真・幻想創星録   作:青銅鏡(銀鏡)

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 はい、また遅刻です。
 申し上げることもございません。
 それでも良ければご覧ください。



第百二話 離れていても

 「・・・夜さん!幸夜さん!」

 

 

 「ヘアッ!?」

 

 

 「ひゃっ!?」

 

 

 突如耳元に聞こえた声に起き上がると、声の主がひっくり返ってしまった。

 俺は慌てて思考を引き戻すと、ひっくり返った耳に新しい声の主を起こした。

 振り返ればソファーに痕が残っており、眠っていたらしい。

 

 

 「すまん、小悪魔。ちょっと寝てた」

 

 

 「だ、大丈夫です!こちらこそ起こしてしまって・・・」

 

 

 「だからそんな頭下げないでくれって・・・」

 

 

 俺の前でペコペコと頭を下げているのは小悪魔と呼ばれる少女。

 つい先日、パチュリーが召喚に成功した、紅魔館の新しい住人だ。

 俺よりも後輩にあたる彼女は、何かと仕事を共にすることは多いのだが、いかんせん悪魔と名のつく割には、腰が低すぎる気がする。

 

 

 「・・・で、どうしたんだ?俺午後から仕事あったっけ?」

 

 

 「いえ、あの、その、呻かれていたので・・・」

 

 

 「・・・マジで?」

 

 

 おずおずと小悪魔の差し出してくれた鏡を受け取る。

 顔面は蒼白になり、冷や汗が所々滲んでいた。

 

 

 「うわ白っ!」

 

 

 「ですので、体調が悪いのかと・・・」

 

 

 「・・・いや全くそんな感じではないんだがな。・・・あ、でも変な夢は見た」

 

 

 「夢ですか?」

 

 

 「ああ。訳わかんねえ場所で、ひたすら肉の塊で何か作ってる夢なんだが、こう、やけにリアルでな・・・」

 

 

 「きっとお疲れなんですよ」

 

 

 「かなあ・・・」

 

 

 原因を頭の中で探っていると、そうだ、という何かを思い出したかのような小悪魔の声に引き戻された。

 

 

 「さっき、幸夜さん宛にお手紙が来てましたよ。二通」

 

 

 「・・・二通?」

 

 

 「はい。読まれますか?」

 

 

 「・・・貰おうかな。ありがとう。・・・あ、暇なら座って休憩にしようか」

 

 

 「はい!」

 

 

 俺はソファーの端に寄り、小悪魔もソファーに座る。

 俺は二通の手紙を受け取り、一通目の封を開く。

 ふわりとラベンダーの香りが広がり、送り主が誰かすぐに分かった。

 内容は簡潔で、こちらは元気です。働くからにはしっかり頑張りなさいよ。という内容。そして同封されたラベンダーの押し花を使った栞。

 紛れもなく母さんからだった。

 

 

 「・・・相変わらず手紙になると口数減るなあ」

 

 

 「幸夜さんのご家族ですか?」

 

 

 ラベンダーの香りが気になるのか、首を傾げる小悪魔。

 俺は肯定し、頑張れよだってさ。と笑う。

 

 

 「母親からだな」

 

 

 「お母さんだったんですね。・・・どんな人、なんですか?」

 

 

 「そうだな。優雅をそのまま人にしたような人かな。あんまり人前で笑わないし、慌てる事もないし。・・・でも、俺と親父の前ではよく笑って、よく慌てて、よく泣いてさ。世間一般的にどうかは知らないが、いい母親だと思ってる。・・・後そんな感じの割にパワフルでな。親父より力強いんだよ」

 

 

 大抵能力無しの夫婦喧嘩になると親父の腕が固められる。そんで折れる。

 その時のみ優雅さは消し飛び、震え上がりそうな笑顔と共に快活さを持っているような気もする。

 

 

 「喧嘩するたび毎回親父が腕固められててな。酷い時は腕が折れる」

 

 

 「お、折れ・・・っ!?」

 

 

 「そうそう。でも俺は大事にされてるんだよな。時々とんでもねえ事してくれるけどさ」

 

 

 「あはは・・・」

 

 

 苦笑いを浮かべていた小悪魔だったが、話を変えるように、もう一通は誰からですか?と聞いてきた。

 俺はもう一通の手紙の封を開け、差出人のところを見て、きっとだらしがないと言われるほど、口が緩んだ。

 ゆっくりと手紙を開き、文章を読んでいく。

 そこには向こうの現状が書かれていて、つい最近一人で村に遊びに行った事も書かれていた。

 そして最後に、ずっと待っています。という一文で締め括られており、読み終える頃には胸の奥が少し暖かくなっていた。

 

 

 「・・・大事な人からですか?」

 

 

 「へ?あ、顔に出てる?」

 

 

 「はい。すっごく出てます」

 

 

 「マジかあ・・・」

 

 

 へへっ、といつもなら決して出ない笑い声が出る。

 手紙をくれた事も、元気である事も、待ってくれている事も、それら全てがどうしようもなく嬉しくて、照れ臭さを覆い隠すほど口元はニヤついてしまう。

 

