ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
仄暗いコックピット内はジェネレーターから流れ込んで来る共鳴音だけが支配していた。
漆黒に塗りつぶされた人工筋肉に包まれた強化スーツに身を包んだパイロットであるリンクスはひたすらその時を待つ。
だが、彼には考えなければならない事があった。
それは目標となるアームズフォートがどうやって衛星軌道上から地表を飛行する航空機を識別したかと言う事だった。
偵察衛星のような高度数百キロの場所にあったのなら赤外線での探知も可能だっただろう。或いは目標が多量の赤外線を放つ弾道弾であれば更に光学装置による捕捉は楽である筈だ。
しかし、聞くところによれば被害に遭った航空機はどれも旅客機であり、ロケットなどよりも排熱が非常に少ない部類の目標物であった。何より撃墜された航空機の上空には雲が存在していた事も事前調査で明らかになっていた為、どうやって目標を選定して捕捉したのかいまだに不明だったのだ。
赤外線は水蒸気に吸収されやすい。雲は水蒸気の塊であったから捕捉したのならレーダーの類だろうと彼は思っていたが、彼等の手元には敵が射撃直前までレーダーの類を使っていなかったと言う情報が来ていた。
つまり、アームズフォートは撃ち始める前には既に目標を捉えていたと言う事であり、レーザー照射の修正射撃にのみレーダーを用いていた事を示していたが、それは有り得ない事であった。
そもそも、数万キロメートルと言う途方もない彼我の距離はレーダーでの捕捉も困難にした。一般的なレーダーはアンテナ特性と目標のRCSが一定なら距離が二倍になれば必要なレーダー出力は16倍に跳ね上がる。
つまり、彼の目標のアームズフォートはアーレイバーク級イージス艦が誇るSPY-6、探知距離1100㎞程の新型レーダーの数千倍以上もの高出力レーダー波を照射して居なければならない筈であった。
そんな強力なレーダー波を放射すれば一瞬でネクストやその他のイージス艦が持つ
「キャロル、目標のアームズフォート、まだ隠している機能があるんじゃないのか?」
『GE社からの回答は前回開示された物で全てでした。ですが、彼等が我々に隠している機能が目標のアームズフォートにあっても別段おかしなことでは在りません。我々と彼等はある意味ではライバルと言えなくも無いですから』
ネクスト開発に重きを置くレイセオングループと通常兵器、とりわけ大型兵器開発に対して積極的なGE社。
両社はある意味で違う道を歩む巨大企業であったが、今回の作戦を契機とその二種の兵器のどちらが優れているか見極めるいい機会と、彼等が様子見の為に意図的なサボタージュを行っている可能性もあった。
現に、それ以外の企業も今回の騒動に無関心、或いは軌道上の兵器を投入してまで対抗しようとはしていなかった以上、そう言った姿勢はどの企業に対しても言える事であった。
政治に興味が無かった彼は特段思うことも無かったが、地球を汚し尽しても逃げる場所を作れそうな連中が舵取りをしているこの世界は、とっくの昔に絶滅の道を歩んでいたのだろうと独り言ちる。
「企業の考える事は大体予想はつくけど、今は目標のアームズフォートがどうやって索敵しているかちょっとでも情報が欲しい」
『解っています。こちらで掴んだ情報は逐次、上げますので心配しないでください。本来であればもう少し万全な状態で望みたかったのですが……』
そう言った彼女の言葉の裏にあったのは時間切れの印である通信回線の混乱にあった。
危うい均衡を保っていたアームズフォートに搭載されたAIがついに暴走を始め、目に付いた目標を片っ端から撃墜し始めたのだ。
それによって世界中の衛星回線は遮断されてしまい、地上の通信回線さえその余波によって混乱が撒き散らされていた。世界中を取り巻いていた衛星回線を使っていた企業軍の通信網の大半が一般回線を使うようになった影響で、それ以外の一般市民がネットワークから締め出され始めたのだ。
