「ねぇ……絢辻さん?」
「何かしら」
彼女は、いつもの気色悪い笑顔の下から、獲物を狙うような、あるいは恐慌に陥った猫のような、ひょっとすると狂人のような視線を投げてきた。
――やるじゃん。
私は彼女、絢辻詞のその部分こそ、受け入れられた。普段はなんというか、ファミレスにいる自分を鏡で見ているようで近寄り難い雰囲気があって近寄れなかったけど。いいじゃん。そう思ったから。
親友の、占い師の助言によれば今日は運勢が最悪で最高らしい。自分らしい結果だな、と大笑いして、机ぶっ叩いて、その助言の主のお昼をひっくり返しちゃったけど――もちろん、食べられる部分も多く残っていた――。
いいじゃん。最悪で最高、矛盾上等だ。
「ハイ、これ。そんな必死になるくらい大事なものなら落とさないようもっときなさいよねー。ひょっとして、絢辻さんって意外とドジ?」
見たの? とだけ聞く彼女。先程手帳で確認した通りの性格だとすると、この後はどうなることやら。さて。どうやって答えようかな?
「見たの?」
もう一度、ハッキリ聞いてくる。ああ、もう。どんな気持ちであれ、こんな風に真っ直ぐと目を見つめられると……。
思わず目線を逸らした。
「ちょ、ちょこーっとだけね」
そう……。
ため息を付くように言って、黙ってしまった。ちょっとちょっとちょっと。
だけど、なんかヤバめな雰囲気。
「痛っ――!?」
へぇ、やるじゃん。
絢辻さんは荒々しく肩を掴んできた。今にも泣き出しそうな、目を逸らしたくなるほど怒った顔で詰問する。
「……どこまで見たの」
「えーと」
多分、この時の言葉選びによって、今後の色々が左右されることは馬鹿でも分かった。ルート分岐、ってやつ? 分かんないけど、友人に言わせればそんなもん。
「ここまで〜、なんちゃって。えへへ……」
「ふざけないで」
真っ直ぐ見詰められる。嘘がつけなくなった。
これは昔からの
まあ、でも。そういう場合は、基本嘘をつく気がない時なんだけど。
今もそう。
「見たわよ。絢辻さんが心配してるとこ……ガッツリ見ちゃったわよ」
「そう……」
映画の悪役みたいに笑った絢辻さんは、肩から手を離して、興味を失くした子供のように、帰宅の用意をしつつ、注文をつけてきた。
「棚町さん、この後暇かしら」
「あー、この後ファミレスでおじさんにハンバーグ配達しなきゃなんないのよ」
「そう? ――今日はバイトが無い日のはずだけど」
……!?
声を出さなかった自分を褒めて欲しい。いや、出なかったが正しいか。
ううん、どっちにせ、棚町薫は無音、凪薫だった。
「なんでアンタが……!」
「クラスでの会話を聞いてれば何曜日が休みかぐらい分かるわよ。今日は平日だし、金曜日でもないから急なシフトもないだろうし。混み具合次第で呼ばれそうなものだけど、棚町さんはさっきまで私と水泳の補習を受けてたものね?」
体育の時、きちんと泳げば良かった。
この時ほどそう思ったことは無い。自分史に残る嘆願だ。ん? 願いじゃないか? まあいいや。
水に漬けると予想以上に膨らんでモップのようになるこの髪が怨めしい。
「よく分かってんじゃない……」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれるわよね?」
「仕方ないわね」
こうして、棚町薫は絢辻詞に連行されてしまった。
委員長の中の委員長。崖の上に咲いた花。
それの毒牙にかかった棚町薫の姿を、その後見た者はいない……。
「ちょっと」
「何失礼なエピローグつけてくれてんのよ、私をなんだと思ってるの?」
続きません