 

 「・・・大事な人からだよ。この手紙は。待ってくれてるってさ」

 

 

 「そっか・・・お仕事中は会えませんもんね」

 

 

 「いやまあ初めて会ったときは仕事から逃げて会ったんだけどな?」

 

 

 「逃げたんですか!?」

 

 

 小悪魔のツッコミに堪えきれず笑いながら、逃げたよ。と返した。

 

 

 「九十日間一切の飲食を禁止した状態で、身体能力の向上に努める。・・・途中で逃げはしたけど、フラッフラでな。そん時に倒れてたのを拾ってくれたんだよ」

 

 

 「飲食禁止・・・!?」

 

 

 「んで、向こうも人との関わりが無かったから仲良くなって、元気になったんで戻ろうとした時、やけに後髪引かれる気分でさ。その時、ああ俺あいつの事好きになったんだなって。・・・あ、悪い。惚気になってたわ」

 

 

 「そ、それで!それでどうなったんですか!?」

 

 

 「やけに食いつくなおい。そっから・・・まあ、ちょっとあってな。悪い、そこは相手の話にもなるから、あんまり喋れねえんだが。両想いだった。・・・んで、今はここにいるが、後百年したら、その、なんだ。・・・気が変わってなくて、一緒に暮らせるなら暮らそうかって話になったん、だが・・・」

 

 

 話の半ば辺りから急に照れ臭くなったので、俯いて適当なところで話を止める。

 

 

 「・・・やめだ、やめ。恥ずかしくて堪ったもんじゃない。・・・おいにやけてんじゃねえ」

 

 

 顔を上げると、小悪魔は本で口元を隠していた。だがしかし口は隠しきれないほどニヤついていた。

 

 

 「だって、意外だったんですよ。幸夜さんが照れてそんな話するの。・・・てっきりそんな人はいないと思ってましたよ?代わりに愛人が多いみたいな、そんなイメージでした」

 

 

 「ねえそれわりと失礼じゃない?俺そんな風に見えるか?」

 

 

 「ちょっとだけ見えます。態度というか、普段の話し方からも」

 

 

 「ええ・・・」

 

 

 そんな風に見えていたのか、と少し肩を落とす。

 そこでハッとしたように、小悪魔がフォローし始めた。

 

 

 「あ、で、でもですよ!話してたらああ真面目ないい人なんだなって思うんですよ!何というか面倒見が良いお兄さんみたいな人で!」

 

 

 「ああ、そう?別に妹とかいねえんだけどな」

 

 

 「あれ、一人っ子だったんですか?」

 

 

 「あん?・・・フランドールにもレミリアにも言われたが、俺は一人っ子であって、誰かの兄貴とかじゃないぞ」

 

 

 あ、この手紙の主の話は内緒な。と笑うと、小悪魔は快く返事をしてくれた。

 

 

 「はい!」

 

 

 「無駄だと思うわよ」

 

 

 「ぴっ」

 

 

 快く返事をした小悪魔の背後に、パチュリーが立っていた。

 小悪魔は驚いたように飛び跳ね、俺の背後に回り込んだ。

 

 

 「おい」

 

 

 「・・・主人に対して驚くのはどうかと思うわ」

 

 

 「そ、それはあ・・・」

 

 

 しゅんと項垂れ、俺背中から出て謝罪する小悪魔を横目に、パチュリーに取り繕うように真面目な顔で問いかけた。

 

 

 「どっから聞いてました?」

 

 

 「・・・手紙を読んでる辺りからかしら。それに隠さなくてもみんな知ってるわよ」

 

 

 「マジかよ笑えねえなあ」

 

 

 嘆息し、ヤケクソ気味に口角を上げて、手紙をコートのポケットに仕舞い込んだ。

 

 

 「・・・それじゃ、仕事してきますね。水銀もらっていきますよ」

 

 

 「ええ。瓶、一本だけは残しておいてね」

 

 

 「了解っす」

 

 

 水銀の瓶を片手に手を振り、図書室から退出する。

 

 

 

 彼の背後を見送りながら、小悪魔は不思議そうに首を傾げた。

 

 

 「お仕事に水銀なんて使われるんですか?」

 

 

 「・・・そうね。貴女は幸夜の仕事、まだ見てないものね」

 

 

 パチュリーは納得したかのように幸夜の退出したドアに視線を移し、口を開いた。

 

 

 「彼、基本的に使用人みたいな事して昼には寝てるけど。時々遠出して仕事しに行くのよ」

 

 

 「なんで遠出するんです?」

 

 

 「それは・・・本人に聞きなさい。本棚の整理終わったの?」

 

 

 「あ、まだです!やってきます!」

 

 

 パタパタと駆けて去っていく小悪魔を見送り、パチュリーは嘆息した。

 日の沈みきらない中、小悪魔が幸夜の姿を見て悲鳴を上げるのは、想像に難くない事だった。

 

 

 

 次回へ続く





 ありがとうございました。
 次回もお楽しみに。

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