これだけ事が大きく成れば、これが只のテロでは無いと気付き始めた者が出現するのも時間の問題だった。
何故なら世界中を飛ぶ航空機の殆どを飛行禁止にする訳にも行かなかったからだ。
そうするには理由が必要であったが、全ての地域で航空機を自発的に乗らないように仕向けるのは幾ら大企業と言えどもそう簡単では無かった。
だからこそ早急に事態の収束を望んだのだろう、と彼は思ったがマヤと呼ばれるリンクスにとっては十分な時間があったとも言えなかった。
そもそもが、彼女は新米のリンクスであり彼にとってはその彼女が何故今回の作戦に参加する事になったのか甚だ疑問だった。
「マヤには時間が足りなさすぎる。彼女が選ばれた理由、そろそろ教えてくれても良いと思うんだけど」
キャロルは少しため息を付くと事の顛末を離し始める。
纏めるならば何のことは無い企業同士の駆け引きだったのだが、仲が良い二人の関係を考えるとキャロルは真相を話す事に対して重い気持ちになる。
『彼女は、我々が出した協力するリンクスの条件である、
各企業の子飼いのリンクス達の素性は伏せられている。それは、リンクス達がテロリストなどに狙われる事を防いでいたのであるが、その中でも特に重要度が高いのがやはりAMS適性だった。
先天的な能力であるその力は後天的に伸ばすことが絶望的なのだ。だからこそ、その数値は名前や性別以上に伏せられている事が殆どであった。
そして、その情報を簡単に開示されたと言う事実は、ある意味で雇い主であるAEGグループのマヤに対しての関心の低さに他ならなかった。
しかし、それを置いても彼女の数値は目を見張る物があった。
そう言えばと彼は思い出す。
「成程。だからシュミレーターのサージ電流に耐性があったのか」
被撃墜を知らせるサージ電流は、普通のリンクスなら数分間上手く歩けなくなるくらいには
成程と彼は思ったが、レイセオングループが彼女を選んだ理由を考えかけて思考を止める。
今考えるべきは企業同士の駆け引きの事ではない。生き残る事、唯その為だけにリソースを裂くべきだと考えを改める。
『何も無ければ宇宙に行くことは容易いでしょう。ですが、彼女自身の体質と戦闘能力は比例して居ません。何らかの予期せぬトラブルに対応できるとは思えません。いざとなったら鈴音、貴方だけが―――――』
キャロルが続けようとした次の瞬間、基地内にサイレンが響き渡った。
何が、と言う間もなく基地防衛設備の一つである地対空ミサイル群のうちの一つが火を噴いた。
旧ロシア製の対弾道弾迎撃にも使用可能なSAMの一つは東の夜空にオレンジ色の輝きを巻き散らしながら上昇していく。
東の空を幾つもの火の玉が流れ落ちていくのが見える。
『各班!緊急発進――――――!!!急いでネクストを離陸させて!!』
キャロルは間髪入れずそれを衛星軌道上からの攻撃と悟り、ネクスト部隊の発進を命令した。
仄暗いコックピットの中でその声を聞いていた少年は
―――――奴は一体、どうやって僕等を認識しているんだ
その声は緊急発進シークエンスを開始した旨を伝えるアリスの声にかき消されていった。
◇ ◇ ◇
軌道上から幾つもの光が降り注ぐ。
極超音速のスピードで落ちて来る重金属は空気抵抗を受けながら熱圏へと突入すると、凄まじい減速加速度を受けて高温の火の玉となった。
一般的な核弾頭のノーズコーンはこのような高熱に耐える為にカーボンマテリアルを炭素で補強した素材をアブレーターとして機能させて耐えるように出来ていた。
これらの素材構造は極めて技術レベルが必要な物であり、弾道弾開発で最も難しい部分でもあった。
一般的な衛星に比べ非常に高い突入速度と、突入角は構造体に致命的な応力を簡単に発生させ得る。
現に、弾道弾は高度一万三千メートル付近で最も強い空気抵抗を受ける事に成り、減速時には造体に重力の五十倍以上もの応力が掛かるのだ。
これによって弾頭は簡単に破壊され、核弾頭としての機能を消失させえた。
