はい、また遅刻です。
申し上げることもございません。
それでも良ければご覧ください。
「・・・夜さん!幸夜さん!」
「ヘアッ!?」
「ひゃっ!?」
突如耳元に聞こえた声に起き上がると、声の主がひっくり返ってしまった。
俺は慌てて思考を引き戻すと、ひっくり返った耳に新しい声の主を起こした。
振り返ればソファーに痕が残っており、眠っていたらしい。
「すまん、小悪魔。ちょっと寝てた」
「だ、大丈夫です!こちらこそ起こしてしまって・・・」
「だからそんな頭下げないでくれって・・・」
俺の前でペコペコと頭を下げているのは小悪魔と呼ばれる少女。
つい先日、パチュリーが召喚に成功した、紅魔館の新しい住人だ。
俺よりも後輩にあたる彼女は、何かと仕事を共にすることは多いのだが、いかんせん悪魔と名のつく割には、腰が低すぎる気がする。
「・・・で、どうしたんだ?俺午後から仕事あったっけ?」
「いえ、あの、その、呻かれていたので・・・」
「・・・マジで?」
おずおずと小悪魔の差し出してくれた鏡を受け取る。
顔面は蒼白になり、冷や汗が所々滲んでいた。
「うわ白っ!」
「ですので、体調が悪いのかと・・・」
「・・・いや全くそんな感じではないんだがな。・・・あ、でも変な夢は見た」
「夢ですか?」
「ああ。訳わかんねえ場所で、ひたすら肉の塊で何か作ってる夢なんだが、こう、やけにリアルでな・・・」
「きっとお疲れなんですよ」
「かなあ・・・」
原因を頭の中で探っていると、そうだ、という何かを思い出したかのような小悪魔の声に引き戻された。
「さっき、幸夜さん宛にお手紙が来てましたよ。二通」
「・・・二通?」
「はい。読まれますか?」
「・・・貰おうかな。ありがとう。・・・あ、暇なら座って休憩にしようか」
「はい!」
俺はソファーの端に寄り、小悪魔もソファーに座る。
俺は二通の手紙を受け取り、一通目の封を開く。
ふわりとラベンダーの香りが広がり、送り主が誰かすぐに分かった。
内容は簡潔で、こちらは元気です。働くからにはしっかり頑張りなさいよ。という内容。そして同封されたラベンダーの押し花を使った栞。
紛れもなく母さんからだった。
「・・・相変わらず手紙になると口数減るなあ」
「幸夜さんのご家族ですか?」
ラベンダーの香りが気になるのか、首を傾げる小悪魔。
俺は肯定し、頑張れよだってさ。と笑う。
「母親からだな」
「お母さんだったんですね。・・・どんな人、なんですか?」
「そうだな。優雅をそのまま人にしたような人かな。あんまり人前で笑わないし、慌てる事もないし。・・・でも、俺と親父の前ではよく笑って、よく慌てて、よく泣いてさ。世間一般的にどうかは知らないが、いい母親だと思ってる。・・・後そんな感じの割にパワフルでな。親父より力強いんだよ」
大抵能力無しの夫婦喧嘩になると親父の腕が固められる。そんで折れる。
その時のみ優雅さは消し飛び、震え上がりそうな笑顔と共に快活さを持っているような気もする。
「喧嘩するたび毎回親父が腕固められててな。酷い時は腕が折れる」
「お、折れ・・・っ!?」
「そうそう。でも俺は大事にされてるんだよな。時々とんでもねえ事してくれるけどさ」
「あはは・・・」
苦笑いを浮かべていた小悪魔だったが、話を変えるように、もう一通は誰からですか?と聞いてきた。
俺はもう一通の手紙の封を開け、差出人のところを見て、きっとだらしがないと言われるほど、口が緩んだ。
ゆっくりと手紙を開き、文章を読んでいく。
そこには向こうの現状が書かれていて、つい最近一人で村に遊びに行った事も書かれていた。
そして最後に、ずっと待っています。という一文で締め括られており、読み終える頃には胸の奥が少し暖かくなっていた。
「・・・大事な人からですか?」
「へ?あ、顔に出てる?」
「はい。すっごく出てます」
「マジかあ・・・」
へへっ、といつもなら決して出ない笑い声が出る。
手紙をくれた事も、元気である事も、待ってくれている事も、それら全てがどうしようもなく嬉しくて、照れ臭さを覆い隠すほど口元はニヤついてしまう。
