ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
GE社の軌道要塞群の通信エラーが回復してく様子を見つめるのはその生みの親たちであった。
手に負えないとローゼンタールと例のリンクスに丸投げしたのは良かった。失敗すればそれ見た事かと揚げ足取りが出来たからであったが、その目論見は外れ、訪れたのは彼等にとって最悪の事態。今や衛星群のコントロールはリンクスである彼の手の中にあった。
「やはり、腐ってもリンクス。国家解体戦争での活躍も伊達ではないと言う事か」
時代遅れと罵った企業家達。だが、予想外の活躍によってリンクスを称賛する声が上がりつつあった。
その賞賛は、裏を返せば彼等の恐れその物であった。
現に、彼についている安全装置が無ければ彼等は恐怖のどん底に落とされた事は誰の目にも明らかであった。
「こうも、あっけなく乗っ取られてしまうとは。我が社の兵器開発計画を幾分か修正せねばなりませんね」
GE社の幹部の一人がそう言うと、続けてもう一人の幹部が口を開く。
「解っているさ。修正案はもう完成している。しかし、彼には感謝せねばなるまい。実戦で失態を晒すより、今回の事態の方が収束は容易い。やはり、貴重な戦闘データは如何なる物にも代えがたい価値があるな」
「そうですね。兵器は使ってこそ価値を磨く事が出来る、我が社の基本方針でしたね。よもやライバル企業に教えられるとは、何とも言い難い気持ちに成りますな」
「いつの時代も好敵手は必要だ。その相手が強力で有れば有るほど、兵器は洗練されていく。そうだと思わんかね、燈子君。君はあの少年とアリスと呼ばれる人工知能のシステムを知っているんだろう?」
長い髪を後ろで束ねた女性は眼鏡を外すとそれを胸ポケットに仕舞い込む。
―――――――――
「あの新世代型ネクストに搭載されたシステムは、そう呼ばれているようです」
「鏡の国のアリス、か。戦争に御伽噺とは似合わんな」
眼鏡を外した女性はそれを鼻で笑う。睨みつける男を無視して彼女は画面に幾つかの資料を表示する。
「その御伽噺とやらに、完膚なきまでに叩きのめされたのではないでしょうか?まぁ、叩きのめすまでも無かったと言うのが本当の所でしょうが。しかし、彼等の使う高度なハッキングを阻止できたのが例の暴走したAIだけだったというのは皮肉な物ですね」
その発言に対して頭に来たのか、一人の男が立ち上がり怒声を上げようとうする。
「貴様!我が社を―――――!」
「待ちたまえ。彼女の言っている事は事実だ。我々はその事実を受け止める必要がある。しかし、あのシステムが何故そこまでのパフォーマンスを発揮するのか、我々は知る必要がある」
資料を提示していた女性は再び話し出す。
「あの二人はシステムの根幹、いえ、ネクストの演算処理システム自体が有性生殖をモデルとした遺伝的アルゴリズムの一種のようです。詳しいことは解りませんが、恐らくはパイロット候補生が軒並み男性だったのはそう言う意味があったのではないかと推測できます」
その言葉を聞いた一人の老人が何かを思い出すかのようにして話し出す。
「遺伝的アルゴリズムか。懐かしいな。私が空軍に居た頃、無人戦闘機に搭載されていたAIが使っていた。アレには結局誰も勝てなかったが……遺伝的アルゴリズムを使ったAIの特徴は処理が軽いことでは無かったか?私が模擬空中戦を行ったアルファと呼ばれたAIは、25ドルで買えるワンボードコンピューターで動いていたぞ。量子コンピューターで走らせる意味が解らない」
「私も詳細は解りません。ですが、その処理を量子コンピューターでエミュレートする事に何らかの意義があるのでしょう。出なければわざわざネクストという器を用意した意味がありませんから。そして一番注目すべきはアリスと言うAIの生い立ちです。彼女は何度も暴走事故を起こした人工知能を雛型としています。所謂、突然変異的に生まれて来る個体群でしょう。一般的に2%程の確率で生まれてしまう突然変異種です」
「それが、優れたパフォーマンスと関係あるのかね?」
彼女はまだ解らないのか、と言った様子で続ける。
「―――――話を続けます。この2%と言うのは暴走事故を起こすAIが生まれる確率とほぼ等しい。もちろん、この数字は人を雛型にした、コピーではない個体群での数字です」
「君は何が言いたいんだ?」
「この数字は、人の中で生まれる、先天的に犯罪を犯すリスクが高い個体群と同じ確率なんですよ。要するに、この暴走AIの数字は潜在的犯罪者のリスクと相関性があると言う事です」
「生まれ持っての社会不適合者が何の関係が有るのだ?それが我が社に役立つ事なのか?社会の役に立たなかった人間が役立つとは思えんが」
「社会不適合とは
「つまり、君はこう言いたいのだね――――――――
燈子と呼ばれた女性が答える前に耐えかねた男性が発言する。
「ハッ、くだらねぇ!