だが、今落ちて来る重金属の侵徹体は高ロフテッド軌道を取るICBMよりもはるかに速い速度で落下してきていた。
『なんて――――――――速度!』
既存の技術では説明がつかない突入速度はある疑念を抱かせるには十分であったが、その疑念は確定に変わる。
『警告、
急速に加速しつつ落ちて来る重金属体は熱圏に突入しても尚、空気抵抗に打ち勝ち加速を続ける。
『迎撃間に合って!』
落着しようと落ちて来るRVは、弾道弾迎撃ミサイルが対応できる限界速度を超えていたが、それでも落着地点と同じ場所に撃墜可能なミサイルがあった事で辛うじて命中弾を得ることが出来た。
秒速30㎞の物体を秒速数キロメートルの物体で撃墜する。弾丸が止まって見える程の速度は、そのまま迎撃確率を激減させるだけではなく、分離した破片すらも凶器とさせ得た。
滑走路の上空でアームズフォートが発射した侵徹体は地上から発射されたミサイルに搭載されていた
それがそのまま発進待機中のネクスト部隊の周囲に降り注いだ。
凄まじい運動エネルギーは地面を掘り返す。
まるで爆薬が地面に埋め込まれていたかの如くアスファルトが剥がれて舞い上がるが幸い、主滑走路は無事。
だが、それも何時まで持つか解った物じゃない。
立ち上がっていないアークジェットエンジンに歯噛みしつつ、エクスシアの電気系統にエネルギーを流し込む。
「早く起きろ、エクスシア―――」
明らかな宇宙空間からの狙撃に肝を冷やしながら周囲に居た整備員たちは退避を開始する。
本来であれば動き回る整備員が焼かれないよう気を回さなければならない筈であったが、エクスシアの排気を受け止める為のジェットブラストディフレクターが持ち上がっていた為、気兼ねなくエクスシアのエンジンの出力を上げられる。そう考えつつ更にエクスシアのエネルギーラインに出力を振り分けると、遂にアークジェットエンジンから青白いプラズマトーチが吐き出される。
それを後部カメラで確認していると大気を勢いよく吸い込み始めた過給器から甲高い音が響き始めた。
『整備員は直ちに退避!ネクストを上げるぞ!安全装置の抜き忘れが無いか注意しろよ!』
予め武装の類から安全装置は取り払われていたが、それらが外れていか手早く確認していく整備兵達。
その横では続々と基地周辺の地対空防衛設備から迎撃ミサイルが発射されていく。そうしてそれらは次々と落下してくる侵徹体に吸い込まれていった。
再び周囲に破片が降り注ぐと、その一発が空港の管制塔を粉々に破壊した。
一瞬、キャロル達の身を案じたが、そう言えば彼女は地下指令設備に籠っているのだったと思い出し、胸をなでおろす。
『鈴音!地上整備員は全て退避完了しました!直ぐに上がって!』
「了解」
そう頷くが、既に空港は混乱の渦に巻き込まれた。
待機場から勝手に動き出す航空機とそれと衝突して立ち往生する旅客機が誘導路を塞ぐ。
インターセプトする為に誘導路を移動していたロシア製の戦闘機は立ち往生していた。
それを尻目にジェットブラストディフレクターに勢いよくプラズマブラストを打ち付けると甲高いタービンの音がジェネレーターの共鳴音を掻き消していく。
「こちらキャンサー1-1、ヴェネラ2-2、離陸準備は良い?」
マヤのコールサインを呼ぶと彼女は慌てて無線に答える。
『こちらヴェネラ2-2、離陸準備完了です!でも、滑走路のディフレクターが邪魔で前に進めない――――…』
管制塔でコントロールしていたディフレクターは後続機の障害物となっていた。
地上整備員が全て退避した今、必要無かった。
「問題ない、此方で下げる―――――――アリス、ディフレクターのコントロールデバイスにアクセス」
ネクストに搭載された超電導レーダーアレイから発信される様々な波長の電磁波が、地中に埋まった電気的回路に電位を発生させると、共振現象によって複雑な電磁パルスを返してくる。
それらの電磁パルスは再びレーダーアレイで受信されるとアリスが
『了解。非常時につき友軍設備への非正規接続を開始します。管制