「・・・大事な人からだよ。この手紙は。待ってくれてるってさ」
「そっか・・・お仕事中は会えませんもんね」
「いやまあ初めて会ったときは仕事から逃げて会ったんだけどな?」
「逃げたんですか!?」
小悪魔のツッコミに堪えきれず笑いながら、逃げたよ。と返した。
「九十日間一切の飲食を禁止した状態で、身体能力の向上に努める。・・・途中で逃げはしたけど、フラッフラでな。そん時に倒れてたのを拾ってくれたんだよ」
「飲食禁止・・・!?」
「んで、向こうも人との関わりが無かったから仲良くなって、元気になったんで戻ろうとした時、やけに後髪引かれる気分でさ。その時、ああ俺あいつの事好きになったんだなって。・・・あ、悪い。惚気になってたわ」
「そ、それで!それでどうなったんですか!?」
「やけに食いつくなおい。そっから・・・まあ、ちょっとあってな。悪い、そこは相手の話にもなるから、あんまり喋れねえんだが。両想いだった。・・・んで、今はここにいるが、後百年したら、その、なんだ。・・・気が変わってなくて、一緒に暮らせるなら暮らそうかって話になったん、だが・・・」
話の半ば辺りから急に照れ臭くなったので、俯いて適当なところで話を止める。
「・・・やめだ、やめ。恥ずかしくて堪ったもんじゃない。・・・おいにやけてんじゃねえ」
顔を上げると、小悪魔は本で口元を隠していた。だがしかし口は隠しきれないほどニヤついていた。
「だって、意外だったんですよ。幸夜さんが照れてそんな話するの。・・・てっきりそんな人はいないと思ってましたよ?代わりに愛人が多いみたいな、そんなイメージでした」
「ねえそれわりと失礼じゃない?俺そんな風に見えるか?」
「ちょっとだけ見えます。態度というか、普段の話し方からも」
「ええ・・・」
そんな風に見えていたのか、と少し肩を落とす。
そこでハッとしたように、小悪魔がフォローし始めた。
「あ、で、でもですよ!話してたらああ真面目ないい人なんだなって思うんですよ!何というか面倒見が良いお兄さんみたいな人で!」
「ああ、そう?別に妹とかいねえんだけどな」
「あれ、一人っ子だったんですか?」
「あん?・・・フランドールにもレミリアにも言われたが、俺は一人っ子であって、誰かの兄貴とかじゃないぞ」
あ、この手紙の主の話は内緒な。と笑うと、小悪魔は快く返事をしてくれた。
「はい!」
「無駄だと思うわよ」
「ぴっ」
快く返事をした小悪魔の背後に、パチュリーが立っていた。
小悪魔は驚いたように飛び跳ね、俺の背後に回り込んだ。
「おい」
「・・・主人に対して驚くのはどうかと思うわ」
「そ、それはあ・・・」
しゅんと項垂れ、俺背中から出て謝罪する小悪魔を横目に、パチュリーに取り繕うように真面目な顔で問いかけた。
「どっから聞いてました?」
「・・・手紙を読んでる辺りからかしら。それに隠さなくてもみんな知ってるわよ」
「マジかよ笑えねえなあ」
嘆息し、ヤケクソ気味に口角を上げて、手紙をコートのポケットに仕舞い込んだ。
「・・・それじゃ、仕事してきますね。水銀もらっていきますよ」
「ええ。瓶、一本だけは残しておいてね」
「了解っす」
水銀の瓶を片手に手を振り、図書室から退出する。
彼の背後を見送りながら、小悪魔は不思議そうに首を傾げた。
「お仕事に水銀なんて使われるんですか?」
「・・・そうね。貴女は幸夜の仕事、まだ見てないものね」
パチュリーは納得したかのように幸夜の退出したドアに視線を移し、口を開いた。
「彼、基本的に使用人みたいな事して昼には寝てるけど。時々遠出して仕事しに行くのよ」
「なんで遠出するんです?」
「それは・・・本人に聞きなさい。本棚の整理終わったの?」
「あ、まだです!やってきます!」
パタパタと駆けて去っていく小悪魔を見送り、パチュリーは嘆息した。
日の沈みきらない中、小悪魔が幸夜の姿を見て悲鳴を上げるのは、想像に難くない事だった。
次回へ続く
ありがとうございました。
次回もお楽しみに。