アマガミ短編集   作:りら_らるらりら

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絢辻縁視点 純一スキ√
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If.素敵な縁

 絢辻詞(あやつじ つかさ)には姉がいる。

 

 

 私、絢辻詞には姉が一人いる。名前は絢辻縁(あやつじ ゆかり)。

 とぼけた顔をして、『つかさちゃん』とわたしを呼ぶ。冷えきった家庭の中で、姉だけが私を構う。

 どんな考えがあるのかは知らないけれど、きっとロクなことじゃない。あの人の事だから。そう思える程度には、わたしは姉を信用していた。

「うう……へいきっ!」

 だからわたしは頼らない。なんといってもわたしは子供だから転ぶことはあるけど……絶対に頼らない。姉の伸ばした手なんか、握らない。頼るもんか。

 ()()両親と仲のいい姉。いつも飄々としていて何を考えているのか分からない。わたしなんかに構う怪しい姉。胡散臭い、狐の様な笑顔を貼り付けて。天然のバカ。成績はいいくせに。

 そんな姉、いらない。いらない。いらない。

 だから、頼らない。

 コケたって、地を這いつくばったって、自分一人の力で起き上がる。わたしにはその力があるし、だから、わざわざ不快な助力は必要ない。

 

 

 

 

 絢辻詞は一番じゃなかった。

 小学校二年生の頃、百点を取って周りに自慢した時思い知ったから。過剰な畏怖と尊敬は自分の堕落にも繋がるし、やり過ぎると敵視されることもあるって理解したから。

 その時は上手く立ち回って問題解決だったけど、中学生の今、そしてこれから先、そう上手くいくはずがないことは知っている。絢辻詞は一番じゃない。自分の力は知っているし、可能不可能の別もある。

 だから狙い目は、三位~五位。たまに二位。一位は取らない、無用な争いの元。

 他人に認められることに固執する自分が異常だという自負はあるけど、これも社会勉強の一貫だと考えている部分もある。

 一番を取らないよう、力をセーブ。

 体育では元から一番は狙えない。身体能力が高い訳じゃない。学年で、上から数えた方が早い位置にはいると思うけど。普段から馬鹿みたいに汗を流す人種と比べたらやはり差が出る。活躍することはいくらでも出来るけど。

 音楽、美術、家庭科に関しても同様に。全力を出して、学年トップ十に入るか入らないか、それくらい。

 私の手の届く範囲は以外に狭く、一位が取れるのは国数社理英の五教科くらい。それも一位は取らない。

 私はそうやって生きていく。周囲を騙して、仮面を被って、のらりくらり。

 罪悪感なんてない。だって、私は自分の力を出してる。出し切ってはないけど、その分クラスメイトの背中を押している。

 十分私の実力だ。だって、わたしは偽りの力なんて使ってない。よく言う親の七光りとかとは違う、正真正銘わたしの力。

 そうでしょう?

 だから、そういう意味で、絢辻詞は一番じゃない。

 

 

 

 

 最近、つかれちゃったかな?

 私、絢辻詞はそう布団の中で一人ごちた。

 まさか、委員の掛け持ち程度でこのわたしが倒れるだなんて。そこまで大袈裟に言わなくてもいいけど、やっぱりそんなつもりで対応した方が良さそう。創設祭が中止になっちゃうのは嫌だし。

 思えば最近、自分の体を労わっていなかった。体調管理ができないなんて棚町薫以下だ。

 

 広い部屋に、ため息が響いた。

 

 ダメだ。部屋にいて、この屋根の下にいて、まともに休める気がしない。今日は()()姉の彼氏が家に来るんだったか。ならば尚更だ。どこかゆっくりできるところへ……。

 

「おかえりー! つかさちゃん、いるー?」

 

 全く、頭が痛む。後から聞こえて来たのは噂の彼氏の声か。あの人を好きになって付き合う――それもそれなりの長期間――くらいだから、相当な人なんだろう。

 はあ。

 ため息一つで幸福が逃げるらしいけど、姉は逃げないらしく、部屋の扉がノックされた。

「つかさちゃーん? 入るよー?」

 

 居留守を使ってもずかずかと部屋に入ってくるというのは流石に無礼だ。私は攻めて姉の彼氏とやらを見定めるべく、上半身を起こした。

 

 扉を開けたアホ面の後ろにいるのは一見普通の男だ。常時ニコニコしている訳でも、眉間にシワを寄せている理由でもなかった。

 男は『失礼』と軽く会釈して、部屋に入ってきた。え、いや。アンタも入るんかい。

 手にしたビニール袋を机の上に置いて、

 

「お大事に……これ、ここ置いとくから」

 

 語尾にしばし迷った無表情男を見やる。普通の好青年、という感じ。大学生によく見るうわついた感じもない。

 

「橘純一です。縁さんとは同じ学校で」

「あ、どうも。絢辻詞です。この人の妹です」

 

