ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
ジュバに拠点を置く整備工場では、先日行われた敵襲によって損傷した人形兵器を修理するために、大規模な野戦整備場が整えられていた。そこに並ぶ幾つもの部品。それは分解され使える部分と、それ以外、つまり本格的な修理を行うために後送する必要のある部分である。使える部分は組み直され、新たなアセンブリとして戦場に出され、スクラップ同然のパーツは前線基地の隅に追いやられていた。重度の損傷を受けた部品が置かれたエリアを横切る一台の
「ご無事でしたか、大佐!」
「ああ!この通り、ピンピンしてる!それより、放射線探知機が鳴りっぱなしなんだが、何か知ってるか?」
巨大なエンジンが奏でる轟音が開けた窓越しに飛び込んでくる。それに負けじと声を張り上げるが、胸ポケットに忍び込ませていた放射線探知機が警報音を奏でていた。
「ええ!例の新型が暴れ回ってからずっとです!奴にやられた機体は特にひどい!」
「なるほど、噂通りってわけか!破壊された機体は別にして取ってあるんだろうな!?出来れば見たいんだが」
国家解体戦争からまだ日が浅い段階で既に新型兵器と放射線反応の関係性は密かに噂されていた。だからこそ彼らは放射線反応に神経を尖らせていたのだ。
「特別保管場にありますよ!でも、その前に除染します!」
二重耐弾ガラスの窓が閉じられると、与圧され気密が保たれた。外に集まってきた作業員たちは皆、防護服を着ており手には放水用のノズル。そこから噴き出した液体は車体に付着した未知の放射性物質を洗い流していった。
除染は思いのほか直ぐに終わる。液体に含まれた洗浄剤によって簡単に装甲表面から引きはがされたからだ。問題は地面に流れ落ちた粒子だ。これは兵士達が土をひっかき出し、専用の廃棄抗に捨てることによって対処された。要するに地面に埋めた。
これによって再び舞い上がり、皮膚に付着する事を防ぐ。それ以外にも肺に入らないようにする為でもある。外部被爆よりも内部被ばくの方が怖い。
それはアルファ線よりもガンマ線の方がエネルギーが多いからだ。正確には何方も同じくらいのエネルギー量だが、減衰量がアルファ線の方が桁違いに少ない。この放射線は百メートル位離れた所でも観測されるが、ガンマ線は数センチくらいで減衰してしまう為、遺伝子への加害能力が桁違いなのだ。
問題はそれ以外にもあった。放射線を浴びた物質はそれ自体が放射能を持つ。その為、ネクストACが破壊したノーマルは放射能を帯びている可能性が高かった為、一か所に集められていた。
二重扉が油圧シリンダーによって開かれると、複合装甲が張られた運転席から降りてきた大佐は、乾いた砂の上に降り立つ。
辺りには焼けたオイルの臭いが充満している。鼻を突く臭いは恐らく配線の被覆が焼けた臭いだろうか、と彼は思いながら廃棄品区画を歩いていくと、防毒マスクを外した兵士が集まる場所へとたどり着いた。
「これが新型が壊したノーマルか」
鋭利な切り口から焼けたコックピットが見え隠れしている。焼損したハッチからは煤がこびり付いた内張の一部がはみ出している。
大きく袈裟斬りされた機体は半分以上が無くなっている状態だ。
「切られたというより、爆散したみたいだな」
冷静に、冷徹に評価する。
所詮は傭兵。戦いの最後など、この程度、と割り切る大佐は敵の新兵器を品定めするように見つめていた。
「こいつは、複合装甲ごと一瞬で持っていかれています。恐らく、パイロットは即死だったでしょう。大佐、あなたは相当運がいい」
彼はその場所に置かれていた愛機の一部を見つめる。既にスクラップ品として挿げ替えられた物であったが、コアがやられていなかった為、即座に戦場に復帰できていた。
稼働率を極めて高く保つ為に、ほぼ全てのパーツがユニット毎に交換できるノーマルAC故の荒業であったが、復帰するには一番の重要部品であるパイロットが無事であるという前提が必要だった。あの時、もしコアを破壊されていたらと考え、大佐は身を震わせた。
「ノーマルじゃ、考えられない出力だな」
「それだけじゃありません。奴は溜め動作無しで切り付けていたそうです。通常ならこれ程の出力を出した後のジェネレーターにエネルギーは残っていない筈でしょうから、チャージするはずです。ですが奴にはそれが見られなかったそうです」
「燃料電池では考えられんな。となると、ヤツの主機は恐らく――――」
「――――核動力、ですか」
「可能性としてだが。しかし、それ以外にこれ程の高エネルギーを発生し続ける熱機関、思い当たらん」
「ヤツの周囲には明らかな放射線反応がありました。その可能性は高いでしょう。しかし、通常の原子炉であれば冷却が必要です。あの機体には冷却機に当たる部分が存在しないように見えました」
既存の原子力機関は全て水冷式である。それは、原子炉の熱を100パーセント力学的エネルギーに出来ないからであり、余分な熱は捨てる必要があった。その為、冷媒の特性は非常に重要であり、この場合の特性とは質量であった。空冷式が一般にならなかったのは水に比べ、比重が軽すぎて炉心が高温になってしまう所にあった。
一般的な軍用原子炉は熱出力の25パーセント程を機械的出力に変換する。言い方を変えれば残りの75パーセントは熱として捨てなければならず、高出力を出そうとすれば鼠算式に莫大な発熱を伴う事になる。この熱を排出できなければ炉心は高温になりメルトダウンを誘発する。なので現存する原子力機関はもれなく水冷式なのだ。大佐はそれを踏まえ考える。
「それに準ずる何かがあるのか、或いはその必要すらないのか」
