ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
煤けた様な臭いが漂ってくる。
行き交う車の中に混じって地響きが伝わってきた。
その方向に視線を向けると巨大な箱のような乗り物が向かってくる。
それの車高は、薄暗くなった路地に設置された街灯よりも一回りも高かった。
フロントエンジン式の戦車が放つ、キャタピラ特有の音は物々しい雰囲気を放っている。
恐らく
アーク社のロゴだ。
今、大阪コロニーで一番懐が熱い商売人たちだ。
彼らは、企業軍の下請けとして治安維持にあたっていた。
企業軍はネクストを主力としていて、とてもでは無いが、細々とした戦力の分散が苦手なのだ。
当然その隙間産業に民間軍事会社はピタリと嵌り込んだ。
そしてPMCの構成員の中には、国家軍から抜けてきた人間が沢山居た。
だから、PMCは人材確保に困らなかった。
でも困った事も有った。
他の産業が死んでしまったのだ。
まず一つ。ハイテク産業。
この島国はネクストを作れなかった。
だから、ハイテク産業の外注先になれなかった。
だから死んだ。ハイテク産業は軒並み全部。
そしてもう一つ。
海洋汚染によって海産物が売れなくなった。
これによって輸出できなくなった。
何故なら今や、魚は育てたり取ってきたりするものでは無く、工場で作られる物だからだ。
バイオテクノロジーの発展は遂に生物をプリンターで出力できるまでに成長した。
今やパソコンにDNAデータを打ち込むだけで、バイオ3Dプリンターが魚を丸ごと作ってくれる。
勿論、元となるアミノ酸が居るが。
だけど、新鮮な魚と言う意味ではこれ程の物は無いだろう。
だって、僕たちの食卓に上がる魚は生まれた瞬間に殺されるのだから。
そしてこの国に止めを刺したのは産業の無人化だ。
それによって、工場の生産ラインは全て人を排する事が出来た。
企業は労働組合を真っ先に切り捨て、非正規労働者も切り捨てた。
産業用AIの高機能化と大量生産による安価な値段は、爆発的な完全無人生産ラインの増加をもたらした。
完全無人の生産ラインは整備さえも無人で行えた。
だから、人が消えた。
工場の中から完全に。
代わりに増えた物があった。
失業者だ。
失業者は考えた。
失業したのは誰のせいか、と言う事を。
政府が悪い、政治家が悪い、そして、AIが悪い。
怒りは人々を攻撃へと駆り立てた。
犯罪者の急増がPMCの普及を爆発的に後押しした。
テロの頻発に対する治安維持機能の根本的な改善は、人々からジンケンを取り上げる事で達成された。
超監視社会である。
街頭には数メートル置きに監視カメラが設置され、市民にはパスポートの代わりに体内に認証用ナノマシンが撃ち込まれた。
それによって企業は常時誰が何処に居るかを把握できた。
そう思いつつ携帯型端末を開く。
僕の居場所には赤い光点が一つあった。
その上に名前が表示されていた。律儀にも
その表示は機密情報の類になっていた為、セキュリティレベルが低い人から見たら違った表示になっていただろうが。
ぼうっと考えていると巨大な戦車が再び僕の目の前を通りすぎる。
その後ろには巨大なトレーラー。
ガラス張りの中には煽情的な下着姿の女性達が見える。
移動式の娼館だろう。
律儀に僕の脳髄に値段を伝えてくるところが商売人魂を感じる。
煩悩解消に掛かる値札を眺めると幾つかの表示が見える。
最近の流行りは制服プレイとか言う奴らしい。
実際に低年齢の少女の方がいい値が付いているのだから、買い手が多いと言うのは本当なのだろう。
人権と言う言葉と、未成年と言う言葉が、企業によってかなぐり捨てられてから久しいが、全てを換金できる世界が来てから人々の価値観は白日の下に晒された。
それによって経済は活性化した。
お偉い経済学者さん曰く、完全な換金化は、売り手と買い手の結びつきを促進するらしい。
欲しい物をお金で手に入られる事によって売り手と買い手、双方にメリットがあると言う主張だ。
だけど、いい事ばかりじゃなかった。