 聞いてもいない自己紹介を返した。わたしとしたことが、熱で少しぼーっとしてた。

 

「あれ? 今誰か私を呼んだ? 縁さんって」

「僕ですよ。ここは絢辻家じゃあないですか。ほら、もう行きましょう」

「あ、待って〜。もう少しだけ……」

 

 高い温度の頬に手を当てて額どうしを擦り合わせていた姉は振り返った拍子に、首根っこを掴まれる。そのまま文字通り、引き摺られて部屋を出ていった。残ったのは体温計を脇に指したわたしだけ。

 なんというか、橘純一が姉の彼氏たる所以を垣間見た気がする。

 

「少し熱は下がったかしら」

 

 

 

『私が言うのも恥ずかしいことなんだけど、あんまり、無理しないでね? ホームルームの時間とかで、他に人員を募ったりして……』

 

 ふざけるなー!

 なんで私がこんな無能教師に諭されなければならないの!

 ああ、もう、思い出しただけで腹が立つわ! そんなこと、こっちが考慮してないわけないじゃないの! そこらのバカと一緒にしないで!

 

「つかさちゃん、大丈夫?」

「大丈夫。今日は早く寝るから、悪いけれど出ていってくれる?」

 

 ……ふう。

 怒りで熱がぶり返しそうだ。さっさとこの邪魔なのを追い出して……。宣言通り、早めに寝よう。

 

「いやー。私、まだつかさちゃんとお喋りしたいもん」

「……勝手にどうぞ」

 

 ()()()()()この人は嫌いだ。空気が読めてないのか読まないのか。ハズレの選択肢を正解にする力を持っているから。

 そんなの、反則だから。この人がとても嫌い。

 視界が壁にかかった計画表から天井へと移り変わり、やがてシャッターを閉めるように暗黒が覆った。

 

「で? なにか話すことがあるんでしょう」

「うん、その……昨日の事なんだけど」

 

 このアホと争っても疲れるだけ……。

 そう思って話を続けた私が考えなければならないのは彼、橘純一の事らしい。姉が恋人を作るとは驚きで、自分としても聞いてみたいと思っていたところだ。

 姉は一人で生きている人だからだ。いや、集団の中で《良い孤立》をしていると言えばいいか。それは姉が勝てる勝負しかしない性格だからで、それ故に常に一番だし、常に一人だ。

 ……ん、少し違うかな。説明が難しい。何せ、掴み所のない人なのだ。

 

「どうかな? つかさちゃんから見ていい人に見える?」

「良いんじゃない。知らないけど。お姉ちゃんも、いい人だから付き合ったんでしょ」

 

 この人は、私の姉絢辻縁は思慮深い。案外。

 行動にはなんの意味もなく、二重三重の意味がある。予測不可能。

 それがわたしの姉、絢辻縁だ。皮肉な名前。

 彼女のすることは――奇行を除けば――なにか深い意味が……。

 

「んー? んーん、全っ然! 授業中ね、暇だったから購買に行ったら、彼が座ってたから、お付き合いお願いしたんだー。だから、人柄とか最初は全然知らなかったの」

 

 ……。

 しね!

 

「へー、そう……」

「うん。でも、まあ、結構面白い子かもね」

 

 橘純一さんも可哀想に。こんな人に捕まって。もう一生身動きとれず飼われ続けるだろう。それがいい事なのか悪いことなのか分からないけど、少なくとも、わたしはその場に居たくないなと思った。真綿で縛られた人を見る趣味はない。

 

「ねえ、つかさちゃん」

「私――いいのかな? 恋人なんて作っちゃって。まだ全然、信じられなくて……」

 

 閉じた目に涙が溜まる。なぜだかは分からないが、それは人生で一番大切な涙な気がした。

 暗闇の世界には何も映らない希望も、すぐ近くで輝く光も。見えないし、見たくない。

 たとえ、姉が昔から変わらずわたしを見つめていたとしても、姉の事は好きになれないし、姉の真意は恐らくわたしの望むものではない。

 涙を止めようとはしない。

 わたしだって人間だ。涙くらい出る。それに、この部屋ならいいって決めたから。

 姉の前だが……壁側に向かうよう寝返りを打てばいいだけだ。ある程度喋ったら出ていくだろう。

 

「いいんじゃない」

「そっか」

 

 姉は何に納得したのか、短く返事をした。

 そっか。

 もう一度だけ部屋に声を響かせ、クッションを膨らませる。つまり、立ち上がったということ。

 そろそろ出ていってくれるんだろうか?