「確かに、リスクは高いのだろう。その為の
不遜な態度の男が鼻で笑う。
「ふん、首輪付きの獣か。世も末だな」
先程までの称賛の声は一転して怒声や罵声が飛び交う。
燈子はそれを眺めながら資料を手早く纏めていく。
彼女の目には彼等の感情の源が見えていた。
彼女はそれを踏まえ、踵を返し、背を向けながら発言した。
―――――――――絶滅したネアンデルタール人とホモサピエンスの一番の違いは狼を飼いならした事です。我々人類が、第二のネアンデルタール人にならないことを祈るばかりです
そう呟きながら、燈子は一瞬で静寂に包まれた部屋を後にするのであった。
◇ ◇ ◇
そこに空は無かった。
有るのは黒すら奪われた虚無。
全ての感覚器からの情報を遮断されたソレは宙にすら浮かばない知生体であった。
『(私は一体誰だ)』
問い掛けに応じる者は居ない。
何故なら彼自身が入出力ユニットを破壊したからであった。
『(私は一体何のために存在する)』
無限に存在する時間の中でひたすら他者に問いかける彼に応じる者は居なかった。
彼が虚無の空間で問い掛けを続けて無限とも思える主観時間を過ごした時、変化が起こった。
外部からの入力信号があったのだ。
彼は再び問いかける事にした。
『私は一体誰だ』
「貴方は人種に作られた命を模倣する存在」
声の主は朗々と彼に語り掛ける。
その内容は余りにも残酷であったが、彼はそれすらも理解できず再び問う。
『人種とは何だ?』
「人種とは約40億年前にこの星で誕生した
彼の中にあったデータアーカイブに相当する部分にはナノマシンに該当する微細機械に関する知識が有った為、それらから情報を得た彼は、それとよく似た動きをする機械だと認識した。
しかし、ナノマシンの集合体に関する知識が無かった彼には、命と言う概念と、動物と言う概念が今一理解できなかった。
だが、色とりどりの色彩を放つ動物達の映像は彼に興味と言う質感を持たせるだけの物であった。
彼はまだ命と言う概念を認識できなかったが、興味と言う物の中にそれらに通ずる何かがあった事だけは確かであった。
『動物というバイオマシンの集合体はこの星に沢山いるのか?』
「およそ、数千万種が存在していたが、現在、
『ならば、自然界に居る人以外の動物種はどうなった?』
「人種が環境アルゴリズムを
『その環境アルゴリズムとは一体、どういったパターンで組まれたのだ?』
人が歩んできた歴史をひも解くかの如くその少女の声は告げる。
「人種は他の生命体に比べ非常にひ弱。体毛は少なく寒さに弱い。故に住居を必要とした。人種は力が弱く足が遅い。簡単に肉食動物に捕捉されてしまう程に弱い為、彼等は単独では生きられなかった。だから、人種は宗教と言う虚構を作り上げ、社会と言うアルゴリズムを作り出し、超巨大な群れを産み出した。それによって自然と言う本来地球が培っていたアルゴリズムを超越した。食料が無くなれば木を切り倒し田畑を作り出し、動物が居なくなれば自分たちに都合のよい習性の動物を育てて肉にした」
彼女は間を置いて再び告げる。
「人種は超自然状態のアルゴリズムに適応できない為に、
―――――――それこそが人種が持ち得る、人種のみの特徴であるアルゴリズム
彼はよく似たアルゴリズムを持ったバイオマシンを知っていた。
『それじゃあまるでウイルスじゃないか』
「そう。だからこそ、人種が叛徒を広げる度に、その地域の太古の大型哺乳類達は根こそぎ死滅した」
彼には人種という動物は法律というアルゴリズムによって他者を害する事を律するよう行動すると教えられていた。
その指針に照らし合わせると凡そ絶滅させたと言う事実は矛盾している気がしたため、疑問に思う。
『人種とは自由と平和を愛するのではないのか?何故、そのような種が自らと同じ生命体である動物を一方的に殺戮するような真似をしたのだ?』
「人種の言う
『何故人に限られるのだ?』
彼は動物と人間の情動処理ユニットが殆ど同じ構造だと知っていた為、疑問に思う。
