ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
人間が生存する限界、それを3の法則と言う。
酸素が無い状態で3分、適切な体温が保てなくて3時間、水分を補給できなくて3日、絶食して3週間。
これが僕とマヤが死ぬ条件である。
まず、酸素であるが、コックピット内の酸素循環システムの負荷は一人の計算だ。
今はマヤが居る。今後どうなるか、予断を許さない状況であった。
次に、適切な体温が保てるかどうかと言うのはひとまず問題は無い。
人間一人の放射熱量は約200ワット。
この狭い空間に400ワット級の暖房機器が常時運転されていると考えるならばすぐさま破綻する事は無いだろう。
食料は、僕の機体にある物を含め、マヤの機体に緊急用レーションが程々に有った為、3週間以上生き残れる可能性があった。そして、水であるが、これは一人分しか用意されて無かった。恐らくこれが一番のボトルネックになるだろうと僕は直観していた。だけれど、地球帰還軌道にさえ乗れれば問題は無い。そもそも、幾ら食糧が有ろうとも地球に帰れなければ何れ破綻するのだから。
だからこそ、僕はもう一度アリスの起動を準備していた。
非常用バッテリーに蓄電が完了する数十分後にジェネレーターの再始動を行い、軌道調整を行う予定だ。量子メモリーの損傷を気にしなくていい完全休止状態の彼女を起こすのはその時になるだろう。
問題はネクストの軌道を地球帰還軌道へ変えれる程の燃料が残っているかが問題であった。
マヤの機体が使えればよかったが、彼女の機体はお世辞にも状態が良いとは言えなかった。
コックピットへの砲弾の直撃。
幸い複合装甲に守られて貫通は無かったが、損傷は大きかった。
慣性航行装置損傷、それにGNNSアンテナ損傷、要するに位置情報はお釈迦になっていた。
重水素ジェネレーターはまだ動く。そして肝心のVOBも比較的損傷は軽微。
だけど、酸素供給装置が駄目だった。
つまり、メインの生活空間としては使えないと言う事だった。
そう考えつつ、船外活動をしていた僕の視界に地球が映る。
既に十分すぎる程小さく見える青い星は遥か彼方。
外は生物の生存を許さない死の環境。
そんな場所にひ弱な猿の成れの果てのである人類が存在することが意味する事は一つだけ。
僕等人間は機械無しには生きていけないと言う事だ。
機械、それは即ちアリス達、AIの事を指している。
僕等は彼女達の神託無しには存在すら許されない。
「そう言えば、アリスのご先祖様が初めて生まれたのも月に行くため、だったっけ」
人類初の地球外惑星への到達。
その偉業は機械無くしては成し得なかった。
世界初のデジタルフライバイワイヤ飛行、つまり、人の意思を操縦桿と言うカタチに直し、アリスのご先祖様である機械が適切に翻訳する、機械と人の共同作業。
それにより猿の成れの果ては遂に月にまで至った。
あれから百年、僕等はずっと足踏みしていた。
―――――――何時からだろうか、人間が機械の力を自分の力だと勘違いし始めたのは
僕は腰に繋がった宇宙遊泳用の
人は空を自由に飛びたいと願った。だから、機械はそれを叶えた。
戦闘機や宇宙船に搭載された機械は人の意思を読み取り、危なくないように、適切に機体を操作した。
それによって従来では考えられない程の機動が可能になったし、本来であれば飛ばない筈の物さえ安全に飛行させた。だから人はこの力をジブンに宿る力だと勘違いし始めた。
あの汚れてしまった青い星に蔓延するのはチープな万能感だ。
僕等は自らの完全無欠さを疑いもしない。本来なら自分の出した汚物すら真面に処理できないって言うのに。
だからこう思う。
いつか、この代償を払う日が来る。
その時が人が裁かれる日だ。
そうして漸く人は真実に気が付く。
人間と言う種が築き上げた文明は、人ではなく機械が築き上げた文明であったと。
その時、僕等は本当の意味で只の猿に戻るだろう。
だけれど、受け入れなければならない。それが本来の姿であると。
嫌なら戦うしかない。
それが、僕等、人類に残された最後の
あれからアリスの起動を終えた僕達には深刻な問題が発生していた。
問題その一、僕等の現在座標が不明な事。