彼らは売り手である人々の不幸を自己責任と言う殻に梱包してしまった。
彼らは買い手である人々の罪悪感と道徳観を殻に梱包してしまった。
だから今では皆こう思っている。
売っているんだから買われても仕方ないよね、と言う奴だ。
選択の自由と言うのは誰にでも用意されていると言うのが彼らの持論だ。
そう、洗脳用の首輪を、脱走防止用の足枷を自ら選んで付けたのだから、仕方のない事らしい。
クソッタレだ。
世界なんてそんな物だ。
僕は全てを諦めるようにして夕闇の中を歩いて行った。
夕方の渋滞によってガラス張りのトレーラーは動いたり止まったりを繰り返して移動していく。
恐らくPMCの駐屯地の方へ行くんだろう。
あそこなら金を持ってる男は幾らでも居るだろうから。
そう思いながら、マヤとの待ち合わせ場所である公園のベンチに腰掛けるのであった。
人々の集まる場所には活気が集まる。
不思議とそう言った場所にはお金も集まる。
だからこそ、色んな物を売る商売人が集まるのは自然な事だ。
売れる物とは買い手が付く物だ。
具体的には食い物、武器、女。
それら殆どが集まる場所と言えば酒場と相場が決まっていた。
僕の斜め前のテーブルで、警備用ドローンの売り込みをしている男が見える。
熱心にPMCの関係者と思わしき人にタブレット端末を見せつけている。
それを冷静に値踏みする関係者。
あの様子だと売り手市場と言うより、買い手市場なのかもしれない。
お金より物が多い状態なのだろう。
コロニー内でドンパチでも始まれば、この二人の態度は丁度百八十度入れ替わる事、間違い無しであったが、幸いにもこの大阪コロニーの治安は他のコロニーに比べれば大分良かった。
羽振りがいい人間が多いのかもしれない。
こういった水商売の店が賑わっているのがその証拠だ。
だけど、まさかマヤがそう言った場所を選ぶとは思ってなかった。
「意外、ですか?」
彼女は何時の間にか眼鏡をかけていた。それを直しながら僕の方へ視線を寄越してくる。
「うん、結構びっくり。もっとこう、高級なレストランとか選ぶと思ってた」
企業から直接雇用されているリンクスには一般人からすると途方もない額の給料が支払われている。
当然、衣食住どころか、娯楽に使いまくっても余る位には貰う筈である。
「ええと…ちょっと、友達と約束が有って…なんていうか――――」
煮え切らない態度を崩さないマヤを差し置いてテーブルに料理が運ばれてくる。
ウエイトレスの女性は肩を大幅に露出させたエプロンを着ていた。
下まで見回す事を躊躇う雰囲気は、凡そ高級レストランでは下品とされる召し物である。
「お待たせしました、ご注文の――――ってマヤじゃん!久しぶり~!もう、急に居なくなっちゃうんだから心配したんだよ?皆も、お客と何かあったんじゃないかって噂になってたんだから~!……あれ?この人は?」
「ええと、この人が同僚の
「ちぃ~す!シオンでぇーす!ってぇえ!マヤ、本当に企業に入っちゃったの??どうやって??ってまさかあんた…体使って…」
「ち、違うってば!ちゃんと試験で!」
わたわたと、慌てふためくマヤ。
「あっはははは!嘘嘘~!冗談だよ~、もう、マヤは揶揄い甲斐があるなぁ~。んで?どこの企業に入ったの?社名位教えてくれても罰は当たらないぞ~?」
「ええっと、AGEグループって聞いたことある?旧ドイツ系の企業なんだけど…」
「ああ、知ってる!最近、大阪に支援物資送ってくれる企業じゃない?鈴音くんは?同じ系列なの?」
「いいや、違う。太平洋系の企業。レイセオングループ」
「――――ああ、レイセオン、ね……有名どころだねぇ」
少し硬い表情になったシオン。
ま、そうなるよな。
現時点で一番勢力を伸ばしている新興企業といえば
表向きは話し合いによる積極的なコロニーの併合。
でも実際はネクストを使った脅しを多用する事で有名だ。
だから僕とアリスは数多の戦場を飛び回る事になった。
雇われる機会も出撃する機会も、各企業間で飛びぬけて多い筈だ。
熟練のリンクスが最も多い企業であったが、それと同時に僕らの足元に積み上げられた屍もまた多かった。
