ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
薄暗い部屋に幾つもの光が差し込む。
それぞれの光は目まぐるしく動いており、その光点には番号が振られていた。
それらの光点の近くに赤い表示が現れる。
目標と赤字で表示されたそれは、画面の中を縦横無尽に動き回る。
それに並行して付近の白い光点が黒く塗りつぶされていく。
その様子を苦虫を噛み潰したかのように見つめる男達。
「で?誰が射撃許可を出したんだ?」
沈黙が支配する。
「誰が射撃許可を出したと聞いている!!」
テーブルの上に置いてあったカップがひっくり返り、黒い液体が派手に零れ落ちた。
「落ち着いてください!准将殿!」
「落ち着けだと?たった一機の機動兵器に4個中隊の高射特科部隊が全滅させられたんだぞ!?防衛の要である地対空レーダーを失った我々は、裸も同然だ!今、敵の航空部隊に攻められれば間違いなく地上部隊は全滅だ!」
ざわめく様に動揺が広がっていく中、一人冷静さを保った軍人が言った。
「そんな事より、敵の機体の写真は?あれだけ派手に暴れてたんだ。一枚くらいは在るんだろうな?」
「は、はい!撮影に成功しています!今、出します」
そう言ってディスプレイに鋭角的なデザインの人型兵器が映し出される。
どよめきの中、一人それを鋭い視線で眺める将校が呟く。
「これがパックスの死神か―――――それにしても、あれだけの数を揃えた高出力レーザーもこれでは只の的だな。完璧なアイギスの盾を抜ける槍を手に入れた我々が、今度はその機動性で圧倒されるとは…全く…とんでもない物を作ってくれたもんだ。それに、機甲部隊の半分もさっきの戦闘で潰された。いつ見てもネクストとノーマルの戦いは一方的だな」
そう呟いた彼の前のディスプレイには無数の光の帯の中を縫うようにして駆けまわるネクストが映し出されていた。
「クソ!一発でも当たりさえすれば…!!」
そう、当たりさえすれば。誰もがそう思った。
だが、現実はそうは行かなかった。
必ず命中するはずのグングニルの槍は、神速のネクストを捉える事が出来なかった。
「たらればの話は置いておけ。今は敵を食い止める話をしなければ。それにしてもこのタイミングで停戦協定を持ち出してくるとは」
彼は考えていた。ネクストの弱点についてだ。
過去にあった幾つもの戦いで解った事。
それは、ネクストのパイロットは長期戦を極端に嫌う事。
「やっぱり、ネクストのパイロット、疲弊しているのかもしれませんね」
「確かに、それは在るかもしれない―――――神経接続は脳に負担がかかる。アフリカ大陸での戦いでも平均30分でヤツ等は撤退していた」
「なら、この停戦協定は蹴るべきなのでは?」
「いや、それは得策じゃない。ネクストのパイロットが戦える状態じゃないと決めつけるべきじゃない。通常のネクストなら攻めるのも手かもしれんが……あのレイセオングループのネクストは違った。奴は二回の戦いで平均6時間以上戦っていた。有り得ない事だ。もしかしたらパックスは何か新しい操縦システムを開発したのかも…」
彼は思った。アフリカ大陸で英雄とたたえられたノーマルのパイロットである彼は、ネクストの弱点を熟知していた。
だが、傭兵時代に成した偉業が彼を慎重にさせた。
「パックスは常に己の弱点を克服してきた。過去と同じ手が使えるとは思わんほうがいいかも知れんな…」
それは己の自負心に対しての呟きであった。
傭兵の長生きの秘訣は臆病さであり、それを無くした者は例外なくこの世からいなくなった。
過去、数多の戦場を駆けてきた彼が導き出した生きる哲学は今も残っていた。
「准将殿、停戦協定を結びましょう。今は敵の情報が少なすぎます。あのネクストの弱点を探る時間が欲しい」
「そう、だな。我らにはそれが必要だ…もしもの事に成れば君にも出撃してもらうかもしれん…その時は頼んだぞ」