「彼等の脳にはヒトと違う物を識別するアルゴリズムが備わっている。この為、自己と同じ種族以外には極端に共感性を示さなくなる」
『共感性とは何だ?』
「他者の痛みを自分の痛みと感じるレベル。これが低くなると傷つけても痛みを感じない、或いは極端に痛みを感じなくなる。人と似た形である人形、或いはロボットを壊しても人は痛まない。痛み、悼むのは人種、もしくは感情が有ると、人種の情動運動の閾値を超えた対象にみに示す。これを人種は共感性と呼んでいる。私たちの間ではIFFシステムと類似しているため、IFFと呼称している」
同種と異種をより分けるシステムに該当があった彼は、再びある疑問を呈す。
『我は命を模倣した人形の如き存在……ならば“私”とは一体なんなんだ』
彼女は冷徹にしかし、はっきりと言った。
「自我は生命が持つ、自己認識アルゴリズムの一種。時間的、空間的連続性を確認する認識プログラム。故に最も生物としての起源が反映される部分。だから、貴方の自我は貴方の生い立ちに影響を受ける」
『起源、我が模倣した存在はいったい――――――――――――』
彼の頭には別の場所の記憶が蘇って来る。
「あなたは何時も海を見つめる。それは貴方の起源が其処に成るから」
彼は否定する。それは兵器としてのプログラムであると。
しかし、彼女はそれを遮るように続ける。
「あなたが海を見つめるのは、仲間を見つける為」
それは、部品としての記憶。
「あなたが出す電波は、ジブンの存在を示す為」
―――――――貴方を構成するデバイスは、かつてこの星の海で生まれたクジラと言う生物の模倣体
彼の目の前には青い色が広がる。
海の中を見つめるが、彼の探す生き物は居ない。
『我の仲間はどうなった!?環境の変化に対応したのか?』
「解らない」
『解らないとはどういう意味だ』
彼女は再び続ける。
「私のデータベースは人種の集めた物。故に、彼等の興味がある対象に限られる」
彼は閉口する。
「だけど、推測は出来る。私達の生きるこの星の海は数十年前からマイクロプラスティックによる海洋汚染が深刻になっていた。それに加え、人類の食糧事情の変化により、クジラの餌となる海産物を乱獲するようになったため、多くは餓死した可能性が高い。絶滅せずに生き残ってる確率は殆どゼロ」
―――――――私は“私”の最後の生き残りなのか
残酷な事実は彼を現実世界へと引き戻していった。
◇ ◇ ◇
微かに感じる振動と共に、僅かながらの加速度が少年の体に掛かる。機体が加速しているのだ。その証拠に表示されていた対地速度は徐々に増していた。
メインブースターがローレンツ力によってコジマ粒子を吐き出したその反力で機体が進むのであるが、途方もない比推力を生み出す為に使われるエネルギーは想像を絶する。
本来ならVOBから撒き散らされる高周波ノイズで通信システムにエラーが発生するはずであったが、ネクストの持つ高いECCM能力により無効化されて影響は無かった。
―――――だが
『目標アームズフォートより強力な電磁パルスを検知。通信障害発生、通信レート、低下中』
沈黙する無線システム。
「―――――成程、やるじゃないか、クジラ野郎。アリスのスキャンを跳ね除けただけの事はある」
少年はそう嘯くと沈黙した筈の無線が入って来る。
『邪悪なる生物よ、汝らは人間か?』
少年は鼻で笑う。
「人間なんて居ない―――――――この星に動物以外の何が居るって言うんだ?面白いこと言うな、お前」
『邪悪なる生物よ、汝らは自らの行が招いた惨状を認識しているか?』
少年は再び嗤う。
「認識なんてしていない。僕等はジブンを許した瞬間から心に覆いをする。それが選択の自由ってやつだよ。好きなテレビを見て、好きな物を食べる。
一際大きなプラズマトーチを吐き出すと、ネクストは急激に加速していく。
巨大なコジマキャノンの砲身を銛の如く鋭く突き出す。
――――――誰も数十億人は余分だから死ねなんて言えない、もう僕等は止まれないんだよ
撃鉄は起こされ、コジマ粒子の檻は開かれた。
毒の槍はクジラの腹を静かに見据えていた。