとっては最大の脅威です。しかし、彼我の距離と砲の出力を勘見した結果、ネクストを撃墜するに至らないと考えます。ですが、センサー類などを破壊される可能性を加味し、
弾道弾を改造した弾道弾迎撃ミサイル、それはかつて平和の使者と呼ばれた
―――――――こんなもので空が埋め尽くされていたなんて
身震いとも鳥肌とも言い難い物が走り抜ける。
「アームズフォートの発射する弾道弾迎撃体は非常に高密度な合金でできています。その為、幾らイージス艦で迎撃したとしても完全に破壊出来る確率は限りなく低いと予想されます。ですが、同砲弾の自立誘導機能を破壊する事は可能だと我々は判断しました。それによってネクストが回避できる確率を可能な限り上げることが出来ます」
写真が変わり巨大な棒の様なものが映し出された。スラスターの類だろうか、穴が無数に空いており翼安定徹甲弾からフィンを取り除いたような見た目であった。
「ですので、作戦行動予定範囲にイージス艦を配置しました。これによって高度2000㎞程までならアームズフォートからの物理攻撃を防ぐ事が出来ます」
敵アームズフォートは鉄壁の防御に最強の槍を持っていた。だけれど、疑問が残る。
「一つ質問したい」
「何でしょうか」
「何故、ローゼンタール系の同型衛星が援護射撃に加わらない?」
最強の槍を持つ衛星群が他に居るならそれで破壊すれば話が早い。だが、それをしないのなら何らかの理由が有る筈だった。キャロルは暫く沈黙した。
「―――――――――鈴音、私達は試されているのですよ。ネクストを操るリンクスとして。そして企業は確かめたいのです。次世代を担う兵器規格がどちらに成るかを」
◇ ◇ ◇
白亜紀に存在したケツァルコアトルスのような鋭い翼を伸ばし、機械とも生物ともにつかないバイオパーツが犇めく体をトレーラーに引かれ、それは係機場からゆっくりと滑走路へと移動した。
発進待機命令が下った飛行場は整備員たちが忙しなく行き来しており、彼等にとっては今がまさに正念場と言った所だろう。
――――――出撃まであと10分
そう、これは始まり。
ネクストと
ここまでお読みいただきありがとうございます。引き続き当小説をよろしくお願いいたします。