要するに、一番恨みを買っている企業ナンバーワンな訳だ。
ブラック企業の癖に全くもってうれしくない特典だ。
だからシオンが僕に対して沈黙した事は驚くに値しなかった。
そりゃ誰だって知り合いや親兄弟をネクストに殺されて、その関係者に対して良い思いを懐く訳が無い。
その辺のイメージ戦略はヨーロッパ系企業が上手い。
僕らが暴れ回った後に手を差し伸べる彼らは、大層日本人受けが良かった。
シオンもその例に零れなかったと言う訳だ。
美味しい所だけ持っていかれた気分になったが、現にそう言う状態に陥りつつある。
全く持って、企業の力と言うのは戦力だけでは推し量れないところがある。
唯単に、ヨーロッパ系企業が腹黒いと言えばそれまでなのかもしれないが。
そうしているうちに、久しぶりに会ったシオンとマヤは思い出話に花が咲いているようだ。
他愛もない話をする二人を見つめていた僕は、漸く疑問を懐いた。
そもそも彼女は何故僕を食事に呼んだのか、と言う意味だ。
だけど、その疑問は直ぐに晴れる。
シオンがテーブルの食器を下げに席を立った頃合いを見計らい、マヤが話しかけて来る。
「鈴音くんは、ええと、飛行時間ってどの位?」
飛行時間。ネクスト操縦における基本経験値を表す数字。
それは余り人前で話す物では無かったけど、僕らリンクスの間では航空軍事用語と同じ言葉を多用する事が多かったので、傍から聞くと、僕らは只の航空機パイロットみたいに見えただろう。
「1600時間位だけど」
多分その位だ。世界中の戦場を飛び回ってたからログに残っていた以外にもあったかもしれないが、この位は飛んでいる筈だ。
「せ、千六百?それって、シュミレーター含めてだよね?」
「僕は殆どシュミレーターに乗らない。あれはそんなに勉強にならないから」
余りにも単調な戦闘になりがちなシュミレーターは殆ど実戦の役に立たない。
そもそも、命を失うかもしれないと言う緊張感が無い時点で、実戦とは程遠い。
訓練には実戦が一番と、何処かのブラックな企業に所属する教官が言っていた。
何だか矛盾しているなぁと当時は思ったが、人間とは怖い物で、慣れてしまうと違和感が無くなってしまう物である。
「そう言えば、マヤはどの位飛んでいるの?」
僕は何となく彼女が何で食事に誘ったのか掴みつつあった。
飛行時間を聞いて目が点になっているマヤは恐らくそんなに飛んだ事が無い筈だ。
そう思っていると彼女は俯きながら呟いた。
「――――360時間位…かな…」
実戦で360時間も生き残っているとしたら大したものだ。
だけど、彼女から漂う、何というか如何にも女の子っぽい幸せオーラは、それを感じさせない。
「それは実戦も含めて?」
彼女は顔を赤らめて黙り込んでしまった。
暫くの沈黙。
そこで僕は漸く彼女の利かれたくない事ナンバーワンをめでたく引き当ててしまった事に気が付いた。
「……ゼロです」
ぼそりと呟く。
「それは実戦での?」
「……シュミレーターでしか……ネクストを動かした事が無いです」
ああ、やっぱり。
「ひょっとして今日の食事もそれ関係だったりする?」
また黙り込んでしまうマヤ。
きっと色んな気持ちと闘っているのだろう。
「はい…ユキも私もそう言う実戦的な経験が未無だから、もしよければ―――その…」
要するにオペレーターのユキも軍事的素養はゼロ。
マヤに至っては実戦処か実機でネクストを起動した事すら在るか怪しい。
僕は正直に思った。
こんなキナ臭い場所に新米リンクスを投入するなんてヤバすぎる。
もう企業の方針とかパイロットの扱いも含め。
それもそうかと僕は思い直す。
人間の価値なんてこの世界じゃ紙くず以下の値段しかないから。
僕らリンクスが幾らAMS適正と言う
「いいよ。出撃まで余り時間無いけど、少しだけならレクチャー出来る。と言っても僕が出来るのは僕が生きてきた道を君に聞かせる程度の事だけれど。それでいいと言うなら喜んで教える」
そう言って彼女に戦場でのイロハを教える事になった。
彼女は満面の笑みで肯いた。