ぼくは、世界が公平であると言う事を守る為に、弱き者を叩く事にした 作:Sub Sonic
漆黒の夜空に幾つもの光が撃ち上げられていた。
それらは、ゆっくりと空に舞い上がっていくと、轟音と共に閃光を放つ。
時折、火の玉が落ちていくのが見えた。
落ちていくそれは、人の営みの場所である町に落ちていくと灼熱の火柱を上げた。
それを神経接続越しに見ていたマヤは、ネクストを丸ごと収めた大型輸送機に揺られていた。
『高度6000メートル。まもなく目標地点!最後にもう一度だけミッションを確認します』
ユキの声がマヤの脳髄に届く。
何時のも様な揶揄ったそぶりは見せない。緊張感に包まれた声は、コックピットに張り詰めた空気を詰め込んでいく。
『ミッションは、レイセオングループの研究施設を占拠している不明部隊の排除。同施設は既に奪還作戦が半日前に決行されています。それに伴って前線基地から出撃した同社のリンクスは現在行方不明。上は完全にMIA認定したみたい。だから当てにしない方がいい、私達だけで何とかするしかない』
「うん、でも――――こんなのって――――」
そう呟いたマヤは透けて見える壁の向こうに映る地獄を見た。
歴史ある街並みは炎に包まれ、道端には沢山の山が見える。
一見すると蟻塚にみえるそれは、よく見ると死体だった。
小さな死体や大きな死体が折り重なってできたそれは、石畳の上に幾つも出来上がっていた。
幾つもの路地に沢山の蟻塚、それはまるで、道端に転がる石ころみたいにありふれた物だった。
ふと、マヤが視線を地平線へ向けると、大きな塔が見える。
その根元の辺りに大きな広場が有った。
その広場の周りには沢山の行列が出来ていた。
おもむろに近くに居た銃を持った民間人がそれを放つ。
糸の切れた人形の様に道端に人の山が出来上がる。
『マヤ!気を取られちゃ駄目!私たちの任務を忘れないで!』
「解ってる…!――――っえ?」
彼女が驚きの声を上げた。
第五世代型AIはレーダーに映る高速の熱源を捉えていた。
マヤにはそれが手に取るように解った。
だが、彼女の
出来たのは気の抜けた声を上げる事だけだった。
轟音と共に外部接続が遮断される。
コックピットとの連絡が途絶え、制御を失った輸送機は急激に高度を下げ始めた。
「ユキ―――!どうなってるの!?」
応答はない。
彼女の焦りに火を付ける。
こんな筈では。
そんな言葉が脳裏で繰り返された。
『警告、機体高度が下がっています。直ちに脱出してください』
戦闘用AIの無機質な声が、彼女を我に返らせた。
「兵装システムスタンバイ!ガントリーロック解除!」
機体制御システムは即座にハンガーの固定ユニットにアクセスを試みた。
だが、既に電源系が死んでいた輸送機は、びくともしない。
『警告、ハンガーコントローラー応答なし。固定解除不能』
遂に高度が危険領域に入ったのか、マヤの脳髄には高度警告用のアラートが鳴り始めた。
マヤは即座に肩に装備されていたプラズマキャノンを扉に向け、発射した。
衝撃と轟音、閃光に包み込まれる。
全ての感覚器が戦闘用AIによって遮断される。
フェールセーフ機能が働いたのだ。
轟音が消え、閃光の残滓だけが視覚野に張り付き続ける。
だが、重力の感覚は既にない。
それは機体が自由落下していたからだ。
『警告、無数の熱源を探知』
網膜に映し出されているHUDには、幾つもの白い光点が見える。
戦闘用AIは熱源に加え、敵のFCSが放つレーダー波を探知する。
『警告。敵のレーダー照射を探知、敵機体接近』
徐々に白い霧が晴れていく中、彼女は冷静に対応する。
それはネクストが無敵に近いプライマルアーマーを装備していたからだ。