制御デバイスと此方のレーダーアレイとの間にサイドチャンネルを確立した彼女は即座に制御デバイスに命令し、アクチュエーターに信号を入力すると巨大な鉄の板はゆっくりと倒れていく。
「キャロル、プライマルアーマーの使用はまだ許可されないのか?」
戦場と化した空港は落着してくる再突入体の衝撃波によって無数の破片が舞っていた。
それに叩かれて重要なパーツが破損したら作戦処ではなくなる、そう思って彼女を急かす。
『コロニーの代表からこの空域内では使用させることはできないと通達が有りました。彼等は事情を知りません。今回はパイロットの裁量に委ねます』
つまりはセルフサービスでどうぞ、と言う事らしい。
『警告、敵レーダー照射を確認。タイプ、超大型フェイズドアレイ。再突入体の落着予想地点を表示』
見事にネクストと一致する落着ポイント。恐らくは弾着確認を行っているのだろう。
「狙われているか。各機、プライマルアーマーを展開。キャンサー1-1、離陸開始。早く上がろう。地上に居たら幾つ命が有っても足りない」
『りょ、了解!』
コロニー大阪を汚染する可能性があったが離陸できなくては本末転倒である。それに即座に離陸して空域を離れられれば汚染は最小限に止められる。
極めつけが敵砲弾に搭載されていたコジマ技術だ。もめ事になるにしてもどうせ、後でPAを使ったんじゃないかと勘繰られるかもしれない。だったら初めから使った方が良い。そう思い切り、機体周囲にPAを展開した。
エクスシアの周囲に緑色の輝きが撒き散らされると機体からは巨大なプラズマトーチが吐き出され、急加速していく。
『敵再突入体の落着まであと1分30秒』
離陸し終わるまで間に合いそうだ、そう思いつつ急激に機体が加速していくのに身を任せると正面に巨大な旅客機が侵入してくる。
『前―――――!』
マヤの叫び声。同時に誘導路から強引に割り込んできた大型旅客機は滑走中のエクスシアの前に飛び出そうとする。
離陸が間に合わない――――!
そう思った矢先、滑走路に侵入する直前にその旅客機は巨大なスライサーによって真っ二つにされた。
まるでギロチンにかけられたかの如く、機首を切り落とされて誘導路で炎上し始めた。
その横には一条の光の線。
その線は真っ直ぐにこちらに接近してくる。
『警告、敵レーザー照射を確認。地上到達出力、推定2.3
「キャンサー1-1、このまま突っ切る!気にせず離陸しろ!」
『りょ、了解!』
アリスの声を信じて突き進む。
レーザー光は先頭のエクスシアを捉える。AMSから流れ込んで来る視界が光に包まれた。
ある程度プラズマ化したレーザー光はPAに干渉すると最後の力を振り絞り機体表面の装甲を熱した。
『機体温度上昇、装甲表面温度、許容値内。装甲値低下、確認できず』
『す、凄い。あんなに威力のあるレーザーを防いでるなんて……』
マヤは自社の装甲技術が信じられないらしい。
「流石はレーザー兵器の大手企業。装甲材も優秀」
複合装甲と温度分散機構のお陰で機体表面が溶ける事も無く離陸していくと、遂にアームズフォートはレーザーによる撃墜を諦めたのか極光は消えていた。
『ヴェネラ2-2、離陸完了。無人機も続いています』
火に包まれた空港の上空を巨大な翼竜が列を成して飛んでいる。
あの様子だと地対空防衛設備も大部分が破壊されたのだろう。
忙しなく迎撃弾を上げていたSAM部隊も今は不気味な沈黙を保っていた。
「全速で空域を離脱する」
そう言った矢先、主滑走路に灼熱の火球が出現した。
それは夜空に垂れこめた低い雨雲をオレンジ色に照らし出すと、辺り一帯を真昼の様に照らし出す。
土煙と共に舞い上がる粉塵は何処までも登っていく。
『大阪支部の地下要塞に居て助かりました』
キャロルがデータリンク越しに今の画像を見ていたのだろう。
そう呟くのを聞きながら僕は思った。
迎撃不可能に近いこの兵器は何処までも次の戦いの行方を見せつけていた。
――――――これからの戦場はもっと長距離の戦いに成る
それは予感では無く確信に成りつつあった。