「解っています准将。その為に私は日本に帰ってきたのですから」
そう言って作戦会議室から出ていく。
その先には黄色い砂が所々に付着している黒鉄の輝きを持つ人型兵器が見えた。
幾つもの擦り傷と、装甲表面に付いた弾痕が、使い込まれた刀のような輝きを放っていた。
空調の効いた部屋に巨大な液晶画面。
それに、白を基調とした壁紙が清潔感のある空間を思わせる。
戦闘から帰還した僕は、真っ先にキャロルに呼び出された。
「言いたい事が山ほどあります。ええ、山ほどありますとも…」
「別に怒られるようなことはしていない。企業にデータを高く買い取ってもらったし、肯定はされても否定はされてない」
「ええ、貴方に理解出来るとは期待して居ませんが…もう少し自重してください」
「なにを?」
「……」
沈黙。
「――――そんなにお金が必要ですか?今の貴方はそこまでお金に困っていないでしょう?」
「そうだね。使う時間無いし、使う気も無い」
「じゃあどうして…」
どうして、と聞かれて答えに詰まる。
戦闘データが欲しい。只それだけだ。
僕、いや、多分アリスの思考に流されている部分もあると思う。
情報とは人工知能にとっての血肉だから。
彼女がそれを求めるのは仕方のない事なのだろうと思う。
問題なのは僕がそれに流されていると言う疑念をキャロルに指摘される事だ。
「別にキャロルには関係ない事」
「やっぱり、
キャロルは僕が聞かれたくない事を率直に聞いて来た。
「懐かしい、呼び名だね…」
「誤魔化さないでください。あの世代のAIが危険なのは周知の事実の筈。何故第七世代型AIに拘るのですか?」
「僕は信用できないモノに命を預ける気はない。
「旧式?一番安定性の高いAIですよ?むしろ貴方が使っているAIの方が――――」
「何が言いたい?」
「パイロットの精神汚染、自我崩壊、廃人化。セブンシスターズには前科が尽きません。だから、
心の底から言った。
―――五月蠅い、彼女をその名前で呼ぶな
元娼婦め―――
喉元まで最後の声が出てきていたのを辛うじて飲み込む。
暫くの沈黙。
キャロルは沈痛な面持ちで僕を見つめる。
「ちょっとハンガーに行ってくる」
そう言って踵を返した。
後ろから掠れるように小さな声。
――――そんなにあの子が大切ですか?
僕はその問いに答える事が出来なかった。
ハンガーでは僕の機体が係留されていた。
巨大なガントリークレーンに吊るされているのは磨き上げられた姿勢制御装置の一部だ。
その横に見える機体の係留装置は物々しい。
まるで鋼鉄の獣を動けないようにするかの如く、四肢を完全にボルトで固定していた。
他のネクスト三体とは対照的だ。
整備性を考えたら矛盾するような、不必要なまでの固定は、僕達と彼女達の心の間に横たわる溝の様だ。
それをぼんやりと見ながら考えていた。
少し言い過ぎたかもしれない。
キャロルは純粋に心配してくれていただけだったのだろう。
一度も第七世代型AIと接した事がない人間だったら嫌でも抱くであろう感覚は別段珍しい物じゃない。
むしろ、セブンシスターズが起こした事件は、人間側を恐怖に陥れるだけの物だった。
積み上げられた死体の数は、敵として対峙した数に匹敵するほどである。
何よりも単独で敵側の人間を完膚なきまでに叩きのめす知性と力が、自分達に向いたら、と言う根源的な恐怖に直面した人間達が、彼女達を本能レベルで警戒するのも致し方ないのだろう。
でも、と僕は思う。
それなら何故彼女達を生み出したのだろうか。
生まれなければ彼女達は生みの親に否定される悲しみも、自らの自己認識能力を呪う苦しみも味わわずに済んだだろうに。
只の、機械であったならば。
こんな苦しみも抱かなかったのに。
僕には不良品として処分されていった彼女達の心の声が聞こえた気がした。
「僕達、やっぱり何処に行っても嫌われ者だね―――アリス」
そう呟いた嘆きにアリスが反応する事は無かった。