通常攻撃では絶対に破られない。
そう確信していた。
「解ってる!プライマルアーマーの展開まであとどの位!?」
『展開まであと10秒』
苛立ち紛れに機体にへばり付いていた拘束具をアームで剥ぎ取る。
プライマルアーマーの展開。
それさえ終えてしまえば、全部片付くのに、と彼女は思った。
展開までのカウントがHUDの中でゆっくりと動いて見えた。
3――
2――
1――
『超電導コイル正常運転を確認、整波装置、励起を開始。プライマルアーマー、アクティベート』
機体の表面が輝く様に収束していくと、雷鳴のような轟き共に透明な膜のような物に包まれる。
マヤは漸くの安堵感から周囲の警戒を怠っていた。
勝者の余裕持って彼女はゆっくりと地面に着地する。
その時―――――戦闘用AIが接近する敵ACを警告する音声を発した。
思わぬ奇襲に狼狽を見せるマヤ。
『警告、高速の移動物体を感知、タイプ、AC―――』
「どうして!?攻撃してきても無駄なのに!!」
そう吠えると、即座に右手に装備されていた超高出力レーザーライフルを放つ。
人型兵器は原型も止めぬ程、蒸散して消える。
後には鋼鉄がプラズマ化した残滓だけが残った。
『―――――無駄じゃないよ』
そう、微かに聞こえた無線の音と共に、密かに後ろから接近していた軽量二脚の機体が滑り込むようにしてネクストの懐に飛び込む。
――――プライマルアーマーは破れない。
そう心の中で呟いたマヤは驚愕の現象を目撃した。
軽量二脚のACはプライマルアーマーに阻まれる事なくネクストと接触、突き出した腕に装備されたパイルバンカーは、何の干渉も受けることなくネクストの装甲表面に達すると、爆薬に点火。
超高速で杭が射出された。
――――うそ、でしょ
そう呟いた言葉は轟音に塗りつぶされた。
『コックピット貫通、パイロット死亡。シュミレーターを終了します』
無機質な訓練プログラム用AIの言葉がマヤの脳髄に届く。
瞳を開けたマヤは模擬コックピット内に胃の内容物を吐き出した。
「―――ゲホッ!」
AMSから疑似的に送り込まれたサージ電流を模倣した信号は、強烈な吐き気となって彼女を襲った。
「よく耐えたね。最後のは抜かったけど、途中までは結構いい線行ってたと思う」
マヤの後ろに控えていたユキがタオルで汚れをふき取っていく。
「それにしても、にぃやんの寄越したシュミレーションデータ、良い趣味しとるで」
マヤはその声を聞いて、再び吐き気を催す。
崩れ往く街並み、其処に築かれた死体の山はとてもシュミレーターとは思えない程リアルだった。
それに、事前のミッション説明と違い、いきなり輸送機が襲われると言うシュチュエーションは凡そ、彼女が経験した模擬ミッションには取り入れられてなかった。
全てがイレギュラーであった。
とてもでは無いが、彼の寄越した訓練データが偽物だとは思えないほどに異質であった。
「趣味じゃない。だけど、マヤにはそれが必要だと判断した」
「嫌らしいミッションやったけど、あんなん何処で手に入れたん?」
ユキが鈴音に問うと、彼は閉口した。
「ユキ、あんまり、鈴音くんに、質問しちゃ駄目、他企業だし、きっと言えない事、沢山あるから」
息も絶え絶えでマヤは鈴音を庇う。
「ごめん、ユキ。マヤの言う通り、僕には守秘義務がある。だから渡したデータについても他言無用に願いたい。勿論そのデータの内容についても僕には一切答える権利が無い」
「まぁ、そうやなぁ。色々訳アリデータって事やな。取り合えず部屋に戻ろうか。マヤも休憩せなあかんやろし」
そうして一旦部屋に戻る事になった。
彼女は担がれながら思った。
実戦慣れした彼の見てきた世界はきっと、このコロニーの様に平和な場所ばかりじゃなかったのだろうと。
