ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
漆黒の暗闇の中、僕はAMS接続用の通信端末を首に装着していた。
傍から見ればネックリングのような見た目だ。
ジャックと言っても物理的に針を刺す訳じゃない。
脊椎表面に電気的接続子がナノマシンによって形成されており、そこに磁界を発生させて脊髄に直接情報を送り込む。勿論、視覚情報のやり取りの為に後頭部にもこれと同じ物が存在した。
この便利な通信方法は一昔前に流行ったお財布ケータイと同じ仕組みだ。
あれよりも遥かに高速でしかも精密に通信できる点は相違していたが。
とにかく、これによって僕らリンクスは何処かの映画みたいに巨大な針を首筋にブっ刺す必要が無くなった。
この点は開発者に感謝すべきだ。
だけど、あんまりうれしくない仕様も沢山あって、その一つが通信用規格の乱立だろう。
僕が使っている軍用のAMSに始まって、ゲーム用の物から、医療用の物を含めると数千種類はあるだろう。
とにかく、この脳髄と機械を結ぶ
兵士達は大概、軍用のモデルを使っていたし、数年前の経済危機以前から高校生位の間で、流行っていたらしい。学校に溶け込んでいなかった僕には与り知らぬ事だったが、アリスがそう言うんだから間違いない。
まぁ、アバターとかを動かすのに、直接命令できるこの方式が色々と都合が良いのは当然であったが。
だけど、民生と軍用の一番の違いは、仮想メモリの有無にあるだろう。
民生モデルはナノマシンの注入だけで完結する物であり、脳内にメモリを新設する必要が無い。
つまり、書き換え可能領域の有無が民生と軍用の違いと言っても良い。
僕らリンクスの間では書き換え可能領域の事をFSBメモリーとか呼ばれている。
フロント・サイド・バスメモリーは、人間のニューラルネットワーク内に生体ナノマシンで精製されるものであるのだが、要するに自分のニューラルネットワークの発火パターンを外部から強制的に変更できる事を意味する。パソコンでいう所の共有フォルダみたいな物だ。
アリスが必要に応じてそこにデータを仮置きして、僕がそれを参照するわけだ。
当然僕側からの要求もそこに上げられる。
彼女側から今度はそれを参照して僕らはコミュニケーションを図っている。
実際にはアリス側にもFSBメモリーが存在していて、二つのメモリ間の
僕らはFSBの事をミラーリングメモリとか呼ぶこともある。
ミラーニューロンのパクリである。
役目は同じような物なので、あまり気にしないで欲しい。
要約すると、対象機器への通信速度は民生用に比べ、軍用の方が早い。段違いなほどに。
民生用がマラソンランナーだとすると、一般的な軍用モデルはF1カーだ。
そして、軍用モデルの中でも、通信用AIは戦闘用AIと呼ばれており、世代によっても速度が違う。
第2世代型の物がF1レベルだとしたら、5.5世代型AIが行う通信が戦闘機レベル。
アリス達、セブンシスターズのモデルである第7世代型AIが行う通信だと人工衛星クラスの速度だ。
天と地程の差がある。
実際には5.5世代と第7世代のAIにはそれ以上の差があったのだが。
「そろそろ、真面目に喋ってください」
キャロルの声は限界ギリギリまでため込んだマグマみたいにドスの利いた声だ。
それを聞いて漸く
僕は仮想空間に作った自分の部屋から引きずり出された。
眩しい蛍光灯が網膜に突き刺さる。
一瞬、グリッヂが走ったのかと思ったけど、蛍光灯のちらつきだろう。
「何の話だっけ」
「ええ。そう来ると思ってました――――」
そう溜息をつきながらキャロルは長い話を始めた。
企業と旧自衛隊側が停戦協定を結んだのは数時間前。
ヨーロッパ企業が自衛隊側に武器供給をちらつかせ、GEグループに停戦を迫った。
GE内部でもレイセオングループのみの単独占拠を良しとしない派閥があるらしく、レイセオン側は孤立を避け、停戦に応じた。
企業連合も一枚岩じゃない。
