激しい雨の降る夕暮れ、とある葬式を僕は家の影から覗く。
棺桶の側には老年の男性と、若い男女がしがみついて泣いており、きっと、旦那さんと娘、娘の伴侶だろう。
亡くなった彼女もまた幸せだった事に安堵し、静かに目を閉じる。
ふと、背後に気配を感じ、僕は振り返った。
「久しぶりだね、幻夜」
諏訪子だった。
彼女は僕の横にしゃがみ込むと、濡れた髪をかき上げながら小さく笑った。
「やっぱり、慣れないな・・・」
「・・・そうだろうね」
良い子だったよ。と諏訪子は呟いた。
「信仰自体が薄れ始めた時代にさ、私がいるって信じてくれて、毎日欠かさず来てくれて。苦労も多かっただろうに、何一つ愚痴も言わないで」
「・・・知ってるよ。見てたからね」
「ああ、そうだよね・・・」
会話はそこで一度切れた。
しばらくして、僕の方から口を開いた。
「・・・少し、後悔してることがあってさ」
「・・・なんだい?」
「もし、僕が縁の隣にいたら、こんな光景見なくて済んだのかなって」
ずっと、彼女も、そしてその子孫も、人間という短い命の中で終えることなく、もっと好きなことができただろうに。
「なんで人って、すぐに死ぬのかなあ・・・」
本当は選んで欲しかったのかもしれない。
本当は娘として見ていなかったかもしれない。
でも、自分は結論を持つことなく逃げた。あの子をそう見ている自分から、あの子から。
「幻夜・・・」
「だからさ、逃げない事にしたんだ」
今、隣には幽香がいる。
しかし彼女は僕にとって一番ではあるけれど、彼女は今、僕が一番なんだろうか?
一番は幸夜に向いてはいないだろうか?
それは嫌だ。一番がいい。
「もう一回。今度は迷いなく。大切な娘として、一緒に」
分かってる。これは嫉妬だ。
中途半端に人の感情を知ってしまったが故の、汚い感情なんだ。
それでも自分は。幽香と、僕と、幸夜と、あの子で、
「素敵な時間を過ごしたいんだ」
「幻夜・・・?」
雷鳴が鳴り響き、僕の背後に落下する。
突然の光のせいか、諏訪子の顔が怯えているように見えた。
「・・・やっぱり、僕は人の心がはっきりと分からない。だって今持ってるこのモヤモヤした気分をどうしたいか分からないんだもん」
「それ、は・・・」
「だからさ、もう一回やり直してみたいなって」
「・・・駄目だよ、幻夜。それは、駄目だ・・・」
諏訪子が否定するように首を激しく横に振る。
「どうして?・・・ああ、失敗するかもしれないから?大丈夫。今は失敗してるけど、ちゃんと練習してるから。本番は絶対成功するようにね」
「そんな事・・・!!」
「もうちょっとだよ、きっと。何千年もかかったけど、きっと後百年ちょっとで成功する。諦めなければきっと成功するんだよ」
いずれ訪れる未来を想像してか、自分の顔が今までにない程吊り上がる。今笑えば、歯茎まで見えそうになるくらいに、体の底から湧き上がってくるものがある。
「あと少し、そうあと少しなんだ。そしたらきっと、幽香と、三人で・・・!」
「駄目だよ!あの子はそんな事望んでない・・・!!」
ふらふらと歩み寄り、諏訪子が僕の服を掴む。
僕はそれを払いのけ、逆に手を握った。
「・・・嫌だなあ、諏訪子。望んでないなら望ませれば良いんだよ。・・・そもそも、僕が望むことをあの子が望まないわけ無いじゃないか」
にっこりと、諭すように諏訪子に微笑む。
しかし沸き上がるものが抑えられず、満面の笑顔になってしまう。
それ程までに、僕は楽しみで嬉しくて抑えられないのにどうして、どうして諏訪子は怯えているの?