幾夜もの地獄を超え、屍の山を踏み越えた先には何が有るのだろう。
そう思わずには居られないのであった。
部屋に戻ると、鈴音は神妙な面持ちでマヤに言った。
「マヤ、僕達リンクスにとって最強の脅威は何だと思う?」
彼女は考えた。
リンクスの敵は、同じリンクスだろうか、と。
だけど、企業同士はかなり強いつながりが有った為、そんな事は起こりえない。
ならば、脅威とは何だろう、と、堂々巡りに陥った思考を読み取った鈴音は再び言う。
「僕らの脅威、いや、リンクスの屍を最も積み上げた存在、それは人型兵器、アーマードコアを操るレイヴンだ」
「でも、ACってノーマルなんじゃ…そう言えばどうしてプライマルアーマーを抜けたんだろう」
「不思議に思うだろう?でも、
「解った。でも、プライマルアーマーの弱点って一体どんな所にあるの?」
「
「じゃあ、近づかなければ良いんじゃないかな。その、杭みたいな武器が届かない距離に居れば安全なんじゃ」
「良い発想だと思う。君の企業であるAGEグループのネクストは正しくその発想を地で行く企業。機体と戦術の適正は高いと思う。だけど―――――」
「それは、向こうも承知してる。だからもう一つ弱点を見つけた。マヤ、君は一番初めに何処に居た時に攻撃された?」
「それは、輸送機の中、だったはず」
「そう。それ。リンクスが狙われるシュチュエーションその二。そのシュチュエーションは非常にマズイ」
「え?どうして輸送中を狙われると不味いの?」
まだ、その重要な意味に気が付いていないマヤを差し置いて、ユキが答える。
「稼働限界やな。たしか、三十分以上の連続稼働は結構ヤバいって話やな。ま、第五世代型AI機の話やけど」
鈴音はうなずきながら答える。
「そう。稼働限界。稼働限界を超えたリンクスは何時、
「そんな―――だって訓練学校では一言も教えてくれなかった…」
「マヤ、企業にとっては情報はお金なんだ。つまり、彼らはお金をケチった。だけど、僕らにとっての情報は命にも等しい。企業がケチった情報は、僕らリンクスの血を持って
「成程、何となく解ったわ。このデータ、沢山のコンバットプルーブンを詰め込んだミッションデータなんやろ? なんもお礼出来へんけど、助かったわ。うち等、そう言ったデータに飢えとったから」
「そう。役に立ったなら良かった。そのデータは自由に使っていい。コピーさえしなければ」
マヤは、一気に脱力感に襲われながら考えた。
ユキの言うコンバットプルーブンと言うのは所謂血に濡れたデータの事だ。
レイヴンやリンクス達の流した血が、今回のシュミレーターで再現されていたのだ。
そう考えると生々しいのは当たり前だった。
それは文字通り、かつて生きていた戦士達の記憶なのだから。
血を流し死んでいった人間達の生き様が、企業によって金に換えられていく様は、マヤに若干の嫌悪感を抱かせた。
だが、それを押しても鈴音はマヤに見て欲しかったのだろう。
「そっか、ありがとね、鈴音くん。色々と気を使ってくれて」
「いや、いい。今は休んで、マヤ。戦場用のワクチンは心に負担をかけるから」
ワクチン。言い得て妙な表現であったが、マヤにはその言葉が心地よかった。
体が動いても心が風邪をひいてしまってはどうしようもない。
それを予防するための薬と言う訳なのだろうと彼女は納得した。
「取り合えず、うち、にぃやんと話あるから、ちょっち席外すね」
アイコンタクトで鈴音に合図を出すと、彼はドアの外に歩いて行った。
それを追うようにしてユキが退出していった。
後に残ったのは途方もない疲労感と、抗いようのない睡魔だけであった。
マヤにそれに抗う気力はもう残されていなかった。