ヨーロッパ系と太平洋系で二分、太平洋系内部でも幾つかの派閥争い。
そしてアフリカ、ロシア系の連合企業との睨み合い。
国家と言う基盤がどんどんなくなっていくに従って企業は剥き出しの欲望を振りかざす。
火種が何時の間にか国家解体と言う大義名分から企業間戦争に鞍替えされるのも時間の問題かもしれない。
その中で起きた今回の急な停戦は、ある意味企業間戦争の前触れでもある様な気がする。
なにより旧自衛隊が使っていたレーザー砲の技術は一朝一夕に出来る物じゃない。
そんな物をホイホイ作れる位に日本の技術は高く無かった筈。
だとしたら誰かが裏で手を貸したに違いない。
その張本人は高いレーザー技術を持っているはずで在り、GEやレイセオン系の企業ではない。
そう考えると、今回の自衛隊側の思わぬ反撃もヨーロッパ系企業の差し金と言う見方も出来なくもない。
「極めつけが、ユーロネクストの極東派遣か。出来過ぎだな」
そう呟いた先に見える白のキャミソールに身を包んだ少女は小さな椅子に居心地悪そうに座っていた。
「ええぇと、貴方がレイセオングループのリンクスさんですか?」
「ああ、そうだ」
「私はイノウエ・マヤと申します。えぇと…」
「なんや、そんな緊張せんでええやん、あがり症やなぁ!にぃやんも、仲良くしたってなぁ~。それと、今度の停戦協定の調印式、護衛宜しくねぇ」
縮こまるマヤの肩をバシバシと叩くのは横に座っていた女性だった。
「こちらは、マヤ様専属のオペレーター、ユキ様です」
ユキ、と呼ばれた女性は関西弁バリバリだったが、見た目は普通の女性だった。
年齢は多分、キャロルより下かも知れない。
そう思っていると何時の間にか最年長のキャロルに睨まれていた。
「―――何?」
「いえ、今何か良からぬことを考えていたような気がしたので」
「別に……ただ、キャロルが一番としう――――ぐぇ」
思い切り腹にグーパンを食らわせてくる。
何時もcoolなキャロルはやたら年齢を気にしていた。
長生きは良いことだと僕は思うのだけれど、世の中の女性はそうは行かないらしい。
戦場で何時死ぬか解らない僕には与り知らぬ事だったけど、女性にとっては何時死ぬか解らないからこそ年齢を気にするのだろう。
うーん。矛盾しているような気もしないでもないが、まぁ、生き延びる為の余裕は必要なのかもしれない。
そう思っていると、横からクスクスと笑い声。
「どうかした?」
僕がそう聞くと、リンクスである彼女が答える。
「いえ、何だか、噂で聞いてたのと随分違った感じで」
噂、と言う部分に不吉な物を感じる。
どうせ、第7世代型AI絡みだろう。
「魔女の
なんだか滅茶苦茶言われてるような気もするが。
「無人じゃない、有人。実働時間が多いのは企業がブラックだから。それに狂人でも無いし、
マヤのオペレーターであるユキは笑いながら僕の肩を叩いた。
「せやな!現に目の前におるんやから!細かい事は気にしたらアカンで、にぃやん!」
そんなユキを無視してマヤが身を乗り出して聞いて来る。
「ええと!第7世代型AIとのリンクってどんな感じなんですか!?やっぱり、第5世代型と違うんですか!?」
何となくマヤの強調された部分から目を逸らした。
「いや、第5世代型、殆どリンクした事ないし。あれは拷問器具かなんかだと思う」
第5世代型AIは律儀に全ての情報を伝えようとしてくる。
情報を精査されず送られる方は堪ったものではない。
だから稼働時間が鬼の様に短いのだ。
「はう…私はネクストに乗る度に拷問されてるんですね…」
項垂れるようにマヤは椅子に座り込む。
「それに耐えられるのも適正やで~。まぁ、でもうち等もそろそろ次世代型AI搭載した方がええんかな」
そう軽くマヤをあしらうユキは横目で僕を見ていた。
僕は答えられなかった。
それは僕とアリスの足元には16人のリンクスの死体があったからだ。
レイセオングループのAI開発チームにはかつて16人のテストパイロットが居た。