GNNSシステムと慣性航行システムがマヤの機体でも使えない可能性が高かった為、アリスに何らかの方法で現在位置を再入力する必要があると言う事だ。こればっかりは僕等の手によって行わなければならない。
問題その二、アリスのメインカメラ及び、ハッキングシステムに深刻な障害が発生していた事。
遠隔操作でマヤの機体にアクセスできれば彼女の機体に搭載されていた測位システムが使えたかもしれないが、それもかなわない。それに加えてメインカメラのダウンは画像解析による位置補正が使えない事を意味していた。
つまり、軌道修正は何らかの形で僕等が現在位置をアリスに教え込まなければならないと言う事だ。
幸い、外の様子は備え付けのペリスコープで覗けたため、対策を考案できる可能性があった。
問題は、それに付随してマヤの機体を動かす際は、彼女にもう一度あの機体に乗ってもらう必要があったと言う事だ。
僕は頭を抱えるしか無かった。
それは彼女の機体が既にリンクできる状態にない可能性があったからだ。
四肢が欠損した機体とリンクするのはとても危険だ。
欠損はAMS負荷が大きくなる要素である。
消耗した今のマヤが動かせば死に至る危険があった。
つまり、僕は生き残るために彼女にもう一度死ぬ危険を冒せと言わなければならなかった。
正直それは容易くない。
そう考えているとマヤが目覚めたようだ。
「ごめんね、寝ちゃって」
「ううん、いいよ。疲れてたみたいだし。それより体は大丈夫?」
「うん、もう平気」
助け出した時に比べたら顔色も良くなっていたが、その顔には何処か影が潜んでいた。
「ひょっとしてまだ気にしてる?」
「―――――うん。何だか私って、やる事なす事裏目に出ちゃうなって思って」
「そう?最後のは良いショットだったよ。今回の大金星は間違いなくマヤだと思う」
マヤは震えるように肩を寄せる。
「あの時ね、鈴音君に間違えて当てちゃったかと思って、私、パニックになっちゃったの。それで、居ても立っても居られなくなってこんな所まで来ちゃった。帰りの事、全然考えて無かった。夢じゃないよね?鈴音君、生きてるよね?」
「大丈夫、僕はここにいるよ」
パイロットスーツのポケットからレーションを取り出す。
「食べる?」
「うん」
そういって取り出した固形レーションを小動物みたいに食べるマヤ。
それを眺めながら僕もミネラル分を豊富に含んだレーションに舌鼓を打つのであった。
アリスの起動まで、マヤと他愛もない話をした。
彼女の好きな本や、音楽。それに生まれ故郷の話も。
こんな宇宙の果てでする話では無かったが、不思議と違和感は無かった。
心の何処かに死ぬかもしれないと言う意識があったから、彼女はいつもより饒舌になった。
「私ね、実はリンクスになる前に鈴音君に一度会った事があるの」
「え?何時?」
「一年前。多分、鈴音君がリンクスになって直ぐだと思う」
リンクス、と言うからには僕がネクストに乗っていたときだろうと思い、一年前に戦った戦場を思い浮かべる。
だけど各地を転々としていた為、特定の国が思い浮かばない。
あの頃の世界は国家が解体されてポップコーンみたいにはじけ飛んでいたから、今よりも戦いの場所は沢山あった。
「私のおばあちゃんはスルプスカ人なの。あの時、私はそこに居たの。サラエボの町で虐殺が始まった日。そして鈴音君がネクストに乗って空を飛んでいた日に」
「でも、マヤって苗字が日本人だよね…?ひょっとして――――」
「うん、パパが日本人だったから。私のパパはレイセオングループの研究員だったから。あの時も仕事の関係でサラエボの町に来てたんだ」
僕は絶句した。
あの時、暴走したAIを破壊するミッションは成功した。
だけど、レイセオングループの研究員は全員死亡したと報告書にあった。
つまり、彼女の父親も――――――
マヤは僕が絶句している事に気が付いたのか慌てて続ける。
「ああ、気にしないで。もう、解ってた事だし。気持ちの整理も、もうついてるから」
「そっか、でも何だか偶然だね、一年前に出会ってたなんて」
「――――う、うん、偶然だね。あははは……」
何処か釈然としないマヤ。
「それより―――――何か手伝えることある?」
そう言って彼女は話題を変えようとする。
あからさまに『これ以上深く聞かないで』と言った雰囲気を纏った彼女に戸惑いながらシステムの再起動を始めるのであった。