謎に包まれた新型ACの全容を掴むことが出来ずに居た彼の思考は、同行していた士官の言葉によって遮られた。
「大佐、通信が入っております。恐らく、大統領かと」
「貸してくれ」
そう言って電話先の相手の話に耳を傾けるのであった。
静寂に包まれたブリーフィングルームには重々しい空気が漂っていた。企業軍が扱うネクスト襲撃の報から数時間で部隊の大多数に被害が出ていたからだ。
問題は投入されたネクストが最低でも二機居たという事実が更に事態を深刻にしていた。
「一機でもこれだけの被害を被ったってのに、それが複数?見間違いではないのか?」
いくつもの写真に映し出されていた機体はどれも見たこともないパーツで構成されていた。丸みを帯びた重量級の機体には鮮やかなブルー。もう一つの機体は黄土色の塗装が施されていた。
「この写真はそれぞれ別の場所で撮影されたものです。機体形状から同一企業の機体だと推測されますが、カラーリングから機体だと判断しました。そして、皆様にお集まり頂いたのは、このネクストを撃破して頂くためでございます」
どよめきが起こる。そもそも、難攻不落のネクストを撃破したものなど居ない。国家解体戦争から数ヶ月しか立っていない現在、その前に倒れた傭兵たちは数しれず、パックスの死神という名を欲しいままにし続けるネクストに楯突く事自体が自殺行為であった。
「それは、壊せると確信してのことか?」
「はい。それについては説明させていただきます」
秘書官と思わしき男は、画面を切り替える。
「先日、我々の諜報員が遂にネクストの居場所を特定しました。場所はここ、エレトリアのマッサワ港です」
再び画面が切り替わる。画面には巨大なドーム状の建物が映し出される。
そこに出入りする車両に積み込まれたのは先程の人形兵器が載せられていた。
「同港に建造された建物にて企業軍はネクストの整備を行っているようです。ここを起点にネクストを各地の戦場に派遣していることが確認されています。出撃前、出撃後のインターバルを鑑みると、彼らの持つ新兵器はどうやら極めて長い整備時間を必要としていることが解りました。ですので、整備中のネクストを急襲し、起動前に一気に叩く事によって目標を達成できると考えております」
画面が切り替わり、マッサワ港の航空写真が映し出される。
「つきましてはここにお集まり頂いた傭兵の方々にこの港、及びネクストの整備基地の強襲をお願いしたいと存じます」
「おいおい、エレトリアのマッサワといえば、国境から相当奥じゃねぇか。そんなところまでノーマルACで行けってか?燃料が持たねぇ。つうか、命が行くあっても足りん。国境部隊を打ち破ってそのままネクストと戦闘しろだって?冗談じゃねぇぞ!」
マッサワ港は軍港としても大規模なものであり、当然防衛設備も極めて充実していた。地対空ミサイル、地上部隊、それに海上警備。予想されうるすべての脅威に対抗できるだけの装備が備わっていることは明白であった。
それに加え、作戦行動半径の制約もあった。この人型兵器は燃料電池で動いており、陸上兵器類の中でも極めて高い熱効率を持っていた。だが、それでも戦闘機動時には凄まじいエネルギーを消費する。それを贖うためには多量の燃料が必要になるが、補給の類が見込めないのなら、ブースター類を使った戦闘は不可能となる。三次元機動ができなくなったACは陸上兵器の格好の標的である。
傭兵たちにはそれがよくわかっていた。
「どのみち正面からマトモに戦えば、一瞬のうちに切り伏せられるだろう。しかし、寝込みを襲えば或いは―――ということか」
大佐の呟きに秘書官は深く頷く。
「問題は、何時、どうやって、発見されずに接近するかだろう。陸路は遠い上に警備も厳重。海路だって敵艦艇をかいくぐって侵入できるとは思えん」
秘書官は画面に映し出された巨大なタンカーを指差した。
「この船は、旧パナマ船籍、シーヴァイキングです。現在、油槽内を突貫作業でノーマルACを搭載できるように改造しています。傭兵部隊の方々にはこの船に乗って民間船舶を装い、マッサワ港に侵入していただきます。作戦決行日は3日後。報酬はこちらになります」
破格の値段が掲示されるが、しんと静まり返るブリーフィングルーム。
「なるほど、その金で俺達に死ね、と言いたいわけだな」
どう考えても、厳重な警備を突破しネクストを撃破したとしても生きて出られるとは思えない作戦であった。
「確かにリスクの高い作戦ですが、正面から戦っても勝ち目のない相手を倒すにはこれしか無いと私達は考えています。それに、現地の反体制勢力であるマグリブ解放戦線との共闘となります。帰りは彼らの支配地域を退路として確保すれば、生還も可能かと思われます」
マグリブ解放戦線といえば、企業に歯向かう勢力としてはアフリカ最大である。確かに助力を期待できるのなら帰還できる確率も上がるだろう。しかし、所詮は通常兵器を主体とする武装集団である。とてもではないが、パックスの死神をどうにかできるとは思えなかった。そう考えていた大佐は押し黙った。
「作戦まで時間はあります。それまでに答えを考えておいてください」
大佐は踵を返し部屋を後にしようとした秘書官に話しかける。
「断ったらどうなる?」
「つい先程、コロニーエレトリア及び、スーダン側から武装解除勧告が届きました。大統領もそれに応じるおつもりのようです」
「つまり、初めから期待していないという事か?」
「いえ、期待はしています。ですが、何処に着地するかはあなた方次第です」
「無価値な野良犬として葬られるか――――或いは、伝説のレイヴンとして名を遺すか。後者の方が傭兵冥利につきるってもんだ」
こうして、マッサワ港襲撃作戦が始まった。