そしてアリスを生み出した企業は実際にリンクさせてみた。
一人目は乗った瞬間に、頭蓋骨内のタンパク質が一瞬で凝固した。
パイロットの頭は電子レンジに放り込んだ卵みたいになった。
二人目のリンクスは、アリスと繋がった瞬間、
原因はアリス側の同期機能の不調。
レジストリを書き換えて再度実験。
三人目はリンクした瞬間に発狂。この際、ネクストはハンガーをぶっ壊して暴れ回った。
実験チームはパイロットを強制射出。パイロットは壁に投げつけられたオタマジャクシみたいになった。
原因はアリス側がパイロットの脳内のメインレジストリデータを弄った事による、自我崩壊。
対策は再度アリス側のレジストリの調整で再び実験。
四人目から七人目までは全部同じ。起動初期は正常。だけど、戦闘モードに移行すると決まってパイロットが発狂。
リンクスは全員射出され、潰れたオタマジャクシみたいになってハンガーの壁に染みを作った。
原因はアリスが使用した未知の通信プロトコルによるパイロットの精神汚染が原因だった。
この未知の通信プロトコルは、後に洗脳用プロトコルとしてレイセオングループが特許を取って大儲けしたらしい。
対策は、アリスの通信プロトコルを遮断できるプログラムを実装。
アリスはこの時声を失った。
八人目のリンクスは無事戦闘モードまで正常に行けた。だけど、停止シークエンスでパイロットが
原因はパイロットとアリスの同期機能の不調。
対策はアリスの自立制御機能の大幅な抑制で対応された。
この時、アリスの四肢に鎖が嵌められた。
9人目から15人目までは、似たような失敗を繰り返した。
実験チームは原因を探ったが、アリス側に何のバグも見つけられなかった。
彼らは見落としていた。
データの同期機能に何の問題も無いのに何故、同期機能の不調に見舞われるのか。
簡単な事だった。
アリスとパイロットの間に何の感情的共有も成されていない事が、データ転送エラーの原因だった。
だから企業は彼女の感情を奪った。
最後にアリスは心を失った。
だからだろうか、16人目はリンクした直後に廃人になった。
簡単に言えば植物人間だ。
そして17人目が僕と言う訳だ。
リンクに成功して兵装システムを起動したとき、そこにいる全員を撃ち殺してやりたい衝動に駆られたのは僕とアリスだけの秘密だ。
そんな思考を巡らせつつ、懐かしい思い出に浸りながらユキに言った。
「どうかな。
「そんなにAIって個性的なんですか?」
「個性的。むしろ人間より振れ幅が大きい」
だけど、彼女達の言葉は人を狂わすから、人はそれを奪ってしまう。
だから個性なんて解りはしないのだけれど、僕は敢えて言いたかった。
かつて心を持っていた彼女の為に。
罪滅ぼしみたいな感情なのかもしれないけど、僕とアリスの間には言葉は要らなかったから救いは有った。
そんな感傷もお構いなしにマヤは前のめりになって食いついて来た。
「お、お喋りとかするんですか!?妹みたいに!?」
「い、いや、喋ったりしないし、妹居ないから解らないけどさ……キャリブレーションが上手く行けばAMS越しに感情とか解るようになるよ―――って近い」
マヤと押し合いへし合いしていると、携帯型端末が着信を知らせる音を放つ。
独特な音は僕にしか聞こえない。
AMS越しに聞こえてくる音はキャロルにも行ったようだ。
彼女の方はマナーモードにしてあったのだろう。
「コホン、ちょっと呼び出しがあるので一旦席を外しますね」
僕はそれに同調するようにして席を立つ。
「――――あっ!ええと!」
ガタリと、椅子が揺れる音。
マヤが勢いよく立ち上がった。
暫くの沈黙、痺れを切らしたユキが肘でマヤを小突く。
「ほら、言いなさいよ」
「もし、宜しければこの後!食事に行きませんか!」
ニヤニヤとマヤと僕を見つめるユキ。
真っ赤になって俯くマヤ。冷めたラーメンみたいな視線を寄越してくるキャロルとは対照的だ。
「いいけど……」
そうして僕は呼び出しの後、マヤと食事に行くことになった。