 

「つかさちゃん」

 

 まるで捨て台詞を吐くかのように名前を呼ばれる。若干声の震えた、たまに聞く弱気な姉の声だった。

 

「お姉ちゃんと一緒のお布団で寝ない?」

「早く出ていって」

 

 誰が寝るか。

 相変わらずこの人は、何を企んでいるのか。弱った演技もお手の物、ということか。寝る時くらい一人でいたい。

 

「ごめんね……じゃあ、おやすみ」

 

 案の定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年もクリスマスがやってくる。

 思えば、なんで子供の頃に私はクリスマスにああも拘っていたのだろう。

 まあ、いいか。

 

 十代の頃に拘っていたクリスマスの休日も今や働き詰め。ある日、休む意味を亡くしてから効率を重視し始めたのだ。

 働き詰めと言ったって私が自分を蔑ろにしている訳では無い。趣味には金を惜しまない。私は充分私を可愛がっていた。で、今も仕事終わりだし。

 

 一般的に見れば私はまだまだ若い。私が自分の年齢を明かした時、十回中十回、驚かれる。姉は年齢相応に見られるけども。ふふふふふふ……。

 

「つかさちゃんつかさちゃん」

「どうしたの?」

 

 だけど……。絢辻詞は考えてしまう。

 姪――現在9歳。姉は二十八の時子供を産んだ――と戯れている時にほんの少しだけ燻るこの感情は、私が見えぬ形で病んでいるからなのだろうか。

 そのように……少しだけ考える。

 ま、そんなわけはないけど。私はそう、少し……家族に執着というか、言うのが恥ずかしいくらいのしこりがあるだけだ。

 私が20歳の時に姉と仲直り――向こうがどう思ったかは知らない――してから、私は結構愛情深くて。ただ、それだけだ。勿論両親とは仲直りする気も起きないけども。

 そもそも、私ももう三十三。そこまで元気もない。

 

「お父さんがね、またお茶しましょうって」

「そっか。伝えてくれてありがとう」

「どういたしまして!

 ――そう言えば、つかさちゃんはお父さんと不倫してるの?」

 

 ……。

 姉夫婦のことをよく知っている私も三十を過ぎて三年。このくらいで驚かない。

 いや、無理。

 どうやったら9歳の子供の日常会話に不倫の二文字が入るのか。姉夫婦は――いや、姉はいったい何をこの子に教えたんだ。

 

「ねえ、あたしのお父さん、優しかった?」

 

 純粋な知的好奇心に動く絢辻 紬(あやつじ つむぎ)に他意はない。故に、私はチョップを繰り出した。

 つむぎちゃんは嬉しそうに叩かれる。きゃー、とか言って。なんだこの子。

 

「ねぇ、もっと」

「アンタ、いつか悪い男に騙されるんじゃない?」

「大丈夫!」

 

 どこにそんな自信があるのか聞いてみたいものだ。いや、しかし。

 彼女の母親が母親だ。私の抱く小さな体に余る自信は、実は当然に持つべきものなのかも知れない。

 

「不倫なんてしてないよ。姉にも申し訳ないし」

「じゃあ、お母さんと不倫してる?」

「まさかぁ。あのね、不倫っていうのは……好きなだけじゃダメなんだよ?」

 

 ――でも、お母さんはしたいって言ってたよ。

 子育てを経た姉が更におかしな方向に走っていることを知っていた私はその言葉を疑わなかった。どこまでが本気なのかは分からないが、少なくとも込められた愛情だけは本物なのだろう。それを信じられるくらいには私も成長していた。だからといってどうということはないのだけれど。

 

「知ってるよ」

「じゃあ、今度お母さんに私もって伝えといてくれるかな?」

「うん! 伝えとく!」

 

 勿論、姉とそういうことがしたい訳じゃない。ないったらない。できるとしてキスまで……って何を言ってんだ私は。

 ただ、ずっと無視してきた姉の愛に答えたいというだけだ。

 それだけだ。

 

「――つかさちゃんは彼氏とかいたりするの?」

「うん? 彼氏、か……考えたこともなかった」

 

 現代的な言い方をすれば、彼ピッピ。

 私が高校生の頃はまだ携帯電話も一般的でなかったのに……。最近になって、ことある事に時の流れというものを感じるのは、第二次激動の時代、私の歳だけが原因ではないはずだ。

 

「うん、お察しの通り。後にも先にも、男の影は要らないかな」

「えー。絶対モテるのに。つかさちゃん、二十代のふりして合コンとかいけば?」

「男だけが幸せじゃないの」

「知ってるけど……う″う″う″……。ま、いいか。つかさちゃんには私がいるもんねー!」

 

 つむぎちゃんは満面の笑顔で、私に抱きついてくれた。頬に可愛い唇の感触。聞けば、姉と日常的に頬を刺激しあっているのだとか。

 全く、どちらにどう思えばいいのだか。

 

 返礼として愛情を注ぎつつ、思った。

 

「そうね。つむぎちゃんがいてくれれば寂しくないな、私」

 

 姉にとっての一番は、私でなくなったから。




元、絢辻姉妹√です。原型ないですが。
娘辻さんの名前候補

奏(詞の子)
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