「なんで怯えるのさ?・・・ああ、叶うかまだ不安なんだね!大丈夫大丈夫!僕は信じてる!だから叶う!だって僕が望んだことは叶って来たんだから!」
信じていれば夢はきっと必ず叶うはずなんだから。
だから、怯えなくていいんだよ。
____________________
「ただいま」
「あら、お帰り、幻夜。何処に行ってたの?」
「ちょっと日本にね」
オランダの何処かの花畑。幻夜がその中にポツンと建つ自宅のドアを開けると、幽香が出迎えた。
「そう。誰かと?」
「うんまあ、古い馴染みになるのかな」
「楽しかった?」
「うん。楽しかったよ。あ、これお土産ね」
「ありがとう。しまってくるわね」
部屋から退出していく幽香の後ろ姿を眺め、次いでテーブルの上に置いてある写真立ての写真を眺めた。
そこには微笑む幽香と、幸夜の頭を撫でる幻夜。
そして鬱陶しげにしながらも笑う幸夜が写っていた。
幻夜は微笑むと、ちゃんと空いてるね。と呟いた。
「悪いけど、ちょっとだけ借りるからね」
写真の中の幸夜を指で撫でると、幻夜は紅茶を淹れ始めた。
とは言え指を一つ鳴らすだけで、暖かい紅茶が二杯完成していた。
そして幽香が部屋に戻ってくるのは、それとほぼ同時だった。
「ただいま・・・あら、いいの?」
「うん、どうぞ」
ありがとう。と幽香は言うと、紅茶に息を吹きかけて、一口コクリと飲んだ。
幻夜もそれに次いで紅茶を一口飲み、息を吐いた。
「あのさ、幽香」
「なあに?」
「未来の話になるんだろうけどさ」
「うん」
「もう一人、僕とも幽香とも血の繋がってない子供が来たとしたら、嫌かな?」
「・・・どうしてそんなこと聞くの?」
「ううん。ちょっと知り合いとの話の中でそんな話になってね」
そう。と幽香は紅茶をテーブルに置き、微笑んだ。
「私は良いわよ。貴方がそうしたいなら、すればいいと思うわ。・・・ただ、ちょっとだけ私がお母さんとして上手く出来るかは分からないけれど、ね?」
後半恥ずかしげに声の小さくなっていく幽香に、幻夜は嬉しそうに口角を上げた。
そっか。と幻夜は言うと、幽香の隣に席を移した。
「君が隣で良かったよ、幽香」
「・・・ありがと」
「その時は女の子になるだろうから、きっと幽香も大丈夫だよ」
「やけに決まってるのね?」
「うん?そうかな?」
楽しみで、つい考えすぎちゃったんだよね。と幻夜は恥ずかしそうに笑った。
____________________
「それじゃ、ちょっと用事があるから。また後でね」
「ええ」
幻夜にとって幸福な時間を過ごし終えると、さて。と幻夜は空間を飛んだ。
飛んだ先は時代に似合わない機械的な設備から、古臭い呪文の書かれた木箱などがずらりと並べられている場所だった。
「ここは・・・失敗か。そしたらこっちは、お。形ができてる」
幻夜が歩いた先には、水槽のようなものの中に生き物が浮いている不気味な設備が並んでいた。
その中で両生類に近い形になっている水槽に近寄り、コンコンとガラスを叩く。しかし反応はなく、残念そうに幻夜はため息を吐いた。
「おーい、おーい・・・これもダメか。あんまり上手いこと行かないなあ。・・・やっぱり種類とか出身とか関係あるのかな」
するとこっちだよね。と幻夜は別の方向の水槽に近寄る。
げ、と幻夜は顔を顰めた。
そこには山羊の頭と人間の頭を一つずつ持つ、烏の羽を生やした四足歩行の犬が浮かんでいた。
「・・・気持ち悪っ。やっぱり他の生き物だと馴染まないんだね。でも魚も混ぜたけど出てないな・・・遺伝力が弱いのかな?」
パチン、と幻夜が指を鳴らすと、失敗だと言っていた水槽の内部が凍りつき、次いで鳴らすと水槽は空になった。
はあ、と木箱の上に腰を下ろすと、ガリガリと頭を掻いた。
「まあ素材はまだあるし、大丈夫大丈夫。落ち着いてやればきっと成功するさ」
新しいの取りに行こう。と木箱から降り、密かに呻き声や鳴き声のする扉の前で止まった。
幻夜はドアをそっと開き、中を見渡し、なにかを見つけたのか、微笑んだ。
「うん。次は君だ。おーよしよし、怖くないからねー」
幻夜はそれに手を伸ばすが、激しく抵抗される。
しかし幻夜は笑顔を曇らせることなく、それを抱え上げた。
「うんうん。前に抱き抱えた時よりも軽くなってたりもしないね。おーよしよし、すぐに連れていくからねー」
幻夜はドアを閉め、それを抱え上げたまま、コツコツと水槽の奥に歩いて行った。
しばらくして何かの悲鳴が響いたが、それっきり。それに反応するものはなにもなく、ただ不気味に水槽の液体が時折音をたてるだけだった。
そして、彼の叫び声が響く。
「・・・やった!!反応した!!」
その声は歓喜に満ち溢れ、まるで子供が精一杯の努力を重ねて綺麗な泥団子が完成したように。
「成功だ!!成功だッ!!・・・僕は、僕はやったんだァァァッ!!」
完成した。
そんな叫び声が聞こえるのも、もう遠い話ではない。
次回へ続く
諦めなければ夢は実現する。
人間では限界があっても、果てしない時間があれば大丈夫ですね。
次回もお楽しみに。